婚約破棄されたので山に逃げたら、なぜか“聖女”扱いされている件
先日、私宛に一通の手紙が届いた。
――婚約破棄の知らせだった。
……いや、ちょっと待って。
婚約破棄って、そんなさらっと届くものだったっけ?
もっとこう、段階とか、話し合いとか、前触れとか。そういうの、あるものじゃないの?
なかったんだけど。
びっくりするくらい、なかったんだけど。
間もなくパーティーを控えたタイミングだったので、てっきりお誘いか何かだと思っていた私は、いつものように侍女に「読んでくださる?」とお願いしてしまった。それも家族の前で。
……結果がこれである。
ほんと、やめとけばよかった。
一瞬だけ、侍女のアリシアが言葉に詰まりーーあ、これ嫌なやつだ。
そう思った時にはもう遅かった。
アリシアは、何事もなかったかのように読み上げ続けていた。
場の空気が、ぴたりと止まる。
誰も何も言わない。
ただ、全員の顔色だけが、分かりやすく変わった。
……いや、そんな顔するくらいなら止めてほしかったんだけど。
今さら言っても遅いか。
でも、そんなはずはないと思い、文面をもう一度ざっと目で追う。
うん。
どこからどう見ても、婚約破棄だった。
「……危険な行動が多く、カーライル家の令嬢としてふさわしくない、ね」
小さく呟く。
「……危険、か」
少し考える。
危険。
危険ね。
「火? 焚き火のことかな」
窓の外へ視線を向ける。
庭の端。以前、枝を集めて火を起こそうとして怒られた場所が見えた。
(まあ、確かに思い当たることはある)
いや、あるどころじゃない。
むしろ――
「思い当たることの方が多いな」
小さく息を吐く。
ああ、そういうことかと、妙に納得する。
……うん、普通に危ないことはしていた。
それは否定できない。
できないけど。
――でも。
そこまで言われるほどかと言われると、ちょっと納得いかない。
小さく呟いたら、部屋の空気が微妙に冷えた。
両親は何も言わなかった。止める様子もない。
つまり――
「……あー、はいはい」
理解した。
セラ・ローエン、十五歳。
どうやら、人生詰んだらしい。
特にやることもなく、ぼんやりと屋敷の中を歩いていた。
庭の木に実がなっているのが目に入って、なんとなく手を伸ばした。
足場にしていた石が崩れた。
落ちながら、二つの記憶が重なった。
庭の木に手を伸ばして、足を踏み外した今の記憶。
山の中で、実を取ろうとして足場を見誤った記憶。
似ているようで、まるで違うはずのそれが、ひとつに重なる。
……あれ。
これ、知ってる。
この感覚。
この落ち方。
この、どうしようもない感じ。
地面が迫る。
その直前――
「……あ」
気づいた。
ああ、これ。
私、前にもやってる。
◇
激痛が走る。
しばらく、体が動かない。
それでも、頭の中ではばらばらだった記憶が、ゆっくりと繋がっていく。
空を見上げたまま、ぽつりと呟く。
「一回目の人生、それで死んだんだ」
間を置く。
「……私、ダサ」
いや、ほんとに。
同じ死に方、二回目とかある?
成長してないにもほどがある。
そのまま、意識が途切れた。
◇
目を覚ます。
……あ、生きてる。
見慣れた天井が、すぐそこにあった。
息を吐く。
「……思い出した」
再び目を閉じて、これまでのことを振り返る。
思い返せば、私の人生にはおかしなことが多かった。
幼い頃から、何度も同じような夢を見ていた。
見たこともない山の中で、火を起こしたり、木の実を焼いたりしている夢だ。
此処とは違う服装の人達と笑いあっていた。
妙にリアルで、目が覚めたあとも余韻が残るくらいで。
……そして。
気づけば、やっていた。
庭で枝を集めて火を起こそうとして大騒ぎになったこともあった。
草を摘んで食べようとしたこともあった。
……そりゃ止められるわ。
なるほど、と妙に納得する。
夢だと思っていたものは、夢ではなかったらしい。。
あの山の感じ。
風とか、景色とか、あのしんどさ。
全部、好きだった。
その数日後、私は屋敷を出た。
「……山、行こう」
理由は、それだけ。
◇
山は、思っていた以上に大変だった。
水はないし、火はつかないし、寝る場所は安定しない。
普通に生活するだけで、体力が削られる。
それでも。
「……楽しいな」
そう思った。
水を見つけた時なんて、思わず声が出たし。
冷たい水を飲んで、
「……生き返る」
なんて言ってた。
我ながら単純だと思う。
◇
拠点を作って、水場も確保して。
なんとか生活が形になってきた頃。
めちゃくちゃでかい狼が現れた。
青い目のやつ。どう見ても普通じゃない。
とりあえず兄からもらった魔物避けの護符を向けたら――
「効かぬ」
って言われた。
いや喋るんだ。
ちょっと言葉通じるなら安心した。
いや、安心していいのかは分からないけど。
そいつ、普通に肉食べて帰った。
なんなんだろう。
◇
次の日も来た。
今度は、獲物を持って。
なんかもう普通にいる。
一緒に食べた。会話もした。
フェンリルなんだって。山の主。
ノクスって呼ぶことにした。
「……ここに住んでもいい?」
なんとなく聞いたら、
「好きにしろ」
って返ってきた。
あっさりだった。
◇
川は少し離れているから、水を毎回取りに行くのが面倒になってきた。
「置いときたいな」
そう思った瞬間、やることは決まった。
石と砂と、炭。
拾い集めたそれを組み合わせて、簡単なろ過装置を作る。
「……こんな感じだった気がするんだよね」
記憶は曖昧なのに、手は迷わない。
水を注ぐ。
ぽたり、と落ちる音。
ゆっくりと、透明な水が溜まっていく。
「……お?」
最初より、明らかに澄んでいる。
まあ、ろ過したしね。
納得して、口に含む。
冷たい。普通の水だ。
「うん、大丈夫そう」
それだけだった。
◇
そのすぐ後だった。
森の奥で、ノクスが人を見つけた。でも姿を見せられないから、私一人で見に行った。
冒険者らしき人が二人。
一人は怪我をしている。
「……これ、放っといたら悪化するやつでしょ」
傷口は綺麗にしないと。
泥と、黒ずんだ何か。
見た瞬間に分かった。
「ちょっと待ってて」
そう言って、水を取りに戻った。
◇
「ちょっと沁みるかもだけど、我慢して」
そう言って、水をかける。
その瞬間。
じゅ、と音がした気がした。
「……っ!?」
黒ずんでいた部分が、ゆっくりと薄れていく。
私は気にせず、もう一度水をかけた。
「ちゃんと流しとかないとね」
さらに、少し飲ませる。
「……っ、体が軽い……」
男が、そう呟いた。
いや、ろ過した水なのに大袈裟な。
でもまあ、水ってそういうとこあるよね。
私も川見つけた時、ちょっと泣きそうになったし。
◇
その場にいたもう一人の男が、震えた声で言った。
「……精霊が、集まってる……」
水の周りに、光が集まっているらしい。
私には見えないけど。
ふたり揃って大袈裟じゃない?
「ふーん?」
よく分からないけど、あまり関わらない方がいい気がした。
「じゃ、私行くね」
やることは終わったし。
そう言って、その場を離れた。
◇
数日後。
街の酒場で、噂が広がる。
「山に、変な女がいる」
「水で瘴気を消したらしい」
「精霊が喜んでたって話だ」
信じる者はいない。
けれど。
「……見に行くか?」
誰かがそう言った。
◇
そして――
「……この辺のはずなんだが」
誰も、見つけられなかった。
目印も、場所も、全部合っているのに。
「……何も、ない」
ロッジも、焚き火の跡も。
生活の痕跡すら。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
◇
その頃、山の奥では。
「……なんか最近静かだね」
私は日課の薪運びをしている。
風は穏やかで、空気も澄んでいる。
横には、澄ました顔のノクス。
「我に感謝するが良い」
短く言う。
――人間どもがうろついていて、目障りだっただけだがな。
魔物が寄ってこないのは、きっとノクスのおかげだ。
「ありがとね」
生意気だけど、頼りになる。
いつかもふもふさせてもらおう。
◇
山に、変な女がいる。
見た者はいる。助けられた者もいる。
けれど――
「見つからない」
だからこそ、噂は変わっていく。
ただの人間じゃない。
精霊に愛された存在。
あるいは――
「……聖女様、かもしれないな」
誰かの呟きは、静かに広がっていく。
山に、"聖水を作る女"がいる――
そんな噂が、少しずつ形を変えていく中で。
今日もセラは、何も気づいていない。
――そのすぐそばで。
小さな光たちが、楽しそうにくるくると舞っていた。
まるで、それを見守るみたいに。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
このあとセラは、
「ただの水」のつもりでやっていることが
どんどん周りに勘違いされていきます。
本人は気づかないまま、
なぜか評価だけが上がっていく感じです。
このお話の続きは、連載版で投稿予定です。
山での生活や、ノクスとの関係、
そしてセラが“聖女”と呼ばれていく理由など、
ゆっくり描いていく予定です。
少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、
ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
※タイトル違いで連載します。




