スタンドオフ
一体何が起こっているのか、容易には把握出来ない状況である。黒衣の女――〈ペイル・ライダー〉の言っている事は意味不明だし、いきなりミユに斬りかかるのも訳が分からない。
彼女は凄絶な笑みを浮かべたままで、しかしミユも気圧されてはいなかった。ただ、戸惑いの色は隠せていない。そのまま鍔迫り合いが続いた。長身の女と少女が長い日本刀を構えて競り合う姿はどことなく奇妙に見えた。
「お姉ちゃん? お姉ちゃんって、どういう事?」
「私たち、春日守桔梗の片割れ」
ミユはいなすように刀を弾き、距離を取った。ただ能力に依存するのではなく、戦い方、間合いの取り方を分かってきている。だが彼女が戦闘慣れしてきているのは、キョウジにとっては複雑な気持ちだった。
しかし〈ペイル・ライダー〉も戦い慣れしている。一気に距離を詰めようとはせず、ミユと自分のリーチの差を生かして、迂闊にはミユが踏み込めない所までに接近して、そこから斬撃を見舞う。ミユは受けるのではなく、回避を選んだ。春日美夜の方はどんな意図があるのか分からないが、ミユは少なくとも相手を打倒しようとは思っていない。
「止まれと言っている、〈ペイル・ライダー〉! ただ私怨での戦いは許されない!」
「私怨ではないわ、メフィスト。こいつは絶対に排除しなければならないのよ」
「少なくともここで戦う理由はない!」
メフィストフェレスは二つのオートマチック拳銃を抜き、二丁拳銃の格好になった戦闘態勢になる。となればキョウジも黙ってはいられない。彼は短剣を抜き、いつでも能力を発動させるように緊張を高める。
「仕方無い。じゃあ実力行使で行かせてもらおうとしよう」
「させるか」
次の瞬間、思いもよらない光景が現出した、メフィストフェレスは短距離瞬間移動を見せて(やはりそういう異能を持っているのだ)、ミユと春日美夜の間に割り込み、両方に銃口を突き付けた。そしてそれと同時にキョウジも戦闘領域に踏み込んで、春日美夜の首筋に短剣を触れさせ、拳銃をメフィストフェレスに向けている。春日美夜は刀をミユからキョウジに向け、ミユはどこにでも仕掛けられるように剣を構えて目を鋭くしている。
異様な膠着状態が生まれた。
「我々には戦う理由はない筈だよ。〈ペイル・ライダー〉、彼女は敵ではない」
「貴方に指図される謂れはないわ」
「組織の目的を優先させろ」
「ふん。私達は組織に忠誠を誓っている訳じゃない。利害関係が一致しているから、今の所共闘しているだけよ。貴方もそうではなくて?〈ホワイト・ライダー〉」
「それはそうだがね」
メフィストフェレスは俗な笑みを見せる。見た目が紅顔の美少年であるからこそ、その顔はとても邪悪に充ちている様に見えた。
「お前らの事情は知らないが、戦う意志がないのなら武器を引っ込めるべきじゃないのか」
「それはとても難しいね」
「俺達は賓客の筈じゃなかったのか?」
睨み合いは長く続いた。一触即発といった感じだが、思惑はそれぞれ違う。分かっているのは、明確な戦闘意志を見せているのは春日美夜だけである事だった。彼女の目はずっとミユのほうに行っている。果たして彼女の少女への執着はどこからくるのだろう。二人は一体どういう関係なのか。全く何も分からない。
「ねえ、貴方は誰なの? あたしは何なの?」
ミユがそう問うと、春日美夜の瞳から少し光が失せ、ぎらついたような狂気を引っ込めさせた。
「教えてよ! お姉ちゃんってどういう事? 春日守桔梗って何?」
ミユが真摯に問う。すると、〈ペイル・ライダー〉はそれまで見せていた狂乱の如き興奮の顔を冷ませ、今度は哀れなものを見るような目でミユを見下ろした。
「そう。本当に記憶喪失なのね」
春日美夜の戦闘意欲が急激に失せていくのを感じる。警戒は怠っていないが、しかし、その退潮もどこか傲然としたものであるようだった。
「ねえ! 貴方、何か知っているんでしょう!」
「今のお姉ちゃんを斬る価値は無いわ。私が、貴方が何者であるかを教えても意味が無い。本当の意味で、記憶を取り戻さないと」
そう言って、凶器を突き付けられているにもかかわらず、春日美夜は平然と、海を割るように、そのまま剣を鞘に収めて本堂の方へと消えていった。
「どういう事……?」
「メフィストフェレス。お前も何か知っているんだろう。春日美夜が何も答えないなら、お前に訊くしかないな」
「それに関しては〈ペイル・ライダー〉と同じ意見だね。ぼく達は春日守桔梗が何者であるかを知っている。でも知識として教えても意味が無いんだ。彼女自身が、『思い出す』。それがなければ。彼女達の生まれを知っていれば、なおさらね」
「つまり俺達はここまで無駄足を使わせられたという訳だ」
「まあそう言わないで欲しいな。折角ここまで来たんだから。もう少しぼく達の話を聞いていってもいいんじゃない?」
武器を突き付け合う緊張は一旦解放された。しかしキョウジにとっては何よりもなおミユである。彼女は戸惑いを隠せないまま、しかし刀は収める。
自分が何者であるか知らないというのはとても気持ち悪い事なのではないかと思う。自分を知っている者がそこにいるのなら、なおさら。しかしミユは目こそ少しふらついているものの、そこまで動揺はしていないようだった。
「あたしが、思い出さなきゃいけない……」
少女はそっと呟いた。
そんな小競り合いを続けている内に、〈アポカリプス・ナウ〉の武装した人員が境内に現れている。大半は近接武器を持っているが、中には銃火器を持っている者もいる。どれも腑抜けた顔はしていない。しかしどこか幽鬼的でもある。亡霊兵士とでも言えば良いのか。
その中に、明らかに雰囲気の違う二人が混じっている。一人は巨漢の白人、もう一人は灰色のコートを着て、2本の剣を構えた男だった。
「紹介しておこうか」
メフィストフェレスが言った。
「そっちの大きいのが〈クリムゾン・ライダー〉、リシャールだ。そして二刀流の彼が〈ブラック・ライダー〉。トシヤ」
「揃って黙示録の四騎士という訳か」
特に感慨無さげにキョウジは言った。それから堂内から老人が出て来る。彼は足が悪いのか、右脚をふらふらさせながら、杖を付いている。しかし老齢でありながら眼光は鋭い。彼が現れると、場の空気が一変したような気がする。彼がこの〈アポカリプス・ナウ〉の首魁である事に間違いは無いだろう。
「よく来てくれたな、キョウジ・ザ・シルバーとその仲間達。私が〈アポカリプス・ナウ〉の主催者、難波影郎である」
彼自身に実際的な力があるとは思えなかったが、しかし兵隊も〈フォー・ライダース〉も一定の敬意を持って彼を担ぎ上げているようだった。確かに威厳はあるようではある。
「良い顔をしている」
「あんたらの目的はなんなの?」
これまでずっと黙っていたカレンが言った。それなりに不満が溜まっていたのかもしれない。苛々しているようにも見える。
カゲロウはそれに微笑を湛えながら答えた。
「きみはまだ人間か」
「そうよ。デモンになる気はないけどね」
憤然とカレンが言うと、カゲロウは皺深き顔をくしゃくしゃにする。何か面白がっているようでもあり、それが余計カレンにとっては気に食わない。
それから老体は答えた。
「我々の目的は人類の〈最終的救済〉。黙示録はまだ終わっておらぬ。神無き世であるのなら、それを神に代行してそれを成さねばならない」
「だからその救済とやらを具体的に言いなさいよ」
「千年王国の実現――人類が新たなる高みに昇る時、それは成される」
「はぁ?」と挑発的にカレンが言ったが、カゲロウは意にも介さない。
そして彼は言った。
「人類の進化。半不死半不老の存在。今、世では『デモン』と呼ばれるもの。それが鍵だ」




