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メタル・フェス





「ね、ほら。何か楽しそうでしょ」


 ボロボロのチラシを、まるで餌を見つけて来て主人に見せる猫の様なミユ。どうしてそういうものを見つけて来るのか、全くの謎であった。少なくともミユがこの都会に来て浮かれているのは分かる。分かるがしかし。


「お前が好奇心旺盛なのは分かった。だがな」

「ダメなの……?」


 おねだりするなど滅多に無いミユだから、その懇願するような眼はとても眩しく、そして罪悪感に見舞われるものだった。


「音楽フェス、ねぇ……」


 そういったキョウジとミユの微妙な距離感とは、またこちらも微妙な距離感を保っているカレン。彼女はキョウジよりは冷静だった。だからと言ってミユの味方をする訳でもない。カレンはミユからチラシを受け取ると、なんだか妙にけばけばしい意匠を施されているそれをまじまじと見ていた。キョウジもそれを覗き込んだが、やはり悪趣味そうなのは否めない。


「音楽の力、っていうのはいいわね」

「それは否定しなくも無いが、どうしてヘビメタなんだ」


 そしてそんなものに興味を持つミユの事が少し分からなくなってきたのである。


「世の中を明るくしたいんなら、もっと平和な音楽があるんじゃないのか?」

「むしろ心を漲らせることによって世の中を元気にする必要があるんじゃない」


 などと言っているがキョウジもこれまで積極的に音楽に触れて来た事はない。カレンの方は分からないが、大して変わらないのだろうと思う。また聞きの知識があるだけだ。この時代、音楽に触れ合うにはほぼ生演奏しかない。記録媒体も、それを再生する機器も選ばれた者にしか与えられない物だ。それも大半は失われている。


 だから、じつの所興味が無いでは無かったのだ――だがメタル、というのが引っ掛かった。ヘビメタは暴虐的な悪魔の音楽、という話をキョウジは聞いていたからである。そんなものにミユを晒す訳には行かないのではないか。しかしミユは興味津々でノリノリである。なにが彼女の琴線に引っ掛かったのか、それが全く分からない。


「ほら、何事も経験でしょ? そうでしょ?」

「何でそこまで積極的なんだ? お前は」

「音楽、興味あったもん」


 出鱈目なメロディで度々口笛を吹くのにも、そういった思いがあったのかもしれない。音楽の力――キョウジはそういったものを実感した記憶は無い。せいぜいが孤児院時代に皆で演奏会をした位だ。しかしその時も自分が担当したのは小太鼓であり、それも大して面白くは無かった。多分だが、きっと自分には音楽センスは無い。


 しかしミユがここまで興味を示すものも中々無い事だった。積極的におねだりされるのも悪い気持ちではなかった。


「じゃあ、行ってみるか」


 開催は丁度よく今日の様であった。



        ◇



 場所は地上に戻って、ビルが並んだ間をぬって狭苦しくなった所を進んで、そのフェスの会場であるライブハウズがある。開場当日らしく周りにはそういった面々が集まっている。


 ミユはいつになくワクワクするような顔をしていた。目がきらきらしている。肌まで艶々しているようだ。普段大人しい子がここまで興奮しているのを見るのは微笑ましい事であるが、なんだか危なっかしい気もする。何か嫌な予感がするのだが、その予感の正体が分からない以上、すでに乗り気であるミユを止めるべきではない。まあ、彼女も色んな世界を知るべきなのだろうし、それは自分も含めてなのかもしれない。


 幸いな事にチケットは余っていた。それを見るとワンドリンク付きらしい。かなり本格的のライブのようである。


「早く入ろうよ。出来るだけ前に行きたいから」

「まあまあ、落ち着け」


 厳つい音楽を求める厳つい男女(そう、女も沢山いたのだ)の中にあって、ミユは一人浮いているように見えた。子供がこんな所にいる自体が目立って仕方ない。声を掛けられる事は無かったが、じろじろと見られているのに間違いは無い。


「貴方は馴染んでいるわね、キョウジ君」

「お前もな」

「もう。貴方、私をどう見ているのよ」

「それもお互い様だ」


 少なくとも、キョウジもカレンもお淑やかなクラシックやしっとりとしたジャズが似合わないのは間違いあるまい。かといってヘビメタが似合うと言われれば、それは出来れば否定したいものである。一方、ミユは何でも似合うような気がする。


 会場はそこそこ大きく、既に客がごった返している。その間をぬって、ミユが前の方に行こうとしていた。


「ほら、早く早く」


 ライブハウスの中では良く知らない曲が流されていた。メタル、というものが分からないキョウジには騒々しい音楽の様に聴こえる。だが悪魔的な感じではない。力が湧いてきそうな雰囲気はありそうである。まあ、確かにカレンの言う通り、こんな世の中ではめそめそした音楽よりこういった元気の出る音楽の方が良いのかもしれない。


 ステージにはスタンドマイクが中央に置かれていて、キョウジには何に使うか分からない機材が色々と置かれている。とりあえず電気はふんだんに使える所らしい。ひとつだけ分かり易いのは奥に置かれたドラムセットだった。色々な太鼓やシンバルが並んでいて、一際大きなドラムが下に二つ並んでいる。


「ううう、緊張して来た」

「なんでお前が緊張する必要があるんだ?」

「分かんないけど」


 いつの間にかミユはステージ真ん前を確保していた。周りの者はこんな少女がはしゃいでいる様子に感心して、あるいは呆れて、そのまま場所を譲った模様である。自動的にキョウジ達もその隣に陣取る事になる。


 始まるのなら早くして欲しい――と思っていたら、場の照明が落とされ、暗転した。その中でドラムセットだけがスポットライトで照らされている。どういう演出なのかな、と少し興味が出て来て見ていたら。ドラマーと思しき筋肉達磨の男が上半身裸で現れる。顔も厳つく、おまけにスキンヘッドである。その男がスティックを持ち。どこどこどん、とドラムを鳴らす。バスドラムの衝撃がお腹に響いて来た。思った以上に強烈な音楽なのかもしれない。


 歓声が湧いた。観客は人差し指と小指を立てた手を上げる。それがどういうサインなのかは分からなかったが、ミユは早くもそれを真似していた。やはり教育上よろしくなかったのではないか、という疑念がふつふつと湧いて来る。


 それからギターを持った痩せぎすの男が二人出て来る。黒いTシャツと革パンツという出で立ちだった。ひとりは中々の美男子である。さらにベースを持った男も。


 BGMとして流されていた曲が止まり、いよいよ始まりと言う感が出て来た。最後に現れたのはヴォーカルだったが、これが意外だった。


 女だったのである。栗色の髪を背中まで流して、革ジャンと革パンツ、それからチューブトップという煽情的というか、挑発的というか、攻撃的な格好である。だがその顔は少し優しげにも見える。この女がヘビメタの曲を歌うというのは中々に信じ難いものがある。


「ようこそ、ウメダ・メタルフェスへ! キッズども、ヘッドバンギングの用意はいいかい?」


 いよいよ騒がしくなってくる。そしてギターメンバーの一人にスポットライトが当たり、その楽器を奏で始めた。いや、奏でるというよりはがなり立てると言った方が正しいかもしれない。キョウジは早くも頭が痛くなってきた。


 そしてそれが一曲目のイントロだった。機関銃を乱射しているようなギター音にもう一つのギター音が重なって、それからベースが加わり、ドラムが一気に曲を加速させる。この世のものではない様な音楽が表出した。


 キョウジは早くもうんざりしていた。

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