突破口
翌日もキョウジの出番はあった。というより毎日出番があるらしい。なるほど、俺の事をとことんまで使い潰すつもりだな、とキョウジは思った。殺風景な四畳半に一日中押し込められるよりはよっぽど良いかもしれないが、そうすると疲れも溜まって来る筈だ。自分を殺せる奴などそうはいないとは思っているが、疲労が蓄積すると思わぬ所で足を掬われるかもしれない。それだけは注意しておかねばならなかった。
「それにしても、あいつはいい女だったな……」
キョウジは昨夜のみらんを思い出していた。非の打ちどころのない顔、肉体、そして何と言っても――声。そういった経験は豊富という訳でもないキョウジだが、その中でも上位に来る素晴らしい体験だった。そして自分も彼女の事を憎からず思い始めているのに気付いた。今夜もあるかな、なんて事まで考えてしまう。まあ、生き残れればの話だが。
「そうやって俺を骨抜きにする作戦じゃないだろうな」
だがその所は弁えているキョウジである。情が移っても、情に溺れない程度の精神は持ち合わせているつもりだ。それどころか、彼はみらんをどうにか利用出来ないかとまで考え始めていた。身動きの取れない今ではまだ出来る事は少ないが、或いは――
「キョウジ・ザ・シルバー、出番だ。出ろ」
監視役は相変わらず複数人いて、やはり武装している。こんな程度ではキョウジに対する抑止力にはならないのだが、ここは大人しく従っているフリをする。頭の中では彼らを皆殺しにする計画を立てていた。
まずは控室に移動する。ここでまた一人になるので、いつもの様に精神集中から始める。今の所はまだ疲れてもいないし、心の動揺も無い。しかし全能でも無敵でもないただの一人の男がいつまでも切り抜け続けられる訳もないだろう。彼は自分の限界を知っている。だからこそこんな事は早く終わらせなければならない。
武器はどれを使おうか、と少しだけ思案した。これだけ沢山の武器があれば、何となく別の物に目移りしてしまうのである。その辺りはキョウジも男の子だった。だがやはり、前回案外使い心地の良かったショートソードを選んだ。実益が一番である。
「準備は良いか?」
「ああ、いつでもいい」
「じゃあな。健闘を祈る」
本当に健闘を祈っているのかね、と思った。
勿論会話は最低限、けっして自分から話はしないのを続けている。彼らはそれが敵意の表明であることに気付いているだろうか。単に無愛想な男と思われているだけか。まあ不愛想なのも事実ではあるが……
2回目の闘技場。
快晴の真昼間だった。太陽は南天に輝いていてぎらついた日光を降り注ぎ、暖かいというよりは暑いくらいである。いよいよ春がやって来たようだ。空気の匂いもそんな感じになっている。そんな心地の良い空気の中で、自分は何をやっているのだろうな、と思った。自分だけでなく、こんな陽気の中でデスマッチを見に来ている観客どもも。
「皆様、お待たせしましたーッ!」
アナウンサーの煽りに、観客席から大きな歓声が沸き上がる。所々黄色い声も見受けられた。
「今日のファーストカードは、いきなり登場、絶対王者〈コング〉を爽快に破り、見事新チャンピオンに君臨した驚異の新星、キョウジ・ザ・シルバー! 対……」
ん、とキョウジは訝しんだ。向かい側に立っているのは一人では無かった。小男が一人、中肉中背の男が一人、〈コング〉や〈オウガ〉程ではないが大男が一人。3人いる。
「この男に一人で立ち向かえるのはいないのか、特別ルールで3人の戦士が迎え撃ちます! しかし侮ることなかれ、精鋭揃いの急造チーム、〈ラット〉、〈メビウス〉、〈タイタン〉、お馴染みの戦士が登場だーッ!」
つまり、初手で最強のチャンピオンを打ち破ったキョウジだから、単体で敵う札は無いと見越して複数人ぶつける作戦に出た訳だ。とは言ってもキョウジを殺したい訳では無いだろう。あくまで場を盛り上げる為の作戦だ。
無意味だがな、とキョウジは吐き捨てた。彼には観客を、そしてタカヒロを愉しませる気などさらさら無い。
テラスを見上げる。タカヒロとミユは昨日の様に揃っているが、今日はみらんの顔が見えなかった。
「レディー……ファイッ!」
いつもは様子を見てから仕掛けるキョウジだが、今回は最初から全開で行くつもりだった。〈コング〉があの程度であれば、それよりは格下とみられるこいつらは大した事も無いだろう。だが連携されたら少々まずい。だから最初から撹乱し、分断し、各個撃破するのがキョウジの作戦だった。
キョウジ自身は気付いていなかったが、彼もまた成長していた。〈加速時間〉の速度が上がっている。ここで彼を視認出来た者はいなかっただろう。消えた様に見えている筈だった。キョウジが最初に目を付けた敵――小男の〈ラット〉は狼狽した顔のまま、彼に首を刎ねられた。
その異変を悟った他の二人が動き出す。だがキョウジが取り付く方が早い。哀れな〈メビウス〉は槍を持った両手を刎ねられた後、そのまま喉元に剣を突き刺される。
一瞬だけでもキョウジの動きが見えたのだろう、残った〈タイタン〉が後ろから斧を振り下ろす――だがそこにキョウジの回し蹴りが炸裂し、斧はくるくる回転しながら飛んでいく。後は仲間と同じ運命を辿る事になる。
黒い霧が晴れた後、そこに立っているのはキョウジただ一人だった。
「あ―」
司会進行役のアナウンサーもどうやってこの場を盛り上げて良いか分からないようだった。だがしばらくして興奮気味に絶叫した。
「強い! 強すぎる! これが新チャンピオンの実力なのか!? まさに電光石火、神速! そのスピードには誰にも付いて来られないッ! 誰か奴を止められるのか!? そんな猛者がここに現れるのか? 分かっているのは奴が現在最強だということだーッッ!」
プロだな、とキョウジは感心した。白熱の激闘とはとても言い難い一方的な殺戮劇をどうにか盛り上げようと必死になって叫んでいるのだ。
だがそんな事はどうでもいい。生き残った事実だけが重要である。
しかしこれを続けて突破口が見えるのか――
と、キョウジはミユの方を見上げて――
「……ミユッ!?」
そこで見た光景は、カレンが乗り込んでミユを奪おうとする姿だった。
◇
やってしまったものは仕方が無い、後には退けない、ならば一直線に目標に向かうだけである。カレンはVIPルームが並ぶ中を全力疾走していた。
カレンは過去に一度、この闘技場に訪れ観戦した事があった(そしてそれをひどく後悔していた)。だから建物の詳しい内部構造は分からないが、ボスのいるテラスまでの道は何となく見当が付く。とにかく上階に昇って行けばいい。
幸いにも、まだ状況をつかめていないのか警備兵は動いていない。
だが障害はあった。それは意外なようで意外でもないものだった。テラス席の扉の前に、みらんが立っていたのである。ここにきてしくじったか、とカレンは舌打ちした。だが無抵抗でやられるつもりは無い。彼女は拳銃を抜いた。
しかし歌姫はかぶりを振った。
「私を撃ちたいなら、好きなようにすればいいわ」
「は? あんたはここを守っているんでしょう?」
「私は解放されたいんだ――昨日、彼にそう教えられたの」
「彼?」
「貴女の仲間、キョウジさんよ」
一体、一夜の間になにがあったのだろうか。まさか、キョウジが彼女をたらしこんだのか? カレンの知っているキョウジはいい男ではあるが、そんな色男でもなかった筈だが。
「だから、彼を解放してあげて。邪魔はしないわ……」
「じゃあ、そこをどいてくれる?」
みらんは素直に道を譲る。そしてカレンはそのまま乗り込んだ。
「な、なんだ!?」
ここでタカヒロを撃つ事も出来ただろう。その方が良かったのかもしれない。だがカレンはミユの事を優先すべきだと思った。
「ミユちゃん! しっかりして!」
「あぁ……?」
生気の無い少女の顔が痛々しい。どうする事も出来ないんだろうか――ここまで来て手詰まりだというのか。
だが変化はその時に起こったのである。ミユはカレンが持っている、自分の日本刀を見ていた、それはもう、ずぅっと食い入るように見ていた。
「あたしの……剣……」
そして少女の瞳に色が戻っていく――




