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TRACK,1

最初の曲で使用するギターのチューニングを確認して、駿は楽屋に戻った。初めてこのライブハウス『rock shooter』に出た時は緊張のあまり落ち着かず、ウロウロした()()辿(たど)り着いた先があの非常階段だった。暗く冷んやりとした階段に独り腰掛けていると、スッと雑念が消えて駿は不思議と落ち着くことが出来た。


「さっきの女性(ひと)と楽しそうだったね?」

楽屋に入るなり(うしろ)から着いてきた悠斗がひやかすように言った。

「別にっ!なんだよっ…!」

駿の戸惑う表情を敏感に察知(さっち)して憲司もチャチャを入れる。

「お?3年ぶりに恋愛モード、突入か?」

そこに敦が割って入った。

「おい2人とも、駿は本番前ナイーブなんだから、そこらで止めとけ~。で、駿。美人か?」

「年上っぽいけど、キレイな人だったよね?」

「悠斗…おまえなぁ…。」

呆れた顔で駿はミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、「そんなんじゃねーよ」と(くち)に含んだ。


憲司と敦がしつこく盛り上がる姿を見て駿は溜息(ためいき)をつき、悠斗に「今日さ、打上げ終わったら話あんだ」と小声で伝えた。何故(なぜ)か悠斗はニヤニヤしながら

「じゃあ、今日は駿のマンションに泊まる事にするよ。」と肩をたたいた。

「さて、ぼちぼち行きましょう!」

と、敦が立ち上がる。

4人は円陣を組んでお互いの(こぶし)を軽くぶつけ合って楽屋を後にした。




会場に熱気が溜まり、幕が開くのを今か今かと待ち望む声援が響く。


~年が明けたらメジャーデビューする『トレジャーボックス』はリーダーでドラムのATSUSHI,ベースのKEN,キーボードのU,ボーカル&ギターのSHUNという4人のメンバーで構成されるバンド。

いわゆるビジュアル系バンドだが、見た目の(うるわ)しさに加えて楽曲の完成度も高く評価され、インディーズにも関わらずライブチケットはいつも完売させるという実力派。ゆえにメジャーにあまり関心が無いように思えた彼等だが、万を時して大手音楽プロダクション『クラップエンタテインメント』と契約。来月から新生(しんせい)トレジャーボックスとしてのレコーディングを予定している。~


「ふーん、割と有名なんだ。」

翠は配布して余ったフリーペーパーを閉じてカウンターに置いた。

持ち場のドリンクカウンターは、さっきまでの混雑が嘘のように閑散(かんさん)としている。

「おれ知らなかったアキラさんにビックリっすよ~。音楽雑誌とかでも話題ですよ。」

古賀は何故か自慢げにそのフリーペーパーをビールサーバーの上に立て掛けた。


「古賀くん、なぜそこに飾る??」

「だってね、普通、うちみたいな200人限界のライブハウスでインディーズ最後の大事なライブしないと思いません?これ超貴重品ッスよ。チケットの抽選、倍率すごかったらしいですし。」

「まぁ…確かに。何か理由あるんですか?」

そっけない翠に反して古賀は少し興奮気味に言った。

「実は、ココがトレジャーボックス初ライブのハコらしいんスよ。対バンで5組ぐらいのイベントで。」

「そうなんだ。思い出深いって事で来て下さったんですかね~。」

ありがたい、と迷惑そうな顔で翠は拭き終わったグラスを棚になおし始めた。

「いや、なんか、メンバーのSHUNがラストは集中したいから『rock shooter』だ!ってんで決まったらしいっス。毎回非常階段で精神統一してるって音響スタッフさんに聞きました。」

これもお願いします、と古賀が新しく下ろしたグラスを(いく)つか翠に手渡した。

「精神統一…ねぇ…。」

「あ、さっきは居ませんでした?」

「えっ?!ああ、居たみたいだけどすぐに呼ばれて何処(どこ)かへ。」

焦った手の中でグラスが音を立ててぶつかり合う。別に口止めはされてないがオフレコな内容だし隠しておこう。アレコレと詮索されるのも面倒だと、はぐらかす事にした。

その時 (まばゆ)いライトアップと共に幕が開き、スピーカーからの重低音で肌が振動した。


フロアにいるファンは口々にメンバーの名前を叫び、床が大きく揺れる。

ステージ中央には、まるで生まれつきそのポジションを確立していたかのように輝きを放つSHUNの姿が有った。


皆がステージに熱狂し始め、翠はやっとパイプ椅子に腰を降ろす事ができた。

「音が身体にぶつかってくる…。」

(みずか)ら板に身体を叩きつけるような初めての感覚を言葉にして、数時間前の事をぼんやりと思い出す。

思い詰めた顔で 仔犬の目をした王子様と、いま目の前で堂々と自分を表現しているこの人が重ならない。


フロアのテンションは天井知らずに上がり続けて、音と熱気で空気が(ゆが)んだ。

SHUNが観客をあおると皆一斉(みないっせい)に首が折れんばかり頭を振り、バラードではウットリと左右に手を振る。

幻想的な照明と初めて聞くSHUNの歌声で世界がゆるやかに変わっていくような感覚に(とら)われ、翠はいつしかステージに釘付けになった。

「人間はあそこまでオーラをまとう事ができるものなのね…。」

勿論(もちろん)、並々ならぬ努力の上だという事は解っていても天性のカリスマ性というものは絶対に存在するんだと翠は痛感した。


セットリスト+アンコール3曲を終えて『トレジャーボックス』のインディーズ最後となるステージは幕を下ろした。

フロアのライトがつき、ドリンクカウンターと物販ブースは長蛇の列となり 再び目まぐるしい忙しさが帰って来る。

しばらくして客がはけても、まだ翠は仕事に追われていた。rock shooterのスタッフやトレジャーボックスの関係者が手際良く引き上げ作業をする中、いつしか合同で打上げに参加する方向に話がまとまり、盛り上がっている。スタッフの責任者が古賀と翠の元へ走ってきた。

「トレジャーボックスさん達の打上げに呼んでもらったから、適当に切り上げて会場向かってね~」

そう言ってまた違うスタッフの所へ足早に去って行った。

「はーい! アキラさんも行きますよね?」

「いえ、私は今日入った新人ですしご遠慮させて頂きます。」

「え~っ?折角だし、歓迎会兼ねていきましょうよ!まだ話してないスタッフも居るでしょ?」

「ん~…、どうしようかな。」

正直カラダがキツい。翠は慣れない仕事とライブの熱気にあてられて、今ここに布団があれば間違いなく吸い込まれる様に倒れるだろう。

「とりあえず私、ビールケース下に置いてきますね。」

翠はカラのケースを重ねて1階まで降り、裏口を開けた。ドアを出た先で、すでに積んであるビールケースに持ってきた分を重ねるのだが 最後の1つが届かない。しかし隙間(すきま)も無く、横に並べる事も出来ないので目一杯(めいっぱい)腕を伸ばし、背伸びをする。ケースを重ねようとした途端(とたん)、手が滑りバランスが崩れた。

「あぶない!」

頭上に落ちてきたケースを誰かが支えてくれて翠は間一髪(かんいっぱつ)当たらずに済んだ。

「大丈夫?」

翠の頭を(かば)っていた大きな手が離れる。

「あっ、はい、すみません。助かりました…」

顔を上げると、そこには軽々と1番上にケースを重ねてくれる青年が居た。

キャップを(かぶ)って、黒縁眼鏡(くろぶちめがね)をかけたその青年は振り返り、腰をグイッと(かが)めて翠を(のぞ)き込んだ。

「アキラさん、働き者だなぁ。」

翠はそう言った青年が素顔のSHUNだと気付き、

「えぇっ⁈」

自分でも引くぐらいのボリュームで声が出た。

「わっ…!しーっ!ダメだって!」

駿はあわてて周りを見た。

「ちょっと出待ちが多いから、僕に変装したうちのスタッフが先に出るまで隠れてるとこで…。」

翠は動揺する自分を何とか押さえ込んだ。

「あ、ああ、そうなんですか。何かと大変なんですねー…。」

さっきまで輝いていた王子様は、やはり素顔も中々の男前だ。今はあえて普通のにーちゃん風な格好をしているが、こんな裏のゴミ置き場に隠れてなくちゃいけないなんて気の毒だ。

「中に入ってれば良いんじゃないですか?」 翠は裏口のドアを指差(ゆびさ)した。

「でも、こうやって書いてあるから…」 駿はそのドアに貼られた『STAFF ONLY』のプレートを指差(ゆびさ)した。

翠は「ふふっ」と笑い、

「いや、アナタ、さっき普通に『関係者以外立入禁止』入ってたけど」

「いや、だって、僕はさっきまでは関係者だったわけで…」

駿はクスクスと笑っている翠をチラッと見て「失礼します」と少し()ねたようにドアノブを回した。


2人は中に入ると、自然にお互いを見た。

イケメンの王子様から、王子様じゃなくなったイケメンのSHUNを見て 翠はまた彼のイメージが重ねられずにいた。

その時 駿が思い出していたのは「キレイな人だったよね?」という悠斗の言葉。キュッとひとつに(まと)めた柔らかそうな髪。そこからの後れ毛が汗で濡れ、白いうなじにかかっているのを見て、駿はなにか悪い事をしたような気持ちになり 目を()らした。

2階からスタッフの話し声が聞こえ、翠はまだ仕事を残している事を思い出した。

「SHUNさん、さっきはありがとうございました。じゃ、私は戻りますので。」

「あっ、アキラさんて」

階段を上がりかけた翠が振り返る。

「はい、何でしょう?」

「…アキラさんてお(いく)つなんですか?」

咄嗟(とっさ)に脈略の無い質問をしてしまい、しまった、という顔をした駿に翠はしれっと答えた。

「いま37。来年3月に38になりますが。」

普通、女性というのは年齢を聞かれると1回はぐらかすものだと駿は思っていた。過去、明らかに20代前半の女性に何気(なにげ)無く聞いた時も「…幾つに見えますぅ?」と言われて「なんで質問に質問で返すんだ??」と思った経験がある。そのせいか、ストレートに何の躊躇(ちゅうちょ)も無く返答した翠をとても清々しく感じた。今まで出会った事のないタイプの、彼女の中身を知りたいと興味が湧き上がる。

「アナタは幾つ?ん〜…、25、26ぐらい?」

翠の切り返しに駿は(われ)に返った。

「僕?僕は29です。来月30に…。」

「そっかあ、なんか若者の年齢はよく分からないね。でも若く見えるよね?」

「若者じゃないです…」

自分では本当に若いと思っていなかったが、相手が年上なので過剰な謙遜(けんそん)を控える。それに、駿は翠との年齢差をさほど感じていなかった。

「若いよ〜。これからですもんね。頑張って下さい。失礼します」

「待って…」

そう言いかけた時、着信音が鳴った。駿は素早くポケットからスマートフォンを取り出し「はい、」と、ぶっきらぼうに電話に出た。翠はその様子を見て「仕事に戻る」というジェスチャーをしながら階段を上って行った。電話の主は橘で、今日は所属事務所からのスタッフが初めて『トレジャーボックス』のサポートに入った為、打ち上げには参加して欲しいという内容だった。いつもはメンバーだけで打ち上げに行っていたが 今後もお世話になっていくスタッフ達との交流を兼ねて、という橘の配慮だろう。

「他のメンバーはもう向かってるから駿君とこに車回してあるよ。姿無いけど、今どこ?」

「あ、すぐ行きます。」


ー 僕は彼女に何を言いたくて呼び止めたんだろう。

引き止める理由も材料も無いのに。

じゃあなぜ引き止めようとしたんだ。



自分への質問の答えを諦め、駿は階段を見上げてキャップを深く被り直し 勢いよく裏口を出た。




つづく

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