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進撃の円卓(2)





 朝焼けを待たずして作戦は始まった。比較的遮る物の少ない東部から進撃が開始される。〈ザ・ラウンドテーブル〉のよく訓練された隊員達が乗ったトラック、そして一台の装輪装甲車がウメダに向かって進み始めた。それは久しく見ない光景であった。統制された力が動き出したのである。


 新たな歴史を刻む為に。


「興奮しますな、〈ザ・ヘリオン〉」

「興奮? それは力で状況を変更する事にか? それとも力の行使そのものにか?」


 意外にもこの作戦に当たって一番冷静なのがデイヴィスだった。もっと言えば、彼はそこまで乗り気ではなかった。彼が〈ザ・ラウンドテーブル〉に参加したのはあくまで妹の仇――デモンを屠り続けたかったからであって、〈カーディナル〉の提唱する力による秩序の再構築にはさほど興味は無かったからだ。デイヴィスの正義は必ずしも組織と完全一致していなかったが、しかし命令には従う程度の理性はある。


 一般に思われているのとは反して、〈ザ・ヘリオン〉は無制限の暴力主義者では無かった。むしろ力で他人を言い聞かせるのはあまり好きな方ではなかった。だがそれ故に〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の一角を占めているとも言える。力はあくまで理性によって行使されるべきものだと分かっている数少ない男だったからである。


「デイヴィス殿はじつに冷静なようで」

「お前は〈ザ・ラウンドテーブル〉の教義に殉ずる気なのか? ……いや、それを否定する気は無い。だが俺は違う。俺がここにいるのはただ利害が一致しているからだけだ」


 副官は本音を言えるたった一人の男だった。デイヴィスとて、この作戦に当たって士気を削ぐかもしれない本音を大っぴらには言わない。それくらいは承知している。そして作戦事態は真面目に遂行する気である。心から望んでいる訳では無いだけだ。


「ウメダにはっきりとした敵対勢力がいる訳じゃあない。見た目は戦争っぽいが、これは単なる一方的な蹂躙だ。その上に秩序を立てるというのであれば、まあ……反対はしないが」

「正義は我にあり、とは申しませんよ。だが我々が平和に向けて戦っていることは間違いありません」

「ハッ! 平和、平和か。一方的に押し付ける平和が、果たしてそんなに尊いものかね?」

「だから正義とは言わないと申しております」

「お前は冷静だな。だが隊員の全てがそういう訳でもないだろう」


 デイヴィスは正義というものを信じていない。この世界に正義があるのであれば、彼はここにいないと思っている。彼のデモンに対する憎悪は完全に私憤によるものだったが、彼自身も私憤であるをはっきり自覚し、納得しているのである。


 だがこの壮観な光景を見れば、冷静な感覚も薄れてしまうのかもしれない、と彼は思っていた。暁を背に進軍する大部隊。この作戦ではガソリンも弾薬も制限は無い。全力で制圧するという事だ。その部隊はいかにも威圧的であり――あるいは今まで持たれていた〈ザ・ラウンドテーブル〉へのイメージを一変させかねない。無論、〈カーディナル〉がそういった政治的意図、示威を企図している侵攻であるのは分かっている。だからこそデイヴィスはあまり気乗りしないのである。戦いはもっと単純であるべきだ。正義とか、法とか、秩序とか、平和とか、そういうお題目はあまり好きではない。その意味で、デイヴィス・マクドナルドは同時代的な人間であった。


 だがそれで良いと彼は思っている。自分が正義の側にいる訳では無い、と思うからこそ力に溺れはしないだろうと信じているからだ。


 実の所を言えば戦闘が起こらずに済めば良いとすら、彼は思っている。だがそういう訳には行かないだろう。


 そんな事を考えている内に、部隊は既にウメダ市街の入口にまで進んでいた。住民達も見えて来て、かれらは機関砲を装備した装甲車に怯えている。〈ザ・ラウンドテーブル〉のとっておきだった装備。それは実際の火力以上に威力を発揮していた。


 しかし怯える者だけではないのも確かだった。


「……ざ、〈ザ・ラウンドテーブル〉がなんだッ! この街の自由を奪わせるものかッ!」


 群衆の誰かが叫んだ通り、この悪徳の都は自由によって、自然に形成された街であり、それこそがこの時代を象徴しているものである。力ある者にとっては――特にデモンにとっては――素晴らしい世界なのかもしれない。


 デイヴィスはそれが気に食わない。だがそれ故にこそ彼も力を求めたのである。


「どうします、〈ザ・ヘリオン〉」

「どうするもこうするもない。手筈通りだ。俺達はこの全域を制圧しなければならない――全部隊を展開させろ!」


 装甲車による威嚇射撃が行われた。戦闘意欲の無い者たちは散り散りに逃げて行った。残った者は戦うつもりの様だ。そんなに多くは無い。きっと全員がデモンだろう。装甲車の機関砲の弾丸は(アンチ)デモン弾ではない。弾自体がそんなに多い訳はない。とすれば白兵は避けられない。


 だがそれがどうした。


「総員に告ぐ! 事前に通達した通り、必要以上の戦闘は避けろ! 向かって来る奴だけを相手にするんだ!」


 そんなに激しい戦闘は起こらないだろうと思っていた。だがデイヴィスは敢えて先頭に立つ。そうする事によって自分の意志を明確に示す必要があった。敵に対しても、そして部下に対しても。


 戦おうとする意志のあるものはほとんどがデモンだろう。彼らはここでひたすらに甘い蜜を吸っている。それを手放したくはない筈だ。だが自分たちはそれを破壊する為にやって来ているのだ。


「くそ! くそ! 何だっててめぇ等が――ッ!」


 鈍器を持って襲い掛かって来る相手を簡単にポールアクスで蹴散らす。まだ組織だった戦いは彼我ともに行われていない。そうするまでもないかもしれない。だがウメダにはマフィア組織が乱立していて、そちらの鎮圧――あるいは殲滅――には少々手こずるかもしれない。


 デイヴィスの率いている部隊は分隊になり、散っていく。作戦は電撃的に行われなければならないし、それだけの訓練を受けている強者ばかりだ。だから部隊を分けるのに心配はしていない。


 だが混乱は避けられないだろう。戦闘する意志のある者、無い者が入り乱れて、そして市街地である以上は集中的な戦闘にはなり様がない。


 あちこちで騒音が聴こえるようになってきた。ウメダに侵入してから数時間、すでに昼前になっている。北と北西の部隊も到着したようだ。そしてこの頃になると抵抗する組織もはっきりしてくる。


「それにしても広いな、ここは」


 地上だけではなく地下も抑えなければならない。最初は一つの街を制圧するにしては大規模すぎる部隊ではないかとデイヴィスは訝っていたのだが、そうではないようだ。〈カーディナル〉と〈ザ・ゲームマスター〉の戦略眼は正しいという事だ。


 侵攻作戦自体は順調に進んでいる。少なくともデイヴィスが把握できる部分においては。しかし問題もある。抵抗する存在はデモンだけでは無かったからだ。人間ですらこの悪徳の都を守ろうとしている。デイヴィスはなるべくなら人間は殺したくなかった。彼らには罪は無い――とは言わないが、それが彼独自の倫理観だった。しかし避けられない流血なのであれば、生き残る為に容赦はしない。


 所々で火の手が上がるのが見えた。騒音はさらに激しくなる。そこまで一方的な蹂躙になっている様でもなく、それはむしろデイヴィスを安心させるものだった。弱い者いじめは好きではないからだ。


「警戒するべき組織は幾つかあるって言ってたな?」

「はい。その中でも〈ブラッドスター〉というマフィアが規模、武装とも強力であると報告を受けております。

「じゃあそちらから潰しに行くか。本拠の場所は……ここか」


 この日の為に、情報部が内密に捜索し、作成した地図がデイヴィスの手の内にある。そこには西側にターゲットマークが示されている。分散した部隊を再合流させて、一気に潰す。最大勢力のマフィアが潰れれば、敵(意思統一されている訳では無いが)の士気も下がるだろう。彼はそう読んでいた。


 戦いが終わるには早い方が良いに決まっている。混沌は素早く片付けなければならない。


「部屋の掃除と同じだな」


 この時点では彼もまだお気楽であった。

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