春隣⑥
本書はフィクションです。実在の人物・団体・省庁とは一切関係ありません。また、執筆にあたり複数の公務員の取材や架空のエピソードを組み合わせて構成しています。
ご覧いただきありがとうございます。
本作は、実話をもとに再構成した「叩き上げ公務員」の半生を描くサクセスストーリーです。
学歴もコネもなく、定時制高校からスタートした主人公。
決して順風満帆ではなかった彼が、どのような葛藤や壁を乗り越え、霞ヶ関の本省、そして幹部へと駆け上がっていったのか。
実際の官僚機構や他省庁でのリアルな泥臭さ、そして人生後半での新たな挑戦までを丁寧に描いていきます。
働くすべての人、そして逆境から這い上がりたい人に届く作品になれば幸いです。
ぜひ最後までお付き合いください!
春の足音がどこか遠くで聞こえ始めた、3月。
浩一は2月下旬、神戸市第1学区にある定時制のH高校から願書を取り寄せ、I高校で発行してもらった在学証明書や成績証明書とともに提出を済ませた。
転入学試験は、I高校での「実力テスト」の結果が発表される頃の土曜日に実施される予定だった。
ここまで、桐通と交わしたあの日の約束通り——浩一は「無遅刻・無欠席」を完璧に貫き通していた。
そして迎えた、学力テスト当日。
3学期は中間・期末テストが行われず、この「実力テスト」一発で成績が決まる。
その結果が提出済みの転入学試験に直接影響することはない。しかし、浩一にとってはこれが**「I高校で受ける、最後のテスト」**だった。
テストが始まる直前の朝。桐通が静かに浩一の席へ歩み寄ってきた。
「川野。定時制の願書、もう提出したんやろ。……I高での最後のテストになるなぁ」
「そうやなぁ。思えばこの1年、一回もお前に勝つこと出来へんかったわ」
浩一が苦笑交じりに言うと、桐通は少しだけ目元を緩めた。
「テストの結果はそうかもしれんけど……俺は、お前に負けてることのほうが多いで」
「……え? なんやそれ」
桐通はニヤリと意味深に笑うと、答えを言わないまま自分の席へと戻っていった。
(なんやねんそれ……テスト前に、なぞなぞみたいなこと言って……)
テストの手応えは悪くなかった。転入学試験の対策も兼ねて勉強を重ねていたため、手応え通りしっかり解けた感覚があった。
後日、返却された結果はその感覚を裏切らないものだった。順位表に記された浩一の名前の横には、**「クラス2位」**という誇らしい数字が躍っていた。
思わずホッと胸を撫でおろしたものの、(クラストップは、やっぱり……)と即座にある人物の顔が思い浮かぶ。
浩一は返却用紙を手に、桐通の席へと歩み寄った。
「桐通、お前……今回もトップか?」
桐通は前回と同じように、静かに自身の順位表を浩一に見せてくれた。そこにはしっかりと「1位」の文字が刻まれていた。
「1位……! お前、1年間ずっとクラス1位って凄すぎるやろ! いやあ、見事な完敗や。気持ちええわ!」
「……今やから言うけどな、実は結構プレッシャーもあったんやで」
「そりゃそうやろな。ずっと追われる立場なんやから。よし、廊下に貼り出されてる学年順位も見に行こうぜ!」
二人で廊下の掲示板へ向かい、張り出された学年順位表を確かめる。
桐通は前回と変わらず「学年5位」。そして浩一の名前は、前回の14位から大きく躍進し、なんと**「学年10位」**にまで食い込んでいた。
「お前、ほんまに凄いわ! 学年5位って……めちゃくちゃかっこええで!」
「川野だってベスト10入りやんか。……こんなこと言ったらアカンのかもしれんけど、ほんまに勿体ないなぁ」
桐通の言葉には、悔しさと寂しさが滲んでいた。
「……ありがとう。でも、今の俺にはどうしようもないことやからな」
浩一は静かに微笑み、自分の胸に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
寂しさに浸っている暇はない。気持ちを切り替えて、いざ転入学試験へ挑むのだ!
ご覧いただきありがとうございました!
クラス1位と2位、学年5位と10位。
数字の上に刻まれたのは、ただの成績ではなく、二人で切磋琢磨し合ってきた1年間の証そのものでした。
追われるプレッシャーと戦い続けた桐通と、厳しい環境の中で努力を重ねてベスト10入りを果たした浩一。二人の清々しい完敗宣言と称え合いの姿は、まさに青春の1ページです。
全力で駆け抜けたI高校での日々に胸を張り、浩一は次なるステージ「定時制H高校」の扉を叩きます。




