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決意





 色々考えるべき事はあるが、取り敢えずここでは戦闘にはならなそうだった。とはいっても警戒されていない訳ではないし、こちらも警戒している。短剣は抜いていなかったが、いつでも抜けるよう、右腕に緊張を走らせている。心も。常に〈加速時間〉を発動出来る様に構えていた。


「剣呑だね。もっとリラックスして貰っても良いんだよ」


 だがそれはメフィストフェレスに見抜かれていたらしい。


「もっと仲良く行こうじゃないか」

「お前達と敵対している訳ではないが、かといって友好的にする理由も無いな」


 街をひとつ焼き討ちにするような組織と手を組むつもりは無かった。だが情報は引き出さねばならない。キョウジはその二律背反に挟まれていた。それを見透かした様に少年もどきは冷えた笑みを見せている。姿形こそ少年そのものだが、それからは想像も出来ない程の長生きをしているのではないか――キョウジが訝ったのはその時からだった。


「春日美夜と会いたいんだろう? それならぼく達に付いて来るのが一番分かり易い」

「あたしは……」


 惑う様な顔を見せたのはミユだった。ここに来て怖気づいたのだろうか。再び刀をぎゅっと抱き締める。何だか寒そうにもしていた。薄い生地のワンピースなのだから寒いに決まっているのだが、そういう事ではないのは明らかだった。


「〈ペイル・ライダー〉もきみには会いたがっているよ」

「〈ペイル・ライダー〉? いよいよもって黙示録の四騎士ね」


 黙示録の四騎士というのは、学が無い(と言われてしまった訳だが)キョウジにはよく分からない単語である。ただ言葉の感じからして物騒で不吉そうなのは分かる。この手の輩が名乗りたがる大仰な名前でもある。


「その、〈ペイル・ライダー〉とやらが春日美夜なのか?」

「そういう事になるね」

「そんな奴等と(くみ)しろというのか? 悪いが、俺にはテロ集団と仲間になるような趣味は無い」

「そちらのお嬢さんはどうかな? ねえ、ミユちゃん」

「気軽に『ちゃん』だなんて呼ばないで」


 そこ険しい声色から察するに、ミユもあまりいい気持ちにはなっていない様だった。


「これは失礼」

「あたしの答えはキョウジ兄ちゃんと一緒だよ。あたしはずっと兄ちゃんに付いて行くんだもん」


 しかしメフィストフェレスはそういった厳しい言葉を浴びせられても一向に意に介さないようだった。芝居がかったように大きく肩を竦める。


「しかし、ぼく達がテロ組織だというのは心外だな。ぼく達が望んでいるのは〈最終的救済〉だ」


 下らないな、とキョウジは吐き捨てた。


「どんな崇高な目的があろうが、それを暴力で通そうとするのはテロリズムに他ならないだろう」

「そうかもしれないね。でもそれを言ったら〈ザ・ラウンドテーブル〉も同じじゃないかな?」

「別に奴等の味方も代弁もする気は無い」

「つまりはそういう事だ。この世界で自分の意志を通そうとすれば何よりも力が無くては不可能だ。好き嫌いの問題で片付けられるものじゃない。事実、きみ、キョウジ・ザ・シルバーも力があるからここまで渡り歩いて来られた」

「俺は罪の無い者に手を掛けた事はない」

「果たして、本当にそう断言出来るかな? 罪とは、だれが規定するものだ? この法の失われた世の中で……それともきみの考えが即ち法なのだと傲慢になるつもりかな?」


 煮ても焼いても食えない奴、というのはこういう奴を言うのだろう。彼の言っている事は詭弁のようでもあるが、真理の一端も含んでいる。それ故にキョウジは言い返せなかった。


「まあお喋りはここまでにしておこう。ぼく達と一緒に来い、とは言わないよ。決心がつけばそちらから来ると良い。ぼく達はヒエイザンという所を根城にしている。キョウトの北部だよ」


 それだけ言って、メフィストフェレスは現れた時と同じ様に、霧の様に消えてしまった。それに合わせるかの如く、〈アポカリプス・ナウ〉の部隊も撤収していった。残ったのはキョウジだけだった。


「気に食わないな……ああ、全く気に食わない」


 それを言ったら、この世の中は気に食わないことだらけなのだが。



        ◇



「で、実際の所どうするの?」


 まだ建物に居座ってそんな話をしていた。言ったのはカレンである。まだ緊張感は漂っている様な気がする。コーヒーを飲んでもあまり気分は落ち着かなかった。特にミユがピリピリしていたのでとっておきのチョコレートを上げたのだが、それでも彼女はいつものノンビリを見せてくれない。まあ仕方の無い事だとは思うが……


「俺の意見からすれば、関わるべきじゃないと思う。だが」


 キョウジはミユの方を向いた。少女はちょっと吃驚したように目を丸くした。


「今回に限っては俺の決める話じゃない。ミユの意向が全てだ」

「え、あたし? あたし?」


 急に話を振られて、ミユはわたわたしてコーヒーカップを落としそうになった。


「そうだ。これはお前の問題だからな」

「あぅぅ……」


 キサラギに話を聞いた時は決意めいた瞳をしていたのに、今また尻込みしている感じだ。


「お前がつらいと言うのなら、俺は敢えて春日美夜とやらに会おうとは思わない。だがミユ、お前は殻を破ろうとしている――そうじゃないか?」

「あたし……」


 ミユは俯いて、刀の鍔をじいっと見ている。彼女の小さな頭の中でどんな思い、あるいは葛藤が渦巻いているのだろうか。それは窺い知れないところである。だがミユがどんな決断を下すとしても、それは尊重しようとキョウジは思っていた。キョウジの期待はまた別である。彼女には過去に向き合って欲しいと思っている。しかし無理強いをしようとも思わない。このままお気楽な旅を続けるなら、それはそれで彼女の選択だ。


 だが、しばし逡巡するように頭を振ったあと、ミユはそれを上げた。そこには凛とした瞳が乗っかっていた。


「うん……あたしは、あたしに向き合う」

「よく言ったわ、ミユちゃん」


 そう言ってカレンがミユの頭を撫でる。


 しかしそれが難しい決断になるのは間違いない。メフィストフェレスに言った通り、キョウジは奴等の仲間になる気はさらさらない。その気持ちはミユもカレンも同じだろう。〈アポカリプス・ナウ〉、黙示録の四騎士、〈ホワイト・ライダー〉、そして〈ペイル・ライダー〉。単語からすれば厄介な話なのは間違い無い。


 そしてミユと春日美夜が出会った時、一体どういう事になるのか、ミユ自身も含めて全く分からない。危険かもしれない。


 だがその上でミユは決意した。ミユは賢い子だから、キョウジが危惧している様な事柄はすべて分かっている筈だ。その上で彼女は前に進む道を選んだ。


 ならばキョウジが為すべきは一つ――何があってもミユを守り切る。それだけだ。

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