表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/150

Siren ‘s Song(1)





 場内は1曲目から異様な熱気に包まれていて、それに反比例するようにキョウジの心は沈んでいた。しかしそれはひとつの発見でもあった。自分は思った以上に静かな空間が好きらしい。少なくともこんなギャンギャンがなり立てる音楽は好みではない。


「あんまり顔色良くないようね」

「こういうのは、ちょっとな」


 カレンは平気にしていたようだが、かと言って盛り上がっている風でもない。好きでも嫌いでもないといった感じだ。そんな二人はこの場ではかなり浮いていた筈なのだが、盛り上がっているオーディエンスはそんな事を気にもしない。


 ギター、ベース、ドラムは激しい音を奏でているのに女のヴォーカルが妙に澄んだ声に聴こえるのがなんとも奇妙だった。綺麗すぎるのだ、音と曲に合わせるつもりも無いらしい。それでいてバックの音には負けておらす、透き通って聴こえるのだから尚更ヘンに思える。


 ちなみに歌詞は英語であり、キョウジにはさっぱり分からない。


「キッズども、盛り上がっているわね!」


 ひょっとしたら、ここに来ている男たちの大半はこの女目当てなのではないかと思った。それだけ神秘的な美しさを誇っている。腰まで流した長い髪がスポットライトに照らされて艶々と輝いている。ブラウンの髪だった。染めているのか天然なのかは分からない。


「何か、もっと別に相応しい場所がありそうな感じだけど」


 キョウジはカレンの意見に全面的に賛同した。もっと静かで落ち着いてしとやかな音楽ならもっと素直に彼女の事を好きになれたかもしれない。攻撃的な衣装もあんまり似合っていない様に感じられる。しかしそれがこの女の好みであるなら文句も言えないが……


「次の曲、行くわよ! 今度はメタリカの名曲、『スピット・アウト・ザ・ボーン』!」


 また機関銃掃射の様なギターの音が炸裂し始め、それにドラムの腹に響くような、これまた機関銃の様な乱打が重なり、それに合わせて観衆が首を前後に振り始める。


 キョウジは今にでも逃げたい気持ちだった。耳栓があれば良いと思ったが、もしかしたら意味が無いのかも知れない。身体に響いて来る音なのだ。会場がそんなに大きくないのも困る。苛烈な音楽――と表現していいものなのだろうか?――が脳を揺さぶっている感じがある。音酔い、というものがあるとすればそれが相応しいかもしれない。


 それでもキョウジがしばらく逃げ出さなかった理由は一つである。ミユが楽しんでいるのだ。少女はいつの間にかこの熱狂と一体化していた。周りを見てそれに合わせる様に首を振って、その長い髪を揺らしている。一心不乱、といった感じである。最早キョウジの事を忘れているかの様に熱中している。声を掛けてみてもこちらには反応しない。そもそも爆音に声は掻き消されてしまう。


「お前、こんなのが好みなのか……?」


 キョウジはすっかり呆れてしまった。細い首がぽっきりと折れてしまうのを心配するほどに激しくヘッドバンギングしているミユを見てなんだか怖くなってきた。趣味を否定したり矯正したりすることは出来ないが、意外過ぎるその嵌りようにキョウジは茫然とする。


「さすがにたまらん」


 最前列にはもういられないと思った。ミユには悪いが、彼女にはこのまま楽しんで貰って、自分は一歩引くことにした。群衆を描き分けて、後ろに下がっていく。


「どんどんいくわよ! 次はアナイアレイターの『キング・オブ・ザ・キル』!」


 盛り上がりはますます加速していき、キョウジのうんざりもますます深まっていく。


「もっと落ち着いた音楽をやっている所はないのかな」


 最後尾まで下がるとその熱狂の異様さがよく分かる。よくもまあこんなに盛り上がれるものだ、とある意味感心すらしていた。キョウジはバーカウンターに行って、ワンドリンクのチケットを使ってジンのロック割りを貰った。酒を飲むとすこしだけ落ち着いたような気がする。しかしがりがりがりがりと響いてくる音がシャットアウト出来る訳では無い。


 カウンターの椅子に腰掛ける。


「世の中には色んな趣味があるもんだ……」


 天地が引っ繰り返っても自分が好きになれそうにもない事だけは分かっていた。


「全くね」


 カレンが追い付いて、キョウジの隣に座った。彼女はビールを飲んでいる。


「でもミユちゃんがこんなにハマるなんて思わなかったわね。あれだけ普段は大人しい子なのに」

「だからかもしれない」


 抑圧しているものがあるからこそ、たまには解放したいのかもしれない――それはミユだけに限らず、ここに集まっている皆そうだのだろう。ただキョウジはそれでは解放できないというだけの話だ。つまりミユが楽しんでいれば、それで良いという事である。これ位は我慢しなくてはいけない。彼女にも憂さ晴らしが必要である。


「でもミユちゃんも意外だけど、こういうのが苦手な貴方も意外ね」

「俺も自分がここまで大人しいとは思っていなかった」

「まあ、昔は優しい子だったもんね、キョウジ君は」

「まるで今は優しくないような言い方だな」


 カレンは軽口で言っている感じのようで、キョウジが言い返すと済まなそうな顔を見せた。


「ごめん、そういうつもりじゃなかったの」

「別に怒っている訳じゃない」


 フェスの盛り上がりは最高潮に達していた。もう何曲目かも分からない。曲名をコールする口振りからすれば、どうやら自分たちで作った曲ではなく、昔あった曲をコピーして演奏しているらしい。ということは原曲を聴ける機会がかれらにはあるという事だ。レコードかなにかが残っていて、それを再生する機器もあるのだろう。それを考えれば、やはりウメダの街は裕福だと言うしかない。


「あんなに首を振って、痛めないのかしら」

「俺はミユが心配だ」


 それにしても、ヴォーカルの声は非常に透き通って聴こえる。乱暴な曲の筈なのに、どこか気品も感じられるのはまさに彼女の声があるからだった。なにか吸い込まれそうな感じがある。簡単に言えばカリスマがあるという事だ。その美貌と声があれば大半の男が狂ってしまうだろう。だからこそキョウジはヘビメタなどを歌っているのを勿体ないと感じてしまうのだが……まあそこが良いと思う男もいるのかもしれない。


 演奏は1時間ほど続き、それからようやく終わった。「みんなー、ありがとー!」と言ってバンドはステージを去って行く。しかし聴衆の騒ぎ振りは収まらず、盛り上がったままだ。これだけ熱くされて、暴力沙汰にならないのも奇跡的である。どのような音楽にせよ、それが自分の好みに合わなくとも、それは人々の心を一つにするのは認めざるを得ない。それだけの魔力はあった。殊にあの歌い手は。キョウジは狂わされる事はなかったが、その熱狂だけには感心していた。


「さて、そろそろミユを迎えに行くか」


 息抜きはこれ位でいいだろう。少女も楽しい時間をたっぷり味わった筈だ。


 だが異変はその後に起こったのである。キョウジがミユの元に戻ろうとする前に、聴衆がライブハウスを出るように波を作って動き出した。その中を掻き分けてミユの行こうとするのだが、それが中々難しい。


 そして聴衆の様子がなんだかおかしい。皆胡乱だ目をしていて、何かに洗脳されているかのようで――


「おい、ミユ。そろそろ行くぞ」


 ようやく捉まえた、と思ったら、ミユも同じ様な目をしていて、こちらの様子など見えていない様だった。それでも彼女の肩をつかむ。だがそれを乱暴に振り払われ、それから群衆の中に消えて行く。勿論追い掛けたかったが、人ごみに邪魔されて距離は開くいっぽうだった。


「お、おい……」


 一体何が起こっているのか――ミユの顔はまるで操り人形のように生気がなかった。


 操り人形……


「まさか、あの歌で皆洗脳されているのか……?」


 荒唐無稽だが、そう思うしかない様な光景だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ