・囚われのニーナ
船は漆黒の宇宙を滑る様に走る…
「本当はいけないんですからね、御客さん」
「まぁいいから、いいから。大丈夫よ、ばれやしないって」
あたしはバーカウンターに一人陣取って、マスターにカクテルを作る様に迫った。しかしマスターはさっきからそれを渋っている。まぁ、しょうがないか、あたしの差し出したIDカードで、きっぱりと未成年ってばれてるんだから。
でも、私はそんな事は気にしない。いや、こういう行為は率先してやってやる!なぜならば、私が好き好んでこの船に乗って居る訳では無いからだ。私を無理やりこの船に放り込んだ両親へのあてつけに、派手に暴れてやろうじゃないの。腹を括った私の怖さを思い知るがいい!
この船の行先は、惑星「パピル」。あたしはそこに有る、全寮制のお嬢様学校に問答無用で放り込まれる予定なのだ。そこで、あたしは真のお嬢様になるべく教育を受けるのだ。
学園の生徒全てがお嬢さん?
胡散臭い事はなはだしい…
それにしても思い出す程に腹が立つ。祖父が一代で築いた大企業の社長の座を父が引き継いで、公の場所に母共々顔を出す事が多くなるから、あたしの素行を少し直さなければならないと、言いだした両親は嫌がるあたしを無理やりこの船に乗せて惑星「パピル」に向かわせたのだ。確かに、あたしの素行は良くなかったかも知れない。しかし、それは個性だ。無理に矯正する事では無い。
――あぁ、駄目だ、思い出す度に腹が立って来る。
「ねぇ、マスター、まだぁ?」
あたしの催促に負けて、マスターは渋々カクテルを作り始めた。よし、あたしの勝ちだ。自然と笑みがこぼれて来る。
「隣、宜しいかな?」
マスターがシェーカーを振って居る姿を眺めて居ると、不意に肩越から声をかけられた。
「どうぞ、空いてるわよ」
声と口調から危険な人物では無いと判断して、あたしはその人物を、ろくに見る事も無く自分の隣の席を手で指し示した。
声を掛けてきた男は、マスターにバーボンを注文すると躊躇する事無く私の隣に座り足を組みカウンターに頬杖をついてあたしの事を聴き始めた。
「名前、聞いても良いかな?」
いきなり視線を合わせないのは手慣れた女の状等手段だ。あたしはちらりと横目で彼を見ただけで、出来るだけ素っ気なく答える。
「…いいわよ別に。私はニーナ。ニーナ アンダーソン。名前も国籍もアメリカだけど、生粋の東洋人よ。あなたは?」
「俺かい、俺は恭一郎、佐伯恭一郎。俺も東洋人だ。こんな宇宙の果てで奇遇だと思って声をかけて見たんだが…」
私の目の前にカクテルグラスが差し出され、恭一郎の前にもバーボンのグラスが差し出された。それを受け取った恭一郎は、私の前にグラスを差し出す。
「何かの縁だ――乾杯するかい?」
私もカクテルグラスを恭一郎に向かって差し出し、カチンとグラスにぶつける。
「旅が無事に終わります様に…」
そう言って私はグラスに一口口をつけた。
「呑んだな…」
恭一郎が悪戯っぽい笑顔を浮かべる。私も釣られて微笑みを返す…その瞬間、
カシャン…
「え?」
私は訳が分からなくて恭一郎の顔を見た。すると恭一郎は懐から何か取り出した。そしてそれを私にゆっくり提示する。それは冗談みたいな物だった。
「――連邦警察…」
「そう。未成年の飲酒は、立派な犯罪だ。君には、目的地に到着するまで、自分の部屋で、おとなしくして貰うよ」
「…ちょ、目的地って、着くまで三か月近く掛かるじゃない!」
「ああ、そうだな。でも大丈夫だ。寝ていれば直ぐに到着するさ」
「そんな事出来る訳…」
そこまで言った処であたしは自分の部屋に連行されて、扉を外からロックされてしまった。と、言う訳でそれ以降、船が目的地に着くまで自由を奪われ自室で気を失う程、退屈な時間を過ごす羽目となった訳である。