微かな手掛かり
かくしてウメダは〈ザ・ラウンドテーブル〉によって完全制圧された。それは見事な手際であり、求道的に訓練して来た者と、堕落の蜜に溺れていた者との明確な差として表れたのである。
勿論犠牲者が無かった訳ではない。
「〈ザ・ヘリオン〉の部隊が全滅しました。彼自身も」
その報告を苦虫を噛み潰しながら〈ザ・ゲームマスター〉は聞いていた。彼の任務が一番危険だとは分かっていたが、それでも彼なら切り抜けてくれると信じていただけに、そのダメージは計り知れない。
「誰にやられたのかは分かっているのか?」
「残念ながら。現場に到着した時には彼らの死体以外には……」
「他に手掛かりになるものは?」
「銃撃で殺害された傷痕は見当たりませんでした。剣のようなもので斬られたのと、短剣のようなもので刺突されたような死体が全てでした」
「デイヴィスもか?」
情報部の隊員は頷いた。彼もそれなりにショックを受けているはずなのだが、表には出していない。
「剣と、短剣……か。剣ではなく刀だろうな」
よく訓練された隊員、そして精強なるデイヴィスを屠る手練れなどこの世の中にそうはいない。だからやった相手の見当は付いていた。きっと「彼」だろう。前々からの因縁も存在している。だが……だからといってこちらが「彼」に対して報復攻撃をする必要はあるのだろうか? 個人的な悲しみはさておき、「彼」――キョウジ・ザ・シルバーは積極的に敵に回す存在ではないように思える。本気で潰すとなれば、こちらもかなりの損害を覚悟しなければならないし、出来たとしても鬱憤を晴らすという以上の実益はない。
そもそも今回もデイヴィスがいらない戦いを買った可能性も捨てきれない。だとすれば、キョウジを敵と認めるのは逆恨みである事にもなりかねない。
「我々の任務、使命を忘れてはならない。統制された力で法と秩序を打ち立てることだ。私怨による戦闘は望んではならぬ」
隣にいたロバートがそう言った。今は駅ビルだった建物を接収して暫定司令部にしてある。「暫定」が取れるのもすぐだろう。ここは街を睥睨するにはうってつけの建物だった。
「キョウジ・ザ・シルバーはまだ利用出来る可能性がある。今は泳がせておくべきだ」
その意見にはリュウイチも同意だった。明確にこちらを害為す存在にならない以上は殲滅対象にはならない。だがそれなりに隊員の敬意を勝ち取っていたデイヴィスの仇を取りたいと思う者もいるかもしれない。
とても難しい運用を求められる。だがまあそれは、これまでと同じ事だ。
◇
大規模戦闘が終了した後も〈ザ・ラウンドテーブル〉の活動は進んでいた。むしろこちらが本線だともいえる。彼らは治安維持活動を開始したのだ。犯罪的な行為を行っている者を罰していく。
「つまりは自分達が法であると言いたい訳だ」
キョウジは皮肉気に呟いた。
最初に泊まっていた宿とは場所を変えている。今の所奴等が報復に来る兆候は見られないが、接触を断つに越した事はない。いざそうなれば戦わざるを得ないが……
「さっさとこの街を出た方が良いんじゃないの?」
銃をメンテナンスしながら、カレンが言った。ミユは窓際の椅子に座って、刀は脇に置いてジュースを飲みながら足をぷらんぷらんとしている。比較的平和な時間だった。
キョウジは首を振った。
「〈ザ・ラウンドテーブル〉はまだ厳戒態勢を解いていない。街の入口にも検問を張っているだろう。下手に動くより、落ち着くまで潜伏していたほうがいいだろう」
ふぅん、とカレンは呟き、大きく息を吐いた。
「でもこのままじゃヒマ過ぎて死にそう。なんかする事ないの?」
「お前は活動的だな」
あまり目立たない方が良いとは思っているが、確かにこの街にいて無為に時間を潰すのも何だか勿体無い様な気もする。
「そうだなぁ……あ、そうだ」
そういえば騒動ですっかり忘れていたが、ウメダにやって来た本来の目的は情報集めなのだった。旅の一番の目的である――ミユの記憶に関して。
そういう事を言うと、当のミユはボンヤリした顔のまま答えた。
「別にあたしを気遣ってくれなくてもいいよ」
少女は痛切に自分の記憶を取り戻したいとは思っていない。それは既に分かっている話だ。しかし自分の事を知らないのは気持ちが悪いのではないかとキョウジは思ってしまうのだ。記憶は今ここに自分が立っている、何よりも自分自身への証拠である。良い記憶も悪い記憶も全てひっくるめて。
だからキョウジはミユに思い出して貰いたいと思っている。余計なお世話なのかもしれないが……
「だが目立たない今がチャンスでもある」
「うーん」
ミユの立場としては気乗りしない訳ではないが、嫌だという訳でもないというものだ。簡単に言えば「どっちでもいい」となる。
そういう訳で、ずっと宿に籠りきりでも健康に良くないし、半ば強引にミユを連れ出し街に出た。
ウメダの街は雰囲気が一変している。そこかしこで〈ザ・ラウンドテーブル〉の隊員達(憲兵とでも言うべきか)が取り締まりを行っている。混沌とした空気は払われつつあったが、代わりに委縮してピリピリした空気が漂っている。果たしてこの空気をいい方向に持っていくことが出来るのだろうか。キョウジは大いに疑わしいと思っていた。
幸いにもこちらには気付いていないのか、それとも興味が無いのか、呼び止められる事は無かった。武装はしているのだが。末端の隊員にまでは、自分達の顔は割れていないのかもしれない。自分の眼は目立つ筈なのに。
「で、どっか行く当てはあるの?」
何だかお気楽な感じでカレンが訊いて来る。
「忘れたのか? あの探偵事務所が留守だったから時間つぶしにヘビメタのライブに行って、それで」
「ああ」
地下街は相変わらず大迷宮であり、一度入った位では容易に把握できるものではない。それは〈ザ・ラウンドテーブル〉の方でも同じらしく、地上程には取り締まりが進んでいるようではなさそうだった。後回しにしているのかもしれない。だから心に疚しい物がある奴等が避難して来ている。怪しげなクスリを売っている男に声を掛けられた。勿論無視したが。
「なんか同じ所をぐるぐる回ってるみたい。くらくらするね、兄ちゃん」
などと言いながらミユは何となく楽しそうである。
「お前、何でそんなにうきうきしているんだ? こんな所で」
「分かってないわねぇ。ミユちゃんはキョウジ君と一緒に散歩するだけでも嬉しいのよ」
「兄ちゃんだけじゃないよ。お姉ちゃんもいるともっと嬉しい」
「ふ、ふぅん」
ちょっと恥ずかしがるカレンなのだった。鈍いキョウジはそんなものなのかな、と暢気に考えていた。
やがて目的地に向かう、というよりはただ彷徨っているだけの様な感じだったが、やがて以前は肩透かしを食らった「キサラギ探偵事務所」に到着した。シャッターは開いていて、「OPEN 迷える子羊誰でも大歓迎」と言った表札が掲げられていた。
それだけでも、そのキサラギとやらが一癖も二癖もある人物だというのが分かる。
「ねぇ、こんな所でホントに良いの?」
「カンだが、こういう奴の方が有能だと思う」
「それカンっていうか偏見よね」
しかし、一番どうでもいいと考えていた筈のミユが先に事務所に入っていった。この辺りは子供らしい。
「こんにちはー」
続いてキョウジ達も足を踏み入れるのだが、驚くべき事に、探偵を自称するそのキサラギとやらは、女だったのである。
「いらっしゃあい……ふぅん、ヘンな連れだね」
ぼさぼさした髪を肩下まで伸ばしてある。そして分厚い眼鏡を掛けていて、その表情は容易に読み取れるものではない。ただ意外と顔は整っているようだ。磨けば美人になるかもしれないが、こういう手合いは得てして自分の容姿には興味が無いのである。もしかしたら仕事上目立たない為に敢えてそういう容姿にしているのかもしれないが……
しかし声は気だるげにハスキーで、少し色気すら感じられるものだった。それが年齢不詳っぷりに拍車を掛ける。
「女だてらに探偵か。女には向かない職業だと思うが」
「大昔にそういうタイトルの小説があったらしいね。あたしは読んだ事無いけど」
で、どういう要件? と単刀直入に訊かれ、キョウジは答えた。
「そのお嬢ちゃんの記憶ねぇ……そりゃまた曖昧な依頼だこって」
「金は言い値で出す」
「そんなに金持ちそうじゃない奴にボるほどあたしゃ落ちぶれてないよ」
キサラギ(本名なのだろうか?)は特に目を輝かせる事もなく、うすぼんやりした雰囲気を崩さない。飄々としている感じもある。仕事上そうしているというよりは、そもそもこれが彼女の素なのだろう。
「うーん。なんか手掛かりになりそうなもんとか無いもんかねぇ?」
「有りそうなものっていったら……この刀位かな?」
そう言ってミユは刀を見せ、その銘も言った。するとキサラギは目をきらりと光らせた。
「春日守……カスガ……そういや、最近聞いた話だけど」
「何か思い当たる所があるのか?」
「最近、キョウトで〈アポカリプス・ナウ〉とかいうデモンの集団が力を伸ばしつつあるんだけど。その幹部の中に、『春日美夜』とかいうのがいるらしいよ。何か関係があるのかねぇ」
そんなに重要そうな情報とは思えなかった。だがその名前を聞いた時、それまでぽやぽやしていたミユが神妙に引き締まった顔を見せた。
「ミヤ……カスガ、ミヤ……」
「どうした、ミユ?」
「分かんない……でもあたしは、その人に会わなきゃならない。そんな気がするの」
それは今までのミユからは信じられない程、力の入った言葉だった。




