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婚約破棄されたので山に逃げたら、なぜか“聖女”扱いされている件

作者: なな日々
掲載日:2026/04/15

 先日、私宛に一通の手紙が届いた。

 ――婚約破棄の知らせだった。

 ……いや、ちょっと待って。

 婚約破棄って、そんなさらっと届くものだったっけ?

 もっとこう、段階とか、話し合いとか、前触れとか。そういうの、あるものじゃないの?

 なかったんだけど。

 びっくりするくらい、なかったんだけど。

 間もなくパーティーを控えたタイミングだったので、てっきりお誘いか何かだと思っていた私は、いつものように侍女に「読んでくださる?」とお願いしてしまった。それも家族の前で。

 ……結果がこれである。

 ほんと、やめとけばよかった。

 一瞬だけ、侍女のアリシアが言葉に詰まりーーあ、これ嫌なやつだ。

 そう思った時にはもう遅かった。

 アリシアは、何事もなかったかのように読み上げ続けていた。

 場の空気が、ぴたりと止まる。

 誰も何も言わない。

 ただ、全員の顔色だけが、分かりやすく変わった。

 ……いや、そんな顔するくらいなら止めてほしかったんだけど。

 今さら言っても遅いか。

 でも、そんなはずはないと思い、文面をもう一度ざっと目で追う。

 うん。

 どこからどう見ても、婚約破棄だった。

「……危険な行動が多く、カーライル家の令嬢としてふさわしくない、ね」

 小さく呟く。

「……危険、か」

 少し考える。

 危険。

 危険ね。

「火? 焚き火のことかな」

 窓の外へ視線を向ける。

 庭の端。以前、枝を集めて火を起こそうとして怒られた場所が見えた。

(まあ、確かに思い当たることはある)

 いや、あるどころじゃない。

 むしろ――

「思い当たることの方が多いな」

 小さく息を吐く。

 ああ、そういうことかと、妙に納得する。

 ……うん、普通に危ないことはしていた。

 それは否定できない。

 できないけど。

 ――でも。

 そこまで言われるほどかと言われると、ちょっと納得いかない。

 小さく呟いたら、部屋の空気が微妙に冷えた。

 両親は何も言わなかった。止める様子もない。

 つまり――

「……あー、はいはい」

 理解した。

 セラ・ローエン、十五歳。

 どうやら、人生詰んだらしい。


 特にやることもなく、ぼんやりと屋敷の中を歩いていた。

 庭の木に実がなっているのが目に入って、なんとなく手を伸ばした。

 足場にしていた石が崩れた。


 落ちながら、二つの記憶が重なった。

 庭の木に手を伸ばして、足を踏み外した今の記憶。

 山の中で、実を取ろうとして足場を見誤った記憶。

 似ているようで、まるで違うはずのそれが、ひとつに重なる。

 ……あれ。

 これ、知ってる。

 この感覚。

 この落ち方。

 この、どうしようもない感じ。

 地面が迫る。

 その直前――

「……あ」

 気づいた。

 ああ、これ。

 私、前にもやってる。

 激痛が走る。

 しばらく、体が動かない。

 それでも、頭の中ではばらばらだった記憶が、ゆっくりと繋がっていく。

 空を見上げたまま、ぽつりと呟く。

「一回目の人生、それで死んだんだ」

 間を置く。

「……私、ダサ」

 いや、ほんとに。

 同じ死に方、二回目とかある?

 成長してないにもほどがある。

 そのまま、意識が途切れた。

 目を覚ます。

 ……あ、生きてる。

 見慣れた天井が、すぐそこにあった。

 息を吐く。

「……思い出した」

 再び目を閉じて、これまでのことを振り返る。

 思い返せば、私の人生にはおかしなことが多かった。

 幼い頃から、何度も同じような夢を見ていた。

 見たこともない山の中で、火を起こしたり、木の実を焼いたりしている夢だ。

 此処とは違う服装の人達と笑いあっていた。

 妙にリアルで、目が覚めたあとも余韻が残るくらいで。

 ……そして。

 気づけば、やっていた。

 庭で枝を集めて火を起こそうとして大騒ぎになったこともあった。

 草を摘んで食べようとしたこともあった。

 ……そりゃ止められるわ。

 なるほど、と妙に納得する。

 夢だと思っていたものは、夢ではなかったらしい。。

 あの山の感じ。

 風とか、景色とか、あのしんどさ。

 全部、好きだった。

 その数日後、私は屋敷を出た。

「……山、行こう」

 理由は、それだけ。

 山は、思っていた以上に大変だった。

 水はないし、火はつかないし、寝る場所は安定しない。

 普通に生活するだけで、体力が削られる。

 それでも。

「……楽しいな」

 そう思った。

 水を見つけた時なんて、思わず声が出たし。

 冷たい水を飲んで、

「……生き返る」

 なんて言ってた。

 我ながら単純だと思う。

 拠点を作って、水場も確保して。

 なんとか生活が形になってきた頃。

 めちゃくちゃでかい狼が現れた。

 青い目のやつ。どう見ても普通じゃない。

 とりあえず兄からもらった魔物避けの護符を向けたら――

「効かぬ」

 って言われた。

 いや喋るんだ。

 ちょっと言葉通じるなら安心した。

 いや、安心していいのかは分からないけど。

 そいつ、普通に肉食べて帰った。

 なんなんだろう。

 次の日も来た。

 今度は、獲物を持って。

 なんかもう普通にいる。

 一緒に食べた。会話もした。

 フェンリルなんだって。山の主。

 ノクスって呼ぶことにした。

「……ここに住んでもいい?」

 なんとなく聞いたら、

「好きにしろ」

 って返ってきた。

 あっさりだった。

 川は少し離れているから、水を毎回取りに行くのが面倒になってきた。

「置いときたいな」

 そう思った瞬間、やることは決まった。

 石と砂と、炭。

 拾い集めたそれを組み合わせて、簡単なろ過装置を作る。

「……こんな感じだった気がするんだよね」

 記憶は曖昧なのに、手は迷わない。

 水を注ぐ。

 ぽたり、と落ちる音。

 ゆっくりと、透明な水が溜まっていく。

「……お?」

 最初より、明らかに澄んでいる。

 まあ、ろ過したしね。

 納得して、口に含む。

 冷たい。普通の水だ。

「うん、大丈夫そう」

 それだけだった。

 そのすぐ後だった。

 森の奥で、ノクスが人を見つけた。でも姿を見せられないから、私一人で見に行った。

 冒険者らしき人が二人。

 一人は怪我をしている。

「……これ、放っといたら悪化するやつでしょ」

 傷口は綺麗にしないと。

 泥と、黒ずんだ何か。

 見た瞬間に分かった。

「ちょっと待ってて」

 そう言って、水を取りに戻った。

「ちょっと沁みるかもだけど、我慢して」

 そう言って、水をかける。

 その瞬間。

 じゅ、と音がした気がした。

「……っ!?」

 黒ずんでいた部分が、ゆっくりと薄れていく。

 私は気にせず、もう一度水をかけた。

「ちゃんと流しとかないとね」

 さらに、少し飲ませる。

「……っ、体が軽い……」

 男が、そう呟いた。

 いや、ろ過した水なのに大袈裟な。

 でもまあ、水ってそういうとこあるよね。

 私も川見つけた時、ちょっと泣きそうになったし。

 その場にいたもう一人の男が、震えた声で言った。

「……精霊が、集まってる……」

 水の周りに、光が集まっているらしい。

 私には見えないけど。

 ふたり揃って大袈裟じゃない?

「ふーん?」

 よく分からないけど、あまり関わらない方がいい気がした。

「じゃ、私行くね」

 やることは終わったし。

 そう言って、その場を離れた。

 数日後。

 街の酒場で、噂が広がる。

「山に、変な女がいる」

「水で瘴気を消したらしい」

「精霊が喜んでたって話だ」

 信じる者はいない。

 けれど。

「……見に行くか?」

 誰かがそう言った。

 そして――

「……この辺のはずなんだが」

 誰も、見つけられなかった。

 目印も、場所も、全部合っているのに。

「……何も、ない」

 ロッジも、焚き火の跡も。

 生活の痕跡すら。

 まるで最初から存在しなかったみたいに。

 その頃、山の奥では。

「……なんか最近静かだね」

 私は日課の薪運びをしている。

 風は穏やかで、空気も澄んでいる。

 横には、澄ました顔のノクス。

「我に感謝するが良い」

 短く言う。

 ――人間どもがうろついていて、目障りだっただけだがな。

 魔物が寄ってこないのは、きっとノクスのおかげだ。

「ありがとね」

 生意気だけど、頼りになる。

 いつかもふもふさせてもらおう。

 山に、変な女がいる。

 見た者はいる。助けられた者もいる。

 けれど――

「見つからない」

 だからこそ、噂は変わっていく。

 ただの人間じゃない。

 精霊に愛された存在。

 あるいは――

「……聖女様、かもしれないな」

 誰かの呟きは、静かに広がっていく。

 山に、"聖水を作る女"がいる――

 そんな噂が、少しずつ形を変えていく中で。

 今日もセラは、何も気づいていない。

 ――そのすぐそばで。

 小さな光たちが、楽しそうにくるくると舞っていた。

 まるで、それを見守るみたいに。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


このあとセラは、

「ただの水」のつもりでやっていることが

どんどん周りに勘違いされていきます。


本人は気づかないまま、

なぜか評価だけが上がっていく感じです。


このお話の続きは、連載版で投稿予定です。


山での生活や、ノクスとの関係、

そしてセラが“聖女”と呼ばれていく理由など、

ゆっくり描いていく予定です。


少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!


※タイトル違いで連載します。

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― 新着の感想 ―
セラのやりとりやツッコミでクスッと笑えるところも多く、話のテンポ感も良いのでとても面白かったです! 今後話がどう展開されていくのか気になります(*´꒳`*)
めっっっちゃ続きが気になります。 主人公は忽然と山へ姿を消した訳ですから、屋敷ではえらいことになってそうですね(笑) 私もノクスもふもふしたい、、、、 連載版楽しみにしています!
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