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さくら式充電法

総一朗はコホンと咳払いを一つして、席を立ち上がった。

「だが、これはどう見ても君の落ち度のせいだろう? 僕はこの会社の最大取引先である鳥羽建設の重役だ。僕の意思ひとつで取引を白紙に戻す事ができるということを覚えておいてくれたまえ」

そう言って、総一朗はにっこりと微笑んだ。

その天使のような笑顔に、さくらはそこはかとない悪寒を覚えたのだった。

「ですから、クリーニング代を支払いいたしますってば……」

さくらはおずおずと総一朗を見た。

「そんなものでは、償えない」

総一朗が鼻で嗤う。

「じゃあどうしろと?」

さくらはちょっと半泣きモードである。

「だから僕の嫁になってくださいって、言っているでしょう?」

総一朗の声色が一オクターブ低くなっている。

「却下!」

さくらは思いっきり鼻の頭に皺を寄せた。


「うぬう……振り出しにもどってしまったか」


総一朗ががっくりと肩を落とした。


しかし……しかしだ。

総一朗は異性と話をして、もう20分は過ぎようとしているのだが、身体にはなんの違和感も感じなかった。

これは、総一朗にとって奇跡に等しいことであった。

(彼女を逃せば、おそらく自分には一生チャンスはめぐってこないだろう。逃がすものかっ!)

総一朗の全身に漲る殺気に、さくらはたじろぐ。

『君子危うきに近寄らず……』さくらの本能がそう警鐘を鳴らしていた。

「あ、あの……私……これで、失礼します」

さくらはがくがくと足が震えて、その場にへたりこんでしまいそうになるのを必死で堪えて、じりじりと出口のほうに後ずさる。

後ろ手で、ドアノブを握ろうとすると、総一朗に肩を掴まれた。

「せっせっせ……セクハラで訴えます、から」

酸欠の金魚のように、さくらは口をぱくぱくやっている。

「そんなことは、どうとでも揉み消します。それより、先ほどの償いの件ですが、とりあえずデート1回で手を打ちませんか?」

総一朗はにっこりと笑って、さくらの耳元に囁いた。

「ひっ」

さくらは、悲鳴を凍らせてその場にへたり込んだ。




◇  ◇   ◇




「めんどくさっ!」

帰宅後、さくらはコートを脱いで、お気に入りのソファーの上に寝っころがった。

脳裏には自然と、昼間に会った優男の面影が過る。

いきなり初対面で、嫁になれだの、デートしろだの……あれは絶対変態に違いない。

今やさくらには確信めいたものがあった。

たとえどれだけ美形であっても、家が金持ちであったとしても……だ。

やっぱり変態はちょっと倦厭したい、とさくらは思う。

「まあいいや。嫌なことはまた今度考えよう」

さくらはそうひとりごちて、立ち上がると徐にリビングの棚からCDを取り出した。

それは現在さくらがとっぷりとハマりまくっている某戦国天下取りシュミレーションゲームのサウンドトラックであった。

法螺貝の音の後に、ゲームの登場人物たちのセリフが入っている。

なかでもさくらのお気に入りは、やはりO州筆頭であった。

この筆頭は、戦国武将のくせに馬をまるでハーレーのように乗りこなし、やたらと横文字を使いたがるというこまったちゃんである。

『れっつ・ぱーりー』

スピーカーから、そのセリフが聞こえると、さくらはうっとりと目を細めた。

このゲーム以降、さくらは筆頭の中の人、つまりその声優さんにぞっこんなのだ。


「ああ~、N井さん♡」


少し低めの癖のあるその声に、さくらは今日一日のストレスが自分の中から消えていくのを感じた。

好きという気持ちには、とんでもないパワーがある。

どんなに落ち込んでいても、疲れていても、それでも元気になれる。

また立ち上がれるのだ。

「はあ~、やっぱり一日の終わりにはN井和哉で充電しなきゃね」

いつの間にか、さくらの顔に笑みが戻っていた。


部屋にインターホンの音が響く。

ドアを開けると、このマンションの大家さんが立っていた。

大家さんは少し太った気のいいおばさんで、一人暮らしのさくらのことを何かと気遣ってくれるのだ。

「ちょっとさくらちゃん、実は新聞屋さんから今度の日曜日に遊園地で行われる戦隊ヒーローショーのチケットもらっちゃったんだけどね、うちの孫、あいにく都合が悪くてさ。二枚あるんだけど、さくらちゃん、もしよかったら行かないかい?」

「はい、行きます♡」

さくらの顔がほんわかと綻ぶ。

なぜなら戦隊ヒーローショーと同時開催で、某海賊アニメショーも行われるからだった。

(某ゴム人間が出てくるあの話ね)

大家さんを見送った後で、さくらは万歳をした。

「やたー! ロロノア・○ロ♡」

ちなみにこの某海賊アニメに登場するロロノア・○ロというキャラクターの中の人も、さくらがお熱をあげているN井という声優が演じているのだった。

そして、はたとさくらは自分の手の中にあるチケットをしげしげと見つめたのだった。


「遊園地の入場券が二枚……か」


さくらの脳裏に、某優男の顔が浮かんだ。

正直、あまり気乗りはしない。

が、しかし、下手な場所に行って会話が続かず、気まずい思いをするよりは、遊園地などの、なんらかのアトラクションがある場所のほうがマシなのではないだろうかという考えも同時に過る。


「えーい、ままよ」

さくらは思い切って携帯を取り出した。


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