33 話 『蕾のままで、春の光に慣れていいよ。』
33 話 『蕾のままで、春の光に慣れていいよ。』
透は窓を少しだけ開け、柔らかいけれどまだ肌
寒い春の風を部屋に迎え入れました。外では桜の蕾が固く閉じたまま、木々の枝に静かに揺れて
います。文子さんが湯気の立つお茶を淹れながら、優しく言いました。「春はね、明るくなる季節
なのに、
心がまだ追いつかない日があるのよ。
冬の疲れが体に残っていて、
『春なのに何も変わらない』と感じるのも、
自然なことなんだよ。」あなたが今、
日が長くなったのに朝が重く、
布団から出るのが億劫なら、
そのまま丸まっていてもいい。冬のだるさが抜けきらないまま、
周りが少しずつ動き出すのを見て、
「自分だけ取り残されている」と思った瞬間も、
「みんな楽しそうなのに、自分は無気力で申し訳ない」と思った瞬間も、
全部、ちゃんと見えているよ。春の光は、冬の雪明かりより少し強い。
だから、心がふるふると揺れるのも、
寒暖差で体がだるくなるのも、
花粉や気圧の変化で頭が重くなるのも、
責めなくていい。灯台の光は、季節の変わり目でも、
無理に強く輝こうとはしない。
ただ、優しく、届くところまで届く。文子さんが微笑みながら、
「今日は半分でいいの。
窓から入る光を、ぼんやり眺められただけで、
それで今日は大成功だよ。
あなたも、そうでいいのよ。」透が窓辺に寄りかかり、蕾の枝を眺めました。「春は新しい環境や
変化が多い季節だね。
張りつめていた気持ちが、ふと緩んだときに、
無気力や焦燥感が込み上げてくることがある。
『頑張らなきゃ』と思ったのに体が動かない、
『春なのに自分はダメだ』と自分を責めてしまう……
そんな心の揺らぎも、冬の疲れがまだ残っている証拠なんだ。あなたへ。
興味が持てない日も、
食欲が落ちたり眠りが浅くなったりする日も、
イライラや理由のない不安がふと訪れる日も、
それでいい。
無理に『春を楽しもう』としなくていい。
蕾のまま、固く閉じていても、
ちゃんと春の準備をしている。
冬の重さを抱えたままのあなたも、
十分にここにいる価値があるよ。」文子さんが小さな花瓶に、蕾の枝をそっと活けました。「見て。
この蕾は、まだ花びらを広げていないけれど、
きれいでしょう?
無理に咲かせようとしなくても、
そのままで春の光を受けているのよ。
あなたも、同じ。
自己否定の気持ちが強くなるときも、
『生きてるだけで精一杯なのに』と思ったときも、
この物語が、そっと寄り添っている。」透が静かに頷きます。
「遠い日のあなたへ。
冬を生き抜いた疲れが、春の変化の中で少しずつ溶けていく過程は、
時間がかかるもの。
焦らないで。
あなたのペースで、ゆっくり慣れていけばいい。
半分でいい。四分の一でいい。
今日はただ、息をしているだけで十分なんだ。」夕方になり、窓の外に柔らかな春の光が広がりま
す。あなたが今、
胸の奥にしまっている「春なのにしんどい」気持ちや、
「周りに取り残されたような寂しさ」、
心がふるふる揺れる不安も、
この物語が、雪解けの水のように、
そっと受け止めているよ。だから、もう少しだけここに寄りかかっていて。
ここは、あなたの春の移り変わりの味方だよ。文子さんが最後に、優しく言いました。
「春の光は、灯台のように静かに。
あなたがここにいるために、
この季節はあるのよ。
無理に輝かなくていい。
蕾のままで、いい。」透が付け加えます。
「生きていてくれて、ありがとう。
冬の疲れから春への道のり、
あなたのままで、ゆっくり生きていて。」——春の移り変わりの灯台の光は、
いつでもあなたの心に、
柔らかく、優しく、ちゃんと届いています。あなたは、今日も冬から春へ、
ゆっくり生きてくれて、ありがとう。
ここからは、あなたへ宛てた小さな手紙です。
あなたが返事を書きたくなったら、
そのときに、あなたの言葉で。
書かなくても、あなたの沈黙ごと受け取っています。
「うん、待ってるよ。
でも、待ってるってことは、
あなたの沈黙も、ちゃんと受け取ってるってことだから。」
「怖くてもいいよ。
それでも、あなたが手紙を出したいと思ったなら、
それはもう、誰かの春になるから。」
こんな風が吹いてきたら、
その時はそっと教えてね。
――灯台荘より。




