introduction
introduction SIDE.A
「遅咲きといえば確かにそうだけど、実力は有るからね。自信持ってやってよ。」
にこやかに1人1人と握手を交わして橘はスタジオを出て行った。
あの人、業界人っぽくなくて、なんか、爽やか青年だなぁ。
40歳って言ってたけど、細身のスーツを来こなしてさ。
靴はとんがってるけどなぁ。
とか思いながら仲間の様子を見た。
「しかし、メジャー遠かったぁ」
憲司はいままで供給出来なかった酸素を取り返す勢いで浅く小刻みに肩で息をして言った。
「そうかな、おれ、なんか実感わかないせいかよく分からないよ」
そう言って敦はタバコをさかさまに咥えている。
…おまえ漫画かよ。
「あれ?駿、どっかいっちゃってる?」
そう悠斗に顔を覗きこまれて、目の前の景色がやけに鮮明になった。
「あ、いや…」
やばい。悠斗の奴は変に感が良い。
「大丈夫、俺らはやっていけるよ。」
そう笑顔を作って言った後、僕はあえて視界が再度ぼやけるように遠くへ視線を置いた。
僕たち4人は高校1年の時、文化祭で始めてバンドを組んだ。
僕、田邊 駿と曽我部 悠斗とは中学校からの付き合いだ。
ピアノやバイオリンを習わされていたボンボン育ちの彼と、背ばっかり高く痩せ型で、「かいわれ」という不名誉なアダ名を付けられた僕は、何故か野球部に所属していた。小さい頃から野球が好きでプロ野球選手に憧れていたのに、通っていた小学校には野球部が無かった。だから中学生になったら絶対野球部にはいると決めていた。早く戦力になりたくて朝練も真面目に参加し、毎食どんぶりに白飯を3回おかわりしてプロテインも飲んだ。
おかげで身長に見合うガタイは手に入れたが、毎日ゲロ吐きそうに厳しい練習にだんだんと嫌気がさして
「野球は趣味で楽しみたい」と
高校に入ってからは帰宅部に逃げた。
ただ、高校1年の夏、うちの野球部が予選で甲子園が見えた瞬間は正直後悔した。
…結局行けなかったんだけど。
野球やっても華奢だった悠斗はシックスパックの腹筋に憧れていたから、てっきり運動部の何所かに入ると思っていたのに、
「帰宅部、いいね〜、高校生っぽくて。ぼくも乗るよ。」
とか言って僕に賛同し、結果2人で地元のCD屋で試聴しまくって帰るのが日課になった。
竹田 憲司、中邑 敦とは高校に入り同じクラスになった。
人見知りな僕と違って社交的な憲司は少し堅物な敦と幼馴染みで、話してみると以外に音楽の趣味が合った。
僕も隣のクラスから悠斗を引っ張ってきては、昼休みや放課後に今自分の中で1番アツいアーティストなんかの事を語り合った。
「オレさ、ベース買っちった」
ある日の放課後、誰も居なくなった教室で憲司がエアギターならぬエアベース(?)を弾きながら、おどけて見せる。
思わず僕はカール(チーズ味)を噴いた。
「マジかよ?!ケン、それで夏休みバイトしてたのか〜!」
「こりゃあ、バンド組む方向しか無いね?ぼくキーボードがいいなぁ。あっちゃん、なんか楽器は?」
「あ、おれ?小・中とブラスバンドで、ドラムかじったぜ。ゆーとがキーボードで、ボーカルは…シュン歌えよ~。」
「えっ、俺?無理無理!それに、どうせならギターとかやりてぇよ。」
と、勢いで始めた音楽活動が今に至る。
ゲロ吐きそうにキツイ練習が嫌で大好きだった野球を辞めた僕が、この日から血反吐はくほどギターの練習を始めたんだ。
結局、文化祭時点ではお聞かせできるレベルに到達出来ず、渋々ボーカルを担当した。でも、文化祭翌日から登校すると必ず机の中にラブレターが入るようになり、女っ気も無くわりと地味だった高校生活は転じて充実したものになった。憲司や敦もすぐに彼女が出来て予想外のモテキ到来に僕たちは浮き足立ったが、なぜか悠斗は特定の彼女はつくらず、作曲に目覚めて その頃からオリジナルの曲を作り始めた。それに触発されて僕や憲司も作詞したり、敦が悠斗の曲にアレンジを入れたりでとにかく毎日夢中だった。そりゃあ、音楽やりはじめて女の子にチヤホヤされてチョーシこいてるガキだったけど、確実に僕たちのウエイトはバンド活動にあったんだ。
年齢的にも『男の友情』が芽生えやすかった、ってのもあるかもしれないけど、それからずっと今までお互いを成長させながら、大きな諍いもなく初期メンバーのまま15年目を迎え、今日正式にメジャーデビューを打診してくれた事務所と契約した。
ー4日後、使い慣れたハコでインディーズ最後のライブに立つ。
(それまでには、腹をくくらないとな…)
溜飲が下がるのを願うように、駿は氷ごと目の前のジンジャーエールを飲み干した。
introduction SIDE.B
ーほんとに、なんて忙しいんだ。
今日がバイト初日なんて、マジでついてない。
メジャーデビューが決まったバンドのライブとか、聞いてないし。
『トレジャーボックス』とかいうビジュアル系バンドらしいけど、外には、とにかくこの小さいライブハウスに入るんか⁈ってぐらいお客さんが並んでいる。ドリンクの準備や会場の整備もハンパない。新しい仕事ってだけでも余裕が無いのに。
こんな事ならあいつと結婚するべきだったのか。そしたら、別れた気まずさで15年も勤めた会社、辞めなくて済んだものを…。
「いやいやいや…頭悪いな〜…。」
そういう考えに至る自分にもほとほと愛想が尽きた。今日は無になって、がむしゃらに働くとしよう。
「あ、アキラさん!裏の非常階段、今は閉鎖してるんですが帰り解放しますんで、いまのうちにモップがけお願いしまーっす!おれグラス洗っときますんでー」
「はーい、すぐ行きます~」
…救いなのは、ドリンクサービスカウンターの先輩バイトさんが10コも年下で良いヤツ風、古賀 博クンだった事。
「なんでも聞いてくださいっ!」
とかって。
満面の笑顔に癒される〜…可愛いぜ、古賀。
「それにしても、この階段、暗いなぁ。」
バケツにモップを突込みながら私はふと上の階へ続く階段を見上げた。踊り場から折り返した先、関係者以外立ち入り禁止のロープの向こうに、人影らしきものを見てしまい、一瞬凍りつく。
しかも何か呻き声のようなものが微かに聞こえるんですけど…
「…で、…ってか…あーっ、もう…」
おや?霊的ものでは…無いな。
なんか喋ってる?
ただの独り言?
とりあえず生きている人間だと認識できて安心したわ。
「あの〜、そこ、すみませんが、関係者以外立ち入り禁止なんですよ~」
階段を1段だけ登りながら、あえて優しい口調を意識する。
(だって、アブナイ人かも、だしね)
…返答が無い。
そして、まだ何かブツブツ言ってる。
仕方ない、踊り場まで近づこう…。
「あの!」
「…っ‼」
驚いて顔を上げた彼は、彫刻のように陰影のある美しいメイクを施し、それを際立たせる金髪に近い髪の色と青い目がまるで中世ヨーロッパなんかの王子様のようだ。
きっと別人に見えるぐらい化粧をしているのだと思うが、ノーメイクだったとしても丹精な顔立ちなのだと分かる。
この人、今日ライブするバンドの人?
「あ…すみません、僕、いつも集中したい時とかココ借りてて。おねえさんは新しいスタッフさん?ああ、そっか、掃除の邪魔ですよね…」
そう言って今にも泣き出しそうな表情を見せた彼に、つい聞いてしまった。
「どうかされましたか?」
「いえ、僕、すぐどきますね。」
彼は立ち上がり、軽く会釈をして深くため息をつき、ゆらゆらと階段を降りてきた。
スラッと背が高く、足も長い。
距離が近付く彼のつけているフレグランスがブルガリだと気付いたその瞬間、
「あの…っ!」
すれ違いざま不意打ちの大きな彼の声に面食らった。
「こんな事、いきなり何なんですが、ちょっとだけ…聞いてもらうだけで良いんで…あっ、いや、掃除しながらで良いので、と言うかもう僕が勝手にお姉さんに喋ってて良いですか?」
物凄い早口で一気に言葉を吐き出した彼に、私は面食らったまま「はぁ…」と気の抜けた返事をしていた。
本当に彼は掃除を開始した私に…と言うよりは、空を見つめてつらつらと話始めた。
「実は僕、ずっと悩んでる事があって…。でも、メンバーとかに言う勇気が出なくて、でも誰かに聞いてほしくて…」
「そうなんですか〜。」
適当に相づちをうちながらモップを動かす。
「僕たちのバンド、メジャーデビュー決まったんですけど、自分的にもうビジュアル系は限界って言うか…やりたくなくて。」
思わず手が止まる。
…おいおい、いきなり部外者に衝撃の告白ブッ込んできたな。
そのビジュアル込みで、メジャーの話が来たんじゃないのかい?
やりたいとか、やりたくないとか、プロなら言っちやいかんイカンだろ?
そこんとこ、プライドはき違えてないですかね?
他人事を真に受けて、イラッとしてしまった私を置き去りに、彼はこっちの考えが追いつかないスピードで加速し、堰を切ったように喋り続ける。
「…だし、メンバーみんな仲良いし、歌詞はちょっと世界入ってるみたいな曲もあるけど楽曲は良いんだ。だけど…」
なんだか、一生懸命想いを言葉にしていく彼を見てるとだんだん捉え方が変わってきた。
ああ、この人は、本当に口に出せなくて我慢してたのか。私は少し真剣に、彼の気持ちになって、彼の状況をイメージして聞いてあげよう、と思った。
「…それに、基本ビジュアル系の衣装って細身だし、今日だって、なんかこのジャケットも二の腕とかピチピチだし、でも鍛えとかないとライブとかキツイから日課の筋トレやめれないし、なのに筋肉すぐ着いちゃうタチだし、それから…」
「ぷっ…!」
つい吹き出してしまい、同時に「しまった」と思って彼を見た。
案の定、仔犬のような目が「何で笑うの?」って言ってる。間違い無く言っている。
今のは失礼だった。彼は真剣なのだ。大人として申し訳ない。正直に謝ろう。
「ごめんなさい…。スタローンみたいな身体の王子様を想像しちゃったんだ…。
…あはははは!」
ほんと申し訳ない。ツボに入ったのか笑いが止まらない。想像力豊かな自分が憎い。
「スタ…いや、僕そこまでムキムキじゃないっすよ?てか、王子様って何?僕が?!…?!
………あはははは!!」
少し想像して、彼も笑い出した。
彼もツボだったのか。いや、違うな。近頃笑う事が減ってしまっててハードルが明らかに下がっていたのだろう。…彼だけではなく私も。
それから2人で笑いが治まるのを、笑いながら待った。
そういう雰囲気が私を饒舌にしてしまったのだろうか。
とにかく、と私は手に持ったままのモップをバケツに入れた。
「私は一般人だし、偉そうなこと言えないけどさ、アーティストにせよスポーツ選手にせよ、メジャーとかプロとかって、同じ夢持ってる人達の中でも一握りの選ばれた人しにしかなれないモンだと私は思いますよ。だから思ってるのと違うとか、自分には向いてないとか、簡単に言っちゃダメなんじゃないかな。プロならなおさら自分の仕事にプライド持たないと。ただ…」
まっすぐ彼が私を見た。
「ただ?」
「ただ、後悔しながらはきっと頑張れないから。今、あなたの思いを告白するかしないか選択を迫られてるのなら 心のままに決めた方が後悔しない。たとえそれが将来的に悔やむ結果の選択になったとしても、『あの時やっぱりこうするべきだった』ってずっと後悔するよりはマシ。その時はまた別の選択を迫られるだけだからさ。」
そう言いながら、私は今この時の事を後悔するだろう。だって、『彼のため』と見せかけた自分への言葉だったから。
そうだ、自分で決めた。結婚しない事も、会社を辞める事も。
しばらくして真顔になった彼が静かに言った。
「あ…下がった、かも…」
?
何が下がったの、と言いかけて止めた。
代わりに彼の表情の変化を待つ。
彼は私の目をしばらく見つめて、ゆっくりと視線を床に落とした。ほんの数秒だったのに、何時間にも感じる沈黙。
沈黙を破ったのは彼で、その風貌に似つかわしくない体育会系な力強い口調で言った。
「ありがとう、おねえさん!そうっスよね、自分の仕事にプライド持たないとダメですよね!その上で後悔はしないように向き合えって事ですよね!」
少し圧倒されて気付く。私の個人的意見は、もはや彼には不要だったのではないかと。考えてみると助言にもなってない。そもそも問題を解決できるのは自分以外の何者でもないんだから。
「あ…何かゴメンね、結果よく分かんない事を無責任に言っちゃって…」
頭で整理せずに思うまま言葉にしてしまったセリフは本当に恥ずかしい。その上自分に言い聞かせてたって事実も、分かってた筈なのに想定外にいたたまれない。自然にうつむき加減になっていく私に彼は半歩近付く。
私は顔を上げた。
「ちゃんと聞いてくれて、嬉しいです。僕の方こそお姉さんの大事な時間を一方的に自分の話に付き合わせて、仕事邪魔しちゃってすみません。本当にありがとう。」
さっきまでと違い、凛々しく穏やかな表情と丁寧な口調に少し照れる。
その時ふと後ろから視線を感じて振り返った。
そこには、ゴスロリの衣装を着て本当にフランス人形のような顔をした可愛い娘が立っていた。
王子に続き、姫の登場?
姫は私にすこし微笑んでから、王子に手招きした。
「駿、そろそろ集合って。」
「ああ悠斗、すぐ行くわ。おねえさん、ほんとアリガトね!えっと…」
ネームプレートをガン見して、笑顔で彼が言う。
「サカウエ ミドリさん!」
「残念。サカガミ アキラです。」
私は被せ気味に、『言い間違いを正し慣れた』自分の名前を告げた。
坂上も翠も本当にめんどくさい名前だ。
「へ〜、アキラさん!変わった読み方ですね!でも憶えました!じゃ。」
一礼をして、王子様は声だけガッツリ男のお姫様と階下へ消えて行った。
再びモップを手に持ち、私は何故か少し嬉しいような気持ちになっていた。
さぁ、ここも早く終わらそう。
あ…そういえば、
「下がったって、何が?」
左右に動かすモップが階下へ遠ざかる彼等の足音とシンクロした。
つづく