キョウトへ(2)
キョウジは驚いていたが、野盗たちは呆れた様な顔を見せていた。黒髪をなびかせ、黒い儚げなワンピースを着た少女が、抜き身の日本刀を構えて立っている。野盗は呆れたというよりかは、少しにやにやとしているようでもある。
彼らは彼女が死の女神である事を知らなかった。
「やめとけ、ミユ。これくらい俺だけで片付けられる」
「それでも兄ちゃんは疲れるでしょ」
ミユには、今の所怯えた様子は見受けられない。かと言って昂った感じでもない。非常に冷静だ。それは戦いには一番重要な要素だが、彼女はどこでそれを身に着けたのだろうか。正直に言えば、キョウジは少女の変化に戸惑っていた。
「ガキのお守りまで、ご苦労なこった」
下卑た笑いを見せる野盗達に、キョウジは何も言わなかった。普段ならもう少し言い返す場面ではあるのだが、実の所キョウジ自身が一番困っていたのである。それに憐れんでもいた。ミユがそ《、》の気ならば、ここは完全なる殺戮の劇場になる。覆せない。
「逆に訊くぞ。お前らが素直に俺達を通してくれるなら、何もしない」
キョウジは最後通告のつもりで言ったのだが――最後通告というものは、大概が通らないというのは歴史が示す通りだが――野盗たちは鼻で笑った。
「はぁ? お前、頭湧いてんのかぁ?」
賊の中でも一番背の高く、そして肉付きも良い(穏便な表現である)男が蔑むように言った。どうしてこう、こういった輩は現実を見られないのかな、とキョウジはある種の諦めとともに彼らを見ていた。まあ、現実を見られる奴ならば、野盗などにはなっておらず、もっと大人しく生きているのだろうが……
「しかし、こんな雑魚を撃ち漏らすなんてな。〈ザ・ラウンドテーブル〉の奴らも案外手際が悪いな」
ウメダ制圧に当たって、彼らは近辺の掃討を図っていたのではなかったのだろうか。少なくともセンリで聞いた話ではそんな感じだった。彼らは小規模過ぎて見逃されていたのだろうか。
「あぁ?」
「雑魚は雑魚なりに情報収集した方がいい。この近辺で何が起こっているのか、お前達は知らないのか?」
「知ったこっちゃねえよ。お前等だって分かってるだろ。俺達も、お前等も、その日のおまんまを確保するだけで精一杯なんだよ」
「生む、稼ぐのと奪うのでは大きな違いがある。お前等は他人の稼ぎを掠めるだけのクズだ」
キョウジはきっぱりと切り捨てた。案の定野盗たちは顔を真っ赤にさせる。そうしている間に彼は敵の分析を始める。人数は10人きっかり。これが最大戦力なのかどうかは断言出来ないが、まずはそのつもりで向かう。武装は手作りのマチェットや斧で、銃火器の様な物は見当たらない。構えから見ても、戦闘慣れしているようには思えなかった。デモンの膂力に頼り切り、弱者ばかりを食い物にしていた下衆達――キョウジの最終評価はそんなものだった。
「悪いがここでお前たちを完全に潰させて貰う。急いでいるんでな」
本当は別に急いでいる訳でもなかったのだが、キョウジはそう言った。
「てめぇ、本当にやる気か」
「お互い武器を構えて、平和的に手を取り合う事が出来るか?」
「後悔させてやるッ!」
野盗たちは全員で以て襲い掛かってくる。そんなに速くはない。確かに人間以上の身体能力はあるようだが、それだけだ。能力を使うまでもなく、キョウジは冷静にその動きを観察している。
「後悔するのは……そっちだよッ!」
しかし先に攻撃を仕掛けたのは、ミユだった。少女は凛とした顔のまま、相手とぶつかり合うように突撃し、その直前で、ぐっと地面に足の力を込め、だが軽やかに、その刀を迅速かつ冷静に斬り下ろす。キョウジでさえも目で追うのが難しかったのだから、哀れな犠牲者は何が起こったのかすら分からず、あの世に行ったのだろう。あの世があればの話だが。そちらの方が幸せなのかもしれなかったが。
「な、何だっ、このガキ!」
ミユの恐るべき戦闘能力が露わになって、野盗共はあからさまに狂乱した。その隙を見逃さず、キョウジも〈加速時間〉を発動させて攻撃に向かった。止まったような時間の中で、いつもの通り、キョウジは欲張る事はせずに一人ずつ仕留めに掛かる。懐に飛び込み、胸や喉元などを突き、屠っていく。
それに付いて行けるのはミユだけだった。彼女の動きもどんどん鋭くなっている。それでいて明確な精神を感じられる。自らの凶暴さに溺れ、ただ暴れていた以前のミユとは明らかに違った。それだけに洗練もされている。
キョウジとミユはしばしば目配せしながら、お互いの間合いを詰め過ぎもせず、離れ過ぎもせず、適度な距離感を保って連携する。野盗共は手を出す事すら叶わず、キョウジ達の為すがままにされていて――それで、いつのまにか完全に潰滅していた。
後には何も残らない。いや、残っている物はあった。彼らが設置していたバリケードである。これの解体の方が手間が掛かるものだった。結局カレンが持っていたなけなしのダイナマイトを使って爆破したのである。
「しかしお前、何でこんな物を持っていたんだ? 戦闘には不向きな爆薬だろう」
「色々なケースを考えなきゃ生きていけないわ。ほら、実際にここで役に立った訳だし」
「それはまあ、確かにそうだが……」
カレンはどちらかと言えば後方支援向きの人間なのかもしれない。
「しっかし、貴方達って本当に強いわねえ。敵う相手なんかこの世にいるのかしら」
「場合にもよる。個々で負ける気は無いが、例えば〈ザ・ラウンドテーブル〉の奴等が本腰を入れて人員を大量投入されたらやられるかもしれない」
「ウメダでは勝ったじゃない」
「あれが限界だと思う」
すぐにここを離れる事はしなかった。残党がいないかどうか、念の為確認して回ったのである。キョウジ達の目的はここの突破であり、野盗の掃討ではなかったのだが、撃ち漏らしがあると何となく心にしこりが残るからである。ある意味身勝手とも言える。
幸い、残党はいなかった。本当に小規模な野盗団だったらしい。
「ここであんまり目立たずに、こせこせ略奪していたのね。みっともないったらありゃしない」
「ウメダが近いんだから、そっちで稼ぐ事を考えなかったのかな」
などとキョウジは言ってみたが、〈ザ・ラウンドテーブル〉が制圧に乗り出したのを考えれば、どちらにせよ結末は同じだったのかもしれない。
「ま、なんにせよ良い事をした後は気持ち良いわね!」
「お前、何もしていないじゃないか」
「なによぅ。出なくて良いって言ったのキョウジ君じゃない」
「まあ、そうなんだが」
「キョウジ君の手柄は私の手柄! そういう事にしておいて」
「別に構わんが……それで良いのか?」
などと軽口を交わし合いながら探索を終了し、クルマに戻った。この探索にはミユは参加していなかった。少女はただ精神集中している。すっきりした顔、とは到底言い難いが、これまで見せて来た憔悴した顔でもない。
「ミユ、怖くはないのか?」
少女はふっと微笑した。だがどこか青ざめてもいる。
「ちょっとは、怖い――でも、自分に振り回されはしなくなったよ。あたし、自分の意志で戦える」
どこの誰よりも、自分自身を怖がっていたミユ。それは成長と言っていいものなのだろうか。キョウジには難しい問題の様に思えた。
「あたしは、自分の『鬼』を飼い慣らせる……そうすれば、兄ちゃんの役に立てる。そうだよね?」
「いや、お前が無理に戦う必要は無いんだ」
「あたしだって、いつまでも兄ちゃんにおんぶに抱っこじゃいられないもん。一人で立てる。そう証明したいの」
鬼の少女ミユは、自分に振り回される事無く戦えるようになった。だがそれは果たして喜ばしいことなのか? キョウジは、彼女には可憐で儚げな少女のままでいて欲しかった。戦いなどは知る必要は無いと思っていた。
しかし――それは単なる自分の我が儘なのだろうか?
答えはまだ見出せない。




