第14話 まだらな音と、届く言葉
第14話「まだらな音と、届く言葉」
灯台荘の夕食は、いつも少し賑やかだ。
文子さんが煮物を運び、雫が味噌汁をよそっている。
透は録音図書のイヤホンを片耳だけ外し、静かに会話を聞いていた。
その中で、蓮だけが少し疲れた顔をしていた。
真昼がホワイトボードに書く。
『今日、疲れてる?』
蓮は苦笑した。
「役所って、耳が疲れるんですよね」
「今日も聞き取りづらかった?」
雫が、口元が見えるようゆっくり話す。
その気づかいだけで、蓮の肩が少し下がった。
「説明が早くて……半分くらい飛んじゃって。聞き返したら、迷惑そうな顔されてる気がして」
透が静かに言う。
「“聞き返す側”って、なぜか申し訳なくなるんですよね」
あかりさんも頷いた。
「私もあります。“危ないから”って急に引っぱられること」
文子さんがお茶を置きながら、小さく笑う。
「待ってもらえるだけで、人って楽になるのよねえ」
真昼がまた書き足した。
『説明から始まるの、疲れる』
蓮は、その文字を見て吹き出した。
「ほんと、それです」
“聞こえない”わけじゃない。
でも、“ちゃんと聞こえる”わけでもない。
まだらな音の中で、何度も説明するうちに、自分のほうが悪い気がしてくる。
そのとき、真昼がスマホを見せた。
『一緒に食べると、疲れ少し飛ぶ』
短い言葉だった。
でも、蓮の胸のざわつきが、少し静かになる。
聞こえないふりをしなくていい。
笑ってごまかさなくていい。
そう思える相手がいるだけで、一日は少し違って見えた。
食後、蓮は窓辺に立った。
遠くに灯台の光がぼんやり浮かんでいる。
雫が隣へ来る。
「明日の朝、無理しなくていいからね」
透も穏やかに続けた。
「完全に伝わらなくても、届こうとしてくれる言葉があれば、人は少し安心できるんだと思います」
あかりさんが白杖を軽く鳴らす。
「急がないでくれるだけでも、違うんですよね」
真昼は最後に、ホワイトボードへ書いた。
『みんなで、少しずつ』
蓮は、その文字をしばらく見つめた。
まだらな音の世界の中でも、今日はいくつかの言葉が、ちゃんと届いていた。
「……明日も、よろしくお願いします」
真昼は静かに頷く。
その頷きが、蓮には今日一番はっきり聞こえた。
聞こえにくいこと、見えにくいこと、心がまだらになること——
どれも「説明しにくい」からこそ、疲れが積もります。
そんなとき、ゆっくり口元を見せてくれる人、メモをさっと出してくれる人、「今日は半分でいいよ」と言ってくれる人がいる。
生活弱者ファーストとは、特別な大きな愛ではなく、そんな小さな「届く言葉」の積み重ねなのかもしれません。
この物語が、あなたの疲れた日に、そっと灯りになりますように。




