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龍の血統、風の力──決戦の舞台での死闘

　試験会場には、まだ戦いの熱が残っていた。勝ち残った受験者たちは息を整える。

「ふぅ……なんとか生き残ったな」

　俺は小さく息を吐き、周囲を見渡した。すぐそばには、ザリアが静かに立っている。彼女はほとんど無傷のまま戦いを終えていた。

　一方、リュートのいる奇数組の方も戦いが終わり、勝者が集まってくる。やはり目立っていたのが、リュートの姿だった。彼は汗ひとつかかず、涼しげな表情で歩いてきた。

「やっぱりアイツ……相当強いな」

　俺は内心でそう思いつつも、感情を表には出さない。

　その時、試験官の一人が前に出た。

「これで1回戦の勝者が出揃ったな。皆、よくやった」

　試験官たちは手元の端末を操作しながら、戦いを振り返っているようだった。その中で、一人の試験官が小さく呟く。

「やはり、上位に残るのは注目していた受験者と……まさかアストラフィムが生き残るとはな」

「生き残った4人リュート・アークレイ、ザリア・ブリム、そして……フィリア・アストラフィムとガルム・ドラゴニアか」

　俺は試験官の視線を感じたが、あえて目を逸らさずに受け止めた。

「……俺のことを、どこまで知っている？」

　試験官の視線には、ただの関心とは違う何かがあった。しかし今は、深く考えている暇はない。

　戦いを終えた受験者たちが、各々の感想を口にする。

「はぁ、負けちまったけど決勝戦気になるな……」

「リュートとザリアとガルムともう1人はフィリアスとかいう男か。決勝戦はどうなるんだ？」

　そんな受験者達の他愛もない話が聞こえる中、俺の前に一人の男が歩み寄ってきた。

「お前、なかなかやるじゃねぇか」

　カルロスだった。

「さっきの戦い、俺はまだ納得してねぇ。次に戦う時は、正々堂々とやりたいもんだな」

　カルロスは剣を肩に担ぎながら、不敵な笑みを浮かべる。

「……そうだな」

　俺は短く返しながらも、カルロスが自分に興味を持っていることを感じ取った。

　試験官が再び前に出て、次の試合について説明を始めた。

「さて、次の試合だが……ここからは1対1のトーナメント方式となる」

　会場がざわめく。

　今のところ、この力を本格的に使ったことはほとんどない。まだ風の力を操ることが中心だが、それでも戦いの中で少しずつ成長を感じていた。

「……やるしかないな」

　静かに、しかし確かな決意を持って、俺は次の戦いへと向かう。

　決勝戦の舞台は広大な闘技場。

　観客席では試験官や受験者たちが固唾をのんで戦いの行方を見つめていた。

　俺はゆっくりと息を整えながら、目の前の対戦相手——ガルム・ドラゴニアを見据える。

　ガルムは腕を組み、にやりと笑っていた。

「へぇ、お前が俺の相手か。なかなか楽しそうだな」

「そっちこそ、乱闘戦ではリュートの次に強者だったみたいだな」

「当たり前だろ？俺の血には龍の力が流れてるんだぜ！」

　次の瞬間——

　——ゴォォォォッ！

　ガルムの全身から赤黒い鱗が浮かび上がり、周囲の空気が震えた。純粋な”圧”がフィリアスを襲う。

「このプレッシャー……今まで戦ってきた奴らとはレベルが違う」

　その時——

　——ドォン！！

　突如、ガルムが目の前から消えた。

「っ！？」

　俺が反応する間もなく、拳が迫る。

　——ドガァッ！！

　かろうじて風の防御を展開するが、衝撃は完全に防ぎきれず、フィリアスの体が後方へ吹き飛ぶ。

「速い……！しかも、重い！」

　ガルムは笑いながら拳を鳴らす。

「風を使う奴は素早いのが取り柄だと思ってたが、どうした？俺の動きについてこれないのか？」

「くそっ……それなら！」

「だったら、こっちも速さで勝負する！」

　俺は風を纏い、一気に加速する。

「ほぉ？」

　ガルムが目を細めた瞬間、俺は側面から突進。

「——はぁああぁ！」

　風を纏った拳がガルムの腹部に突き刺さる。

　——ドゴォン！

「おおっと……」

　ガルムの体がわずかに後退した。

「効いてる！ ……いや、違う——」

　俺の脳裏に違和感が走る。

　ガルムの表情は苦しそうどころか、どこか楽しげだった。

「ハハッ、面白ぇな。でも——」

　——ゴゴゴゴゴ……！

　大気が震え、ガルムの体がさらに熱を帯びる。

「俺の”龍の血”は、こんなもんじゃねぇよ」

　——バシュッ！

　ガルムが俺の背後にいた。

「しまっ——」

　避ける間もなく、拳が突き刺さる。

　——ドガァァァン！！

「かはっ…..！」

　俺は地面に叩きつけられ、闘技場が激しく揺れた。

「くそ……このままじゃ勝てない……！」

　身体はボロボロだが、諦める気はない。

「風だけじゃ……こいつにはダメだ……」

　その時——

「風以外の何かを……変えられないか？」

　頭の奥で、何かが囁いた。

「俺の力は”概念を変える力”。今まで風の概念を変える特訓を沢山してきた……いまなら——」

　フィリアスは震える手を見つめる。

「“炎の温度”を下げることなら……？」

　ガルムの周囲に漂う熱を感じながら、“冷たい風”を生み出すのではなく、“炎の熱そのもの”に干渉しようと意識を集中させる。

　——シュゥゥ……

　わずかに、ガルムの周囲の熱が揺らいだ。

「……ん？」

　ガルムが目を細める。

「やった……少しだけ変えられた！？」

　しかし、その次の瞬間——

　——ボワァァッ！！

　ガルムが炎を噴き出し、再び熱を取り戻した。

「ハッ、何かやったみてぇだが……まだまだ足りねぇな！」

　——ゴッ！！

　フィリアスは強烈な蹴りを腹に受け、吹き飛ばされる。

「ダメか……っ！まだ……俺の力は……！」

　体に負担がかかるのが分かっていた。だが、どうしても新しい概念に挑戦したかった。炎の熱そのものに干渉してみる——そんな欲望が、無理に体を動かしてしまった。

「――っ！」

　体の内側で何かが引き裂かれるような痛みが広がる。強烈な負荷がかかり、まるで自分の体が壊れてしまいそうだ。息が上手く吸えず、足元がふらつく。だが、ガルムの気迫が容赦なく迫ってきた。

　炎の力をまとったガルムが、一気に突進してきた。その速度に、避ける余裕すらなく、俺は身体の全力で受け止めようとする。

「くっ！」

　ガルムの一撃を風で防ごうとするが、体の痛みが邪魔をして思うように動けない。さらにガルムが次々と炎を放つ。俺の体は、もう耐えきれなくなってきていた。

「これが……限界か……！」

　痛みに顔を歪ませながらも、必死に風の力を使って反撃を試みる。しかし、視界がぼやけ、体が重い。俺の手足は言うことをきかず、ガルムの猛攻を避けることすらできない。

　ガルムはその様子を見て、冷ややかな笑みを浮かべながら攻撃を続ける。目の前に来る炎の塊を、俺はもう避けることができない。

「無理か……！」

　次の瞬間、身体が吹き飛ばされるように押しつぶされ、俺は地面に倒れた。全身が痛み、視界が暗くなっていく。勝負は、もうついた。

「—勝者、ガルム・ドラゴニア！」

　試験官の声が響く。

　俺は荒い息をつきながら、膝をついた。

「負けた……」

　ガルムが近づき、手を差し出す。

「よくやったな。でも——次はもっと強くなってこいよ」

　俺は苦笑しながら、その手を取った。

「風以外の概念を変える”ことができるなら……俺はまだ強くなれる。けど代償が……」

　敗北の中で見えた、新たな可能性と再度代償の認識。その小さな一歩が、やがて大きな力へと変わる日が来る。