異世界転生注意書き~暇を持て余した女神の気まぐれ~
特定の人物・著作・団体をあげつらう意図はありません。その手のツッコミは勘弁してください。
なにもない空間だった。
「ここは……?」
額に手を当てて龍造寺修人は記憶を探る。
覚えている最後の場所は自室だった。こんな場所に来るまでの経緯がまるで思い出せない。
そもそもここは現実の世界なのか? そんな疑問が思い浮かぶ。
立てるのだから床らしきものは存在しているはずだが、まるで心霊番組の雰囲気作りでドライアイスの蒸気を焚きこめているように、霞がかってその存在を認識できない。天井と壁は存在しているのかもしれないが、一面の蒼穹にしか見えない。
まるで雲の上で、とても現実の風景だとは思えない。
そんな場所には、二人しかいない。一人は当然、龍造寺修人本人だが、もう一人いた。
「ようこそ……」
少女は龍造寺修人に笑みを向けて語りかける。
「えぇと……」
状況がわからないため、なんと返していいのかわからない龍造寺修人は、固まってしまう。
見た目は小学生低学年といったところ。華奢な体は、背後の青がうっすら透けて見える――だけど体はシルエットしか見えない、不思議なワンピースに包まれている。彼女が首を動かすと、まるで金を糸に加工したような、背中まで伸びた柔らかな髪がサラサラと揺れる。並んだ目鼻立ちは大人の黄金率ではなく、小さな顔に幼い形で完璧に並んでいるが、しかし放つ雰囲気は、子供特有のあどけなさはさほどなく、大人のような理性を感じる。
美少女だった。龍造寺修人の好みどストライクな美少女だった。妄想を具現化したような美少女だった。
だが、そんな幼い少女に声をかけられるなどいう状況に、龍造寺修人は固まった。家族以外の異性に話しかけられるなどという経験は、家族と二次元の住人以外となると、小学校時代にまで遡らないとならないので。
「龍造寺修人さん。ここがどこで、自分がどうなったか、不思議なのではないかと思います」
だから少女の側から話を進める。なぜ名前を知っているかなど疑問を挟ませない、絶妙の間で。
「簡単に説明しますと、貴方は死んでしまって……貴方に親しみがある言葉で言うと、天国に来られました」
「あぁ……」
そうだったのかと、龍造寺修人は嘆息つく。
なんとなくは感じていた。こんな地上ではありえない景色の場所が、地上にあるはずは思えないから。
「僕、死んじゃったんですか……」
とはいえ、やはり他人の口から聞かされると、胸の中に複雑な感情が生まれ、感慨深いものがある。
「ということは……あなたは神様ですか?」
「そう思って頂ければよろしいですよ」
龍造寺修人の質問に、少女は笑みを浮かべる。その笑顔は女神というより天使のものと呼ぶべきに近い。しかし幼さに見合わぬ優しそうな笑顔は、人のものではない慈愛を感じる。
「こう見えても、貴方の数千倍は生きていますよ」
オマケのように明かされる真実で、つまり少女は合法ロリだと判明した。
それはさておき、少女女神が話を続ける。
「本来ならば死者の魂は輪廻転生の輪に入り、またなにかに生まれ変わるところですが……貴方の場合は少々特殊な事情がありまして、私の下に来て頂きました」
「えぇと……どういうことですか?」
「龍造寺修人さん。貴方は本来、もっと長く生きられるはずだったのです」
「え!? じゃあ、なんで死んでしまったんですか!?」
龍造寺修人は当然、死んでしまった理由と、ここに来ることになった経緯に疑問を持つ。死んだと聞かされても現実味はないから取り乱さず質問することはできる。しかし今の状況から考えるに、死という事実は受け入れるしかないからと。
だから少女女神も無駄な時間を使うことなく、問いに返す。
「生前に強い想いを宿した魂は、このようなことが起こります。そして龍造寺修人さん。貴方の魂はこのままでは、地縛霊になるような未練があります」
「え、ちょ、僕、幽霊になるんですか!?」
「やはり魂が浄化されずに現世に留まるというのは、私たちからすれば由々しき事態ですので、なんとかしたいと思います」
地縛霊という言葉にいいイメージなどあるはずがない。誰かのカメラに不気味な姿で写り、怪談では誰か死の淵に追いやるような、そんな存在になどなりたくない。
少女女神は居住まいを正し、慌てる龍造寺修人に問う。大人びた少女といった風情で、近寄りがたいような神々しい雰囲気はない。しかしその物言いは、やはり彼女が超常の存在であると思わせる、威厳を持っていた。
「あなたの生涯は、満足するものでしたか?」
「……いいえ」
問われ、少し考える間を置き、龍造寺修人は首を振った。
「ご家族とのご関係も、あまりよくなかったようですね?」
「……はい」
彼は思い出す。昔は優しかった家族とも、話すことすら稀になってしまった。同じ家に暮らしていても、心の距離は果てしなく遠かった。
「妹さんにも、疎まれているようでしたね?」
「……はい」
彼は思い出す。昔は『お兄ちゃん』と愛らしく懐いていた歳の離れた妹は、一目見るだけで嫌悪感を露に顔をしかめ、しかし文句すら言わず同じ空間を共有したくないとばかりの態度を出すようになった。
「家の外でも、うまく行っていなかったようですね」
「……はい」
彼は思い出す。誰かと会話することすら稀になってしまった。昔はそんなこともなかったはずなのに、今や丸一日声を出さない日もある。
「もしもできるなら、もう一度、人生をやり直したいですか?」
「……はい」
もしも人生をやり直せたら。あの時の失敗を取り返せたら。あの時の過ちをなかったことできたら。
後悔と共に誰もが夢見る理想を、龍造寺修人もまた持っていた。
しかし少女女神は悲しげな顔で、小さく首を振りながら話を続ける。
「とはいえ、貴方を生き返らせるわけにはいきません。地上世界で貴方の死は正式なものとされていますし、なにより貴方の体は既に荼毘に付されています」
「火葬されちゃってるんですか……じゃあ、どうすればいいんですか?」
このまま地縛霊化するしかないのか。生気のない顔でただ路肩に立ち、霊感のない人には誰にも相手をされず、ごく稀に見えてしまう子供たちに指さされる。そんな夢も希望も見えない日々の始まりに。龍造寺修人は絶望しかけた。
しかし少女はほんの少しだけ、眉根を寄せながらも口元を綻ばせる。あまり気は進まないが、それでも打開策はあるという風に。
「元の世界に生き返らせることはできません……しかし、別の世界に生まれ変わることならできます」
「別の世界?」
「貴方が知っている歴史でいえば、中世時代のヨーロッパに近いでしょうか? ほとんどの国は王制で、主な産業は農耕と牧畜。蒸気機関などの動力はまだ存在しません」
「……もしも生まれ変わるとしたら、今の僕の記憶ってどうなります?」
「ご希望でしたら、消すこともできますし、ある年齢に達したら思い出すこともできますよ?」
「おぉ……」
現代知識チート可能なのかと、龍造寺修人の心は期待に震える。
そんな専門的知識を持っているわけではない。しかしその文明レベルならば、テレビで見たり本で読んだりした知識だけでも、随分と役立つことができるだろう。
「ただし、物質文明が発達した貴方の世界とは違い、そこでは精神文明が発達しているため、大きく違います」
「というと?」
「平たく言えば魔法があります」
「魔法……!」
なんと素敵な響きであろうかと、龍造寺修人の心は期待に震える。
もしも魔法が使えたら――などという想像は、きっと誰もがしたことがあるだろう。それが現実になるかもしれない。
「住んでいる人々も人間とは限りません。精霊と交わりながら森に生きる長命の種族、元素と司る半ば非現実の存在たち、獣の身と人の身を併せ持つ種族などがいます」
「エルフに精霊に獣人……!」
聞き慣れた響きに、龍造寺修人の心は期待に震える。
ゲームや小説では当たり前に存在する亜人たちと、本当に会えるかもしれない。
「貴方が生まれ変わるのは、とある貴族の次男としてです。美しい元宮廷魔術師の母と、近衛騎士として名を馳せた父を持ち、ご両親が持つものを色濃く引き継ぐでしょう」
「おぉ……!」
才能チート決定だと、龍造寺修人の心は期待に震える。
貴族として生まれ、魔法の才能と戦いの才能、ついでに美貌まで生まれる前から持っていること決定済みとなれば、その後の人生は約束されたようなもの。
「しかし貴方が生まれてから一六年後、その世界に危機が訪れる運命にあります」
「もしかして……魔王が出てくるとか?」
「えぇ……」
少女女神が憂い顔になる。これが気の進まない理由なのだと。
「その頃の貴方は才覚を発揮し、王をはじめとする人々の覚えもいいでしょう……だからこそ、魔王軍との戦争に期待されてしまいます」
「僕が勇者になって魔王と戦えって?」
「えぇ……なのでこの世界への転生は、あまりお勧めできないのですが――」
「テンプレキタァァッァァッッ!!」
少女女神の言葉をさえぎるように、脳天を貫いたような歓喜が龍造寺修人の中から、裏返り気味の声となってあふれ出る。
それは彼が待ち望んでいた、フィクションではおなじみの設定だった。
ネット小説で異世界転生希望者たちの活躍を見て、日々自分だったあぁするこうするなどと計画を練る有意義な時間を過ごしていたのだ。
それが今、現実に。剣と魔法の異世界に転生。しかも知識チート可能。しかも地位チート可能。しかも素質チート可能。しかも勇者となることを確定。人生の成功が約束されたようなものだった。
「これ行くきゃないでしょぉぉぉぉぉっ!」
龍造寺修人の頭の中で、ファンファーレと共にサクセス・ストーリーが作られる。
さすがに精神年齢三三歳で赤ちゃんプレイは厳しいので出産直後から自我が目覚めているのはNGいや新たな世界に目覚めるかもキャッそれはともかく世話役の可愛い巨乳メイドの胸に抱かれて幸せな柔らかい感触に包まれつつ父親の書斎に保管されている到底子供には理解できない歴史書や魔道書を読破し莫大な魔力を使って隠れて魔法を使っているところを見られてしまって両親執事メイド出入りの商人に天才児だと知らしめて来るべき魔王軍襲来に備えて屋敷を抜け出て魔物を退治しレベルアップ出入りの商人を通じて現代知識で造ったスゲー商品を売って現金収入を得て奴隷を買って鍛えて一二歳。王都の学園編に突入しそこでは武門のツンデレ貴族娘に興味を持たれ庶民派な王女様に興味を持たれ宮廷魔術師のクールな娘に興味を持たれつかず離れずちょっとえっちぃ学園生活を送り一六歳。予定通りの魔王軍襲来に彼は勇者として旅立つことになり王の謁見の王女に熱い視線を向けられていつの間にか契約していた美少女精霊の守護を受け現代日本人の感覚で接しただけで慕われる元奴隷ケモ耳少女と幼い頃に出会った時とほとんど変わっていないエルフっ娘と共に魔王討伐の旅に出てその先々で美しい女性との出会いが――
「――ワレどんだけ人生ナメとんじゃ?」
「え?」
「言っとくけどな、ワレの考えとることは、ワシにも筒抜けなんじゃぁ」
儚げだった態度が一転した少女女神の言葉に、龍造寺修人は桃色妄想世界から帰還した。
『合法ロリ』ということは、外見だけ女児で実年齢と一致しなければなにも問題ない。その一言には精神性といったものは考慮されていない。たとえ広島弁風実際そんな言葉使う広島県人いねーよ的な昨今ではお寒い、しかしだからこそ最近の若人は経験したことがないかもしれないガラの悪さを発揮しようと、合法ロリであることに間違いはない。
「クソくだらん生き方して、そんで死んだらラッキーあって当然じゃぁ? ホンマふざけとんのぉ?」
その昔、ある歌手は人生の真理を謳っていた。
幸せは歩いてこないと。
だから努力して幸せを掴み取ろうとしないといけないと。のほほんとしていれば勝手に転がってくるものではないのだと。
中学校でいじめに遭い不登校、それでも彼なりに一生懸命努力して受験に臨み、やっとの思いで少し離れた電車通学をしなくてはならない高校に進学し、人間関係を一新し『友達百人できるかな』な期待に胸を膨らませて校門をくぐったはいいが、そこは偏差値四〇(推定)の学校。『彼なりに努力した』と言ってもテレビもマンガもゲームもある自室で自己流の勉強の結果など知れていた。クラスメイトは五分刈りにまるで猛虎のようなラインが入ったチャーミングな男のコ、オールバックでコワモテ顔を強調したデコっ男などなどなど。そんな高校生活を三日目にしてドロップアウトし、フリーアルバイターの肩書きを得ることなく自宅警備員の職に就き、以降親のスネをかじるどころか丸呑みにするように順調な引きこもり人生を送った末に死んでしまった龍造寺修人(享年三三歳)は生き様を悔やみ、このチャンスにやり直そうとしているのだ。エンジョイニートライフの末に『テンプレキター!』などと狂喜している内心ではきっと。
だが、少女女神は容赦ない。
「人生投げ出したワレが新しい人生始めたところで、なんかありゃぁまた引きこもるのが目に見えとるわ」
異世界転生希望者は総じて豆腐メンタルなのだ。鋭い言葉の刃でズバズバやられると一センチ角に切断されて麻婆豆腐に使うにはイマイチ味噌汁に入れるには丁度いい打たれ強さしか持っていないのだ。せめてコンニャク程度の柔軟性があれば、厳しい現代社会でも生きて行けたと思われるのに。
「しっかも発想が古っ。王様と謁見して勇者になって魔王退治とか、ファ○コン時代のRPGか? 最近のサブカルチャーにそんな設定まずないで?」
故きを温ねてを新しきを知る、本物は生き残り続ける。そんな言葉もあるので一概に評することはできないが、最近では少なくなった設定なのは間違いない。商業展開しているファンタジーは、テンプレなどと揶揄される設定だけではない。その作品オリジナルの要素があるのが普通だ。
「あのなぁ、さっきワシ『もっと長生きできるはずなのに死んでしまった』つったけどなぁ、そもそも現代日本人なら一四四年くらいまで生きられるようになっとんじゃ」
「なにそのドクター○松理論!?」
龍造寺修人のツッコミは無視し、少女女神は小指で耳掃除しながら、心底やる気なさそーな態度で説明を続ける。
「そんなのに三三で死んだのは、お前の生活習慣が悪いせいじゃろうが」
普通の人間でもそんなものなのかもしれない。一四四歳は行きすぎだとしても、一二〇年くらいまでは生きた人はいるのだ。その人が特別寿命が長かったのではなく、人間そこまで長生きできる可能性があるが、多くの人はそこまで生きられないという考え方もできる。
そして龍造寺修人の場合はどうかというと、体重三ケタの大台はとうに通過し四捨五入すれば二〇〇に突入。Tシャツに描かれた萌えキャラはポッチャリお腹のせいで福笑いのように変態しているメタボ体形を見れば、誰がどう考えても長生きできるタイプではない。ご両親は誕生当時人気になりはじめたサッカーにあやかって『修人』と名づけたのだとしたら、運動そのものを真っ向否定している生き様がその体に表れている。
「そいで一番の原因は、呪いじゃなぁ」
「え?」
龍造寺修人の脳裏に、丑三つ時に神社の神木に、五寸釘でワラ人形が打ち付けられる図が展開される。
「誰が僕に呪いなんて……」
「厳密には呪いっちゅーか恨みを買っとるっちゅーか、負の感情が積もり積もって運命を捻じ曲げてしもうて、結果ワレの寿命は短こうなってしもうたんじゃぁ」
「そりゃ人に自慢できる生き方してないかもしれませんけど、恨みを買うようなことしてませんよ!?」
「アホ。全部ワレの自業自得じゃぁ」
少女女神は呆れるというより、軽蔑するような三白眼を作り、下から龍造寺修人を睨上げる。ダボついたズボンのポケットに手を入れていたら、完全にチンピラのそれだった。
「あんなぁ、お袋さんには『私が育て方間違えたばかりに』と泣かれ、親父さんにも『もうお前を養っていられない』と泣かれ、妹さんには『お願いだからいなくなって』と泣かれ、恨み買ってないっちゅうんか?」
愛ある怒りを買う段階すら遥か昔に通り過ぎたエクストラなニート・オブ・ニートは、存在そのものを否定したい家族の懇願の涙で、運命を歪められていた。
しかし当人以外の者が見れば、むしろ龍造寺修人によって家族の運命が歪められたと思うだろう。まだ引きこもり当初は息子の社会復帰に奮闘していた母も、心労が重なり白髪が増えて老け込んでしまった。定年まではあと数年、退職金を含めて家のローンはなんとか払い終える算段がついたが、息子の部屋で常に稼動しているパソコンや空調による莫大な電気代を考えると、老後の備えもままならない先に父は絶望している。就職難の昨今に地元企業に就職し、そこである男性と付き合い始めて早二年、そろそろお互い結婚を考えるようになったが、外聞の悪い兄の存在に妹は結婚に踏み切れない。
死んだショックで忘れていたことを思い出したのか、さすがに多少なりとも自覚が生まれたのか、龍造寺修人は少女女神の言葉にたじろぎながらも質問を発する。
「そ、そういうのって、神様的にいいんですか……? 運命が捻じ曲がっちゃってるのに……」
「神様が人の生き死になんぞ管理するはずないだろうがボケェ」
龍造寺修人のぷにぷにお腹を手の甲でペシペシ叩きつつ、少女女神は説明する。嫌みったらしく頬をペチペチとやるのがお似合いだろうが、成人男性と小学生低学年女児の体格差では、さすがに届かないらしい。
「ワレが中学性の頃、大事に大事に飼うとった、『みんなご飯でちゅよー。グッピーちゃん今日もかわいいでちゅねー』なんつってキモい赤ちゃん言葉でエサやってた熱帯魚、温度管理間違えていつ死んだのかワレ気づいとったんか?」
「やめてー! 熱帯魚に語りかけていたエピソードとか出さないでー! 僕完全に寂しいヤツって思われちゃうじゃないー! てかなんで知ってるんですかー!」
「ワシは神じゃでぇ? そんくらいわかるわ」
普通は引きこもりの時点で、友達たくさん恋人もいる寂しくないリア充はいないと思われるが、脱線してしまいそうなペットの話はともかく。
「人間だけで七〇億もいるのに、ひとりひとりの管理なんかしとらんし、できるかボケ」
「じゃあ神様ってなにやってるんですか!?」
「ワシらの仕事は、世界全体の管理じゃぁ。熱帯魚の水槽を管理しとるみたいに、中のモンが生きれる環境は作っとるが、そこに住んどる連中がなにしようと勝手じゃ」
「それって無責任じゃ……」
龍造寺修人のツッコミは半分無意識、ついうっかり口に出してしまったのだろう。
「あぁん? 責任? 自分のケツくらい自分で拭けや。それすらできんのか? ちゅーか、寿命まで管理されたいんか?」
だが、耳ざといというか地獄耳の少女女神は五デシベルの呟きもキャッチし、三白眼で下から龍造寺修人をにらみつける。
「そんなことしてたら人間は『僕たちの運命は僕たちのものだ!』とか言って、神に挑んだりしようとするんじゃないかのぉ?」
確かにそういう設定はゲームなどでよくある。ビオトープのように管理された箱庭世界の殻を破り、管理者の束縛から解き放たれようとする物語はある。聖書で描かれたアダムとイブでさえ、神の言いつけを破って知恵の実を食べたのだ。人が神の創造物であろうとも、反抗するのは二千年以上前から定められた自明の理なのだ。
そして単一の作品で考えるとなんの問題もないのだが、広い視野で見渡すと、人間は誰かに管理されたいのか、厳しくも自由でありたいのか、深く考えるとよくわからなくなる。
「それにもしワシがワレの寿命管理しとったら、もっと早死にさせたと思うで?」
「そんなの許されるんですかぁ!?」
「あぁ? ワシは神じゃでぇ?」
見た目幼いだけでなく、今の口調や視線の悪さに、神々しさや威厳といったものはほとんど感じられない少女女神は、傲岸不遜な態度で腕を組む。
「もしもワシがワレ管理しとったら、十八禁ロリ系同人ゲームしながらナニぶっこいとったところに出てきたGOKIBURIにビビッて窓ブチ破って落ちて首の骨折るような死に様より、もっとおもろい死に様考えたるわ」
「僕そんな風に死んだんですか!?」
「おう、反応するんはそこか。覚えてなかったんか?」
「いやぁぁぁぁぁっ!?」
龍造寺修人の壮絶な最期が、少女女神から語られる。
第一発見者は、タイミングよく下校途中に目撃してしまった女子中学生(一四歳)、自宅近所の民家二階の窓から、ガラスを突き破って巨体が転がり落ちたと思いきや、すぐに『ぐへっ!?』という嫌な悲鳴が届く。その家の境には高い塀などないため、敷地を覗き込む必要もなく、その様子は彼女にもわかった。
低木の上に落ちたようだが、巨体が持つ重量と、後ろに反り返るような落下姿勢では、クッションにはならなかったらしい。上半身を茂みに埋没させてピクリとも動かず、なぜか着衣を身に着けていない両足は、水面から下半身が突き出たとある推理小説の一節を連想したという。人体がそのような不自然な姿勢で硬直していたためか、はたまた足と足との間に『そそり立つ』という表現を使うのはどうかと思われる幼少期まだ父親と共に入浴していた頃に見たブツとは形状の違うモノを見たためか、絹を引き裂くような乙女の悲鳴が響き渡り、夕暮れ間近の平和な住宅街は大混乱に陥った。
隣家に住む吉田房江さん(主婦・五二歳)は後に語る。
『息子さん、仕事もせずに家に引きこもってるとは聞いてたけど、こんなことになっちゃって……奥さんも大変ねぇ』
中学生時代の同級生、木村陽一さん(会社員・三三歳)は、事件の顛末を聞いてコメントした。
『そんな死に方するくらいなら、コンビニでエロ本立ち読みしている時に車が突っ込んで死ぬ方がまだマシですね』
封鎖前の事件現場を見てしまった南方愛天使ちゃん(小学生・七歳)は、周囲の大人たちに問う。
『どうしてあのおじさん、お外で“ピー”出してたの?』(※倫理的に問題のある発言があったため、音声を一部加工しています)
どうやら神の奇跡らしい。原理不明のディスプレイが空中に出現し、『三三歳引きこもり、下半身露出で転落死!』と字幕表示し、報道番組風に映像付きで説明され、龍造寺修人は失意体前屈でガックリうな垂れる。
「ついでに気づいてないみたいじゃけぇ教えといたるけど、今のワレ、魂だけじゃぁゆぅても、死んだ時の格好のままで?」
「!?」
少女女神に言われたことを、龍造寺修人はその姿勢のまま頭を下げ、尻を上げて、下半身になにも身に着けていないことを確認する。
彼の視界はぽっちゃりお腹に遮られ、普通に見下ろしただけでは自分の下半身を視認できないのだ。とはいえいい年した太めの男が雌豹のポーズの如く尻を突き上げ、なにが悲しくて自分の股を確認しないとならないのか。
それも口を開かなければ清楚に見える少女女神の前で。小学生低学年くらいの少女の前に立つ、下半身丸出しの『お兄さん』と呼ぶには厳しいが『おじさん』とは呼ばれたくはない微妙なお年頃の男。第三者が見ればどう考えても猥褻物陳列罪の現行犯だった。日本国刑法の適応外であろうこの場所でも、それを考えると更に鬱になる。
「親指サイズ……しかも皮被り……プッ」
ここでガラスのハートに追い討ちをかける少女女神は、むしろ邪神と呼んで構わないかもしれない。
「まぁええわ。そんで、異世界に行きたいんか?」
「え?」
なんでもないように少女女神の口から出た言葉に、龍造寺修人のヘシ折られた心がほんの少しだけ復活した。
「お、僕を異世界に転生って、で、できるんですか……?」
「おぅ、できるで」
少女女神はあっさり言う。
夢が叶う。判明の判明によるショックを超えるほどの衝撃が、龍造寺修人を貫く。
『だったらさっさと転生させてくれよ。僕の心ヘシ折る必要がどこにある?』などという疑問によって硬直する。
「ワレがこのままっちゅーのも困るのは事実じゃけぇのぉ。とはいっても、ワレが地縛霊になったところで、放っといてもワシは困らんし、最終的にはワレの魂消滅させりゃぁ済むだけじゃけぇ、ま、ワシの気まぐれじゃぁ」
「すみません! でしたら転生でお願いします!」
心を読まれた龍造寺修人、気まぐれが変わらないうちにと、即座に少女女神へ体で意思を示す。土下座どころか五体投地、彼の生活習慣では縁がない跳躍という行為によって浮かんだ巨体は、着地というより衝突と呼ぶべき状態で顔面から雲(?)の中にダイブした。見た目から柔らかいかと思いきや、巨体の衝突で軽く揺れるほど硬く、そして痛い。
龍造寺修人は耐えた。プライドを捨てることなど彼にとってはなんでもない。ごく稀に夜間人通りの少ない時間帯に、主にコンビニでの買い物のために外へ出れば、酔って正体をなくしたサラリーマン、コンビニ前でたむろする若者たちに絡まれることなど一度や二度ではなかった。その時の切り抜け方を応用すれば、大抵の困難を切り抜けられる。たとえば部屋の鍵をこじ開け、引きこもり生活をなんとかしようと奮闘する両親の追及をかわした時など。
「ほんで、転生させるんは、剣と魔法の世界でいいんじゃなぁ」
「貴族の子で! あと超強で! あとハーレムも!」
「………………」
交渉というものは基本的に、自分の主張を一方的に相手に飲ませることではない。相手の主張と自分の主張、譲れる部分と譲れない部分を見極め、お互いの妥協点を見出すことだ。
しかし、まともな社会生活を営んでいない龍造寺修人は、そんなことは理解していないため、今この場面で最大限の主張をする。交渉のアドバンテージは少女女神にあることも理解せずに。あとヒキコモリは総じて空気読めないのも一因だろう。少女女神が危険な気配を発し始めたのも気づいていない。
「……転生先に空きがあるのは、没落寸前の貴族だけじゃなぁ。一族全員が三代に渡って道楽三昧、利子が利子を生んで借金総額は領地収入の一〇倍、もう抵当に入るものもないけぇ他の貴族に乗っ取られるのも時間の問題。しかも親はなんでそんな事になってるのか理解しとらんクソじゃけどのぉ」
「まさか僕が転生先で親から受け継ぐものって……?」
「負債に決まっとろう」
「ぎゃ、逆境を乗り越えてこそ異世界転生でしょう……!」
異世界転生希望者の多くは一筋縄ではいかない。彼らはどんな逆境からでも成り上がろうとする気概にあふれている。没落寸前貴族どころではない。怪物に転生させられても彼らは成り上がる。
だから龍造寺修人も、言葉を詰まらせながらも少女女神に反論する。その熱意を生前に一万分の一でいいから出せよと思うほどに。
あと異世界転生希望者の熱意は、熱しやすく冷めやすいという現実を知らないままに。
「そこから僕がすべてを覆し、取り戻すんです!」
「ほぉ。どうやって?」
「中世ヨーロッパなら肥料がない! そこで俺が現代知識で作って収入ドンと!」
自己主張もできずプレゼンテーション能力など生前の人生でまったく発揮できなかった龍造寺修人のどこにそんな言葉が眠っていたのだろう。いや今この時に力を発揮するために力を溜め込んでいたのかもしれない。生前もっと使いどころがあったような気がしなくはないが、死んでしまった今となっては後の祭りだ。
しかし少女女神はジト目を作る。
「アホか。農業の歴史は肥料の歴史じゃぁ。土地が肥沃か痩せてるかなんぞ、生えとる植物見りゃぁわかるし、なにが原因で土地が痩せるかなんぞ、観察と経験則だけでもなんとなくならわかるわ。それに少しでも生産上げようと農家も日々努力しとんじゃぁ。ワレどんだけ異世界人をナメとんじゃ?」
化学肥料の登場は確かに近代になってからだが、有機肥料は歴史上定義できないほど遥か昔から存在したと考えられている。腐葉土などは当たり前に使われていただろう。転生希望者が希望する多くは、中世ヨーロッパ風しかも王政政治が敷かれている文明が発展した社会なのだ。定住せず農耕を行わない遊牧民族や狩猟採集民族でない限り、肥料が存在しない方がおかしい。しかも中世ヨーロッパ風世界で栽培されているものは例外なく麦であるが、『稲は土で作れ、麦は肥やしで作れ』と言われるくらい肥料が大事なのに。
というかそもそも異世界転生者たちが生活する場は内陸であることが圧倒的だ。水源があるような描写は一切されず、世界四大文明の共通項『肥沃な土を運ぶ大河の近く』にケンカを売っているとしか思えない陸運のみしか存在しない場所で、都市を成立させられる人口の消費を賄える農法をどうやって確立しているのか疑問だが、そこは転生希望者が活躍するための余地が残されていないと困るからだろうか。
「きょ、教育改革……学校を作って領地の子供たち全員に教育を……」
「中世ヨーロッパ農村部の現実見てから言えや」
現代日本の識字率は、二一世紀においても世界屈指の高さを誇る。異世界転生希望者たちもその感覚でいるため、教育を当然という考え方を持っている。
しかし教育というのは、必要最低限の生活が保障されてこそ成り立つものだ。昔の農村部では子供でも重要な働き手であったため、転生者が教育の大事さを説いてたとしても、所詮は現実が見えていない、下手をすれば農民たちの死活問題にも結びつく、貴族様の理想論になりかねない。
そして教育改革は十年二十年という長いスパンで考えなければならない。行えばすぐに成果が出るというものではない。しかもその成果は目に見えない場合が多い。なので異世界転生者の人生を描くには向いていない改革だ。成果が出る頃には別の冒険を行っているため、完全に投げっぱなしになる。
「食糧事情改革……! 今までにない食べ物を……!」
「今食べてるモンの原型はだいたい紀元前からあるんで? ワレの言う『中世ヨーロッパ』には大体そろっとるで? あと食う人間の舌のこと考えとらんよな?」
物流や保存技術が発達していない時代ならば、その土地その土地でしか食べられないものは数多いため、個々人で考えれば驚くべき未知の味を提供することは可能だろう。しかし古代ローマ帝国での食生活は、もちろん階級の違いによって大きく違うだろうが、現在とさほど変わりなかったと言われている。
そして日本が世界に誇る和食『SUSHI』は今や世界標準語と化しているが、酢飯の酸味がキツイから抑えられたり、海苔が食べ物だとは思われないから逆側に巻いた巻き寿司を作ったり、淡白な味付けが好まれないからとソースや果物を使ったりと、それぞれの国の料理人がその国の人々の舌に合う創意工夫をしているから受け入れられているのだ。高価な料理が美味しい料理とは限らないのだ。その人の味覚に合った料理が一番美味しいのだ。醤油は広く世界に売られているが、同じ材料で作られる味噌や納豆はあまり受け入れられていないのだ。SUSHIは好んでもSASHIMIは敬遠する肉食文化の人々もいるのだ。そんな人に日本人が『活け造り(尾頭付き)』と呼ぶ魚の惨殺死体を食べさせようものなら、殴られることにもなりかねない。
「農具! 効率的な農具の発明! あと手押しポンプ! 水車とか風車も!」
「地球でも量産はともかく原型は紀元前からあるんで? そんなモン向こうの世界でもワレが考える前から存在しとるわ」
新たな道具が作られる理由は、作業の不便さを改善するためだ。そこには幾度とない試行錯誤の歴史が存在する。現代人なら本を紐解かなくとも、夕飯時のテレビを見た知識でも一足飛びに入手しているから、中世レベルの異世界にその知識を持ち込めば、容易に成功すると思うかもしれない。
しかし異世界転生希望者たちが希望する『中世ヨーロッパ風の世界』の多くは、一部においては技術レベルは相当に高い。それが顕著なのが『冒険者ギルド』というものだ。準軍事組織・治安維持機構としての役割も担った上に人材サービス・金融・流通を牛耳る全世界規模の社会システムなど、二一世紀の地球でも存在しない。しかもそこには身長・体重・知能指数・握力・血糖値などとは根本的に異なる、二一世紀の科学では定義すら不可能な、身体能力や精神性や人生経験どころか運までもを数値化する『ギルドカード』と呼ばれるオーバーテクノロジーも存在する。
そこに生半可な技術をドヤ顔で持ち込めば『せめてトラクターくらい作れ』と鼻で笑われる結果にもなる可能性がある。
異世界転生希望者が考える『中世ヨーロッパ風の世界』は、生活水準における技術レベルは不思議と低い段階で停滞している。数多くの人々は、そんな世界で現代人が裸一貫的に成り上がる姿に胸をときめかす。しかし同時に『俺Sugeeするために異世界人を馬鹿にしてるだろw』などという印象を持たせるため、ファンタジーNAI☆SEIを受け入れられない人を作る一因になることを忘れてはならない。
「ま、魔法で! 今までにない魔法の使い方で社会を変えるような魔道具発明ガッポガッポ!」
「そもそもワレが魔法使える前提がおかしいで? 海に飛び込んだらエラ呼吸できるんか?」
異世界転生者はなぜか即座に魔法が使えるようになるが、魔法が使えない場所で生きていた人間が、どうやって魔法を使う方法がわかるのかに触れられることはない。魔力と呼ばれるものがなんとなくわかって、なんとなく使えるようになる。
魔法と呼ばれる超常能力が平然と存在するなら、その世界に住む人間は、地球に住む人間にはない器官や脳機能がある可能性が高い。仮に転生によって体が作り変えられたとしても、現代日本人の意識で使えるようになるかは非常に疑わしい。最悪の場合、発狂・廃人コンボもありうる。
そもそも正確な意味での魔法とは『魔』の法則、契約した悪魔の力を借りて人の手には起こせない事を起こす禁忌の手段なのだ。それをホイホイ使う異世界転生者は、魂を悪魔にしゃぶられて早死にしないことを祈りたい。もっとも昨今の異世界転生者ならば、契約する美女悪魔が勝手にメロメロ(死語)になって、そんな心配は無用かもしれないが。
「それに、仮にワレが大魔法使いになって、社会を変えるような大発明をしたとしても、ワレが居らんくなったら、作成も修理も不可能になるんじゃないかのぉ? ワレじゃなくても作れるような物は、他の人間が大抵作っとるし」
魔法とは基本的に、個人の素質に左右されるものでなければいけない。石を投げれば大魔法使いにぶつかる世界では、異世界転生者たちの活躍が霞んでしまうので。
そんな人物によって作られた物を社会システムの中枢に据えてしまうと、一代で大きくなったが社長が代替わりして潰れてしまう会社のようなことにもなりかねない。一子相伝の技術が悪いとは言えない。そうでなければ伝えられないものも確かにある。しかしマニュアル化されて永続的に誰でも行える事こそ大事なことも世の中には存在するのだ。
「しかも魔法の『今までにない使い方』ってなんなぁ?」
「えぇと……そこは理科の応用で!」
「物が原子ができとるとか物理法則知ってるから、イメージの補助になるとかいうのかぁ? そういうのは電気使わずに生活できるようなって言えや」
物質は原子でできている。固体ならばギッシリと詰まり、気体となればバラバラに動いている。中学生以上なら常識と言えるレベルの知識だ。
しかしそれを知っていたところで、誰もそれを直接操作することなどできない。水を蒸発させるにはヒーターが必要で、氷を作るには製氷機が必要だ。仮に莫大な電気があり、気圧と温度の関係性を知っていても、家電製品なしで氷を作り出せる理由にはならない。
もしもイメージで物理法則を超越できるのが魔法ならば、そもそも物理法則を持ち出すことが矛盾しているように思える。『科学の応用で強い魔法が使えます。でもなぜそうなるかは科学的に証明できません』では格好悪いため、異世界転生を果たした皆様には是非と考察および応用の研究を行い、魔法学と科学の歴史にその名を刻んで頂きたい。
「じゃぁ鍛えます! 僕がんばって鍛えます! 魔物ガッポリ倒してその素材売り払います!」
「あぁ、そこの領地に住んどるような魔物って、フィールドボスクラスじゃで? じゃけぇ領地運営がままならんっちゅー理由もある」
「え、ちょ、なんでですか!? ゲームとかじゃ最初の敵は、ゴブリンとかそういうのでしょう!?」
「そりゃゲームはクリアされるのが前提として作っとるからじゃぁ。現実にはいきなり回避不能即死クラスの困難なんぞ当たり前にぶち当たるじゃろうが」
だからごくまれに、ストーリーのリアルさを追求してプレイ初期から到底倒せない敵を出現させ、クソゲー扱いされるゲームもある。
「と、とにかく異世界で僕、がんばります!」
それを生前見せろと言いたくなる意気込みを見せ、龍造寺修人は涙目になりながらも言う。
いざとなれば打たれ強く粘り強いのも異世界転生希望者たちの特徴だ。彼らはどんな苦境においても常識を打ち破り、新たな世界の扉を開く可能性を秘めている。
「それで、どんなチートもらえるんですか!?」
でも結局は神頼みだった。
「は?」
それに少女女神は心底不思議そうな顔をした。
「え?」
それに龍造寺修人は心底不思議そうな顔をした。
「ちーと……? なんなぁそれ?」
「えぇぇぇぇ!? こういう時のお約束じゃないですか! 転生する時の特別な力!」
「はぁ? なんでそんなモンやらにゃならんのじゃぁ? ワレ自分の立場わかっとんのか?」
原因:龍造寺修人、引きこもりの末に地縛霊の恐れアリ。
対策:異世界転生or魂の消滅or放置。
進路指導室に呼び出した問題児と面談し、進路相談に乗った挙句、『退学してもお前は俺が面倒みてやる』などと親切な言葉をかける指導担当教員は普通いないだろう。
「ワシの世界で余計な事しといて、退いてやるから銭寄越せっちゅうんか? ほぉ? ワレおもろいのぉ? 頭わいとんのか?」
精一杯手を伸ばし、少女女神はウリウリと龍造寺修人の頬をつつく。
「ワシは気まぐれでワレの魂をなんとかしよう思うただけじゃ。面倒じゃけぇワレの魂消去してカタつけてもええんで?」
神とは気まぐれなのだ。神とはエコヒイキなのだ。神の奇跡とは万人に訪れるものではないのだ。あまりこういう事を言うと敬虔な宗教関係者から『神は万人に平等です! この世に生まれたことが既に奇跡なのです!』と言われかねないが、フィクションに登場する神は例外なく人間くさい感情を持っているので、ここでは言ってしまっても大丈夫だろうと判断する。
そして神とは超常の存在なのだ。人間には到底及びつかない力を持っているのだ。もしも不都合を起きてしまっても、神の奇跡でサクッと解決してしまえるのだ。一人ひとりと面談して希望を聞いてそれに沿うように神の奇跡を使わずともいいはずなのだ。
龍造寺修人は、失意体前屈で嗚咽をこらえることしかできない。彼に選択肢などという自由は許されていないのだ。ただ自業自得的屈辱に耐える以外にない。下半身モロ出しのかなりぽっちゃり目な三三歳がその体勢で涙をこらえる姿は見るに耐えないものがあるが。
「まぁ、普通の人間には見えない妖精とか精霊が見える目とかならいいで」
「おぉ……」
龍造寺修人の心に感動が宿る。現代日本では絶対に経験不可能な響きに、期待で胸がいっぱいになる。
「あっちの世界でも普通の人間は妖精とか精霊とか見えんから存在も信じてないし、ワレ『痛い人』扱いされると思うけどな」
「それじゃ今と変わらねぇぇぇぇっ!!」
現代日本でも経験可能な特殊能力者扱いだった。その存在を見ることができても、他の人に見えないなら、まず間違いなく病院を勧められてしまうだろう。
「じゃ、女に好かれるカリスマ性」
「おぉぉぉぉ!」
龍造寺修人の心に感動で震える。それこそが望んでいたものだと。
「現実になぁなぁの関係なんぞ続けてハーレム作ったら、ワレ刺されるけぇのぉ? それが嫌なら女同士で『この男なら共有可能』って打算的に思わせるような男になりぃや年齢=彼女なし童貞」
「なにそのバッドエンド直前状態!? ってゆーかそれバラさないで!?」
現実の女性は甘くない。彼女たちは美しく気高い孤高の狩人なのだ。物語のように一人の男を挟んで女性同士が仲良くなるなど例外を除いてありえない。その例外を作るために必要なのは腕力や財力や性的魅力だけではない。コミュ力と甲斐性が絶対に必要だ。彼女たち一人ひとりがその男にとっての特別でないとならないのだ。複数の女性関係を保つなど『愛は与えられるもの』と勘違いしている夢追い人たちには到達できない境地なのだ。
「これでもダメなんか……そんじゃぁ魔法使いになる程度でえぇか? 魔法があるっちゅーても普通の人間には使えんし、珍しい存在じゃし」
「はい! それで!」
これ以上なにか言われて心を折られる前に、龍造寺修人は妥協しようと思ったらしい。魔法さえ使えれば、来世はきっと明るい未来が切り開かれると。
「来世でも三十歳過ぎても童貞こいて頑張れや」
「魔法使いってそういう意味!?」
日本の都市伝説とは違い、その異世界は実際にそれが魔法を使えるようになるという設定があったとしても、龍造寺修人は嫌らしい。異世界転生希望者は結局のところ、魔法が使えるか否かが大切ではないのだ。目立てるかどうかと女性とキャッキャウフフできるかどうかが大切なのだ。
「チッ、これでもダメなんかぁ……仕方ないなぁ。そんじゃぁ、どっちか選べ。どっちも嫌ならワレの魂消去な」
「消去だけはやめて! いややめて差し上げてください!」
心底面倒くさそうに舌打ちし、少女女神は最後通牒を突きつけた。
「ひとつはいま言った条件でも、異世界で生まれ変わる」
「もうひとつは?」
「ワレのパソコンに接続されている、外付けHDDを壊す」
「…………………………………………」
龍造寺修人は固まった。
散々失望のどん底に叩き落した家族相手にでも、それを知られてしまうことを想像すると恐怖に似た別の感情が湧き上がる。部屋の中には通販経由代引料金は両親の財布で購入された美少女キャラクター商品ゲーム・フィギュア・ポスター・抱き枕とところ狭しと並んでいるが、それはもういまさら。外付けHDDの中身を見られた時の絶望感とは比較にならない。下半身を露出したまま首の骨を折るという、三面記事で笑い話にされかねないような死に様を晒した彼でも、もしそのデータを見られてしまっては、人としての尊厳――その最後の一線すらも守れなくなる。
「ワレの未練って、それじゃけぇの? どっち選んでもこっちの都合はカタつくけぇ、好きな方を選べぇ」
夢を取るか。プライドを取るか。
神の奇跡の使い方、その究極の二択を突きつけられ、悩みに悩んだ末に。
「…………じゃあ――」
彼は『龍造寺修人』として、最期の選択肢を選び取った。
異世界には夢がある。異世界には希望がある。
しかしもしも他に世界が存在するならば。
しかしもしも神が存在するならば。
こういう事もありえるのだ。
転生希望者諸兄は、こんなことが起こり得る覚悟をして過大な期待を抱かずに、しかし万一そうなっても逆境にも負けずに、異世界ライフに臨んで頂きたい。