ロング・デイ(3)
誰も気付いていなかったし、気にしてもいなかったが、それは史上初めての組織化された人間とデモンの戦いであった。また、文明崩壊以後初めて起こった火力戦でもあった。ニジョウジョウ周辺は銃火器から漏れ出す硝煙、デモンの死による黒い霧、そして騒音によってだれも正確な状況を把握出来ていない状況にあった。「戦場の霧」という有名な言葉があるが、それがここまで可視化された戦闘もかつてないだろう。
「ああああああッ! うざい! うざい! うざい! わらわらと湧き上がって来やがってこの羽虫どもがァッ!」
カナコは相手へのリスペクトなどまるで無い――限界状況による命の取り合いでそんなものなど必要無いのかもしれないが――下品な言葉を吐く。過激に乱射される弾丸とともにである。
北門の橋を巡る攻防はカナコとコウタの奮戦もあって今の所〈ザ・ラウンドテーブル〉側が優位に進めていた。重力操作で敵の足を止めるコウタの能力と、とにかく火力鉄量を投射し続けるカナコのスタイルは思った以上に噛み合っていた。では何故ここまでふたりのコンビがさほど組まれていなかったのかというと――そもそもこんな戦場は組織にとってはかつて無かったからだった。
それにしても〈アポカリプス・ナウ〉の人員は予想以上に多かった。撃ち尽くしてはマガジンをリロードし直すカナコ。200人くらいは殺している。それでも相手の圧は止まらない。向こう見ずなカナコではあるが、〈コマンダーズ〉の一人として冷静な計算が出来ない訳ではない。こちらの弾はいずれ尽きる。コウタもずっと足止め出来る訳ではない。
このままではここを守り続けるのは不可能である。
「おい、そこの君」
カナコは隣で懸命に銃撃を続けている隊員に耳打ちした。普段明るい声を見せる〈ジ・アーセナル〉のドスの利いた声に彼は怯んだ。まだ若いようだった。若いからこそ、カナコも彼を選んだのであるが。
「君、私の使い走りになりたまえ」
「ど、どういう事ですか?」
「出来るだけ時間は稼ぐけど――ここを防衛し続けるのは不可能。それが私の判断よ。それを司令部に戻って〈ザ・ゲームマスター〉に伝えて」
絶望的な戦局判断を、カナコは明るい顔で伝えた。にっと白い歯を見せるまでしてみせた。それはこの重要な任務を託す若手に対する気休めでもあったが、一番は自分の為でもあった。どうしようもない逆境であればこそ胸を張り、明るく――それが〈ジ・アーセナル〉のモットーだったのである。
「……分かりました!」
名前も知らない隊員も、すぐに腹を括ったようだった。〈ザ・ラウンドテーブル〉の隊員はそれだけ鍛えられている。まして今は特に選別された精鋭が残っている。だがそれが苦戦の原因でもあった。精鋭は残しているものの、絶対的な量が足りない。まだウメダ制圧以後の戦力再配置が進んでいなかったのだ。故に本拠地が手薄になっていた。
「それで、司令部には援軍を要請するので? それとも撤退許可を?」
「その判断は私の下すところじゃない。タイチョーの判断に任せるわ」
高次の戦術的判断は自分の得意とするものではないし、またそれでいいと思っている。ばかな自分が独自で動いてもろくな事にはならない。出来るのは状況判断だけである。
「とにかくあなたはこの状況を伝えて! 急げ! ほら! 早くしないとお尻ぺんぺんしちゃうぞ!」
こんな状況でも彼女はいつもの調子だった。だがそれに勇気付けられる隊員は少なくない。伝令役を緊急に任されたその若い隊員も同じだった。
いずれにせよ、どんな状況になっても悲観しない者達が集まっているのは確かだった。この絶望の時代でなお人類の未来を切り拓こうとする者達の集まり――〈ザ・ラウンドテーブル〉とはつまりそういう組織だった。それを疑い無く正義だと呼ぼうとはすまいが――
◇
リュウイチは自分自身が動きたい衝動をぐっと堪えて司令室に留まっていた。戦士としての血がざわめいているが、それは今の所自分の役目ではない。あくまで冷静な判断を下さなければならない。あるいは冷徹、もしかしたら冷酷であっても。
銃音は重く響き、窓からは陰鬱な煙が見える。相手の全貌はまだ見えていないが、状況は不利と見える。しかし忸怩たる思いでもある。一旦防勢に回ったら組織がここまで脆弱だったとは。
いや、隊員達はよく応戦しているのである。他の〈コマンダーズ〉達も。にも拘らずここまで追い込まれているのは、ひとえに自分の戦略判断のミスであると彼は心の中で自分を責めていた。情報部を責めるつもりは無い。かれらの活動にも限界がある。責任はひとえに、ウメダ制圧に戦力を必要以上に割いた、自分の慎重過ぎた判断に因る。
「悔やんでも仕方無いが……」
すでに彼の中では、純戦略的にははっきりとした判断に向かっている。ニジョウジョウを死守する意味は、政治的なもの以外は無い。敗北を知られれば、〈ザ・ラウンドテーブル〉の信頼は失墜するだろう。しかしそれはいずれ取り戻せるものである。自分達の理念、信念を忘れさえしなければ。
問題はそれを首魁、〈カーディナル〉が裁可するかどうかである。彼は政治的意味というものを重視する傾向がある(それはそれで間違いではないのだが)。キョウトを本拠地としたのもそうだし、ウメダを抑えようとしたのもある程度は彼のその意向に導かれたものだった。
だがその問題は――最悪な形で排除された。
〈カーディナル〉の護衛を託したシロウが憔悴した顔をして戻って来た。そしてそのロバートとレイコの死を伝えられた。
個人として衝撃を受けなかった訳ではない。〈カーディナル〉は現在の組織に繋がる人類防衛の先鞭をつけた先達であり、偉大なる戦士だった。いささか難しい人物だとは思っていたが、それでも尊敬していたのである。
「申し訳ございません……」
「きみが気に病む事はない。敵がそんな能力を持っているなど、誰も予想できない話だ」
この状況で必要以上に〈ザ・ソーズマン〉を気落ちさせる訳には行かない。個人的な感情は全て封殺する。頭脳と心を全てこれからの事に集中させなければならない。彼にも。いや、隊員全てにも。
ロバートが喪われた今、〈ザ・ラウンドテーブル〉の最高指揮官はリュウイチになる。その責務を果たさねばならない。
「我々はどこか甘過ぎたのかもしれない」
そう呟いた直後、カナコが派遣した伝令の報告が届いた。それはある程度予想していたものでもあった。高度に組織化され、さらに武装もされたデモンの集団に立ち向かえるか。現状では難しかったと結論付けざるを得ない。
「だが向こうも徹底的にこちらを潰すつもりはないのだろう」
「どういう意味で?」
シロウが問うた。〈ザ・ゲームマスター〉は薄ら笑いすら浮かべてそれに答える。
「この戦いは純粋に政治的なものだ。我々の権威を堕とす為の。まあ、我々にそんな権威があったとすればの話だが」
つまり、と言葉を切って彼は続ける。
「我々の主戦力はまだ南部に残っている。根拠地もな。故にここでニジョウジョウを過剰な流血を賭して防衛する戦略的意義はどこにもない」
自分でも嫌になるほど冷静だな――とリュウイチは思っていた。人間であれば、もっと動揺すべき局面なのではないか。
「……ここを捨てるという事でしょうか?」
「端的に言えばそうなる。ここの戦力はこのあとの逆撃の為に出来る限り温存しなければならない。〈コマンダーズ〉の面々は特にそうだ。〈ザ・ソーズマン〉、君もだ」
最初は憔悴していたシロウも、呆れる程のリュウイチの冷静さに平静さを取り戻していたようだった。何よりも、組織の面々が心において鍛えられている事にリュウイチは感謝する。無論、それは彼が育ててきたものでもあるのだけれど。
「ニジョウジョウは放棄する。これより撤退作戦を開始する」
戦場指揮官に必要なもの二つ、その矛盾するかもしれない二つの要素を〈ザ・ゲームマスター〉は心得ていた。それは勝利を希求する熱意と、敗北を冷静に受け止める冷徹さであった。




