進撃の円卓(1)
〈ザ・ラウンドテーブル〉の存在意義について〈カーディナル〉は〈ザ・ゲームマスター〉に諭す。
「貴公がこの進撃に対して反対なのは分かる。我々はこれまでデモンの脅威にに対して抗して来たのだし、それで支持も得ていた。人間は敵ではない。貴公はそう言いたいのだろう。だが今一度思い出して貰いたい。我々が旗を上げたのは……ある種の人種差別ではなく、この滅びかけた世界に再び法と秩序を取り戻す為なのだと」
リュウイチは車椅子の男本人よりもむしろ、彼に常に付き従う冷血の従者に縛られていた。〈ザ・シャドウ〉、レイコ(氷室玲子)。彼女は周りから「機械」と呼ばれる程に己の感情を出さず、いつでもロバートの車椅子の手摺を持っている。その心の裡は誰にも察せない。彼女を従えているロバート本人ですら分からないのではないか。ともかく、ラウンドテーブルの実行部隊であるリュウイチはそれにいつでも威圧されている。何も彼だけではない。〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の面々は多かれ少なかれ個人主義的だが、最後の所でまとまっているのはこの枢機卿とその影の力が為なのだ。無言だが、眼鏡の奥に潜む威圧感に、彼は恐れながらも敬意を払っている。
「別に反対では無いですよ。ウメダを抑えれば我々の目的はひとつ先に進む。それに私個人としてもあの無法を取り締まる事に異存はありません」
「では何を心配しているのかね?」
「民衆が我々を圧政者として捉えるかもしれません」
リュウイチがその懸念を見せると、ロバートはくつくつと笑った。引き攣ったような笑顔は決して気持ちの良いものではないが、不愉快でもない。しかし底知れぬ畏怖を覚えるような笑みでもあるのは確かだ。
「貴公はいつまでも正義の味方でいたいのかね?」
そのつもりではない――と反論したかったがリュウイチはそれが出来なかった。その問い掛けは正に彼の心臓をつかむものだったからだ。
「いいかね、〈ザ・ゲームマスター〉。正義は必ずしも平和を保証するものではない。正義の名の下に幾度も戦争が行われた歴史を知らぬ訳ではあるまいよ。善性はそれ自体は尊いものだ。忘れてはならない。いいかね……」
「いいかね」というのは彼の口癖だった。枢機卿(を僭称する彼)はまるで部下を教え子の様に説得する。
「力こそが全て、と言うつもりはない。それでは彼らと同じだからね。だが一方で力が無ければ何も出来ないのも間違いは無い。つまり、我々に求められるのは理を持った力だ。破壊的ではなく、創造的な力ではないといけない」
「力で、無理矢理抑え付けるのではないと?」
「その通り。貴公は私の素晴らしい部下だ。ここまで言えば、後は分かるな?」
彼らは理念的な話をしているようで、本当は実際的な話をしていた。つまり、〈ザ・ラウンドテーブル〉はウメダ制圧に当たって強力でありながら暴虐的ではなく、極めて理性的な統治を同時に求められる、そういう話をしているのだった。
ウメダにはデモンも人間も混淆して存在している。そういった、混沌の都だ。言い換えるならば――もしくは単純化すれば、良いデモンもいれば悪い人間もいる、という事である。誰を殺すべきで、そうあるべきではないのか? それは難しい問題であるし、リュウイチ個人で解答が出せるものでもない。
「いいかね、この世界は一度ルールを失われ、それはいまでも続いたままだ。我々は再びこの世界に秩序を取り戻す為に戦っている。忘れるな。我々の本当の敵が誰なのかを……」
ロバートは決して自分が支配者になる事を望んではいない。それが彼の一番恐ろしい所だった。少なくともリュウイチにはそう思える。彼は純粋に、自分の思想に殉じようとしているのだ。少しでも私欲を見せるなら、むしろ愛嬌も感じられるのだが、それが無い。実際彼の生活は質素そのものである。権力欲も無い。それ故にリュウイチは彼の事を畏怖し、従っているのである。
ウメダ侵攻は〈ザ・ラウンドテーブル〉全戦力中7割を投入する大規模な作戦になる。無法者の闊歩する街ではあるが、組織だった戦闘集団が存在しないので制圧は容易に行えるだろう。それでもそこまでの戦力を投入するのは、先に話した理由からである。ただ攻め落とすだけでなく、統治しなければならない。
その総指揮を任されているのがリュウイチだった。彼は〈カーディナル〉の執務室から退出し、思考を現実なものへと切り替える。様々な疑問はあれど、始めるのであれば徹底的でなくてはならない。中途半端は彼の最も嫌うものであった。それは容易に死に繋がるものであるからだ。非情になるのを求められる。だからこそロバートも改めて彼に釘を刺したのである。その事はリュウイチもよく分かっている。
作戦会議室に戻る。そこには錚々たる〈コマンダーズ〉が集結していた。誰もが歴戦の勇士達である。彼らを象徴するテーブル――円卓――には情報部の作成した作戦地図が並べられてある。それによればウメダ侵攻は北、北西、東からの三方同時攻撃となっている。巧緻な戦術というものはこの際必要無い。必要なのは組織だった作戦行動である。秩序の体現者たる事を証明しなければならないのだ。
それはすでに面々に伝わっている。緊張している者もいれば、興奮している者もいる。
「――すでに作戦内容については通達した通りだ。改めて諸君に説明する必要も無いだろう。今回の戦いは我々にとって非常に大きな意義を持つ事になるであろう。デモンの暴虐からの守護者からさらに一段進んだ存在として威光を示さなければならない。我々こそが滅びから世界を救う存在である事を世に知らしめるのだ。この作戦はその第一歩である」
「悪徳の街を秩序だった街に戻す――それはとても難しい戦いの様に思われますが?」
シロウの言葉にリュウイチは頷いた。
「故に軍紀は厳しく守られなければならない。特に〈ザ・ヘリオン〉。貴公は暴走しがちなきらいがある。ただ暴れまわれば良いというものではない事を頭に入れておけ」
「俺は命令には忠実ですよ。それに俺にとっては敵はデモンだけです」
場合によっては人間を殺戮しなければならない作戦である。その意味でデイヴィスは向いていないのかもしれない。だが彼の力も借りねばならない。どういう訳か彼は隊員に非常に慕われている。自由に暴れまわる印象の強い彼だが、指揮統率という面では特に優れている男でもある。
「特に警戒すべき組織についての洗い出しも完了しているな?」
「勿論です、〈ザ・ゲームマスター〉」
言ったのは〈ザ・サン〉ヒナタである。情報収集を一手に引き受けている彼女は正に縁の下の力持ちである。
「せんせー、弾はぞんぶんに使っていいですかー?」
「私は先生ではない。だが今回は遠慮しなくていい。全力を以て制圧する。〈ジ・アーセナル〉の名に恥じない活躍を期待しているよ」
「らじゃざ!」
カナコについても問題無いだろう。彼女は楽天家かで諧謔趣味者だが、弁える事は知っている。この作戦の重大性もちゃんと理解しているはずだ。
「これだけの面子が集まればぼくの出番なんか無さそうだけどね」
「言った通りだ〈ザ・マジシャン〉。この作戦は全力かつ徹底的でなくてはいけない。出し惜しみする訳にはいかないのだ。よってきみも全力で戦ってもらう。
〈ザ・マジシャン〉と呼ばれた男――いや、少年と言うべきかもしれない。コウタ(広瀬浩太)かれは最年少の〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉である。デモンの男と人間の女の間に生まれた、所謂ハーフ・デモンと呼ばれる存在である。彼が組織に所属しているという事は、〈ザ・ラウンドテーブル〉がただのデモン殲滅機関ではない事を示している。その能力も今回は有用に使われるだろう。
「それでは、いまこの時をもって我々は戦時警戒状態に入る。作戦の決行は明朝0700時。一切の澱みの無い同時攻撃によって一気に制圧する。この戦いを以て、我々は新しい歴史を開く事になる。それだけ重大な転機を迎えているのだ。ゆめゆめ忘れなからず。我々はこの世界を再建する、その最前線に立つ!」
〈ザ・ゲームマスター〉が宣言した通り、ここは歴史の転換点――混沌の世が一つの力を以て新たに動き出す序章となるのである。




