接近
キョウトは治安がいい筈なのだから、到着して早々こんな事になるとはキョウジは全く考えてもいなかった。昨日訪れたばかりのヨドが襲撃されたという報を聞いたからである。
「それが〈アポカリプス・ナウ〉とかいう奴等の仕業なのか?」
それならそれでおかしな話のように思えてならない。自分達が探ろうとしていた組織が、その矢先に動くとは。だがそうと決まった訳でもないし、別に自分達が標的にされている訳でも無さそうだ。
〈ザ・ラウンドテーブル〉は完全に面目を潰された形になる。ウメダ制圧に戦力を割いた結果、本拠地を叩かれる結果になったのだから。別に小気味よい訳ではないが、かれらが痛い目を見るのは――これまでの経緯からして、気分良くもあるし気分悪くもある。
「ただの野盗団では無さそうね」
「そうだな」
今はまた、バイクを走らせてキョウト中心部に向かっている。キョウトは数少ない戦火を免れた街であり、戦前の建物も数多く残されている。それでも荒れているのに変わりは無い。それは戦争の傷痕ではなく、やはり賊たちが荒らしまわった結果である。それが安定したのは〈ザ・ラウンドテーブル〉が台頭してからで、それはごく近年の話である。だがかれらが現れた事によって人々が流入しているのも確かである。ウメダが野心を持つ者を集めていたとすれば、キョウトは安定を望む者を集めていた。
そうやってつらつら考えながら走っていたのだが、やがて空の雲行きが怪しくなってきた。重そうな黒い雨雲が急激に広がり始めている。
「これはすぐに降ってくるな」
なので今すぐにでも雨宿り出来る場所を探さなければならなかった。気温も少しずつ下がってきている。
「春の天気はなんだか不安定だね」
寒さには強いと自称するミユも、急に冷えてすこし震えている。それでも刀は離さない。
「仕方無いだろう」
「まぁ、そうなんだけど……」
このところのミユには、今までになかった憂いの様なものが顔から滲み出している。ウメダ辺りからだろうか、少しずつ大人になっているような感じだ。決して不健康な様子ではないし、少女にこんな気持ちを持つのはいけないのだろうが、そこはかとなく色気を感じる。きっと成長すればいい女になるだろうな、とキョウジは思った。いや、それはずっと前から思っていた事だが、それが顕著に見え始めているのである。とは言っても勿論恋愛感情を持つ訳ではない。キョウジはあくまでミユの保護者だったし、それを曲げられはしないのだ。しかしひょんなところから、ミユを好きだと言ってくるような男が現れたらとすれば、自分はどうすれば……
「兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、うん? ああ……」
「よそ見運転はダメだよ」
ミユに窘められて、キョウジは気を引き締め直した。
やがて近場に駐車場付きの小規模小売店舗、かつては「コンビニ」と呼ばれていたらしい建物が見えたのでそこで雨宿りしようと決めた。クルマとバイクを停めて、バイクにはカバーを掛ける。
当然ながら店員などはいない。だが意外な事にあまり荒らされてもいないようで、棚などは整然と並んだままだ。物資が補給できるという訳だ。さすがに食料品は(缶詰などの保存食も含めて)手に付ける気になれないが、カレンは肌着などの衣料品が手に入れられるのに少しばかりはしゃいでいた。
「雨もそんなに悪くないわね」
その意見に全面的賛成しようとは思わない。雨は嫌いだ。しかしそんな珍しくうきうきしているカレンを見ていると少し心が和らぐのも確かだ。これ位で喜んでくれるのなら、まあ、確かに悪くはないのかもしれないが。
店舗内には休めそうな場所はなかったが、バックヤードだったと思しき部屋には簡易ベッドや休憩用のテーブルも置かれていた。
そんなに長い雨にならないとも思われたため、ここでしばらくは休んで、雨足が弱まればすぐにでも出発しようと思った。別にそんなに急いでいる訳でもない――そもそもどこに向かえばいいのか、明確な目標が無い。手掛かりは〈アポカリプス・ナウ〉という組織名と春日美夜という女の名前だけ。だが動いていないのもそれはそれで気持ち悪い。
雨が屋根を叩く音が鳴り始めた。思ったより激しい雨である。遠くからは雷音もうっすらと聴こえる。それほど薄気味悪いとは思わなかった。春の訪れ、と考えれば春雷も歓迎すべきなのかもしれない。
「ひぅっ」
しかしミユは雷が苦手なのは変わらないようだった。給湯器が生きていたので、それでコーヒーを淹れてくつろいでいたのだが、雷が鳴り始めると彼女はきゅっと目を瞑りながら肩を竦めていた。
「大丈夫だ、こんなものは大した事はない」
「そうは言ってもぉ……」
「ここにはちゃんとトイレもあるから大丈夫よ」
「そこまで子供じゃないよっ」
カレンの物言いには流石のミユも立腹したらしい。ふっくらした頬をぷりぷりさせている。しかしカレンの方も全然反省した様子もなく、顔を崩して「ゴメンゴメン」と言っていた。その女ふたりの様子を、キョウジはコーヒーを啜りながら呆れて眺めていた。これがこの世界ではとてつもない贅沢である自覚を持ちながら。
「この感じからすれば、これは大きい雨雲じゃなくて局地的なものだ。すぐに雨も雷も止むだろう。だからちょっとの間だけだから我慢しろ」
「兄ちゃんは偉いなァ」
「何が偉いのか分からないが。まあいいか」
やがて雨音が弱まってくる。
どこに行くかもまだ定まっていないが、それはいつもの事だろう。てきとうに生きている訳ではないが、強い意志を持って生きている訳でもない。キョウジはそれでいいと思っているし、これからもそうだろう。だからこの程度の雷雨など全然気にならない。ミユにも雷などに負けない心を身に着けて欲しいものだが……
但し、そこに立ち塞がる敵がいるのなら、話は別である。
外の様子を見てくる、と言って席を外していたカレンが戻って来た。彼女は神妙な顔をしていた。それだけで、何か異常があったのだと推察出来る。その証拠と言わんばかりに、彼女は自分の荷物の中にある短機関銃を取り出し、武装する。
「囲まれているわ」
クルマとバイクをあからさまに外に出していたのはまずかったかな、とキョウジは思った。狙って下さい、と言わんばかりの所業だろう。だがここで野盗が襲って来るなら、排除するまで。キョウジはそんなに悲観はしていなかった。戦闘は面倒臭いが、まあ仕方あるまい。
「すぐに終わる。ミユは中でゆっくりしていればいい」
「あたしもやるよ」
「お前は最近働き過ぎた。たまには休みも必要だ」
「兄ちゃんは全然休んでないじゃん」
「俺は社長だからな」
キョウジにしては珍しいジョークが飛んだ。珍しいが故にあまり面白いジョークではない。実際ミユはぽかんとしてくすりともしなかったし、カレンは呆れたように頭と両手を振る。いずれにしても、かれらは全然危機感を覚えていなかった。
外に出てみると、雨はすっかり上がっていた。雲も過ぎ去ろうとしていて、僅かに西日も差している。キョウジが確認したのはまずそれだった。その後で囲んでいる賊達を見やった。
舐めていると言えば舐めている態度だろう。しかし彼は悪びれる風もなく、傲然と包囲された自分達の状況を見やった。
だが舐めて掛かってはいけない相手だと認識したのはすぐにだった。
「キョウジ・ザ・シルバー。カレン・ザ・ソルジャー。そしてミユ・ザ・デス。我々はお前達に用事がある」
自分はともかく、女達にまでそんな渾名が付いている事にやや面食らったが、問題はそこではない。相手の雰囲気はただの野盗デモンではなかった。戦闘配置もだ。前面に5名の長い矛槍を持った者を出していて、その後ろにはいつでも撃てる、と言わんばかりの小銃を構えた者が構えている。そして建物の屋根にも幾人か乗っている様だった。
退けるのは不可能――とまでは言わないにしても難しいのは明らかだった。それ故にキョウジは安易に短剣を抜かなかった。カレンは後ろに下げている。そして彼は眼光だけで相手を牽制した。しかし退く気配は見られない。
だが一番の問題は更にもっと別の所にあった――そんな戦闘訓練を受けた部隊が、何故今ここで自分達を包囲しているのだろう? 感じからすれば、彼らは〈ザ・ラウンドテーブル〉ではなさそうだが、しかしそれと同等の戦闘能力を保持しているようだった。
慎重にならざるを得ない。だからキョウジはある程度戦闘意志は収めて、相手の話を聞くところから始めようとした。敵対勢力ではないのなら、あえて戦う理由も無いからだ。
「いかにも、俺がキョウジだ。連れている女もな。ただの旅人だ。そんな俺達にそんな物騒なものをぶら下げて、何の用事があると言うんだ?」
敵ではないが、味方でもない――そんな輩が一番厄介だな、とキョウジは思う。それは〈ザ・ラウンドテーブル〉相手にも言える事だが。
いずれにせよ、そんな自分達と交渉するためにこんな戦闘部隊を配置するとは、随分と評価頂いている訳だな、と皮肉気に胸中で呟く。そして相手の正体も何となくつかめていた。
それを実証するように、一番前面に出ている小柄の男――きっと彼がリーダーなのだろう――が、まったく油断もない瞳で見据え、キョウジに言った。
「我々は〈アポカリプス・ナウ〉。キョウジ・ザ・シルバー、そちらに敵対意志が無いのであれば、こちらも危害は加えない。我々はお前達に交渉の余地があると思っている」
こちらが探す前に、向こうからやって来るとは。それを幸運と捉えるべきなのか、キョウジの皮肉気な気持ちはいよいよ増してくるのだった。




