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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

『永久氷河の皇子』は私の許婚

作者: 渓夏 酔月
掲載日:2026/02/17

 朝の通勤時間。


 満員電車に揺られ、寝てもむくみがとれない足がパンパンに張って辛い。


 私は若月美織、三十二歳。特にこれと言って資格も特技もない、しがないOLだ。半年前、四年間つき合った彼氏と別れて以来、浮いた話もなく、アパートと職場の往復の日々だ。


 電車のつり革につかまりながら携帯をいじっていると、前に座っている人が立った。この時間の通勤電車で座れることは珍しい。たまにはいいこともあるものだと座る。足が楽になって気持ちいい。


 すぐに私は寝落ちした。


 何か臭い。


 私は目の前から臭ってくるあまりの悪臭で目を覚ました。


 顔を上げると髪がぼさぼさで、薄汚れた若い男性が私を見てハーハー言っている。口をパクパクさせて何か言いたそうに顔を近づけてきた。


 私は逃げた。


 走って逃げた。


 振り返ると閉まった電車の扉の窓に、男が張り付いて私を見ていた。


 すぐに鉄道警察に駆け込んだ。


「ストーカーです。助けてください」


 五十代頃と思われるおじさん警官が、ストーカーの特徴を聞いてくる。


「年齢は?」


「二十代半ばくらいです」


「体型は?」


「身長180cmちょっとくらいですかね。すごく足が長くてすらっとしていました」


「顔の特徴は?」


「薄汚れて髪はぼさぼさでしたけど、目鼻立ちはきりっとして、まあ、イケメンって感じでした」


「その高身長の足の長いイケメンにストーカーされていると?」


「はい」


 そのおじさん警察官は書きかけの調書を投げだし、冷たい表情で私に言った。


「あんた、精神科でも行った方がいいよ」


 日本の警察は頼りにならないことがよく分かった。


 ただ、その日以来、駅のホームの端や、車両内で私の方を見ている例のストーカーをよく見かけるようになった。


 これは幻影で、私の精神がおかしくなってしまったのだろうか。


 夜もあのストーカーが追いかけて来て、うなされる夢を見るようになった。


 職場の健康相談室に電話してみると、やはり精神科に行けと言われた。


 私は精神を病んでしまったのだろうか。


 その日は午後の仕事を休んで、健康相談室から紹介された、職場近くの精神科の診療所を受診することにした。


『大藪医院』


 診療所の名前に一抹の不安を覚えたが、受付をするとすぐに診察室に呼ばれた。


 大藪先生は三十代の小太りの背の低い医者だった。


「ストーカーに追われている気がするんです」


「それは適応障害だね。職場への診断書を書くよ。一枚七千円。保険効かないから」


「あと、夜眠れないんです」


「それはうつ病だね。職場への診断書を書くよ。二枚で一万四千円」


「職場への診断書とかはいいんです。悪夢を何とかしてほしくて」


「うひゃっほう!」


 大藪先生は素っ頓狂な声をあげると言った。


「悪夢に効く薬、ありますよ! ボキが開発した薬! これ飲めば、悪夢がとろけるような甘い夢に様変わり! 一粒五十万円!」


「ご、五十万円なんて払えません!」


「お客さ……いや、患者さんは運がいい! 今ならモニター価格で千円ポッキリ!」


「モニターって何をするんですか?」


「簡単簡単! 薬を飲んだ後、どんな夢を見たか教えてくれるだけでいいよ!」


 結局私はその薬を買ってしまった。


 緑と赤のカプセルが毒々しい。


 私はそのカプセルを口に放り込んで水筒のお茶で流し込むと、平日午後の空いている電車に乗って、家に帰ることにした。


 ガラガラの電車の椅子に座ると、急激に眠くなってきた。


 今日はストーカーもいないようだ。


 私は引きずり込まれるような眠さに身を任すと、夢の中で十二歳の自分に若返り、エーベルハルト王国の国王の一人娘、ミオリ・エーベルハルトという王女様になっていた。


 王女様の暮らしは最高だった。


 侍女達に(かしず)かれて暮らし、美味しい食事にお菓子、素敵なドレス。文字通りお姫様の暮らしは憧れていたそのものだった。


 エーベルハルト王国は性別に関係なく、王の長子が王位を継ぐ決まりになっていたため、私は未来の女王として最高の教育と待遇を受けた。


 王国の大臣たちが恭しく私に跪く。


 日本で言えば総理大臣が跪いているようなものだ。最高に気分がいい。


 父である王のラインハルトは優しく、国民からも愛されていた。


 母のベネディクタは気高く厳しい人ではあったが、私にはとても優しかった。


 或る日、隣の大国サーマイヤー王国の一人息子、ノエル皇子が王宮にやって来た。私の将来の夫という訳だ。王国にありがちな政略結婚ではあったが、父王同士は仲が良く、両国の結びつきをさらに固めたいというものだった。


 私は初めて見る許婚(いいなずけ)に早く会いたくてワクワクしていたが、ノエル皇子は鼻水を垂らしたどんくさそうな五歳の男の子であった。


 正直がっかりした。


 私は頼れる年上のイケメン皇子を期待していたが、七歳年下の鼻水垂らしとは……。


「ミオリお姉ちゃん、遊んで」


 そう言って、ノエル皇子は鼻水を垂らしたまま私に抱き着いてきた。


 折角この日のために新調した高価なドレスが鼻水だらけになった。最悪だ。


 鼻水をハンカチで拭いてやるとノエル皇子は気持ちよさそうに笑った。


 父王同士がソファに腰掛けて談笑している脇で、ノエル皇子はかくれんぼをしようと言う。確かにこの部屋は調度品も多い広い部屋で、かくれんぼをするには最適だ。


 私は父のためにも、ノエル皇子と仲良く過ごすことにした。


 やってみたら、かくれんぼは結構楽しかった。


 ノエル皇子の父王がもう帰ると言うので、かくれんぼはおしまいと言うと、ノエル皇子は嫌だと言って駄々をこねた。


「ノエル様、今度会えたらまたかくれんぼの続きをしましょう。今度は私が鬼の番ですから、ノエル様はちゃんと私を探し出して、見つけてくださいね」


 私がそう言うと、ノエル皇子はまだぐずりながら言った。


「きっとだよ。きっとまたかくれんぼしようね、ミオリお姉ちゃん。僕はミオリお姉ちゃん大好き!」


 そう言って、鼻水皇子は自分の国へと帰って行った。


 王女というのは意外と選択権はないものだとうんざりした。


 この国では十六歳が成人らしく、ノエル皇子が十六歳になる十一年後に結婚式が行われることになっていたが、その日は訪れなかった。


 父王が突然亡くなった。急死だった。


 私が十六歳になり、成人になって即位するまでの四年間は、父の弟であるアウグスト公爵が王となり、政治を行うことになった。


 その半年後、私は母とともに捕えられ、サーマイヤー王国との国境近くの、陸の孤島と呼ばれるハーゲルト監視台に幽閉された。父王を呪い殺したという罪だった。


 母によると、アウグスト王の王妃であるドロテアは、母の異母妹ではあったが、とても仲が悪く、ドロテアの仕業だと言っていた。


 公爵家の正妻の子である母は、身分の低い側室の子であるドロテアに対し、ことあるごとに馬鹿にした態度をとってきた。その意趣返しという訳だ。


 母は、王妃という称号を剥奪され、ベネディクタ・エーベルハルトという王族の名前から、アッシュロッホ・プルンプスクロー(便所の糞)と改名させられ、監視塔では召使いの便所掃除まで日課にさせられた。


 私は母と会うことも禁じられ、別室に幽閉された。


 次に母と対面出来たのは、母が自殺した後だった。


 誇り高き母は、名前を奪われ、毎日便所掃除をさせられて召使いにまで馬鹿にされる生活に耐えられなかったのだろう。シーツで首を吊って死んだ。


 久しぶりに見る母は、自慢の美しいブロンドの髪は真っ白になり、やせ衰え、手は、かつて一度も出来たことの無いあかぎれでいっぱいだった。


 見開いたままの母の目は、どうやっても閉じることが出来なかった。


 さすがに気の毒に思ったのか、近くの丘にある囚人墓地に、母が埋葬される出棺前夜だけは遺体と一緒にいることを許可してくれた。


 その夜は母の気持ちなのだろうか、嵐になった。


 私は意を決し、棺の母の遺体の下に潜り込んだ。


 嵐の夜、二人の衛兵が母の棺を運び出すためにやってきた。囚人墓地まで来たら、棺から出て逃げる作戦だ。


 しかし、衛兵たちは、嵐の中で囚人墓地まで行くことすら面倒に思ったのか、サーマイヤー王国との国境の崖から、棺を放り投げた。


 急に重力から解放された私は、必死に母の遺体にしがみつく。


 母に守ってくださいと祈る。


 祈りが通じたのか、奇跡的に大木の枝に棺が引っ掛かって止まった。私は母の遺体から衣服をはぎ取ってロープを作ると、それを垂らして地上に降りた。


 木の上の棺には、裸の哀れな姿を晒す、誇り高い母の遺体が見える。


 きっと戻って手厚く弔うことを母に誓い、真っ暗な森の中を私は駆け出した。


 森を彷徨(さまよ)っていると、私は川に出た。折からの嵐に増水した川の威力を私は見誤っていた。水を飲もうと少し近づいた隙に、私は流れに足を取られ、押し流されていった。


 そして次に目を覚ました時、私は藁のベッドの中で寝ていた。


 私はサーマイヤー王国の山の中で暮らす、薬草採りの老夫婦、クラメール夫妻に助けられたのだ。


 そこで私は用心のため、ミラベルという偽名を使い、クラメール夫妻の姪、ミラベル・クラメールとして生きることにした。


 老夫婦との薬草採りは楽しかった。様々な薬草を覚えた。老夫婦は本当に私に優しくしてくれた。


 ただ、山で採れる薬草は結構高価なはずなのに、老夫婦の暮らしはかなり厳しいものだった。或る日、疑問に思った私は、月に一回薬草を買い取りに来るマイセルさんと、老夫婦の夫であるガストンおじさんとの会話を聞いてみることにした。


「このリスリー草は、一束1000ゼニーで、10束だから2000ゼニーですね」


「そうですか、よろしくお願いしますマイセルさん」


 そう言って、ガストンおじさんは、マイセルさんから2000ゼニーを受け取っていた。驚くことに、老夫婦は文字も読めないし、簡単な計算も出来なかったのだ。


 私は断固猛烈抗議した。


 これは詐欺行為だ!


 私の猛烈抗議にマイセルさんは激怒するかと思いきや、意外な反応を示した。


「姪御さんは、町に出て働くべきだ。こんな頭のいい子を山の中で埋もれさせるのはもったいない」


 マイセルさんによると、読み書きや計算が出来る人は、この世界では貴重な人材らしい。


 老夫婦と離れるのは寂しかったが、マイセルさんの再三の勧誘に、私はこの山の麓にある地方都市、ダルムントのヤーベ商会で働くことになった。


 ヤーベ商会での私の仕事は、これまでの経験を活かし、薬草の仕入れと販売だった。


 私は正直商売をモットーにした。ごまかさずに適正な対価を支払うのだ。


 それにより一時的な利益は減ったが、多くの薬草採りがヤーベ商会と取引してくれるようになった。大量に仕入れて王都に大量に売る。結果的に利益は飛躍的に向上した。


 また、薬草の仕入れルートを使って、山で採れる高原野菜を王都に流すようにした。王都近郊で野菜が採れない時期に高原野菜を売れば、高値で売れるのだ。


 私はいつしか女商売人として有名になり、王都でも有数の商会である、ニクラウス商会に勤めるようになった。日本で知っていた富山の薬売りの手法、置き薬を事業化したところ、サーマイヤー王国内で大ヒットし、私は三十歳でニクラウス商会の会長になった。女性がこの年齢で会長になるのは異例の出世だった。


 いまや、ミラベル・クラメールは王国でも有数の女性実業家として有名になった。


 或る日の午後、かなり裕福になった私は、メイドの出してくれたアフタヌーンティーを楽しみながら、お得意先の奥様達と会話を楽しんでいた。これも大切な営業活動だ。


 奥様達の話題は、来月行われる国王主催のパーティーのことでもちきりだった。


 奥様達の話によると、このサーマイヤー王国の国王の一人息子、ノエル皇子は黒目黒髪の超絶イケメンらしかったが、『永久氷河の皇子』と呼ばれていた。


 二十三歳になるにもかかわらず、すべての縁談を断り、言い寄る数多(あまた)の名家の令嬢を拒絶し、女性に対して一切微笑みかけないことから、彼の心を溶かすことは永久に無理、『永久氷河の皇子』とあだ名がついたそうだ。


 私はかつての鼻水を垂らした幼い皇子が、そんな超絶イケメンになっているなんて信じられず、笑って受け流していた。


 しかし、王国にとって一人息子の結婚と世継ぎの誕生は死活問題のようだ。国王は、自分の息子は女性に興味がないと勘ぐり、筋肉ムキムキの女性、どう見ても男性にしか見えない女性、髭の生えている女性などを探し出してきてはお見合いさせたものの、皇子は全く無反応だったらしい。


 ひとの良さそうなお父様を思い出して、私は笑ってしまった。


 そして来月、いよいよ窮した国王は、貴族平民にかかわらず、皇子のために二千人規模のお見合いパーティーを開くことにした。王国内の主だった女性には招待状が送られた。


 女実業家として有名になっていた私のもとにも招待状が届いた。


 私は幼い鼻水を垂らしたノエル様のことを思い出しながら、必死に生きていたら三十歳になり、この世界では完全に行き遅れた自分の年齢を考えると、いまさら結婚なんてありえないと思った。


 あのまま父王が亡くならなければ、今頃はどうなっていただろう。


 あの時ノエル様は五歳だった。私のことを覚えているどころか、会ったことすら忘れているだろう。ふと寂しさに胸が痛くなる。


 ただ、王宮は大事な商売先だ。こういう招待を断っては何かとまずい。私はニクラウス商会の会長として、恥ずかしくないように振舞わなければならない。それが商売人というものだ。


 パーティーが開催される晩、私は会場となっているサーマイヤー王宮を訪れた。


 場所は違えど、自分のいたエーベルハルト王国の王宮を追い出されて以来、ひさびさに王宮というところに足を踏み入れた。


 もうだいぶ昔のことではあるが、悔しさがこみあげてくる。だが、もう終わったことだ。私には大切な仕事があり、頼れる仲間や部下がいる。


 私はニクラウス商会の名を辱めないよう、得意先の貴族令嬢たちより控えめではあるが品があり、華美ではないが高価なしつらえのドレスに身を包んだ。


 二千人もの妙齢の女性が集まったパーティーは壮観だった。


 王宮の大広間の上座に近い方には、着飾った貴族令嬢たちが押し並んでいた。どの娘も若くて美しく、立ち居振る舞いが優雅だった。


 その下座には、国王が選び抜いた多彩な令嬢が並んでいた。


 美人、不美人、筋肉に優れたもの、音楽が得意なもの、研究職、漁師の女など、どれかひとつでも皇子のストライクゾーンに(かす)りはしないかと、国王の苦労がしのばれた。


 そして最も下座には、私のような商人や、裕福な平民などの娘達が並んでいた。ド派手なドレスから、普段着に近いような服までてんでばらばらだ。一番期待されていないグループなのは、少し薄暗くなった端の場所であることからも明らかだった。


 王室音楽隊の楽器が奏でられ、大広間の前方のステージに、ノエル皇子が現れた。


 大広間に集まった二千人もの女性から、歓声ともため息ともつかない声が漏れる。


 いつぞやの鼻水皇子は超絶イケメンに成長しており、私はびっくりした。


 サラサラの肩まである黒髪に、切れ上がった目に黒い瞳。これは女性から人気があるのも頷ける。この皇子は、かつて自分の許婚だったのだ。世が世なら、私の夫となるべき人だったのだ。


 いまさら何を思っても昔のことだ。今日は皇子の姿を久しぶりに見られたことを良しとして、彼の立派に成長した姿を心の中で祝おう。


 皇子がステージを降りて、貴族令嬢が立ち並ぶ前をゆっくりと歩く。


 時折声を掛ける令嬢もいるが、皇子は一通り眺めるだけで、受け答えも会釈すらしない。『永久氷河の皇子』とはよく言ったものだ。まったく心が凍っているのかと思うほど、美しい令嬢たちを前にしても眉一つ動かさずに、無表情のままだ。


 貴族令嬢の列を通過すると、つぎにバラエティー豊かな令嬢たちの前を皇子は通過する。漁師だろうか、大きな魚を抱えてアピールする娘もいる。ひたすら腹筋している娘までいる。そんな個性豊かな令嬢の前を通過しても、皇子は一言もしゃべらない。


 とうとう皇子が私のいる列に来た。


 そしてあろうことか、私の前で皇子が足を止めた。


 皇子は私の方に向きを変えると、カツカツと、静寂に包まれた大広間の床の大理石を踏みながら、私の前に立った。


「やっと見つけた。長いかくれんぼだったね。ミオリお姉ちゃん」


 そう言ってノエル皇子は、私を抱きしめるとキスをした。


 私は何が起きているのか理解出来なかった。


 足ががくがく震えて立っているのもやっとだった。


「ノエル様、私のこと、覚えていたのですか?」


 私がそう聞くと、私を抱きしめていた腕をほどいて皇子が言った。


「ずっと君のことだけを想っていたよ。そうしたら、『永久氷河の皇子』なんてひどいあだ名をつけられてまいったよ。もう離さない、今すぐ結婚しよう」


 そう言って、皇子は再び私にキスをした。


 大広間では、『永久氷河の皇子』の心を溶かした私を見ながら、二千人もの令嬢たちが大騒ぎをしていた。


 そうして、私とノエル皇子は結婚した。


 翌年、私は元気な男の子を出産した。


 幸せに包まれながら、わたしはある提案を皇子にした。


 母のことだ。


 あの気高い母の亡骸が、あんな山深いところで野ざらしになっているのは耐えられなかった。叔父であるアウグスト王や、母にひどい仕打ちをしたドロテアのことを許せはしなかったが、もうどうでも良かった。


 それより、母を丁重に弔いたい。そうしないと、母は永遠にあの渓底(たにぞこ)で苦しんでいる気がしたのだ。


 夏の季節が安定している時を選んで、私とノエル皇子は僅かな衛兵とともに、母の最期の地を訪れた。


 あの大木には、これだけ月日が経っても、棺の一部が引っ掛かっていた。まるで母が、私はここにいると叫んでいるような気がした。


 大木の根元には、小さな白い骨のかけらが散らばっていた。


 私は泣きながらその骨片を拾い集めた。ノエル皇子も一緒になって拾ってくれた。


 そして大木の根元に向かって私とノエル皇子は静かに手を合わせた。


 その時だった。


 急に周りの森の中から(とき)の声が聞こえると、完全武装の兵士の部隊が私たちに襲い掛かってきた。アウグスト王直属部隊の旗だ。アウグスト王が、正当な王位継承者である私を亡き者にしようと襲い掛かってきたのだ。


 ノエル皇子の衛兵たちは、少数だが鍛え抜かれており、善戦した。


 しかし、多勢に無勢。一人倒れ、二人倒れ、やがて私とノエル皇子の二人しかいなくなった。ノエル皇子が必死に私を守ってくれる。


「殺せ!」


 敵の隊長の掛け声とともに、兵士たちが私とノエル皇子に襲い掛かった。


 私と皇子の体をいくつもの剣が貫いた。


 最後に私と皇子は抱き合い、キスをした。


「皇子……愛しています……わたしを見つけてくれて……ありがとう」


 私は最後にそう言うと、目の前が真っ暗になった。


 真っ暗闇の中、私は悪臭に気づいて目を覚ました。


 平日の昼間の、ガラガラの誰も立っている人のいない電車の中で、髪をぼさぼさにして異臭を放つ例のストーカーだけが一人、私の前に立っていた。


「ノエル様……あなただったのね」


「ミオリ……思い出してくれたのか……もう離さない」


 私たちは抱き合った。


 臭くたって構うもんか。二度と離れたくない。


 私たちはお互いを確かめるように、ずっと抱き合っていた。


 どういうことか、私の夢の世界からノエル皇子は日本に転移し、しかも私を探すために浮浪者のような生活をしていたらしい。


 今では二人で一緒に暮らし、この日本でも子宝に恵まれ、幸せに暮らしている。


 そう言えば、一応モニターということだったので、大藪医院を訪ねてみた。私の夢に大藪先生は大いに興奮していた。とろけるような甘い夢が見られるという話だったが、あの夢が甘い夢かどうかは疑問が残るところだ。


「新作の薬があるんだけど、モニターやってみない?」


 大藪先生は黄色と赤の得体の知れないカプセルを持って私に勧めてきた。


 私は丁重にお断りした。


 誰か不思議な夢を見たい方がいれば、『大藪医院』を訪ねてみてはいかがだろうか。


 絶賛モニター募集中らしい。




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