キョウトへ(1)
ミユは神妙な顔を続けたままだった。彼女にしてはかなり珍しい。ぎゅっと刀を抱き締め、それは怖がっているというよりかは何かを覚悟したかの様だった。
「結論を急ぐ必要は無いぞ。単に似た名前というだけかもしれない」
そこにやや危うさを感じて、キョウジは宥めるようにそう言った。
「うん……」
しかし、これまで自分の記憶にはさして興味もないといった風にしていたミユが、反転してそういった態度を取っている。そこには何か意味があるのかもしれない。
「ま、こんな情報じゃ大して代金も貰えないから、あたしも引き続き調べておくよ」
飄々とした眼鏡の女、キサラギが言った。女には向かない職業だと言ったが、中々どうして似合っているような気もする。
「で、どうするの? キョウトに行くの?」
「そうだな……」
避けられない事なのかもしれないが、気が進まない所でもある。なにしろキョウトは〈ザ・ラウンドテーブル〉の本拠地である。今は彼らとは接触したくないのだ。あからさまに敵対している訳ではないが、交戦したのは事実である。
「行こうよ、兄ちゃん」
ミユの目には決意が見て取れた。自分の運命と向き合う顔だ。彼女はこれまで臆病で、いっぽうでノンビリもしていた。そんな彼女が今、強靭な意志を示してそう言っているのである。キョウジは考え直さねばならなかった。彼にとってミユは第一に考えるべき存在である。それがそうなっているのだから……
「〈アポカリプス・ナウ〉ってのも気になるな」
「最近出て来た新興勢力だよ。まだ名前は売れてないけど、物凄い速度でデモン達を集めてるらしい」
キサラギは貴重品である煙草を、惜しげもなく吸い始めた。紫煙がどこか黴臭い事務所に漂って、いよいよ胡散臭い雰囲気が高まる。
「そんな情報、どうやって仕入れているんだ?」
「そりゃ勿論、足と耳でさね。それ以上は商売の種なんで言えないけどね」
いずれにせよ、最早迷っている場合ではなかった。ミユがやる気なのならキョウジはもう反対しない。危険だとは分かっていても、飛び込むべき機会というものはある――それはこれまでの旅で得た経験のひとつだった。
具体的になにをすれば良いかは決まっていない。その、ミヤとかいう女の素性も知れない。ただ、そういった組織の幹部なのならきっとデモンではあるのだろう。戦闘になり得るか? キョウジが危惧しているのはその点だった。
だがなにをすれば分からなくとも、行動あるのみ。今言えるのはそれだけだった。
◇
〈ザ・ラウンドテーブル〉のウメダ制圧から数日間経っている。良く言えば賑やか、悪く言えば猥雑だった街はすっかり静かになり、大人しくなったというか、しおらしくなったような感じがある。悪徳の都はこうやって屈服させられたのだった。
「いい事のはずなんだがな」
あまり好きではなかったウメダの臭いも、いざそれが消え去ってみるとなんとなく淋しい気がする。混沌としているのも問題だが、かといって秩序だった街というのもどことなく肌がむず痒くなるものがある。そういった意味で、キョウジは〈ザ・ラウンドテーブル〉も決して好んではいない。あからさまに嫌っている訳でもないが。
「安心して歩けるのはいいじゃない」
それに比べればカレンはお気楽の様だった。彼女にとっては安全は大事なもののようである。それはデモンと人間の違いであり、男と女の違いでもある。まあ、彼女が襲われる心配がないのは確かに喜ばしい事ではあった。
意見が分かれているのは住民も同じのようだった。といっても直接話をした訳ではない。安らかな顔をしている者(やはり女が多い)と、生気が無くなったような顔をしている者に二分している。
そのどちらでもないのが、ミユだった、連れだって歩いてはいるが、全然言葉を発そうとはせず、今まで以上にぎゅっと刀を抱き締めて、引き締まった顔をしたままだ。自分の世界に入っているような感じがあった。今はそっとしておくべきだろうとキョウジは判断していた。
それとは別に現実的な問題もある。
「クルマ、大丈夫かしら……」
そうである。なんだかんだしている内に滞在日数がかなり伸びている。この騒乱、紛争とも言うべきもので、それが失われていないかどうかカレンは心配していたのである。勿論キョウジも心配していた。
しかし心配する必要は無かったのかもしれない。〈ザ・ラウンドテーブル〉は無益な戦闘を避けたと言うべきか、モータープールは戦火を免れていた。
だがそれはそれで問題もある。
「勿論延長料金は頂きやすぜ」
「商魂逞しい事で」
そういう事だった。
ともあれ無事にバイクとクルマは戻って来た。おまけに洗浄もされている。金にがめついかもしれないが、主人は間違いなくプロ根性の持ち主でもあった。
「なんか1年間くらいいた気分だな」
「そうかしら」
そして3人は乗り物にそれぞれ乗り、ついにウメダを離れる事になった。1年間は大袈裟過ぎたかもしれないが、それだけ色々な出来事があったのだ。特にみらんについてはまだ後悔が残っている。助ける可能性は無かったのだろうか――全ては自分の怠慢、不注意であったとキョウジは心の中で自罰する。
「起こっちゃった事は仕方無いよ」
そのキョウジの心を察したのか、サイドカーに乗っているミユが気を遣うようにして言った。ひところよりは表情が和らいでいる。サイドカーに乗ると心が安らぐのかもしれない。
「ひとつの命が奪われた。そう簡単に割り切れるものじゃない」
だが無理矢理にでも割り切らなければならないのがこの世界である。その意味でミユのほうが正しい。だがそういった光景を何度も見てきた筈なのに、キョウジは一向に慣れる気がしなかった。むしろ見てきた分、重さが圧し掛かっているような気がする。自分はどれだけの命を殺め、どれだけの命を見殺しにし、どれだけの命を救ってきたのだろうか。館得ても仕方無いとは分かっている。だがしかし。
こういった時は無心でバイクを走らせた方が良いのだろう。
ウメダからキョウトまでは川沿いに走っていけば到着出来る。途中で何の障害もなければ、1日で着く程度の距離だ。燃料も満載にしているからガス欠もない。
そう、何の障害もなければ。
実際にはビルの残骸などが並んでいて、すっと川を沿って走れる訳ではない。何度も迂回する必要がある。そうしながら、道標である川を見失わないようにしなければならなかった。
今はキョウジのハーレーがカレンのライトバンを先導するように走っている。太陽は南天にある。風を切って走っているが、ひところまでの寒さは和らいでいた。むしろ気持ちよくすらある。ミユはヘルメットを頭で抑えながらサイドカーに乗っている。
そして障害は要害だけではない。
アスファルトが所々剥がれ、昔交差点があったと思しき十字路――信号機の残骸もあった――で、検問をしている輩がいた。木でバリケードを作っている。人数は10人程。治安維持の為に検問している訳では、当然ない。
「おらおら! 停まれ停まれェ!」
言うまでもなく、野盗だ。皆そういう顔付きをしている。ひとを外見だけで判断するのはよくないのかもしれないが、その性根は人相に出るものだとキョウジは思っている。
自分はどんな顔をしているか。
「兄ちゃん」
「分かってる」
ミユの声にはあまり危機感が無かった。
木製のバリケードは背が高く、強行突破は難しそうである。しかし他に道がありそうもなかった。つまりここは実力で敵を破砕しなければならない。
キョウジはバイクを降りた。それに合わせてカレンも降りようとしたが、それを制する。
「お前は降りなくていい。俺が片を付ける」
「へっ、彼女の前でええかっこしぃかぁ?」
野盗共は罵声に近い笑い声を上げた。キョウジは全く気にしない。この手の輩が持つ特有の品の無さに付き合っている暇はないし、こちらはすっかり慣れてしまったものである。
「金さえ出せば通してやらんでもないぜ?」
この時代、クルマやバイクを所持している者はそれだけで間違い無く稼いでいると見られる。それだけ貴重品であり――こういった野盗に足元を見られる。
「馬鹿かお前らは」
「馬鹿はどっちだ? お前一人で俺らとやり合おうってのかよ?」
キョウジはふぅと息を吐いた。こんな所で燻ぶっている名も無き野盗団など、大したものではないだろう。さっさと片付ける。遠慮はいらない。
「……兄ちゃんだけに手を汚させはしないよ」
だがその時ふらりとミユがサイドカーから降り、日本刀を抜いたのである。




