シロウの葛藤
戦いに必要なのはまず精神であり、肉体や技量は後から自然と付いて来るし、逆に言えば精神の成長を伴わない技術とか物理的力にはさして大きな意味は無い。
その教えをシロウが学んだのが現在〈ザ・ラウンドテーブル〉が本拠地にしているニジョウジョウ、そこに新設された練兵場の中であった。ニジョウジョウはかつては優雅な貴族の権威の象徴であったらしい。今は武装された要塞に変化している。〈ザ・ラウンドテーブル〉の首魁、〈カーディナル〉ロバートがそこを本拠とした理由は今なお不明である。戦略的に有利な地理という訳ではない。かといって政治的な意味があるかと言えば。そんなものはことごとく失われている。あるいはその政治的な意味を復活させたかったのか?
様々な疑問があるにせよ、今そこが、〈ザ・ラウンドテーブル〉、とりわけ〈コマンダーズ〉にとって心の拠り所になっているのは間違い無い。シロウは歴史とかには疎かったし、深い所までは知らないし踏み込もうともしない。かつてリュウイチが「『ゴショ』を取らないのですか?」と訊き、ロバートが「それは畏れ多い」と言った会話を盗み聞きした位である。その意味は分からない。
彼にとってニジョウジョウは帰るべき場所にしか過ぎず、〈ザ・ラウンドテーブル〉がキョウトを抑えている戦略的意義などもあまり興味は無い。
「ここにいたか、〈ザ・ソーズマン〉」
「〈ザ・ゲームマスター〉。ここはぼくにとってとりわけ意味のある所ですからね」
道場の中心で正座しながらシロウは精神集中しようとしていた。それを途中で邪魔された事にさして不満もない。彼は傍らに置いた大剣を手に取り、〈ザ・ラウンドテーブル〉の実行部隊長に向き合った。
「ぼくに何か用事があるんですか?」
ウメダ制圧に投入した部隊は逐次キョウトに戻って来ている。その第一陣を任されたのがシロウであり、それはつつがなく進行され、いままでの守備体形は戻りつつある。しかし、その中でのヨドとカツラの襲撃事件であった。組織はいつになく緊張している。
だからこそ、シロウは今一度己を見直す為にここにいるのだった。
「いや。用事という事はない。君が臨戦態勢にあるのなら、それで問題は無い」
「彼等は何者なんでしょうか?」
先程までとは違った緊張感を持ちながらシロウは言った。
「ぼく等の戦略的要衝を重点的に襲ったとなれば、それは今までの野盗とは違う。明らかにぼく等への敵対意識を剥き出しにしている」
「それはまさにその通りだ」
「けれど、まあ、ぼく等がデモン達の反感を買うような活動をして来た事は事実です。でも短期間にこれまでの組織を構築して、こちらに喧嘩を売るような――いやまあ、あえてこういう表現をしますが――真似をするのは、もっと別の意図があると思えてならない」
「そういった思惟を持ちながら、任務に忠実になれるのはきみの美徳だよ、〈ザ・ソーズマン〉」
あまり嬉しい気持ちにはなれない。それは彼にとって『彼』を思い出させる言葉だった。いや、〈ザ・ゲームマスター〉だって、それを思い出さずにはいられないはずなのだ。
「きみは『彼』の後継者になれるはずだし、またそうならなければいけない」
「後継者、か……」
シロウは彼には珍しく、皮肉気な顔を見せて言い返した。
「トシヤはぼくのライバルのつもりだったんですがね」
「年齢的にはそうだろう。だが彼は一歩も二歩も先に進んでいた」
『彼』の事を過去形で語らなければならないのにシロウは忸怩たる思いをしていた。
〈ザ・マシーン〉、月野俊哉。
彼は手練れ揃いの〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の中でも最強と目されていた。だがそんな彼ですらデモン相手では絶対ではなかった。3年前のシガ方面への大規模討伐作戦が失敗した時、彼もまたいなくなった。遺体を確認された訳ではないから、彼はまだMIA扱いである。だがその生存に望みをつないでいるものはいない。
だからと言って忘れた訳ではなかった、殊にシロウがそうだった。トシヤに関しては決して忘れてはならないと思っている。
「しかし、彼はそこまで忠実でも無かったな」
「トシヤはどうにも心の奥底が読めない所がありました」
〈ザ・ゲームマスター〉は頷いた。
彼は何の為に戦っていたのだろう? 使命感や義侠心ではなかったのは確かだ。だからといって戦闘を楽しむというタイプでもなかった。だが任務は確実にこなした。故にこそトシヤは〈ザ・マシーン〉と渾名された。だがそこまでユーモアを解さなかった男でもなかった。シロウはその事を知っている。確かに融通の利かない面はあったが、深刻なものではなかった。
それを思い出す為に、シロウは継続的にこの道場で瞑想を行っている。在りし日を思い出す為に。それで何か変わる訳でもないし、彼が帰って来る訳でもない。でも、だからこそなのかもしれない。
尤も、〈ザ・ラウンドテーブル〉の活動で命を失った者は彼だけではない。彼だけを特別視するのはよくないのかもしれない。誰しもそういう可能性があるものだと、この戦いに身を投じたからには覚悟しなければならず、それはシロウも同じだし、リュウイチも同じだろう。
そしてその戦いが間近に迫っている。
「敵の正体は明らかになったんですか?」
「まだつかめていない。キョウト内に本拠地を置いているのは間違い無いのだが……」
リュウイチは苦虫を噛み潰すような顔で言った。情報部を無能と言う気は無いのだろうが、不満は確かに溜まっている様だった。
「だが敵組織の名前は判明した。彼等は〈アポカリプス・ナウ〉と名乗っている」
「不吉な名前ですね」
そんな話をしていたら、どたどたどたどたと荒々しい足音が近付いてきた。こんな騒がしい音を何の遠慮もなく出す者はここではただ一人しかいない。その予想通り、道場に顔を見せたのはカナコだった。彼女にしては珍しく薄着である。少し暖かい気候だからかもしれない。本拠地の中だから当然武装もしていない。だがシロウにとっては銃火器を携帯していない彼女が少しヘンにも思える。偏見かもしれないが。
「ここにいたっすか!」
「なんだい、カナコ。いやに騒々しいな」
言ったのはリュウイチだった。シロウは彼女を呆れたように見ている。カナコの頬は紅潮しているように見えた。元々血色のいい彼女ではあるが。
「新情報っす、新情報! カツラが襲われた時の生き残りが帰ってきたっす!」
「いや、それはいいんだが、その語尾はなんだ?」
「マイブームっす」
リュウイチは肩を竦め、シロウはいよいよ呆れた気持ちを止められなくなった。カナコが突拍子もない事をしだすのはいつもの話だが、なんだか静謐な気持ちを奪われたような気がしてあまりいい気分ではない。でもまあ、一方では彼女のそんな明るさにも救われてはいる。だからシロウは文句は言わない。これが彼女なのだ。それは誰にも止められないし、止める権利も無い。
「で、それは良い情報なのか、悪い情報なのか?」
「あんまり良い情報とは言えないっす」
〈ジ・アーセナル〉はすこし暗い顔を見せた。彼女にはあまりない顔である。特にそれはシロウに投げ掛けているように見えた。嫌な予感がした。
「敵の中に――トシヤっちが紛れ込んでたっていう話が」
「――何だって?」
「で、トシヤっちはそこで〈ブラック・ライダー〉とか呼ばれてたとかなんとか」
カナコは当惑したような顔をしていたし、シロウも当惑し、ここで冷静な顔をしていたのはリュウイチだけだった。
だがそれも続く事態には対応できなかった。
外で爆音が轟く。百戦錬磨のかれらはその音を誤解しなかった。戦闘の始まる轟音だ――しかし、この〈ザ・ラウンドテーブル〉の本拠地で?
「敵襲! 敵襲! 総員戦闘準備! 戦闘準備開始!」
アラート。隊員の声が響いた。それはほとんど絶叫だった。
かくして〈ザ・ラウンドテーブル〉は結成時以来の難事を迎える事になる。




