鬼の遺したもの
ネヤガワの街に帰ったのは深夜になってからだった。あまりに夜が更けたので一晩野宿して朝に帰る事も考えたのだが、心配されているだろうから無事な様子を早く見せてやらなければならないと思ったのである。
「本当に……生きて帰って来たのか。信じられん」
こういう状況だったので、街の入口では交代で見張りが立っていた。その見張りがこちらを見た時、まるで幽霊を見たかのように驚愕していた。間違いなく生きている事を示すと、今度は茫然とした様にそう言ったのである。
「何だ。俺達が負けると、死ぬと思っていたのか」
「いや、そういう訳じゃないが……あの〈オウガ〉を相手にして」
もっと喜んでもらってもいいのに、とミユはぶつくさ言っていた。
「ふふふのふ。〈ザ・ラウンドテーブル〉の無敵コンビ、〈ザ・ソーズマン〉と〈ジ・アーセナル〉がいればこんなもんよ」
「ぼくらはあんまり働いてないけどね」
「まあそうなんだけどさ……ちぇっ」
「そんな事はないぞ」
少なくとも、あの段階で援護が無ければキョウジはやられていた可能性が高い。〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉に謝意を示すのはなんとなく癪だったから表では何も言わなかったが、内心では感謝していた。
「うん。これはみんなでつかんだ勝利だよ」
ミユは健気に言った。金星をつかんだ本人である彼女にそう言われたら、誰も反論する事が出来ない。キョウジは気まずい思いをしていた。コマンダーズの二人はどうなのだろうか?
「なんにせよ、共闘はここまでだね」
一つ間違えば敵に回るかもしれない相手がそう言う。それは向こうも分かっているのだろう。信頼は確かにあったのだが、しかし決して馴れ合いの出来ない間柄である事を。
そういう訳でここで彼らとは別れた。一晩泊まれば別々の所に出発するのである。
「カレンさんも心配してるだろうね」
「そうだろうな」
と言いながら宿に戻ったのだが、カレンは意外と平静にしていた。そして夜食としておにぎりとゆで卵まで用意していたのである。
「お帰りなさい、キョウジ君、ミユちゃん」
「お前な……もう少し心配してくれても良かったんだぞ」
「何よ。貴方達の事を信じるのがそんなに悪い事?」
「そうは言わんが」
「キョウジ君が負ける筈無い。ずっとそう信じているんだからね」
カレンは胸を張らんとする程の勢いである。そんな信心を持たれたら、嬉しくはあるが困ってもしまう。自分が無敵でも最強でもないのを分かっているからこそ。
「さあ、お食べ。ミユちゃん」
「いただきます」
ミユもあの時見せた哀しみからはすっかり立ち直って、落ち着いた顔をしている。それどころか憑き物が落ちた様な顔すらしていた。まったく、女というのは強いものだな、とキョウジは思わざるを得ない。しかしキョウジも空腹には抗えず、結局その夜食をご相伴する事になったのである。
「じゃ、私は眠いからもう寝るね。お休み」
「マイペースだな。お前は昔からそういう奴だったよ」
「何とでもお言い。私は私を曲げる気はないからね」
そうしてさっさとベッドの中に潜り込んでしまった。そしてすぐにすやすやと寝息を立て始める。
「まったく」
「カレンさんもずっと寝ずに待ってくれてたんだよ。感謝しなきゃ」
「それもそうなんだが……」
もっとしおらしい姿を期待しても罰は当たらないだろう、とキョウジは思ってしまうのだった。男の愚かしい所かもしれない。
それはそれとして、自分達も早く眠らなくてはいけないのだが、戦闘の昂ぶりが中々収まってくれない。冷静でいるつもりだったが、神経のレベルでそれがまだ残っているのである。こういう時にどうするかは一つである。あまり褒められた方法ではないが……
そんな訳でキョウジは荷物からウィスキーを取り出した。これほど飲みたくなった事も中々ないかもしれない。ボトルから直接飲むと、身体が焼けるような感じがあり、そして徐々に神経が弛緩してくる。高揚しているのは間違い無いが、疲れているのも間違い無いので、もう少しすれば眠れるだろう。ゆっくりと味わう事も忘れない。
という感じでキョウジが呑んでいると、何故かミユがそわそわしているのが見えた。
「あたしも飲みたい」
キョウジは呆れて肩を竦めた。
「駄目だ。お前はまだ子供なんだからな」
「そうでもないかもしれないよ。あたし、思ってるより大人かも」
「どういう意味だ?」
「だってあの人、そんな事言ってた――や、そのままそう言われた訳じゃないけど、そんな感じの事を」
〈オウガ〉に何を吹き込まれたのか知らないが――いや、それは少々まずい事なのかもしれないが、キョウジはあくまで彼女の保護者であることを曲げなかった。
「とにかく、何を言っても駄目だ」
「けちんぼ」
「早く寝なさい」
ミユは口を尖らせつつもキョウジの言う事に従った。渋々、といった感じではあったが。そうこうしている内にキョウジも眠たくなってきて床に付いた。
あの〈オウガ〉がミユにどんな変化をもたらしたのか、それが気になったが――
◇
「報告は全て受け取った。ご苦労様でした。二人ともしばらく休暇を取っていいぞ」
タカツキ支部に戻り、シロウ達〈ザ・ゲームマスター〉に事の顛末を報告すると彼はそう言った。
「ひゃっほう、休みだ休みだ!」
「あれ、おかしいな。カナコは仕事熱心だと思っていたんだけどね」
「私は仕事も楽しむけど、休みも同じ位楽しむの!」
騒がしくはあったが、ヒナタはカナコのこういった能天気さが好きだったし、また羨ましくもあった。いつ命を落とすか分からない中でその強靭な精神力は――いや、だからこそ彼女は一生懸命生きているのかもしれない。
「ね、休みはデートしよデート。いいでしょシロウ君」
「デートって言ったって、どこに行くのさ」
そんな事を言い合いながら彼らはすぐに司令室を退出していく。ヒナタは残ったままだ。彼女にはまだ報告すべき事柄が残っていたのである。
「あのぅ、私に休みはないんですかぁ……?」
ヒナタは控え目に訊ねてみた。リュウイチは首を横に振った。
「休暇は交代制だ。済まないが二人が帰って来るまでは働いてくれ。後は〈ザ・ヘリオン〉の謹慎が解けるまでか」
「はぁ、先は長そうですねぇ……」
とはいえそれは分かっていたし、ヒナタもそこまで休暇を欲している訳では無かった。まだまだ働く意欲は残っている。言ってみただけである。
「それで、他の報告する点とは何だ?」
「後で文書でも纏めますが、取り敢えず簡単な所から口頭でも」
「どうぞ」
ヒナタは自分自身でもまだ正確とは判断しかねる事を言い始めた。
「〈オウガ〉は――敵は地元でそう呼ばれていたのですが――、レギオン・タイプでした」
「それがどうしたんだ? レギオン・タイプは珍しいが前例の無い存在ではない」
「それだけではないんです。キョウジ・ザ・シルバー含めて交戦した者から話を訊くと、どうやら……私も信じかねている所はあるんですけれども」
「煮え切らないな。君らしくもない。驚かないから言ってみなさい」
リュウイチの言葉に頷いて、ヒナタはゆっくりと口を開いた。
「どうやら、〈オウガ〉は人間がウィルスに感染して変異したものではなく、自然発生したもののようなのです」
「……本気で言っているのか?」
「はい。これが事実だとすれば、我々の持っているデモンへの認識が大きく変わることになるでしょう……ですからこそ、信じ難いんですけど」
「ふむ」
リュウイチは言った通り、意外そうな顔はしていたが確かに驚きはしなかった。変わらず冷静な顔を崩さない。このクールさがあればこそ、彼は〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉のリーダー格をやっているのである。
「早めに文書化して、研究部に届けてくれたまえ。それが真実だとすれば、我々もデモン対策を抜本的に見直さなければならない」
「分かりました。そして、ここからが私の任務としては重要なのですが」
いよいよ信じ難い事に足を踏み込むことになる。
慎重な気持ちになり、ヒナタは続けた。
「私の監視対象――あの少女なのですが、それも同質のものである可能性があります」
第3章完。




