一一明日斗はかく語りき
—――50年前、世界の頭上にもう一つの海が現れた。
空いっぱいに広がる海は世界を混乱に陥れた。当時の、いや現在の科学力を以てしても解明には至れない不可思議な現象の数々。
それは、水の一滴も零さず。
それは、太陽の光を遮らず。
それは、怪物を解き放った。
いつしかそれは、【シンカイ】と呼ばれるようになった。
——現在——
「と、いうわけで私たちのよく知る【シンカイ】が生まれたわけです」
「まぁ、知らないはずないですけどね」
と、担任の風楽先生が説明する。
「ですが、最近【トリップ】での行方不明者も増えていますから。【アーキタイプ】による被害は去年よりは少ないようですがね」
シンカイが現れてから、大きく二つの問題が発生した。
一つは【トリップ】、ある時突然体が宙に浮きシンカイへと連れていかれる現象だ。何時誰に起きるか分からない上にシンカイに触れるまで上昇は止まらないため対処も難しい。
シンカイに連れていかれた人物は78%が行方不明になり、22%が『廃人状態で』帰還している。
もう一つは【アーキタイプ】による襲撃。【アーキタイプ】はシンカイから時々降りてくる怪物だ。刃物も銃もほとんど効かない。10分ほどしたら帰っていくのでそれを待つしかない。
そんなこんなで人類は『地震雷火事親父』の他に新たに増えた災害に頭を抱えている。
生きずらい世の中になったものだ。
「先月やっとこの町にもアーキタイプ避難シェルターが出来ましたからね。アーキタイプが現れれば取り敢えずあそこに逃げてください」
シェルターってなんか憧れるよな。何があるんだろう。おやつとかテレビとかベットとかあんのかな…10分の間にやれることじゃないか…?
一度くらいは入ってみた…
「逃げれれば安全ですね」
くはないな。うん。
入らなきゃいけない状況になりたくない。
先生も怖いよ。なんでそんなこと言うのさ。クラスの皆もちょっと引いてんじゃん。
「おやもうこんな時間ですか。それではホームルームもここで終わりましょうか」
特にそういった空気を読むことなく先生は挨拶をして職員室へと戻っていった。
俺、一一 明日斗は緊張している。なぜなら
「一一君?飲まないの?」
「えっ、あはい!いただきます!」
なぜか生徒会長と二人でお茶会をしているからだ!
事の始まりはまず友人1にゴミ捨てを頼まれたことから始まる。
今日は委員会があり急がなくてはならなかったが、断れず引き受けてしまった。
その後ダッシュで委員会が行われる生徒会室に向かっていたが、友人2に職員室にプリントを届けてほしいと頼まれてしまった。これも断れなかった。
さすがに間に合わないと思ったがとりあえずダッシュで生徒会室へ向かった。
そして今に至る。
「いやぁ、委員会の時間40分間違えちゃうなんて…ふふ」
「違うんすよぉ~!前は遅刻しちゃったから今回は流石に時間通りに行こうと焦ってたんすよ!」
お茶を啜る。うまい、沁みる。
「しっかし生徒会ともなるとお茶とかあるんすね」
図書委員はお菓子すら持ち込んじゃ駄目だってのに…
「あぁ、風楽先生の趣味らしいんだ。美味しいお茶がないとやる気出ないとかなんとかゴネちゃって」
困った表情の会長珍しいな。クールで淡々とした感じの美人だからギャップで「人間!」って感じするな。いやこれは失礼か。
「手伝います?」
何やらプリントの準備?をしているらしい。
この後の委員会で使用するんだろうな。
「じゃあこっちのお願いするね」
「了解っす!」
結構な量だな…
「これをいつも一人で?」
「うん、基本一人だね」
まじか。だからいつも先にいるのか。
暫く黙々と作業をした。
「なんつーか、イヤじゃないんですか?これ以外も忙しいでしょうに」
「『なんで自分だけ~』とか…思ったり」
うわ、沈黙に耐え切れずに適当に質問しちまった。か、感じ悪かったかな?
「うーん」
やべ悩ませちゃった。
「あ、答えたくなかったらそれで…」
「やりたいと思ったことやってるだけだし特にイヤだと思ったことは無いかな」
「感謝されると嬉しいし。何より、サプライズの準備みたいで楽しくない?」
「ね?」
首こてん、ってした!かわよ。
いや、そうじゃないな。いやそうなんだけども。
驚いた。この人は楽しんでたんだな。
「サ、サプライズっすか…いいっすねそのマインド」
最初から仕事=メンドクサイって考えてた自分が恥ずかしい。
会長はまた「ふふっ」と笑って、それからまた暫く二人で黙々と作業をした。
「…これで最後かな?ありがとう手伝ってくれて」
「20分も余ったね」
「ホントだ!集中してて気付かなかった。会長、俺内職の才能あるかもっす」
まぁ担当してたのは会長のノルマの半分以下なんだけども。それがほぼ同時に終了ってやば。
そんな風に考えていたら先輩が口火を切った。
「ねぇ、一一君」
「【超人】って知ってる?」
「ちょうじん、チョウジン…あぁ!最近有名な都市伝説の【超人】っすか?」
なんか友達が話してたような気がする。たしか
「アーキタイプに襲われていたところを、仮面を着けた集団に助けられたっていうヤツでしたっけ?」
「全員が超能力持っててそれでアーキタイプをボコボコにしたっていう」
今思い出しても変な話だ。
そんな能力があるなら表沙汰にならないはずが無い。
今頃『アーキタイプに対抗できる超能力者』としてメディアで引っ張りだこなはずだ。
「それがどうしたんすか?」
なんで急にこの話をしたんだ?こういう俗っぽいこと話すタイプだったんだ。これも偏見か。
「…そう、そういう話だったの」
会長は一瞬考えて言った。
「クラスメイトが話していて気になったの。面白い話だね」
顔をパッと切り替えた。
気になる表情だったけど、追及するほどの事じゃないな。
というか多分追及しないほうがいいな。パーソナルスペースに入った顔だったし。
そうこうしているうちに委員会のメンバーがやってきた。会長とは委員会が終わるまでそれ以上は話さなかった。
「それでは質問も特に無い様なので、これで定例会を終わりたいと思います」
挨拶を終えた後ゾロゾロと教室から出ていく。
意外に早く終わったな。これ、準備の時間のほうが長くないか?
ま、無事終わったしパパっと帰りますか!
そう思っていたが会長の意外過ぎる一言に呼び止められた。
「一一君、一緒に帰らない?」
え?
俺今蹴り誘われた?
え?まじ?
この世の春来たり?
我の春来たり?
「えあっえ、イインスカ?」
「ダメだったら誘わないでしょ」
会長はそう言って笑った。
「じゃ、じゃあ…お願い…します?」
訳分からなくなってぎこちない返事になっちゃった…
なんか周りからの視線が痛いけど。
美人生徒会長と下校なんてそうそう無いから流石に耐えるしかない!
明日校舎裏に呼び出されたりしないよな…
「さてと、行こうか」
「う、うす」
まぁいいか、今はこの喜びを噛みしめとこ。
「先輩のその髪型って、所謂姫カットってやつすか?」
ウチの高校は髪型は自由だけど、生徒会長とかがこういうおしゃれ髪型してるのは割と意外だよな。
生徒会長に対する偏見かもだが。
「そうだよ~、可愛いくない?」
「可愛いっす」
即答してしまった。話してみるとこの人結構面白い人だな。
割と自分に自信がある感じというか…
「一一君も興味ある?姫カット」
「いや、女子の姫カットは可愛いですけど男のは見てらんないすよ」
「そう?あ、でも男子だったら殿カットか」
「それはちょんまげでは?」
うん、大分面白いな。この人。
なんかツボってるし。
姫カットについてクラスの女子が話していた、
『姫カットとかツインテって男受け狙いすぎじゃない?』
『わかる、ザ・ぶりっ子だよね』
自分の髪型がこんな風に言われていたら次の日変えているだろうな。あと家で泣く。
自分が良いと思う姿でいるって結構難しいよな。
そう考えるとやっぱりこの人凄いな。
そんな風に考えてたら。ふと会長の耳元で光る何かに気付いた。
「え、会長それピア」
そう言いかけた時だった。
――刹那、体が宙に浮く。
体は空高くの海を目指す。
え?なに?おれ、浮いて
「一一君!!」
異変に即座に気が付いた会長が腕を掴む。
しかし重力は役割を忘れたように、止まることも戻ることもなく浮かんでいく。
これ、あれか【トリップ】か。
【トリップ】!?死ぬじゃん!
え、これ会長も巻き込んじゃうじゃん?!
やばい、止めなきゃ!
「会長!離してください!今ならまだ怪我無く降りれます!」
振りほどこうとしたがさらに力強く掴まれる。
「大丈夫」
「何が!」
話聞いてる??どういうことなの?
会長はそのまま明日斗の体を抱いた。離れる意思は無いようだった。
「え?なにこの状況!」
なになになに!!??会長!?どうしちゃったの?心中!?
体柔らか!あ、違う!そんな場合じゃない!
イヤだ!死ぬなら一人がいい!
誰にも迷惑かけずに死にたいのに!
「大丈夫だよ」
上空への落下は加速していく。
「会ちょ」
声は空しく、水面に吸い込まれて消えた。
チャポン
次に目が覚めた時、目に映ったのは
———体よりも大きい斧を振り回し怪物を薙ぎ倒す少女だった。
初投稿です。
ボチボチやっていこうと思います。