3章(1)
浩一と、浩二の会社は、いわゆる一族会社だ。しかし、社長の席は、外部の人間だった。馴れ合いを防ぐためにも外の空気が必要だ。と、会長職に座る父がスカウトした人材だった。元は、祖父が立ち上げた会社で、創業当時は小さな電気屋だった。電気屋といっても、当時はまだそれほど普及はされてなく、厳しい経営状態だった。それでも、庶民の間に電化製品が普及しだすと、それなりに忙しくなってきた。父の代で会社は大きく飛躍した。海外との提携を結び、国内大手とも取引が盛んに行われた。そして浩一、浩二のIT戦略でも、大きな進展が得られたのだ。恵美は自分の勉強不足を痛感した。まさかここまで大きな会社とは思ってもいなかったのだ。
みんなの視線を気にしながらも、会議室まで案内された。浩二の秘書がいなくなると同時に、恵美は一斉にみんなからの質問攻めにあった。
「ちょっと、どういう関係なの?」孝子だ。
「副社長とも面識があるのかね?」専務だ。
「どういう関係だね?」部長だ。そのほかにも、数々の質問が飛び交った。
「え〜とですね。それは・・。実は・・・」恵美は困り果てた。なんと言っていいのか説明に困ってしまった。恵美が何も言えないのを見ると、攻撃は更に強まった。
「え〜とですね。飲み、飲み仲間です」恵美は銀座での夜を思い出して答えた。
「へ?飲み仲間?」
「なに、それ?」みんなは呆気にとられていた。孝子などは、居酒屋で騒ぐ三人を想像したが、とても信じる気にはなれなかった。
「飲み仲間って何よ?三人で飲み歩いてるの?」孝子は食ってかかった。
「そうですよ」いつの間にか浩二が部屋にいた。
「さあ、どうぞ、席に付いてください。うちのメンバーも紹介します」浩二の後ろには、7人ほどが立っていた。みんなは慌てて席についた。
「恥かしいところを、面貌ありません」専務が頭を下げて謝った。
「いえ、こちらも不注意でした。知っていれば驚きもしませんが、ちょっとビックリしただけです」言葉は優しいが、目は専務を睨んでいた。恵美を利用しているのがばれたらしい。
「では、こちらから、自己紹介させます」浩二はそう言って、メンバーの紹介を始めた。一瞬、恵美に目を向け、笑顔で片目を瞑った。末席に座る恵美が、最後の自己紹介を始めた。
「え〜、私の担当は経理です。それから・・・・」恵美が言葉に詰まったとき、浩二が立ち上がった。
「先ほどの話ですが。私と兄、そして恵美さんは、仲のいい飲み友達です。不思議に思われている方もいらっしゃると思いますが、それは事実です。深い意味はありません」浩二は恵美のメンバーに釘をさした。恵美は軽く頭をさげて着席した。その後は、プロジェクトの重要性、見込める販売シュア、将来性やアフターフォローなどの話が出たが、いたって穏やかな話し合いだった。夕刻になった時、全員で食事に出かけた。事前に専務が言っていたとおり、立派な料亭が用意されていた。女性、と言っても、孝子と恵美だけだが、男性のお酌に走り回った。せめてもと思い、恵美が始めたのだが、本心は浩二と話がしたかったのだ。浩二もそれを待っていたらしい。
「このあとどうですか?」浩二はグラスを持つ動作をした。
「皆さんは?」
「うちのメンバーは、ここで終わりです。でも、どうかな、私抜きで行くでしょうけどね。兄も合流する予定です」恵美は笑顔で頷いた。
「では、御一緒しますわ」仲が良さそうに話す二人を、メンバー全員が見つめていた。食事が終わったとき、浩二が席を立った。
「みなさん、次回からは、厳しい意見や指摘があると思いますが、ここにいる全員が仲間だ、と言うことを忘れないでください。衝突も、喧嘩もあるかも知れませんが、最終目的はプロジェクトの成功です。あらためてここで、乾杯をしたいと思います。音頭は、専務。お願いします」浩二の急な名指しに、恵美の専務は気を引き締め、大声で音頭をとった。
「専務、私はこのまま失礼します」帰り支度をする専務に恵美が言った。
「2次会もあるぞ」そう言ってからはっと気がついた。
「うむ、気をつけてな」小さな咳払いとともに、専務は頷いた。
「それでは」恵美はスタスタと店を出て行った。外では浩二が待っていた。
「大丈夫?無理しないで」浩二はわざと仲がいいところを見せたかったようだが、恵美は少々酔ったらしく浩二の腕にしがみついた。走り回ったせいだろう。
「大丈夫ですよ。行きましょ」楽しそうに立ち去る二人を、みんなは呆然と見送るだけだった。