第十話 生きていく力
最終章:生きていく力、というと、
何か大きくて、強くて、立派なもののように聞こえるかもしれません。
でも本当は、
半分でいいと言ってもらえること。
途中で戻ってもいいと思えること。
うまく言えない日にも、そばにいてくれる人がいること。
そういう小さなものの積み重ねなのかもしれません。
今回は、灯台荘の人たちが、それぞれの「生きていく力」を持ち寄る話です。
最終章
きっかけは、文子さんのひとことで始まった。
「せっかくだから、うちでやってみない?」
日曜の昼下がり、灯台荘の居間には、洗濯の乾いた匂いと、煎りたてのほうじ茶の香りが混ざ
っていた。
窓の外では、雨上がりの光がまだ少し白く残っている。風はやわらかく、庭の鉢植えの葉が、
ひとつずつ水を落としていた。
雫は、台所の机でことば帳を開いていた。
真昼はスマホに何か打ち込み、 蓮はその横で古い画用紙を切っている。 透は文子さんの向かい
に座り、湯のみを両手で包んでいた。
「やってみるって、何をですか」
雫が訊くと、文子さんは当然のように言った。
「ことばの会よ」
「ことばの会」
「うん。朗読会でいやな思いしたでしょう。でも、いやだったで終わるのも悔しいじゃない。だ
ったら、うちで小さいのをやってみればいいのよ」
その言い方が、いかにも文子さんらしかった。
世界が思うようにできていないなら、 届く範囲だけでも、 自分たちで少しやりやすくしてしま
う。そういう暮らし方をする人なのだ。
真昼がすぐにスマホを見せた。
『顔を上げて話す会』
蓮が吹き出した。
「名前が率直すぎる」
真昼は肩をすくめる。
『大事』
「たしかに大事ですけど」
透が、静かに笑った。
「文章があって、顔が見えて、途中で抜けてもいい会なら、僕もいいと思います」
「私も……」
雫はそこまで言って、少し迷った。
やってみたい気持ちはある。
でも、 人を呼ぶとなると、 急に胸のあたりが薄くざわつく。 家の中なら平気、
と思っていても、
誰かが来るとなると話は別だ。
文子さんはそれに気づいたのだろう。
雫の顔を見てから、ゆっくり言う。
「大きくしないのよ。ほんとに小さく。近所の人が、来られたら来るくらい」
蓮が手を挙げる。
「じゃあ、紙に書いて貼りません?
“途中退席自由”とか、“聞こえ方見え方いろいろあります”
とか」
「いいですね」
雫が言うと、真昼がもう次の文を打っている。
『返事が短くても大丈夫』
「それ、いいなあ」
雫は思わず笑った。
それは会の案内文であると同時に、灯台荘そのものの説明みたいだった。
透が、ゆるやかに続ける。
「“急がなくて大丈夫”もあるといいかもしれませんね」
「じゃあ、五枚くらい札を作りましょうか」
蓮が画用紙を机へ並べる。
「なんか文化祭みたいですね」
「文化祭、好きでした?」
雫が訊く。
「好きな年と嫌いな年ありました」
「それはそう」
真昼が画面を見せる。
『でも、今回は自分たちの速さでできる』
その一文に、雫は少しだけ胸があたたかくなった。
自分たちの速さでできる。
それは簡単なようで、実はずいぶん難しいことだ。世の中のたいていは、誰かの速さに合わせ
るようにできている。
その日の夕方、灯台荘の玄関先に小さな紙が貼られた。
灯台荘 ことばとお茶の夕べ
顔を上げて話します。
紙もあります。
途中で休んでも大丈夫です。
返事が短くても大丈夫です。
聞こえ方、見え方、気分の波はいろいろあります。
文子さんは、それを見て満足そうにうなずいた。
「いい会になりそう」
「まだ始まってませんよ」
雫が言うと、文子さんは平然と返した。
「始まる前に分かることもあるの」
当日の夕方、灯台荘の居間には、少しだけいつもより丁寧な空気があった。
テーブルの上に、小皿と湯のみが並んでいる。真昼が買ってきたみかん、文子さんの焼いた小
さなホットケーキ、蓮がパン屋で見つけた焼き菓子。雫はことば帳を机の中央へ置き、透は読む
順番を頭の中で確かめているようだった。
来る人なんて本当にいるのだろうか。
雫は、そう思っていた。
けれど、開始の十分前になると、花屋の店主が最初にやってきた。
商店街の入口で何度か顔を合わせた、あの穏やかな女性だ。
「こんばんは。あの貼り紙、ちょっと気になっちゃって」
続いて、八百屋の店員の女性。
それから、近所で小さな子を育てている母親と、その娘。
遅れて、前に図書室で見かけた年配の男性も来た。朗読会の読み手だった人ではないが、あの
日の会場にいた気がする。
人数は多くない。
全部で八人。
それでも、雫には少し胸が高鳴るのに十分だった。
「来てくださって、ありがとうございます」
雫が言うと、声が少しだけ上ずった。
けれど誰も急かさなかった。真昼は机の上の案内カードを一枚ずつ配り、蓮はお茶を回す。透
は人の座る位置を声で確かめ、文子さんは「お菓子、遠慮しないでね」といつもの調子で笑って
いる。
最初の空気は、少しかたかった。
知らない人が数人いて、でも完全によそよそしいわけでもない。お互い、ここへ来た理由をま
だうまく言葉にできずにいる感じだった。
そこで文子さんが、何でもない顔で言った。
「じゃあまず、“今日はどんな日か”を一言ずつでどう?」
その提案がよかった。
自己紹介よりも軽い。
でも、ただ名前だけ言うより、少しその人の内側へ近い。
「私は、今日は“しゃん”かな」
文子さんが自分から始める。
「しゃん、ですか」
蓮が訊く。
「台所が片づいてて、天気も持ってて、ちょっと背筋が伸びてる日」
真昼がすぐにスマホへ打つ。
『文子さん語』
「そうとも言う」
その場に、小さな笑いが落ちた。
次に、蓮が言う。
「俺は……“まし”ですかね」
「まし」
「はい。めちゃくちゃ元気じゃないけど、砂嵐でもない。ちょっと戻ってきてる感じです」
花屋の店主が、ああ、と笑った。
「分かる気がする、その“まし”」
真昼は、自分のスマホを皆へ見せる。
『今日は、みかん』
『ちょっとぴりっと。でも明るい』
八百屋の女性が「かわいい」と言った。
そのひとことに、真昼の口元が少しやわらぐ。
透は、自分の番になると、静かに言った。
「僕は、今日は“近い”です」
「近い?」
娘を連れた母親が、不思議そうに訊く。
「ええ。音も、人の気配も、少し手元にある感じです。遠い日もあるので」
その説明を聞きながら、雫は、ああ、やっぱり透の言葉は好きだと思った。
やわらかいのに、ちゃんと届く。
見えないものを、誰かが想像できる場所まで運んでくる言い方だ。
雫の番が来ると、少しだけ喉が乾いた。
何を言おう。にじむ。ふるふる。遠い。
どれも今日の一部ではある。けれど、いまいちばん近いものは何だろう。
「私は……“そわそわ”です」
言ってから、雫は少し笑った。
「人が来ることに慣れてなくて。でも、いやじゃない。うれしいほうのそわそわです」
その言葉で、場の空気が少しほどけた。
近所の母親は「じゃあ私は“ばたばた”かなあ」と言い、花屋の店主は「今日は“しっとり”で
す
かね」と言った。年配の男性は少し考えてから、 「私は“ぽつん”かもしれない」と口にした。
居間がしんとした。
その一語の重さに、誰もすぐには踏み込まなかった。
男性は、自分から続けた。
「妻が亡くなってから、家でひとりの時間が長くなってね。別に毎日泣いてるわけじゃないんだ
けど、夕方になると、ぽつんとするんです」
その言い方が、雫にはよかった。
悲しいでも、つらいでもなく、ぽつん。
それだけで、その人の夕方の部屋が少し見える気がした。
「ぽつん、いいですね」
雫が言うと、男性は少し驚いたように顔を上げた。
「いい、ですか」
「はい。さみしい、よりも、今日の感じに近い気がして」
男性は、少しだけ笑った。
「そうかもしれないな」
そのやりとりをきっかけに、会は少しずつあたたかく回り始めた。
雫はことば帳を開き、出てきた言葉を一つずつ書いていく。
しゃん。
まし。
みかん。
近い。
そわそわ。
ばたばた。
しっとり。
ぽつん。
蓮がそれを横から覗き込んで言う。
「今日、辞典が増えますね」
「育ってます」
「なんか、ちゃんと本みたいになってきた」
その一言に、雫は胸の中が少しだけ動いた。
本みたい。
言葉を並べるだけではなく、暮らしの中で拾ったものが、誰かの手へ渡る形になる。そんな可
能性が、ふいに灯った気がした。
会の途中、真昼が用意していた紙を使って、短い文章を皆で読んだ。
難しいものではない。たった数行の、ごく短い文だった。
今日は半分でいい。
全部できなくてもいい。
言えない日は、短くていい。
それでも、ここにいていい。
真昼がその紙を掲げ、蓮がゆっくり声に出す。
透はその声の間を聞きながら、雫に小さく「いま皆、どんな顔ですか」と訊いた。
雫は会の輪を見渡した。
誰かがうなずいている。
誰かが紙をじっと見ている。
母親の膝で、娘がホットケーキをちぎっている。
花屋の店主は、少し目を細めていた。
年配の男性は、口元だけで笑っている。
「……やわらかい顔です」
雫がそう答えると、透も静かに笑った。
「よかった」
そのあと、思いがけないことが起きた。
娘が、机の上のことば帳を指差して言ったのだ。
「わたし、“もじもじ”」
皆がそちらを見る。
母親が少しあわてる。
「ごめんなさい、この子、知らない人がいるといつも」
「いいんです」
雫は思わず身を乗り出した。
「“もじもじ”、すごくいいです」
娘は少し恥ずかしそうに母親の腕へ隠れたが、でも嫌ではなさそうだった。
雫はことば帳へ新しく書く。
もじもじ
言いたいことはあるけれど、出てくる前で止まっている感じ。
その文字を見た瞬間、なぜだか雫の胸がいっぱいになった。
子どもの言葉だからではない。
小さくても、ちゃんと自分の感じを持っていて、それを出していい場があることが、うれしか
ったのだ。
きっと、生きていく力というのは、こういうことなのだ。
強くなることだけではない。
“もじもじ”のままでも、ここにいていいと思えること。
“ぽつん”の夕方を、誰かが受け取ってくれること。
“まし”でも、“近い”でも、“にじむ”でも、名前のついた自分を雑に扱われないこと。
会が終わるころには、外はすっかり夕暮れになっていた。
帰る人たちは「またやってほしいわね」と言い、 「紙があるの助かった」と笑い、 「途中でお茶
飲めるの、よかった」と口々に残していった。
最後に、花屋の店主が雫へ言った。
「商店街の前で、立ち止まってた日、あったでしょう」
雫は少し驚いた。
「見られてましたか」
「たまたまね。でも、今日こうして人を迎えてるの見て、ああ、よかったなって思ったの」
その言葉に、雫はうまく返事ができなかった。
ただ、小さく「ありがとうございます」と言うのが精いっぱいだった。
人が帰ったあと、 灯台荘の居間には、 湯のみのぬくもりと、
使い終えた紙の匂いが残っていた。
文子さんは皿を重ね、蓮は椅子を戻し、真昼は残ったホ
その日の夕飯のあと、文子さんがいちごを洗って大皿に盛った。
赤い実が、台所の灯りの下で静かに光っている。
「はい、朝市の戦利品」
蓮が笑う。
「戦ってましたもんね」
真昼がすぐにスマホへ打つ。
『勝った』
雫は思わず声を立てて笑った。
「うん。ちょっと勝った」
透は、その笑い声を聞いて、静かに言った。
「よかった」
その一言が、今日いちばんやわらかく胸へ落ちた。
雫は、ことば帳の最後の頁をもう一度開いた。
そこに書いた「生きていく力」の文字を、しばらく見つめる。
強くなることだけが、生きることではない。
元気な日ばかりでなくてもいい。
半分でいい日があっても、途中で戻る日があっても、言葉が短い日があっても、それでも人は、
誰かとつながりながら生きていける。
見えないものに名前をつけること。
聞こえにくい苦しさを、苦しさとして受け取ってもらえること。
返事ができない日を責められずにいられること。
怒ってもいいと知ること。
笑ってしまう夜があること。
そして、弱さを抱えたままでも、誰かを思い、誰かに思われること。
それが、灯台荘で少しずつ教わった、生きていく力だった。
愛が地球を救うのだとしたら、
それはきっと、大きな奇跡ではない。
急がせないこと。
決めつけないこと。
途中で立ち止まる場所をつくること。
「今日は半分でいい」と言ってあげること。
うまく言えない日の短い言葉を、ちゃんと受け取ること。
そんな小さな愛の積み重ねが、
ひとりの今日を救い、
その今日が、また誰かの明日を救っていく。
雫は、ことば帳をそっと閉じた。
居間では、真昼が蓮に何かを見せ、蓮が少し照れたように笑っている。
文子さんは湯呑みを拭き、透はその気配ごと受け取るように穏やかに座っていた。
この家には、特別な英雄はいない。
けれど、今日を生きるための知恵と、誰かを思う小さな愛がある。
それで十分なのだと、雫はもう知っていた。
「今日、どんな日でしたか」
透の声に、雫は少しだけ考えてから、笑って答えた。
「……いちごの日です」
真昼がすぐに『いい日』と打ち、蓮が「じゃあ俺もいちご寄りです」と言って、文子さんが「私
はしゃん、だわ」と満足そうにうなずく。
灯台荘の夜は、そうして静かに深くなっていった。
誰かの弱さを消してしまうのではなく、弱さごと抱えながら、明日へ渡していくみたいに。
たぶん、それが、ここで覚えた生き方だった
私は、この物語の中で、そういう人たちを「弱者」として並べたいのではありません。
描きたかったのは、弱さや困難を抱えたままでも、人は恋をし、傷つき、怒り、泣き、笑い、助け合いながら、今日を生きていくということです。
特別な英雄ではなく、ごく普通の生活者として、日々を渡っていく人たちの姿です。
この作品の中には、不幸もあります。
すれ違いもあります。
孤独も、痛みも、言葉にならない苦しさもあります。
けれど、その中には同じだけ、小さなぬくもりや、思いやりや、ほのかな恋の気配も流れています。
私は、三年間温め続けてきた思いに、ここでようやく踏ん切りがつきました。
研究として向き合い、積み重ねてきた時間の先に、ようやくこの物語を書く決意が生まれました。
机の上で考え続けてきたことだけではなく、祈るような気持ちも、願うような気持ちも重ねながら、私はこの小説に魂を込めました。
この物語の根っこにある願いは、ただひとつです。
愛が地球を救う。
それは、大げさな理想や、遠いきれいごとではありません。
ひと声かけること。
急がせずに待つこと。
相手の困りごとを決めつけないこと。
「今日は半分でいい」と言ってあげること。
短い返事を、ちゃんと返事として受け取ること。
立ち止まる場所を残しておくこと。
そうした小さな愛の積み重ねが、誰かの一日を救い、やがてその人の明日を支えていくのだと、私は信じています。 そして。最後まで、この作品と向き合ってくださった読者の皆様 本当にありがとうございました。




