ショウダウン
〈コング〉は中々の人気を誇っているらしく、現れると声援が湧き上がった。ただし女性人気は無さそうで(こんな所に女がいるのもどうかとキョウジは思うのだが)、歓声はすべて野太い男のものである。はて、この男が勝ち過ぎて客が飽き始めているという事ではなかったのだろうか。強い男に感情移入して、自分も強い男になったような気分になる感覚は理解しなくも無いが、さもしい根性だとは思う。
一方、女の声援はキョウジに向けられていた。〈コング〉との相対比較でそうなっているのだろうと思うが、やはりキョウジも愚かな男の部分は捨てきれないので悪い気はしないのだった。
レフェリーなどはいないらしい。つまり純然たる1対1の殺し合いである。火器の使用以外は何でもあり、と聞いている。尤も最初から銃などは持たされていないが。
「お待たせしました! 本日のメインイベントは――やんごとなき理由でこのコロッセオに参戦することになった、あのキョウジ・ザ・シルバー対――」
司会進行役らしい男がマイクで叫んでいる。結構良い声である。だからこそこれを任されているのだろう。
「――このコロッセオに姿を現わして以来、常勝無敗で数多の挑戦者を地獄に送った巨体の暴君、〈コング〉だーッ!」
キョウジは〈コング〉の様子を観察していた。縦にも横にも大きい身体をしている。キョウジより頭一つ分は大きく、190センチ以上はあるだろうお腹がやや出ているが、鈍重そうな印象はない。顔はお世辞にも美男子とは言えない。ファンタジー作品で出て来るようなオークのような見た目だ。腕も足も太く、筋肉ダルマである。なんとなく年齢不詳な感じがするが、意外と若いのではないかとキョウジは推察する。得物は鉄製の槌である。斬り殺すより叩き潰すのが好みなのだろう。
さて、彼は何故ここにいるのだろうか。金の為か、自分と同じ様に弱みを握られているか、それとも洗脳されているのか――多分、操られているのだろう。その瞳には自律した意志が感じられない。女を抱かせて貰う位の事はあるかもしれないが。
試合開始までにキョウジは周りも見る。闘技場は広く、オープンな戦いが可能そうである……が、それはむしろリーチの短い、超近接を好むキョウジにはいささか不利であるようにも思える。向こうがどんなスタイルかはまだ分からないが、やはり油断は出来ない。
そして後ろを向いてテラスの方を見る。そこにはあの〈ブラッドスター〉のボス、タカヒロが傲然とした表情をして顔を見せている。傍らにはみらんと――そして操られているミユもいた。彼女は明白な意識を保っていないのだろうが、それでもこんな血塗られた暴虐の園などを見せたくなかった。だがちゃんとここでミユの無事を確認できるのは少し安心するものでもある。きっとその意図もあってタカヒロは連れて来たのだろう。
それにしてもコロッセオの上座で悠然と見下ろすとは、自分が皇帝にでもなったつもりなのだろうか。いや――彼はさらにのし上がって、このウメダの帝王になる野心を持っているに違いない。みらんがいなければ何も出来ないくせにな、とキョウジは胸中で吐き捨てた。
しかし余計な事を考えている時間はもう無い。まずは自分が生き残る。それが最重要項目である。再び精神を集中していく。瞬時に「加速時間」を発動できるように感覚を極限にまで研ぎ澄ませる。こと戦闘に於いて、キョウジには手抜きという言葉は無い。
「ルールは問答無用のデス・マッチ! どちらかが息絶えるまで終わらない、文字通りの死闘を繰り広げる二人! これが男の命と誇りを懸ける場だッ!」
ふざけるな、と言いたい所だが我慢する。目の前に集中、集中。それ以外の事は考えるな。戦闘の趨勢を決める要素は幾つもあるが、最後にモノを言うのは精神である。それだけは誰にも負けないようにする。それがキョウジが旅を始めた時に決意した事であり、いまでも絶対のモットーとなっている。
「両者、準備はよろしいか? では――レディ・ファイッ!」
テラスの下側に備えられた大きな銅鑼がばしゃあんと音を鳴らす。それが合図だった。
キョウジはまず「見る」つもりだった。敵の手の内が分からない内は迂闊には仕掛けられない、というのがキョウジの変わらない考えなのである。
「おおおおおおおおんんんんんッッ!」
しかし〈コング〉の動きは予想以上の速度だった。一見何も考えていない様な猪突猛進。だがその巨体が突撃するとそれ自体が大きな凶器である。質量掛ける速度の二乗の法則から言えば、素早い巨体というのはアドバンテージになる。
だがキョウジは冷静だった。
「甘いな!」
幾ら速くとも、直線的であれば対処するのは容易である。「加速時間」を使わずとも――そしてその能力の副産物として――キョウジは明敏な意識を持っている。槌を横に立てて突っ込んでくる〈コング〉をすんでの所で回避する。だがこちらのカウンターを与える余裕までは無かった。まだ間合いがつかめていない。
そういった突撃と回避の時間がしばらく続いた。キョウジとしては感覚をつかむための布石だったのだが――ここでいつもの戦闘とは違う、この場ならではの邪魔が入る。
「つまんねーぞーッ!」
「ちょこまか逃げ回ってんじゃねーぞ!」
観客席からブーイングが起こったのである。そう。ここに来ている客は白熱の、波乱万丈の、残虐なファイトを望んでいるのである。キョウジも超人ではない。かれらを愉しませようというサービス精神はどこにもないが、場が敵に回っても全く動揺しないほど精神は完成されていない。
「くそったれが」
敵を完全に見極めてからの反転攻勢、というプランは捨てなければならない。少しは積極的にならなければなかった。もっとギリギリの所で回避し、隙を突く――だがあのダンプカーのような突進相手にそれをするのは大きなリスクが伴う。
集中しろ、冷静になれ、そして――無慈悲になれ。
だが切り札には切り時がある。カードゲームは弱いが、キョウジは戦闘では間違えない。
〈コング〉の突撃が迫って来る。奴は疲れるどころかいっそう激しく速くなっている。洗脳によってそういった感覚も麻痺しているのかもしれない。だがそれがどうだと言うのだ。まだまだ躱せる余裕はある。もっと近く、近く、懐に入れるまでに引き付けて――
「うおおおおおおおおンッ!」
その咆哮はまさに巨獣の様であった。ここまでは突撃し、キョウジが回避したところをそのまま何歩か進んで、それから再突撃をするというのを繰り返していたのだが、こんどはそこで踏ん張り、大槌をぶん回したのである。こちらの方は見ていない、だが視界に入れるつもりは全く無いようだった。なりふり構わずの全周攻撃である。そしてその暴虐な一撃にキョウジは巻き込まれた。彼は大きく吹き飛ばされた。
フェンスまで吹き飛ばされ、背中どころか頭まで打ってしまう。すこしくらっときたが問題はない。問題は体勢が崩れてしまった事である。〈コング〉はこの機を逃さず、こちらに向かって来る。
「いいぞーッ!」
「やっちまえェッ!」
この日最大の歓声、怒号と言ってもいいものが観客席で爆発する。奴等は――キョウジは最早客を「奴等」と表現する事に躊躇はない――こちらがぐちゃぐちゃに潰されるのを熱望している。
だが――危地にこそチャンスはある。
キョウジはかっと目を見開いた。ここが「加速時間」の使い所である。容赦のない全速全開。世界が歪んでいき、キョウジはその世界でただ一人の支配者となる。
「うがぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「うるさい。すぐに黙らせてやる」
「加速時間」の中で見ても、〈コング〉の動きはそこそこ速かった。だがもう問題ではない。キョウジはその一挙手一投足を完全に捉えている。そして敵の限界も見据えていた。重い。速い。だがそれだけだ。並のデモンではないことは認めるが、そこまでの強敵ではなかった。最近で言えば、〈オウガ〉の方がよっぽど強かった。
加速した世界の中で――キョウジにとっては鈍くなった世界を相手に――カウントを開始する。完全に動きを捕捉し、それで。
3。〈コング〉迫って来る。
2。その姿は既に目の前にある。キョウジは腰を上げる。
1。敵は鉄槌を振り上げ、そのまま勢い任せに振り下ろしてくる。
ゼロ。キョウジのつかみたかった瞬間。
〈コング〉の槌は地面を叩いた。まるで核攻撃を受けたクレーターの模型のように土に穴が開く。だがそこにキョウジの姿は無かった。
彼は――
その攻撃をぎりぎりで躱し、跳んで、〈コング〉の背中に飛び乗り、ショートソードを突き刺したのである。そして降りるようにして腰まで斬撃し、地面に足を着ける。
「あ、がぁ……?」
「じゃあな。利用されて可哀想だとは思うが、こちらも生きていかなければならないんでな」
〈コング〉の身体が黒い霧となって、消えた。
それまで狂熱に包まれていた観客席が、一転水を打ったように静かになった。この場にいる誰もが、何が起こったのか分かってはいまい。いるとすればミユだが、今の彼女は虚ろである。
決着を見た後、キョウジは闘技場の真ん中に立った。見ているのはミユの姿だけである。
しばしの時間を置いて、アナウンサーが狂乱しながら叫ぶ。
「ま……正に電光石火の神業! その異名と噂に違いなし! 新チャンピオン、キョウジ・ザ・シルバーの誕生だーッッ!」
静寂はまた狂熱に戻る。恐慌と言ってもよかった。客は歓声を上げながら、同時に銀狼に畏怖していた。
「別にチャンピオンになるつもりはないんだが」
その中でひとり、キョウジは冷静に呟いていた。




