友達以上恋人未満
本日三度目のヒーローショーが終わり、景色が黄昏の色に染まるころ、園内に営業終了のアナウンスが流れた。
金色に輝く景色がやがてコバルトブルーに染まり、駅へと続く道を親子連れが幸せそうに歩いていく。
刹那、父親に手をひかれていた少女が、手に持っていた風船を手放し、赤い風船がたよりなく風に吹かれて空に消えて行った。
夢の世界が終わりを告げている。
胸に一抹の寂しさが過り、さくらは自嘲した。
「なに? どうした」
そんなさくらを見つめる総一郎の眼差しに、さくらの心臓が跳ねる。
「いえ、別にっ……」
知らず赤らむ頬を見られまいと、さくらが視線を逸らせる。
「なあ、腹減った~、飯食いに行かね?」
総一郎の申し出に、さくらは財布の中身を確認してみる。
(やばいっ、あと三千円しか入っていない)
「す……すいません。私ちょっとコンビニに行ってお金を降ろしてきます」
そういってコンビニに向かうさくらの肩を総一郎が掴む。
「いいよ。夕飯は俺が誘ったんだから」
心外そうに総一郎が眉根を寄せた。
「それに結婚したら、どのみち財布は同じわけなんだし……」
「ははっ……嫌だなあ。鳥羽さんたら、その冗談全然面白くないですよ?」
さくらの手を包み込み、総一郎が真剣な眼差しをさくらに向けた。
「俺は、本気だ。結婚しよう」
総一郎の迫力におされて、さくらはじりじりと後退する。
「いや……だからそのお話は前にちゃんとお断りしたじゃないですか。そもそも、鳥羽さんの取り巻きの女の子なんて掃いて捨てるほどいるでしょうに、なんでわざわざ私なんですか? メンドクサイ」
「メンドクサイだと?」
総一郎がぴくりと柳眉を顰める。
その形相に、さくらのセンサーが反応し、その脳裏に再び『接待』という文字が過った。
(いかん、自分。頭はアレでも奴は一応勤め先の大事な取引先の偉いさんなのだ。下手に機嫌を損ねるのは得策ではない)
さくらの頭がフル回転を始める。
(なにか、あったはずだ。こういう状況で円満に断る方法が……ジャイアンがいうところの『お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの』的な名言が確かにあったはず……)
その時、さくらの頭上にに稲妻的な閃きが走ったのだった。
(そう……あれは確か高三のとき、友人がクラスのモテ男にフラれたときの台詞)
「いえ……鳥羽さんは……私にとって……そうですね。今のところは友達以上、恋人未満ってとこかな」
はっきりとその気がないと言っても、きっと相手は納得しない。
ならばそのプライドを傷つけないように、無難に逃げるのが得策であろう。
「友達以上、恋人未満だと? ふん、まあいい。友達ならメルアドを教えろ」
(げっ、こいつ赤外線スタンバってやがる)
さくらはなんとか顔がひきつりそうになるのを堪えながら、メールを交換したのだった。
自分の携帯の中に、彼の名前が入っているのはなんだか心地が悪かった。
夢が夢で終われば、その代償は少しの寂しさで済むはずたった。
だけどそれを現実のこととして、受け止めるには重すぎる。
そう理解しているつもりであっても、携帯に彼の名前があるのを見れば否応なしにきっと心が騒ぐだろう。
さくらは思わずため息を吐いた。
「なんだ? 浮かない顔だな」
「なんか、緊張してしまって」
そういって俯いたさくらに、総一郎がぷっと噴出した。
「らしくねー」
そういって、不意にさくらの手を握る。
「あのっ……あのっ……あくまで私たち友達ですからっ! 友達なのに手をつなぐのってなんか変ですっ!」
さくらが真っ赤になって、総一郎に抗議する。
「友達とは手をつなぐもんだろう。小学校の遠足とか、マイムマイムのときとか(笑)」
総一郎は笑いを堪えて、小刻みに震えている。
「私は、こどもじゃありません」
さくらが唇を尖らせて反論する。
「って、お前、大人でも友好の証として握手とかするだろ? それを変に意識しているお前が変なの」
そういわれて、さくらはぐっと押し黙る。
なんだか反論すらできなくて、すごく悔しい。
腹立ちまぎれに、さくらは総一郎の手をひっぱってずんずんと大股で歩き、ハンバーガーショップの前で立ち止まった。
「私たち、あくまで友達ですからっ、私奢られるのは嫌です。だから割り勘にしましょう。ええ、そうしましょう。割り勘は日本の由緒正しいお友達のルールですからっ」
そんなさくらに、総一郎は盛大な溜息を吐いた。
「お前、本当に可愛くないな」
◇ ◇ ◇
「うっ……なんだか胸焼けする」
さくらは駅の待合室で、座り込んでいた。
ハンバーガーに胸焼けを覚え、もはやジャンクフードを身体が受け付けない、悲しき自分の年齢を実感するさくらであった。
「ああもう、ほらとりあえず水を飲め」
そういって総一郎が自販機で買ってきた水をさくらに手渡し、その背をずっと擦っている。
「大丈夫か? 本当にもう、お前って奴は……」
心配と半ば呆れた声色の中にも愛おしさが滲んでいて、さくらは少し困惑する。
「あっと……大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
水を飲むと、胸焼けもだいぶ治まってきた。
「無理をするな。ほら家まで送ってやるよ」
そういって差し出された総一郎の手をとって、さくらはにっこりと笑いかけた。
「迷惑ついでに、鳥羽さん、私にもう一軒付き合ってくれませんか? ぜひ鳥羽さんに紹介したいお店があるんです」