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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

義母から奪ったもの。

作者: 熊ゴロー。

暴力、ほんのり性描写あり

コメディ?かもです

基本、皆ポンコツです

 マザコン夫なんかと結婚したくなかった。


 婚約者時代からお茶をしてても、出かけても二言目には『母上』が出てくる。


 彼の中の母親は『淑女の鑑で、誰にでも優しく誰からも愛される存在』ですって。

 

 見た目が年齢より若く見え、可愛らしいのは確かだ。


 けれど。気に食わない相手…つまり私には真逆の態度を取る為、私にとっては最低最悪だった。



 義父に似て、美丈夫な息子が愛しいのは百歩譲っても分かる。美しいものは目の保養になるもの。


 けれど、嫁いびりして良い理由にはならない。



 『貴女ったら、息子のこと何も知らないのね』


 『貴女には勿体ないのよね。私の息子を差し出さなければならないなんて…最悪』



 ここで、一言でも反論すると。



 『きゃあっ!やめて…ごめんなさい…っ』



 悲劇のヒロインとなり、使用人達を呼び寄せ、助けを求める。夫が来た場合は、罵声を浴びせられたわね。このく◯マザコン。



 この義母が泣けば誰かが飛んでくる。いい歳して、どこが淑女よ。成長していないお子様よ。

 

 私以外の前では、誰にでも優しい、喜怒哀楽がはっきりしていて貴族らしくない、天然を装った役者だった。


 淑女教育を受ければ、喜怒哀楽を出してはいけないと叩き込まれるのよ。いつだって微笑みなさい、とね。



 そんな最悪な婚約者に嫁いで、三ヶ月。



 「貴女の顔、見たくないのよ。部屋にいなさい。出てこないで」



 二人きりになってしまって憂鬱としていると、可愛らしい顔を歪めて嘲笑う。

 

 二人きりになるといつもだ。突き飛ばされて階段から落ちかけたり、ドレスを破かれていたり、部屋を泥まみれにされたこともあったわね。


 夫には何を吹き込んでいるのか、どんどん距離が出来て、今では顔を合わせることもなくなった。



 そもそも初夜の時から関係は最悪。



 『母上を大事にしない君とは閨を共にしない』



 まるで、ご褒美を取り上げてやったぞなドヤ顔をされた時、枕をぶん投げて部屋から追い出したっけ。


 散々、部屋の前で喚いていたけど無視して眠ったわね。未だに私は処女だ。三年経ったら白い結婚で出ていくわ。



 義母の目と使用人の目があると、何をしても文句を言われるので私は大人しく部屋へと戻る。覚えてなさいよ。



 どうにかやり返せないかしら。奴らの度肝を抜かれた顔を見たいわ。


 あれこれ嫌がらせを考えながら歩いていると、名前を呼ばれた。


 美しいホワイトブロンドの髪を靡かせる美丈夫が近付いてきた。



 「お義父様。どうなされました?」


 

 「…その疲れた顔を見たら茶を飲みたくなった。君も来なさい」



 「は、はい」



 ひぇぇぇぇぇ…義母に知られたら命は無いわ。


 断りたいけど、断れない。怖いんだもの…!


 美しいけれど、目はとぉっても冷たくて、目が合えば凍ってしまいそうな程よ!


 …苦手なのよね。会話も弾まないし…無口なおじ様なんだもの。


 もう何度かお茶を共にしているけれど、無言の時間なのよね…


 この家の当主に逆らえないし…仕方ないわね。



 渋々、付いていくと…ま、まさか…庭でお茶を…?


 テーブルとイスを見つけて、息を止めてしまう。


 こんな所でお茶なんてしたら、完全に義母が突撃してくるのに!!獰猛な獣よ、あの人は!


 ひぇぇぇぇぇ…何でなの。お茶なら屋敷の中で飲めばいいじゃない。わざわざ見せつけるように飲むしかないの…?



 「さぁ、座りなさい」



 「は、はぁい…」



 お互い無言で紅茶を飲む。味なんて分からない。ついでに匂いも分からない。感覚が麻痺してるのかしら…あぁ、地獄の時間だわ。



 とりあえず、一杯を不自然に思われないように急いで飲むしかない!



 あと少しで飲み切る…というところで、侍女が追加の紅茶を用意した。嘘でしょ!な、なんでぇ…



 「…君にはすまないと思っているんだ」



 「え…」



 突然、何かしら。あ、義母のことね。そうよ、最愛だわ!…なんて言えないので口を閉じたまま、何のことかしら?と必死に演技をする。



 「もうすぐだ…もうすぐ…」



 やだ、怖いわ。呟くように繰り返したかと思えば黙って紅茶を飲んでいる。そして熱が籠もった瞳が私を見つめる。


 …な、何だか寒気がする。嫌な予感もする。



 何となく目を逸らせずに見つめ合っていると、獰猛な獣が走ってきた。血走った目で私を睨みながら。


 淑女が走るだなんて…はしたないわね。



 「旦那様っ!何故、嫁とお茶をしているのです?」



 「茶くらい誰でもするだろう」



 「私とはしてくださらないのに!」



 あらあらあら?仮面が剥がれてきてるわね。いつもの可愛らしいお顔が人前なのに歪んでるわ。


 んふふっ。初めて勝った気がしたわ。



 「せっかくの茶が台無しだ。心休む時間さえ、私に与えたくないのか」



 「そ、そんなこと…私はただ旦那様とお茶をしたかったのです…」



 ポロポロと涙を流す義母に、侍女達が集まって励ましているのを義父は冷たい目で見ていた。



 「学生の時から何一つ変わらないのは、ある意味、才能だな」



 吐き捨てた言葉にびくりと義母が震えた。


 …この二人は政略結婚だったのかしら。温度差がある。


 義母が、わぁっと泣き出してその場で崩れ落ちた。侍女達が駆け寄り、背中を優しく撫でている。


 私は傍観者になっていたが、義父に腰を抱き寄せられその場から連れ出された。



 はぁぁ…また騒ぎになりそうだわ。



 「もうすぐだ…」



 意味深な一言を呟く義父が怖い…何か起きるのだろうか。


 














✩息子Side



 「うぅ…わ、私はただ…皆でお茶をしたかったのに…っ、ひっく…」



 仕事から戻ると、母上が泣きながら縋り付いてきた。大粒の涙を流す母上は可愛らしい。


 またあいつが母上を泣かせたのだな!今日こそ許さない!


 「母上。僕が妻を叱っておきます。もう母上を傷つけさせない」



 「うぅ…貴方だけよ…旦那様は嫁に何か言われたみたいで…私に冷たくするの」



 「っ!母上。僕に任せて。必ず解決するから。それより、商人が来ています。宝石やドレスを買いましょう」



 「ええ…そうね。一緒に来てくれる?」



 「勿論です」



 母上の手を取り、商人のいる応接室へ向かう。


 母上を傷付ける妻など、許すものか。


 罰を与えてやる。















✩彼女Side



 そろそろ寝ようかしらとベッドに潜り込もうとしたその時、部屋の扉が勢いよく開かれた。


 な、何、強盗…!?


 恐る恐る入ってきた人物を見る。


 あぁ…く◯夫…何よ、次はあんたが突撃!?本当に義母そっくりね!


 


 「何の御用ですの?」



 「抱いてやるよ。そうすれば、愛される母上に嫉妬もしなくていいだろう」



 「は…?」



 脱ぎ出す夫に枕をぶん投げ、部屋から逃げ出そうとすると腕を掴まれた。


 暴れても無理矢理、ベッドへと押し倒さた。


 ゾッとした。嫌…嫌よ…こんな奴に抱かれたくない!



 「いやぁぁぁっ!触らないで!!」



 枕で何度も叩く。煩わしそうに枕を奪い取られ、頬を叩かれた。



 私は泣き出す…わけもなく。



 「何するのよ、このクズ!」



 初めて人を殴った。ええ、何度も。



 拳が震える。けれど、ここで止めたらまた襲われる。



 「ちょ、ま、待って…い、痛い…!」



 「私はもーっと痛かったわよ!このクズ!ダメ男!マザコン!ふざけんな!」



 蹴り飛ばしてベッドから飛び降りた。けれど、足が震えてしまった。息も荒くなっていたせいか、何だか息苦しいわ…あ、あれ。上手く呼吸が出来ない。



 あぁ…過呼吸だ。


 苦しい。上手く吸えない。どうやっていつも呼吸してたっけ。


 動けなくなって、その場で座り込む。


 怖い怖い怖い。



 「ど、どうしたんだ…?」



 クズ夫が近付いて来たので、何とか動かなきゃ。慌てて動こうとしても足が動かない。



 苦しい。助けて…



 「何を騒いでいる…!」



 息子以上の力で扉を破壊して入ってきた義父が私を見て、慌てて駆け寄ってきた。


 と、とんでもない力を持ってるわ!扉が!



 過呼吸だと分かると、私の背中を優しく擦ってくれた。


 その優しさが恐怖を和らげてくれたのか、涙が溢れた。



 「ゆっくり吸って…吐くんだ。さぁ、私に合わせて」



 抱き寄せられて、背中を撫でられる…義母が見たら発狂しそうだな、と他人事のように思いながら、義父の言う通りにした。


 暫くして、何とか呼吸が落ち着いてきた。それでも、私は義父から離れられなかった。


 そう、後ろにクズ夫がいる。絶対、許さないんだから!



 「お義父様…私、頬を叩かれた上、襲われましたの。許せませんわ。何度殴っても許せません…拳が痛いです…」



 「は、腫れてるではないか!急ぎ医者に見せるぞ!」



 ポカンとしているクズ夫を置き去りにして、義父に抱えられて、どこかの部屋のベッドに横になった。



 「今すぐ医者を呼ぶから待っていてくれ。すぐ戻る」



 義父専属の従僕に、私の部屋の前で待機させると、義父は急いで部屋を出ていく。



 真っ赤に腫れ上がってる…可哀想になるわ…私の拳。


 医者が来ると手当をしてもらった。幸い、骨に異常はなかった。頬も少し腫れただけ。


 

 「すまない…君を守れず…」



 「お義父様。助けてくださり、ありがとうございます」



 もし来てくれなかったら、あの男に何をされるか分からなかったもの。


 でも、変ね。義父がこの騒ぎに気付いたのなら、義母だって気付くわよね。もしかして…私が襲われるのを知ってた…?


 …ムカつくわね!親子揃って最悪だわ!



 「…お義父様。私、彼とは子供を作りたくありません。無理なのです」



 「分かっている。離縁されても仕方ない。慰謝料も支払う。愚息の有責だ」



 申し訳ない、と頭を下げる義父に同情してしまう。妻も子もろくでもない中、一人で頑張っていたのに…こんなことが起きてしまった。



 「…離縁後、君はどうする?」



 「あぁ…そうですね。我が家の領地で過ごそうかと。もう結婚は懲り懲りですので、一人でも生きていけるように仕事を探します」



 「…もし、考えてくれるなら」



 「え?」



 「再婚を考えてくれるなら。私を選んで欲しい」



 え…えぇぇぇぇ…どういうことなの。私が…好きってこと?


 顔に出さないから分かりにくいけど、惚れてるの?私に?


 お茶を誘ったのも好意があったから? 



 …はっ!『もうすぐだ』って言ってたけど、あれ…『私と再婚するのは、もうすぐだ』って意味!?



 「え…っと、お義父様?」



 「私も離縁する。君も離縁する。お互い自由の身だ。再婚相手としても最高だ」



 「落ち着いてください…!」



 無口だったのに急に性格が変わったわ!


 何もかも突然過ぎて、私の頭の中は真っ白よ!


 そもそも義母が離縁に頷くとも思えないわ。義父にぞっこんなあの人が諦める訳がないわ。


 何されるか分かったものじゃない。



 「そ、れはまだ考えられなくて…」


 「では、じっくり考えておいてくれ…」



 ねっとりとした瞳を避けて、何となく部屋を見回す。


 …あら?この部屋、普段から使われているのかしら。それに…義父の香りが強い気がするわね。



 …まさか。


 

 「お、お義父様の寝室ですか…?」



 「!そ、そうだが、安全に休ませたかっただけだ!疚しい気持ちなど無く!」



 「あ、そうでしたか…ところで、何故、お部屋に私の肖像画があるんですか?」



 正面の壁にかけられた肖像画…いつ描かれたものなのかしら。穏やかに微笑む私が描かれている。その隣に義父もいるのは何故かしら…



 夫婦のように寄り添う二人の肖像画…え、怖い怖い。


 ちらりと義父を見る。じっと私を見つめる義父。お互い何も言えず、見つめ合ったまま時間は過ぎていく。


 んん…欠伸が…だめよ、堪えるの。



 …どうしましょう。もう眠りたいのだけれど、義父の部屋で、本人を追い出して眠るわけにもいかない。


 いつまでも見つめ合っていても仕方ない…


 

 「…眠りましょうか」



 「あ、あぁ。私はソファーを使う」



 良かった…同じベッドで眠るしかないのかと諦めかけていた。ありがたくベッドは使わせてもらおう。


 













✩義父Side



 彼女が眠ったのを確認して部屋を出る。鍵をかけて従僕に見張りを頼む。



 愚か者共の元へ向かう。どうせ二人揃っているだろう。


 奴らのいる部屋へと向かうと、大声で話しているせいか、漏れ聞こえている。



 「どうして…!このままじゃ、私、離縁されてしまうわ!」



 「母上…」



 「あの嫁を無理矢理でも抱いてきなさい…言うことを聞かせないと」



 「…出来ません…先程、手を上げてしまって…」



 「貴方のせいで、私が離縁させられるかもしれないのよ!?」



 全て愚息のせいにするつもりか。


 お前など、昔から憎かったというのに。


 学生時代、王太子達が愛した愚かな女。私は興味がなく、いや、大嫌いだった為、絶対に近付かなかった。


 それなのに王太子達の醜聞になる女だから、他の男とくっつけて片付ければいいと私の父を含めた大人達により、無理矢理、結婚させられた。


 だがひとつだけ条件を呑んでもらった。子供は一人のみ作れば放置しても良いと。



 好きな相手などいなかった。婚約者は誰でも良かった。私の邪魔さえしなければ。


 だが、愚かな女に決まってしまった。


 顔を見るのも嫌だった。しかし、一人は産ませなければならなかった。いっそ浮気でもしてくれれば、追い出せたのだが、何故か私に執着した。


 仕方ないと諦めて、孕みやすい日を狙って数回で済んだ。


 愚息が生まれたので、もう関わることもないと放置した。散財しようと、どうでも良かった。


 愚息の婚約者が決まり、これでもう私の父親としての責任は終わりだと安堵した。



 そして結婚相手がやってきた。あぁ、彼女も生贄のようなものだ。この家の生贄。孕まされる為だけの。



 しかし、それは間違いだったと初夜に知る。



 離れた私の執務室にまで響いた愚息の叫び声。何事かと使用人に聞けば、何やら部屋から追い出されたと。


 それから数日、愚息が寝室の扉の前で騒いでいたそうだが、結局部屋には入れず。閨を共にすることは無かったようだ。



 何となく彼女を面白いと思い、観察を始めた。


 大人しく、従順そうに見せかけているが、勝ち気な性格だと知った。


 女の使用人が嫌がらせをすると、倍にしてやり返す。


 女の嫌味にも怯まず、言いたいことは言う。女の癇癪が酷くなる前にそっと避けていく。


 愚息のことは徹底的に避け続けていたのを見て、離縁は不可避だと感じた。


 離縁したら…彼女は再婚をするのだろう。まだ見ていたかった。あの強かな姿をいつまでも。



 …そうか。私は彼女に惚れている。彼女が妻だったら…と。



 そこから私は行動をした。彼女の両親に会いに行き、我が家の事情を説明した後、私との再婚を認めて欲しいと。


 私との再婚で、どれだけそちらに利益が出るのか等、彼女を幸せにしたいと熱い気持ちを伝えた。


 

 彼女の両親は『彼女の気持ちを優先したい』と言ってきた。



 まぁ、当然の話だ。これから私に惚れてもらえばいい。


 一緒にお茶をしている間、彼女をじっくりと見つめた。


 菓子を食べると安堵したような笑みを浮かべる。もっと良い菓子を探そうと決めた。



 ある日、天気が良く、たまには気分を変えるかと外で茶を共にすることにした。


 彼女は美しい庭が好きだと前に言っていた。完璧に整えられた草木、彼女の好きな花を植えさせた。



 喜んでもらいたかった。女と愚息に挟まれて苦労している彼女の為に。



 もうすぐ…彼女は私のものになるんだ。



 穏やかな時間を過ごしていると、女が走ってやって来た。


 いつまでも子供のように振る舞う女だ。心底うんざりしていた。


 邪魔をされたことにも腹が立った。何故、私に執着する。気味が悪い。


 同じ空気すら吸いたくなくて、彼女を部屋へと送った。



 


 まさか、愚息が暴力を振るって襲うなど誰が予想出来たか。



 その日の夜、騒ぎを聞いて彼女の元へ駆けつけた。


 鍵がかかった扉をぶち壊し、突入した。



 青ざめた表情で苦しそうにしている彼女を見つけた。


 落ち着かせた後、私の寝室に連れてきた。誓って疚しい気持ちなど本当に無かった。


 ただ私の傍にいて欲しかっただけだ。


 





 


 

 ✩義母Side



 「離縁する。金は好きなだけくれてやる。出ていけ。愚息、お前もだ」



 何を言ってるの…?



 息子とこれからどうすべきか話し合っていると、酷く恐ろしい顔をした夫が言い放った。


 離縁?どうして、私が?息子がしくじっただけ。悪いのは息子じゃない!



 「何故です!私は関係ありません!」



 「散財、悪評を繰り返したことにより、我が家は醜聞まみれだ。夜会でも揉め事を起こしているな?」



 「ち、父上…それは事実なのですか?」



 「事実だ。学生時代から人の物を欲しがる強欲さは未だに変わらないな」



 「…母上を愛しているわけではないのですね」



 「誰がこんな女を愛するものか!結婚も無理矢理決められただけだ!子を一人作れば放置して良いと陛下からも許可を得ていたから、お前を作った!」



 普段から口数少ない夫が、見たことのない表情と聞いたこともない怒鳴り声を発している。



 愛してない?無理矢理?許可?



 「私は…選ばれたわけじゃない?」



 嘘。私は愛らしい、可愛らしいと周りが褒め称えてくれた。王太子でさえ、私を選んでくれた。


 けれど私達は結ばれなかった。


 婚約者として選ばれたのは、誰よりも美しい人…夫だった。周りもお似合いだと褒めてくれた。


 学生時代、どんなに声をかけても適当な返事しかもらえなかった、それでも嬉しかった。



 この人と結婚出来るなんて!自慢にもなる!と。


 女なら誰もが彼に憧れた、この人を私の夫に出来るなんて。



 結婚を無事に終えて、数回程、私の寝室に訪れて体を重ねた。済ませた後はさっさと部屋へ帰っていくのは悲しかった。


 その数回で子供が出来た。喜びと不安が押し寄せた。


 その不安は的中した。妊娠してから彼は一度も訪れなくなった。


 彼の時間に合わせれば、食事は一緒に出来た。けれど、仕事が忙しいと数回程で出来なくなった。


 部屋で食べていると聞かされて泣いた。


 その寂しさを埋める為、ドレスや宝石を買い漁った。夜会やお茶会に出席して楽しんだ。


 暫くして息子が生まれ、夫が顔を見に来た。



 『…私の子か』



 喜んでいるわけでもない。ただ確認しただけ。私の不貞を疑っていたのだろうか。



 『きちんと教育を受けさせろ。君のように自由奔放では貴族としてやっていけないからな』



 吐き捨てられた言葉が胸に突き刺さる。



 夫の用意した乳母が、家庭教師が呼ばれたらもう私のすることはなくなった。


 ただ甘えてくる息子をひたすら甘やかした。夫に似た美しい子。


 使用人達に優しく接しておけば、皆、言うことを聞いてくれた。皆、私を愛してくれた。



 そんな息子が成長して、婚約者が出来た。


 私より若く美しい娘だった。許せなかった。


 この屋敷では私が一番でなければならない。



 使用人達に泣きついた。嫌がらせを受けていると。皆が信じて、あの娘の世話がいい加減になっていった。


 息子にも泣きついた。私を抱きしめ、守ってくれると言ってくれた。息子の一番大切な人は私よ、と優越感に浸った。



 それでも反抗する嫁が気に食わない。何故、泣かないのよ!出て行きなさいよ!


 もどかしい気持ちのまま、時間は過ぎていった。



 そして、私は気付いてしまう。



 夫と嫁の距離が近いことを。



 廊下ですれ違うだけで、長々と話をしていた。


 庭を散歩する嫁を遠くから見つめていた夫。


 嫁への仕事を疎かにしていた使用人を首にしていたこと。


 食後のデザートに嫁の好きなものがよく出るようになったこと。


 息子が嫁に贈ったとされていたプレゼントが、実は夫からの贈り物だったこと。



 あぁぁぁぁぁぁ!



 最悪よ!



 だから息子に言ったのに!



 『子を作りなさい、無理矢理でも構わない。だって貴方達は夫婦なのよ。拒否なんてありえない』



 それなのに!しくじった!夫は全て知っている!



 「もう義務は果たした。夫の役目も、父親の役目も。これからは好きに生きる」



 「あっ…あの女と再婚するの!?」



 好きに生きるって、そういうことでしょ!


 私を捨てるだなんて許さない!



 「私と離縁したら、周りは許さないわよ!」



 「未だに周囲に愛されていると?ははっ!とっくに見限られているというのに?」



 「そんなことないわ!」



 「いつまで少女のつもりだ。君もいい歳をして子供のように振る舞うな。もう40だぞ」



 私が老いていると?いいえ、私はまだ美しい、まだ少女のように…


 だって、毎日お肌の手入れをしているもの。髪もサラサラ。



 「湯水の如く金を使った所で、年齢には勝てないということだ」



 鏡を見ないから現実を生きられないのだ、と吐き捨てられた。



 「いいえ!私はいつまでも愛される!」



 「まもなくお前の兄がやってくる。支度をしなさい」



 「いやっ!絶対に離縁なんてしない!この家からも出ないわ!」



 私は息子に縋り付いた。


 貴方だけは私を守ってくれるわよね!?


 涙を流しながら必死に揺さぶった。




 「母上…」



 「私はっ、王太子からも宰相や騎士団長の息子だって私を選んだのよ!選ばれた存在なの!そんな私を捨てる?冗談じゃないわ!」



 「いつまで過去に縋り付く。それに全員、廃嫡された。お前のせいでな」



 「違う!私は愛されただけ!」



 息子が私を憐れんだ目で見てきた。



 「…父上、全て受け入れます。彼女に謝罪をさせてください…それから出て行きます」



 「…もっと早く母親から離しておけば、お前もまともに育ったかもしれなかったな」



 「…いえ、この状況がおかしいことに気付くべきでした。申し訳ありませんでした…」



 勝手に話を進めないで!嫌よ!出て行かない!離縁なんてしない!



 私は自分の部屋に戻り、侍女達を集めて泣きついた。


 嫁が夫を寝取ったのだと。私は追い出されてしまうことを必死に説明した。



 「奥様…」



 「ど、どうしたらいいの…っ、夫を寝取られるだなんて…!あぁっ、悔しいわ…!」



 私が泣き喚いているのに侍女達は、お互いの顔を見合わせて黙ったまま。



 「…奥様。私達はもう…お助けすることは出来ません」



 「ど、どうして…」



 「旦那様から今日中に奥様が出て行く、手を貸した者は処罰対象だと…紹介状無しで追い出すとも言われて…」



 卑怯よ!使用人を脅したのね!嫌な人!



 私は部屋に閉じこもるしかなかった。兄が迎えに来ても私は出なかった。扉を破壊され、縛られて連れて行かれるまで、ただ泣き喚いていた。



 領地の田舎に押し込められ、監視付きの生活になるだなんて想像もしていなかった。

 
















 ✩彼女Side




 襲われた日から一ヶ月が経った。


 あの日に私は夫と離縁した。夫は母親の呪縛から解かれたのか、憑き物が落ちたからなのか、ひたすら謝罪の言葉を並べた。


 平民になると言われたけれど、貴族から平民になるには大変なことだ。


 簡単に生きていける訳が無いので、謝罪を受け入れ、彼は居候という形で家に残ることになった。


 もしも、義父に何かあったら中継ぎをすることが条件として。


 けれど、後継ぎは私の子供だということ。



 それでも良い、感謝すると言って泣きそうな顔で笑った。


 今は領地のあちこちで活躍をしている。民の困り事の解決やら、修理までしていると聞いた時は驚いたけれど、彼なりに反省しているのでしょうね。


 再婚はしない、死ぬまで領地に尽くす、二人の子供が産まれたらその子達の補佐をしたいとまで言ってくれた。



 




 あの日から毎日のように義父からプロポーズをされている。


 断っても翌日には無かったことのように振る舞い、プレゼントと共に愛の言葉を囁く。


 あの無口なおじ様、どこへ行ったの?不思議である。


 まだ再婚する気持ちになれないと伝えると、私が生きている間に返事が欲しいと言われた。


 …ほんの少し、心は傾いている。



 ただもう少しだけ、義父からの愛の言葉を聞いていたくて。


 

 意地悪かしら?



 「君に似合う指輪を見つけてな」



 「…結婚指輪じゃないですか」



 「似合うだろう。私とお揃いだ」



 「もうっ、気が早いですっ」



 手を取られたかと思えば、指輪を嵌められた。


 

 「死んでも隣にいさせて欲しい」



 …本当にそうなりそうだわ。


 嵌められた指輪をじっくり見つめる。


 

 「浮気もマザコンも許しませんからね」



 「勿論だ」



 驚きながらも喜んで頷く義父…ではなく、夫になる人に、そっと口付けた。




 



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