Unexpected(1)
仮にかれらを敵とするならばこちらは圧倒的不利であり――そんな所に安易に足を踏み入れたことを猛省するしかない。だが今の所かれらが敵と決まった訳ではなかった。勿論味方ではなかったが。
「千年王国? 本気で言っているのか」
自ら〈アポカリプス・ナウ〉の首魁と名乗ったその初老の男、難波影郎とやらはどうやらデモンではなさそうだった。足の悪そうな感じがそう見せている。だがここの面々は忠実に――〈フォー・ライダース〉の面々は必ずしもそうではなさそうだったが、少なくとも表面的には――従っていた。人を従える力というのは、なにも物理的な力のみではない事を彼は示しているような気がする、実際、事を構えながらもキョウジは彼に対して威厳の様なものを感じずにはいられなかった。
だからと言って唯々諾々と従う訳ではない。相手がそんな男であればこそ、キョウジの警戒心はむしろ強まっていた。この感じは直近にも似た様な覚えがある。そうだ。あの〈ザ・ラウンドテーブル〉の枢機卿と対した時と同じような感じである。
「私はどこまでも本気だよ。まあ、今の世の中ではそれが狂気と認識されても仕方が無いとは思っているが」
彼が手を上げると、兵隊たち、そして〈フォー・ライダース〉の4人も一旦後ろに退く。奇妙な距離感が生まれたが、それがむしろ緊張を呼び起こしているような気がする。特に〈ペイル・ライダー〉――ミヤの狂気の如き瞳が常にミユに向いているのが気になる。
「狂気というか、話が見えないんだがな」
「では実例を見て貰うとしようか」
そこでキョウジ達は、彼が組織を作り、その本拠地をここに定めたものを見る事になる。寺院の中に案内され、その今では皮肉気に思える神聖さを目の当たりにしながら、そのまま裏側へと進む。そこには思いもよらぬものが待ち構えていた。
世界の滅び、その第一矢となったもの――宇宙から降り注いだ隕石が、その衝突の際に出来たクレーターとともに地面に突き刺さっていたのである。
砕け散った隕石が世界各地に飛び散り、そして様々な災害を――デモン出現を含む――もたらした事はキョウジも知っている。誰もが知っている話であり、今ではどうにもならない悲劇だ。だがこうやってその災厄の元を見るのはこれが初めてだった。こんな所にも落ちたのか、と思わざるを得ない。寺の後部はその落下の衝撃の為だろう、無残にも破壊されている。
「どうかね」
「貴方が仏教徒だからここに居を構えた訳じゃない事は分かった」
「旧来の宗教は力を失ったかもしれんが、これから生まれる力を否定するものではないよ」
どうにもつかめないところがある老人だな、という印象は変わらない。だが分かる所もある。かれらはこの隕石を何か神聖なるものとして受け入れている。クレーターから隕石に直接触れられるようにして橋が掛けられていた。そして、彼らが山下で集めていた男女達を並べさせ、まるで参拝させるかのように隕石に触れさせている。言うまでもなく、その隕石にはデモン・ウィルスが含まれている。
採取された隕鉄から出来た武器からも感染するリスクは無い訳ではないのだが、それは極めて薄くなっている。しかし原石から得られるウィルスの感染力はそれの比ではないと聞いた事がある。
つまりはそういう事だ。
「お前達は、こうやってデモンを増やして、自分の兵隊にしているのか!」
「兵隊にする訳ではないよ。同志を増やしていると言ってもらおうか」
「同志だと?」
最初、キョウジは聞き違いではないかと思った――それほど常軌を逸した考えだったのだ。少なくとも彼にはそう思えた。何かよくない予感がどんどん膨らんでくる。ここにいてはいけない、という本能とも言うべき危機意識がそう囁いていた。だがどうすればいい。
「そもそも、『悪魔』という呼称自体が改められるべきだ」
「どういう意味だ?」
「こうは捉えられないかね? 半不老半不死の存在。それは進化と言うべきものだ。つまり今君達が『デモン』と呼ぶ存在は、じつは新人類となるべき存在なのだと」
「……は?」
その為に、デモンを増やしているのか――常軌を逸した考えはここに極まった。到底受け入れられる思想ではない。
「正気で言っているのか?」
「私は至って正気だよ。むしろ君達のほうがこの事実を受け入れられない事の方が驚きだ。確かにこの世界は滅びたのかもしれない。だがそれこそが黙示録に記された予言通りの事なのだよ。旧世界は滅びによって浄化され、その後に神の御名による新世界、約束された千年王国が到来する」
「馬鹿が」
キョウジは言い知れぬ怒りに囚われていた。デモンが新人類などと。
「それを正気というなら、それこそが狂気だ」
「何故かね? 君にはデモン――今はあえてそう呼ばせてもらうが――を悪とする明確な理由があるのかね? 確かに今かれ等が世を乱している事は認めよう。だがそれは少数派ゆえにだ。人類が全て進化すれば、そんな事は無くなる。差別も破壊も、暴虐も――」
「黙れ。そんな理屈が通用するものか」
そんなものは、現実を知らない者の空論だ――キョウジはそう吐き捨てた。この世界で力に溺れたものがどれだけ暴れ、そして惨めな最期を遂げたものか? そしてそれは自分自身ですら例外ではない。デモンの力は呪われたものだ。決して救いにはならない。半不老半不死と言っても、完全な不老不死ではない。それゆえにこそ、中途半端な超能力は暴虐に走る。仮に全人類がデモンと化しても――きっと平和は訪れない。
だがかれら〈アポカリプス・ナウ〉の甘言に釣られ、今まさにデモン化しようとする者がそこにいる。それを狂気と言わずしてなんとする?
ミユが手を差し延べていた。キョウジはそれを握った。彼女は震えた手をしていて、目も震えている。少女もまたこの理屈を到底受け入れられない事を分かっている。自分達が呪われた存在であり――それでもなお生きようとしているのを知っている。カレンも変わらない。彼女は人間だが、デモンになる気などさらさらない。
「つまり、君達は我等の思想には共鳴してくれないという訳だね」
「当たり前だ」
「仕方無い。ならばここで君達には消えて貰う」
カゲロウが手を上げると、〈フォー・ライダース〉と兵隊たちがすぐに戦闘態勢を取る。
「残念だよ、キョウジ・ザ・シルバー。君には目を掛けていたのだが」
「知るか」
状況は最悪。完全に囲まれている。それでもキョウジは諦めていない。突破口があるとすれば、かれらは一人も銃火器を装備していなかった事だ。何か隙を作れば。
キョウジ、ミユ、カレンは無言で目配せした。敵はじりじりと詰め寄ってくる。ここまでの道のりを覚えていない訳ではないし、最短距離を突っ走れば。だからまずは蟻の一穴でもいい。それさえ開けてしまえば、決して生き残るのは不可能ではない。
「そらぁッ!」
それをキョウジ以上に理解していたのが、カレンだった。彼女は胸にぶら下げていた手榴弾を炸裂させた。それは命を奪う弾ではなく、目くらましの弾、フラッシュグレネードだった。
閃光と爆裂音が炸裂する。
こんな混戦状態でそれを使うのはややギャンブル的だったと言わざるを得ない。そのスタン性はこちらにも影響を与えるからだ。だが一瞬の隙さえ作れば、それで良かったのだ。そして相手がそれを予期していなかったのに対して、キョウジはそれを察していた。
「さあ、行くぞ!」
ここからの目的はただ一つ。生き残れ。
「に、兄ちゃん! どうするのっ!」
「逃げるんだよ、勿論な!」
キョウジは全く躊躇無く、ミユの手を引っ張りながら駆け出した。それにカレンが続く。
決して絶望しない事。それがなによりの強みであり、この世界で生き抜く最大の力だと彼は分かっていた。




