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ウメダの街





 それから旅が再開される。


 物資も資金も存分に補給され、しばらくはあくせく働く必要も無いだろう。かといって遊び惚ける訳でもないが。ともかく懐が温かいと心も気楽になるのは確かである。


「ねえ兄ちゃん、今度はどこに行くの?」

「キョウジ君が行き当たりばったりなのはもうよく分かったから、私はもう文句も言わないわよ」

「酷い言われようだ。否定も出来ないが」


 それぞれ言われて、キョウジは前々から考えていたプランを実行する気になった。出来ればそれは避けたかったプランでもある。つまり渋々という事だ。しかしこのまま方々の小さな街を回ってみても進展は無いだろうと思った末の決断だった。


「ウメダに行こうと思う」

「え? 敢えて避けてたんだと思ってたんだけど」

「それはそうだ。だが情報が集まるのがそこなのは確かだ」

「ウメダ! すっごい都会なんだよね!」


 ミユが一気に目をきらきらと輝かせる。興奮しているのは明らかだ。だがそれ故にこそ、彼女の為にこそ、そこは今まで避けてきた街なのである。


 ウメダ。それは戦前の都心部であり、今でもオオサカ地方の中心地となっている。それだけ金も資源も人も集まっているということだ。となれば情報も、という事になる。何かを探りたいのであればまずそこに行くべきだ、というのは間違いないだろう。だがそれだけに治安も最悪である。「悪徳の都」、などと言われている所以だ。いかがわしい商売が横行していて、勿論それを取り締まる法も無ければ実行力も無いので、完全な無法地帯と化している。


 何より下品である。キョウジも一人旅をしていた頃は何度か訪れたが――金の匂いがするのは間違い無いからだ――その猥雑さに辟易としたものだ。あまり好きな所ではない。そして今まで避けていたのは、ミユの教育上よろしくないと思っていたからである。


「いいな、いいな。早く行きたいな」


 しかしミユは少女らしい好奇心を見せる。この穢れなき少女が汚い所を見てどう思うのだろうか。彼女にはずっと穢れなく、美しくあって欲しい――と思うのは自分の我が儘、あるいは傲慢なのだろうか。キョウジは自分を訝った。


「そんな良い所じゃないぞ」

「まあ、それは私も認めるけどね。でも退屈はしない街でもあるわよ」

「だから、ミユに余計な期待を持たせるな」


 悪徳の都を訪れるに当たって考える事。それは勿論女達を守る事である。それは今までも同じだったが、もっと気を引き締めて行かねばならないだろう。


 つまり、覚悟を決めるという事だ。



        ◇



 ネヤガワからウメダまではごく近い所にある。朝早くネヤガワの街を出て、バイクとバンて駆ければ昼までには着く。川沿いに走っていって、するとどんどん廃ビルも増えていって、ここが昔から大都会であったのが分かる。ミユは上機嫌でサイドカーに座りながら、ふんふんと鼻歌を鳴らしている。出鱈目なメロディの鼻歌だった。音楽などとは触れ合って来なかっただろうから仕方ないのだが。尤も、音楽に疎いのは自分もである。


 そんなに楽しみなのかな、と思った。子供の好奇心は怖いものである。彼女は「自分は思ったより大人なのかも」などと言っていたが、この素振りは子供そのものに違いあるまい。例え仮にミユがキョウジより年上であったとしてもだ。子供と大人を分けるのは歳ではなく精神である。しかしもしかしたら、ミユは早く大人になりたいのかもしれない。


 最初の問題はクルマとバイクをどこに停めておくべきかだった。てきとうな所に放置していれば間違いなく盗まれるだろう。という訳で個人が経営している駐車場を利用するのだが、当然ぼったくられる。


「このご時世でこんな立派なクルマをお持ちなんて、大層稼いでおられるんですねえ」


 ほとんどチンピラにしか見えない駐車場の主がそう言った。つまりそれだけ、足元を見られているのだ。


「本当に大丈夫なんだろうな」

「お任せ下さいませぇ。我々の雇っている警備員は腕っこき揃いですので。頂いた分はちゃんと仕事させて貰いますよ」


 何となく不安だったが信じるしかない。


 ウメダも間違いなく核攻撃の対象だったのだろうし、事実その建物の大半は崩壊しているが、それでも大群のビルはそのまま残っているのもある。それに地下街もあり、そこは崩壊を免れて今では住民の主要な住居と商業地になっている。キョウジが一番奇妙だと思ったものは、ビルに挟まれて建っている観覧車跡だった。今ではおよそ3分の1ほどが壊されていて当然動かないのだが、戦前の人々がどうしてこんな所でそれを楽しんでいたのか、それが謎である。


 その頃とは人口も比べ物にならない程に減っているのだが、それでもウメダの地上部もかなりの人込みになっている。


「ミユ、はぐれるなよ」

「分かってるって。そこまで子供じゃないよ」


 とは言え心配なのでキョウジは彼女と手を繋ぐ事にした。ミユは少し嬉しそうである。一方カレンは呆れた顔で見ている。


「あのねぇ……そういう事してると本当にロリコンだって思われちゃうわよ」

「兄妹みたいに思われるだけだろう。何ならお前も手を繋ぐか」

「馬鹿にしないでよ」

「してないが」


 カレンはやや不機嫌そうにふんすと鼻を鳴らした。女心というものは相変わらず良く分からないな、とキョウジは思った。


 しばらくは特に探し物もせずに、ぶらぶらと街を歩いていた。かつて屋根で覆われていて、それが半壊している通りでは様々なものや食べ物を売っている屋台が並んでいる。中には麻薬などのひどく怪しいものもあるだろう。ミユは興味津々といったようにそれに目移りしていたが、あれ買ってこれ買ってと言わないのは助かる所である。好奇心はあるが我が儘ではないのである。しかしなにか一つ位は買ってあげようかとも思い、銀色で中央に十字架の付いた(この世界では皮肉に過ぎる意匠だが)ネックレスを購入した。ミユは穏やかな笑顔を見せてそれを首に掛けた。


「どう、似合ってる?」


 こんなアクセサリーを着けられるのも、今の世の中ではステータスシンボルの一つである。


「良く似合ってるわよ、ミユちゃん。ところで……」


 カレンは急に媚びるような目線を送って来る。とても嫌な予感がした。そしてその予感は的中した。


「私には何かプレゼントを買ってくれないのぉ?」

「そう来るか。だがお前も自分の金があるだろう。お前は自分で欲しい物を買え」

「やぁーなのぉー。私はぁー、キョウジ君にプレゼントを買って欲しいのぉー」


 ひどくわざとらしい猫撫で声でカレンがねだる。


「お前がミユより我が儘でどうするんだ」

「もう。女心が分かってないわねぇ。そういう差別は一番嫌うものなのよ」


 つまり同じ女なのに待遇の差があってはいけないのだった。その気持ちは理解しなくもないが、ミユに買ってあげたのは間違いだったかもな、とキョウジは後悔した。まったく、いつもは対等に振舞うくせにこういう時だけ妹面するのだから始末に負えない。だが一方でそんな所が可愛いと思わなくもなかった。


 しばらく悩んだ末、キョウジは真ん中に銀色のハートマーク形が付いた黒ベルト様のチョーカーを買った。それを渡すと、何故かカレンは怪訝な顔を見せた。


「何よこれ。あっ、首輪のつもりね! そうやって私を所有物の様にしたいんだ! やーねぇ、スケベ」

「お前の長い首には似合うと思っただけだ。そんなつもりあるか。買ってやったんだから素直に喜べよ」


 男が女に貢ぎ物をするのは、その喜ぶ顔が見たいからである。対価としてそれ位は支払ってもらわないと困る。それ以上を求める男もいるかもしれないが、むしろそちらの方が多数派かもしれないが、少なくともキョウジはそんな男ではなかった。


「言ってみただけよ。有難く着けさせて貰うわね。ありがと」


 思った通り彼女の綺麗でしゅっとした首には似合っていたが、照れ臭いので口にはしなかった。


 それから香ばしい匂いに釣られて、タレのたっぷり付いた焼き鳥を買った。


「どうだい兄ちゃん。地方の痩せた土地で飼われた鶏の肉とは全然違うだろう?」

「そうだな。どこかで養鶏をやっているのか?」

「地元直産の活きの良い鶏だよ!」


 こんな街で商売をしている割には活気があって気持ちのいいおじさんだった。ここはまだ治安の良い方なのかもしれない。


「ところでこれからどうするの?」


 焼き鳥をはむはむしながら訊くカレン。


「そうだな、情報屋みたいな奴が見付かればいいんだが」

「当てはあるの?」

「無い」

「はぁ。じゃあまずは情報屋を探す情報から集めないと。でもこんな広い街でねぇ……」

「それなら俺が教えてやるよ」


 意外にも言ったのは焼き鳥屋のおじさんだった。本当に意外な所に情報は転がっているものである。


 そして一行は教えて貰った場所に向かう。そこは地下街にある筈だった。

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