〈ホワイト・ライダー〉
蹴散らすのは少々難しいが不可能ではない。だが彼らの言う通り交渉の余地があるのならそれに越した事はない。こいつ等が〈アポカリプス・ナウ〉の尖兵なのだとしたら、こちらの目的にも適っている。気に入らない、というじつに重大な問題を無視すれば話を聞く余地はあると言えた。
「カレン、銃を下げろ」
「何よ。こいつ等の話を聞くって言うの?」
カレンは少々不満気であった。しかし「らしくないわね」などと恨みがましい言葉を吐きつつも、彼女は言う通りにした。
「そっちの武装も解いてもらおうか」
緊張感が無い訳ではない。しかし少なくとも、武装解除とは言わなくとも彼らは銃を下げた。しかし緊張感はむしろ増す。簡単に戦闘に入る方が、緊張という意味ではまだ気が楽なのだ。きっちりと武器を携帯している相手に対し、話をする方がよっぽど難しい。敵と決まった訳ではないが、味方でもない――そういった輩と話すのは一番気が張る事である。
〈アポカリプス・ナウ〉達の顔付きは精悍としている。下らない野盗の類ではないのは確かだろう。だがそれがヨドの街を焼き払った奴等だとすれば、決して心を許してはならないと思う。キョウジはあくまで彼らを敵に準ずるものだという認識を捨てていない。俗な野盗ではないとすると、余計問題は難しくなる。
「上に配置している奴等も下ろせ。そっちに交渉する気があるのならな」
キョウジがそう言うと、リーダーと思しき小柄の男が手を上げ、手招きするようなジェスチャーをする。こちらを威嚇するような屋根上の男たちは、豹の様に跳び上がってそのまま隊列に加わった。
顔の判別が付かないな、とキョウジは思った。下劣な賊が、総じて下劣な顔をしているのとはまた違った感じ――簡単に敵に回したくない相手であるのは分かる。身体が冷えるような気がする。それはきっと、雨で気温が下がったからだけではないだろう。
「しかし、交渉と言ったな。俺をキョウジだと知った上で、お前達に何の用事があるって言うんだ?」
「〈シルバー〉。お前達の動向はよく観察している」
「それは、どうも」
じれったい時間が続く。相手が何を望んでいるのかがまだ分からない、それが気に食わないのである。短剣に手を伸ばしたい衝動を何とか抑えて(キョウジは彼らをまだ強く警戒している)話を聞く態勢を整える。
「既に知っているだろうが、我々は〈ザ・ラウンドテーブル〉と事を構えるつもりでいる。そこで彼等と敵対しているお前達を味方に引き入れたいと思っている」
「別に敵対はしていないんだがな――まあ色んな関りがあったのは認めるが」
〈ザ・ラウンドテーブル〉と〈アポカリプス・ナウ〉。どちらを敵に回すべきなのかは難しい判断になる。前者とは自分が言った通り様々な関わりがあったが、後者とはここが初めての接触である。しかしデモンの集団――恐らくはテロ組織に手を貸す気は全く無い。だがしかし、この両者と同時に敵対するのはいかにもまずい。
「あのな、俺達はただの旅人だ。放っておいて貰えないものかな?」
「そうでもないんじゃないの?」
奇妙に甲高い声――男のものでも、女のものでもないような声が唐突に響いた。あまりにも唐突かつ場違いな声だったため、キョウジは最初幻聴を疑った位だった。しかしそうではなかった。そしてぞっとするような光景が目の前に広がった。
何も無かった目の前に、突然少年が現れたのである。
いや、少年と言っていいのだろうか? 姿形はそれそのものである。紅顔の美少年と言ってもいい。だがその雰囲気、佇まいはなにか不気味なものがある。おかっぱ頭の髪の下にくりっとした碧い瞳をしていて、背格好はミユよりも小さい。人間ではないのは明らかだった――だがただのデモンではないのも分かる。ぞっとするような目線でこちらを見ていて、口には歪んだ笑みが浮かんでいる。
悪魔という存在がいるのなら――悪魔と名付けられた自分達がそうではないのなら――まさにこういった佇まいをしているのだろうと思った。それ故にキョウジは警戒する。心を許してはならない相手だと、本能が警報を鳴らしている。
「〈ホワイト・ライダー〉! なにも貴方が出て来なくても」
「仕事が意外に早く終わったんでね。ぼくも暇なのさ」
そのやり取りを聞くだけで、彼が〈アポカリプス・ナウ〉の中でもかなりの重鎮であるのは間違い無い。だがそこには見過ごせない事実がある。〈ホワイト・ライダー〉とやらは本来ここにいない筈の存在なのだ。それが急に、何の前触れもなく出現した。キョウジの目の前に。さも当然という風に。つまり彼は何らかの異能を持っている事になる。考えたくはないが、もしかしたら――こいつは瞬間移動能力を持っているのか?
「話はさっきから聞かせて貰っていたよ。それにきみ達の調査もあらかた終わっている。きみ達は――ぼくら〈アポカリプス・ナウ〉に用事があるんじゃないのかな?」
キョウジは黙っていた。警戒は怠っていない。
「俺達を味方に引き入れようと思わない方が良い。そんな必要も無いんだろう」
「だがあからさまに敵対もしたくない」
きみ達は〈ザ・ラウンドテーブル〉と組した過去があるからね、と〈ホワイト・ライダー〉は更に口を歪めて言った。邪悪そのものである。無垢そうな少年の顔からは想像も出来ないような、恐ろしい悪魔の瞳と笑みだった。
「キョウジ君。そしてミユちゃん」
視線が奥の方に行ったと思ったら、いつの間にかミユが顔を出していて、少年のような悪魔は彼女を見ていたのだ。キョウジは思わず舌打ちをしたくなったのを必死に我慢した。
「あたしの事も知ってるんだ」
ミユも流石にある程度は警戒しているようである。刀をいつでも抜けるように片手で持っている。
「それは、勿論。きみはきみが思っている以上に重要な存在なんだよ」
「貴方達は、あたしの正体を知っているって言うの?」
〈ホワイト・ライダー〉はにやりと笑った。いや、嗤った。
「なるほど。きみは本当に何も知らないんだな」
少年が嘲るように言うと、ミユは口を真一文字にして絞った。普段ボンヤリしている風な瞳は、今はきっと心を許さないように締めたものにしている。
「話を急ぎ過ぎだ。まずお前達が何者なのか、それから明かして貰おうか」
その緊張を破るようにしてキョウジが言った。〈ホワイト・ライダー〉の全てを見下すような顔は変わっていない。そのまま肩を竦める。いちいち癇に障る態度にキョウジは内心苛ついていたが、それは顔に出さないようにする。
少年のような何かは、大仰に両手を広げて名乗りを上げた。
「ぼくの名前はメフィストフェレス。それ位は聞いた事あるんじゃないの?」
「知らんな」
「キョウジ・ザ・シルバー、きみはもっと学を広めるべきだね。読書とかはしないのか?」
「知っていたとしても、どうでもいい」
そう言って、キョウジは少年――メフィストフェレスの言葉を切って捨てた。彼の正体などに興味は無かった。だがミユはその名前に聞き覚えがあるようだった。
「メフィストフェレス……人を誑かし、誘惑する悪魔……」
「お嬢さんの方が学があるようだね」
メフィストフェレスはにやにやとしたままこちらを見ている。それから続けた。
「ぼくは〈フォー・ライダース〉のひとり、〈ホワイト・ライダー〉と呼ばれている。組織の中核に位置するものだ」
「黙示録の四騎士? 馬鹿にしてるんじゃないの?」
口を挟んだのはカレンだった。
「世界は既に滅びを迎えたわ。今更黙示録だなんて――」
「そんなことはないのさ。黙示録は今こそなのさ」
「ふざけた話はそこまでにして貰おうか。こっちの用事はともかく、そっちには俺達に何の用事があるっていうんだ」
「言っているだろう。味方に引き入れたいと思っているよ。少なくとも敵にはなって貰いたくない。その程度の利害は一致しているんじゃないのかな?」
メフィストフェレスは平然と、というよりは傲然と言い放った。
そして。
「キョウジ・ザ・シルバー。きみにも多少興味があるが、ぼく達が本当に欲しているのはそこの少女さ。永遠の鬼神、春日守桔梗。その片割れ」
ぞっとするような声が響き、そしてミユは目を見開いた。




