ヒーローの条件
「うおーーーー! そこだ、イケー、スーパー戦隊セコインジャー!!! そこで必殺技のノーレジ袋、エコポイント換金ビームだーーー!!!」
穴があったら入りたい。
と、さくらは思った。
子ども向けの戦隊ヒーローショーに、どうしてそこまで熱くなれる?
さくらは隣で叫ぶ、三十路一歩手前の男に背を向けようと身体を捩った。
舞台変換のため、一時暗転になったところで、総一郎がさくらの様子に漸く気が付いたらしい。
「どうした? ウエストのクビレを強調する運動か?」
(死なない程度に殴りたい)
そんな願いを込めて、さくらは晴れ渡る青空を見上げたのだった。
ったく、この男ときたら、外見以外は本当にどうしようもないな。
さくらは後輩の北沢や御村が、総一郎のこの戦闘ヒーローオタクぶりを見たときの反応を想像した。
その外見や権力だけを見て、女の子たちはキャーキャー言ってるけど、絶対この姿を見たらドン引きするに決まっている。
(イケメンってなんだろう?)
ふとさくらの頭にそんな疑問が過った。
舞台上では、ヒーローが怪人を倒し、囚われたお姫様を救出している。
ぽっと頬を染めて、ヒーローに淡い恋心を抱く、お姫様……。
イケメンがヒーローを演じている。
いや、違う。
ヒーローというキャラクターが、お姫様の好むイケメンという役柄を演じているのではないだろうか?
そして、隣でショーに釘付けになっている男をちらりと見やる。
(ここに、ヒーローに憧れる、イケメンがひとり……)
さくらは心の中で呟いた。
◇ ◇ ◇
「いやー、楽しかった~」
ショーが終わると、総一郎がじつに上機嫌な様子でさくらにそう言った。
「鳥羽さんて……オタなんですか?」
さくらがおずおずと尋ねると、
「べっべべべ別に、昔な。昔だよ? っていうか、少年なら誰でもヒーローに憧れるだろう? 女の子がシンデレラやお姫様に憧れるのと同じだ」
そういって総一郎は、照れたように赤面し、そっぽを向いた。
そんな総一郎にさくらは自然と笑みが誘われる。
戦隊ヒーローオタクの鳥羽総一郎は、いわゆる女の子の想像する理想のイケメン像からは、程遠いように思えるのだが、さくらにとっては、かしこまったスーツを着て、会社のお偉いさんの代表みたいな顔をしていた総一郎よりも、よっぽど魅力的に見えた。
「なんだ? じっと見やがって。笑うな」
そういって総一郎は、唇を尖らせた。
「いえ、なんだかすごく鳥羽さんいい顔しているなって思って」
そんな総一郎の様子に、さくらはさらに微笑を誘われる。
「いや、訂正。笑っていろ。お前は俺の前では笑っていろ。お前には笑顔がよく似合う」
そういって総一郎は微笑んだ。
それは不意の笑顔で、あきらかに反則だった。
さくらの心臓が跳ねる。
「何をしている? さあ、行くぞ」
そういって総一郎に、手を取られた。
「あっ、ちょっ……ちょっ……ちょっと待ってくださいって」
自分勝手 デ 我儘 デ……アマリ ニ 強引……。
人 ノ 事ナンカ 全然 考エテナイ オタク ノ クセニ。
オタク ノ クセニ……。
さくらは上昇する心拍数を抑えるために、心の中で呟いてみた。
しかし、どうやらその呟きは、高鳴るさくらの胸の動悸に勝てそうにないらしい。
「とろとろするな! 時間が勿体ないだろう。次はあれに乗るぞ!」
そういって、総一郎はまたもや絶叫マシーンに向かって一心に走り出したのだった。
「見てみろ、お前、変な顔で映っているぞ」
丸太をくり抜いたような外装の小さな小舟に乗り込んで、急流を滑り落りるというアトラクションだったのだが、ラストで結構な高さから乗り込んでいる小舟が一気に、ほとんど垂直に落下する場面があった。
そこでどうやら写真を写されていたらしい。
やれやれと、乗り物から降りて出口に向かう途中で、なんともいえない情けない顔で、さくらのアップがテレビモニターに映し出されていた。
(そこは突っ込むな。それが大人としての礼儀だろう)
さくらは心の中で念じたが、毎度ながらその思いは隣の三十路男には通じない。
しかも……あろうことか、総一郎は1500円も出して、その写真を購入したのである。
「なんでそんな写真……」
さくらが不服そうに口を尖らせた。
「うん? なんか不満か? 俺たちの初デートの記念になるじゃないか」
(コイツは本当に女心がわかっていない)
さくらはがっくりと肩を落とした。
そして気づく。
現在の時刻が、12時45分であることに。
あと15分で、この遊園地の中央に位置する港で、某海賊アニメショーが開催されるのだ。
急がねばっ、
さくらはきっと視線を上げた。
そのときだ。
「おっ、12時45分か。そろそろヒーローショーの二回目の舞台がはじまるな」
総一郎が携帯で、時間をチェックしていた。
(おい、待て! ヒーローショーはさっき見ただろうがっ、ここは某海賊アニメショーだろ? しかもこれは一日に一回しか開催されねぇんだよっ!!!)
「さあ、行くぞ! ヒーローショー」
総一郎はさくらの手を取ってずんずんと歩いていく。
(待って……待って、そっちじゃない、私は某海賊アニメショーがみたいのよぉぉぉ)
さくらはなおも心の中で絶叫するが、目の前に大きく『接待』という単語が浮かび、悲しくも自分を自制するしかなかったのだった。
N井和哉が……
N井和哉が、足りないんですけどぉぉぉ
さくらの悲しき心の雄叫びは続くのであった。