デクラレーション・オブ・ウォー
〈ザ・ラウンドテーブル〉は防御に対して無頓着ではなかったが、それでも敵から襲撃された経験はこれまで無く、それ故隊員達は動揺していた。まして本拠地への奇襲である。一体何が起こっているのか。シロウ達もまた少し動揺していて、しかし現状には対処しなければならない。
「敵は、その、〈アポカリプス・ナウ〉とかいう奴等なんでしょうか?」
「分からん。だがその可能性が一番高いだろう」
リュウイチは言葉こそ冷静に聴こえるが、表情をみれば焦燥しているようだった。だがそれはきっとシロウも同じものの様だっただろう。カナコですら、すこし不安そうな顔をしている。
「ど、どーなってんっすか? ウチ等が攻められるなんて……」
「落ち着け、〈ジ・アーセナル〉。今は状況への対処が第一だ。相手の事はその後考えれば良い」
その状況分析だが、敵は北部から襲って来たらしい。これがリュウイチにとっての戦略的誤算だった。ウメダ侵攻作戦から戦力をまだ完全に戻せないから、主に南部に部隊配置していたのである。最初に襲撃されたのがキョウト南部だったからだ。敵が襲い掛かってくるとなれば、そちらから来ると思い込んでしまっていたのである。
「んもう! 情報部は何やってんのよう!」
そんな事を言いながらも、カナコの心は既に戦闘態勢に入っているようだった。しかし今の彼女は武装していない。
「取り敢えず君は武器を装備しろ。部隊の指揮は私が採る。〈ザ・ソーズマン〉、きみは……」
「ぼくは?」
「猊下の護衛を優先しろ。それ以外のことは考えるな」
シロウは盲目的に指示に従うような男ではなかったが、この時は指示に従った。それが道理だと自分でも判断したからだった。
しかし、状況はあまりよろしくない。〈ザ・ラウンドテーブル〉の本拠地、ニジョウジョウは要塞化はされているが、今は人員が枯渇している。ここを攻められる筈がないだろう、という甘い見立てがあったのは否定出来なかった。だがそれを悔やんでも仕方がない。シロウは大剣――〈デュランダル〉を構える。昔の聖剣から貰った銘であり、それは実際には虚仮脅しに過ぎないのだが、それでも何かしらの意味はある信じている。
「急げ!」
一度行動に移れば迷いは無い。戦闘能力とか、武装とか、そういうものではなく、その〈ザ・ラウンドテーブル〉の意志力こそが重要なのであり、それ以外の事はどうでもよく、そして〈コマンダーズ〉の一員たる自分もそれを率先して示さないといけない。シロウはそう思っていた。
「で、私はどうすりゃいいっすか?」
「北部を支援しろ」
「そりゃいいんっすけど、南は大丈夫なんっすか?」
2重の奇襲があるのかもしれない。言葉こそお気楽に響くが、カナコは真剣であった。
「それは有り得る。だが直近の危機に対処しなければどうしようもない」
「戦術的に後手踏んでるってことじゃないっすか」
「それを認めた上で対処しなければならないという事だ」
カナコはすっかり落ち着いていて――だがその中にある熱は失わず――、リュウイチの言葉に肩を竦めた。〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の中では2番目に若い彼女ではあるが、その胆力は随一である。
「了解! 敵は全部ぶっ殺します!」
「そんな物騒でなくてもいいのだが」
ともあれ、かれらは動き出した。そうなれば誰にも負けない。滅ぼされない。人類の守護者としての自分達――その力と使命をシロウは疑っていなかった。
その筈だったのだが。
◇
騒音が外から響いている。騒音というよりば爆音と言うべきなのかもしれない。敵はただ数だけではなく、相当な銃火器で武装しているようである。それほどの戦力を秘匿していた事が信じられなく、情報部への文句も言いたくなるものだが、それもまた、〈ザ・ゲームマスター〉が言った通りに後から考えればいい話だった。
シロウは自分がそんなに頭が良くないと知っている。だから戦術的な事は考えないで
良いと思っていた。自分がやれるだけの事やれば良いと思っていた。そう思っていた。
そうすればきっと良い方向に人生は進む。自分だけではなく、仲間達も。〈コマンダーズ〉の面々だけではない。組織の隊員全て。全てが幸せになれば良い。
ニジョウジョウはそんなに大きな城郭ではなく、軍略的というよりは政治的な意図で建てられたものである(らしい)。だからそこまで防御力がある訳ではない。しかしその古風な内郭は嫌いではなかった。その古臭さが組織の威厳を示していると思っていたのだ。だが今〈カーディナル〉を守る為に駆けていると、その古風な建物の作りがどうにも頼りなく思える。なんだか寒い気もする。それが悪い予感を抱かせてしまう。
だが考えるな。走れ。
シロウは本丸へと急ぐ。走り続ける。外では苛烈な戦闘が行われていた。〈ザ・ラウンドテーブル〉がこのような守勢に回ったのはこれが初めてである。しかしそれは常に懸念されていた事態ではあったのだ――ただの野盗ではなく、高度に組織化されたデモン集団が現れたら? それでもそれは防御を本気で考えていなかったのは認めざるを得ない。これが今の状態である。
今はまだ城郭内に侵入された形跡はない。だがそれ故に急がねばならなかった。急の事だからシロウも防護服は着ていない。そんな事を気にしている場合ではないのを思い出し、汗ばむのも厭わず、〈カーディナル〉ロバートの部屋にへと向かっていた。
だが、その場所に着いた時、彼は遅きに失していた。だがそれを誰も責められるものではない。
そこで、彼はふたりの男――ひとりは黒ジャケットの偉丈夫、もうひとりは白い服を着た見た目は少年――が佇む姿、そしてその剣に心臓を貫かれた枢機卿ロバートと、その侍従だったレイコが斃れている姿を見た。
それはまったく血の気の引く光景だった。しかしそれはただ殺戮の光景を見たからだけでは無かった。その惨劇を見せている男、それに見覚えがあるからだった。見覚えがあるという簡単な表現では収まらない。それはお互い鎬を削って己を高めあっていた――そのはずの男だった。
「トシヤ……? お前なのか?」
それはカナコからの報告とも重なるものである。〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉最強と目された男。
〈ザ・マシーン〉。
自分が見間違える筈がない。その力に敬意を表し、しかし負けてなるものかと追い掛け続けたその背中である。そしてその2本の剣。幾多の命を救ってきた――それはデモンを屠ってきたという事でもあるが――その剣は、今は不吉に血塗られている。
「シロウか。お前には会いたくなかったな」
そのあまり感情を表に出さない声も変わらない。顔も冷徹である。それが〈ザ・マシーン〉と呼ばれた完璧主義を支えたものである。しかし。
「トシヤ、お前、自分が何をやっているのか分かっているのか……?」
「〈ブラック・ライダー〉、何か答えてやったらどうだい?」
不気味な少年が言ったが、トシヤは何も言わずにそのまま向かってきた。その恐るべき二刀流を流し、今までよりも更に速くなった足によって。
シロウは瞬時に判断し、防御を優先して大剣でそれを受け止める。しかしそれは恐るべき力だった。剣を弾かれる事は無かったものの、大きく後退させられた。昔の彼の力ではない。力で押すタイプだったシロウに対し、トシヤは技を重視するタイプだった。しかし。この変化。
まさか、彼はデモン化したのか?――それは認め難い、しかし事実だった。
「何のつもりだ。お前が、そんな――いや、こんな所に飛び込んで生きて帰れると思っているのか?」
「これはまだ戦いの始まりに過ぎない。我々〈アポカリプス・ナウ〉の宣戦布告だ」
それは、この破滅した後の世界、その先に現れる新たなる世界を示す宣言だった。




