レギオン・タイプ
まったく意外な事態ではあったが、ミユはそこまで動揺はしていなかった。キョウジは何だかんだ言って切り抜けるだろう。そう信じている。それよりも問題は自分自身である。戦わなければならない――でも心が追い付いてくれるのか?
出来れば前面の敵を打ち破ってすぐにでもキョウジと合流したかった。しかし脅威は後ろからやって来ている。そちらに反応する。
「後悔させてやるッ!」
〈オウガ〉への興味は一旦さて置いて、まずはなによりも生き残る事だった。刀を抜く。そして襲い掛かって来る〈オウガ〉の首を一閃して刎ねる。ほかの相手が捕まえるように手を伸ばしてくるが、ミユはその小さい身体を利用して上手く躱していった。
そうやっていく内に、いつもの心の変容が起こり出す――自分の中の、もうひとりの自分が目覚めていく。敵にはひたすら容赦なく、全てを滅ぼさんとするような鬼神。敵の様でもあり、友達の様でもあるもうひとりの自分。毛嫌いしながら。それ無しでは生きられない。
「あたしに近付くなッ!」
触れれば全て殺す。その気持ちが加速していく。そうして次々とやって来る〈オウガ〉を斬り、刺し、突き、そしてさらに斬り、屠っていく。彼女には敵はいない様に見えた。だが敵も次々と湧いてくる。一体どうなっているのか――という事は彼女は考えなかった。ミユは「今」に集中している。その集中力こそが「鬼」を引き出すのだ。
とは言っても状況はまるで考えられないようなものだった。1体1体は大した事がないのだが、延々と現れ、やって来る。デモンというよりはゾンビのようだった。彼女は踏み込み続け、倒し続けるのだがきりが無い。そうしている内に心はどんどん冷えていく。
倒し続けている内に〈オウガ〉の群れは無くなっていき、玄関も空いて来るが、いつの間にかキョウジはどこにもいない。完全に分かれてしまった。だが彼の心配をしている暇はない。自分で戦うしかない。「鬼」の昂奮の中に、未だ臆病者の自分が隠れている。それは仕舞って置かねばならない。なによりも自分が生き残る為に。自分が生き残れるのなら、キョウジも同じはずだ。別の所にいても、心は一つの所にある。そう思っている。
「兄ちゃん、待ってて」
「校舎」の構内に進んでいく。狭い廊下のなかに、ずっと左側に部屋が並んでいた。扉の上には何かを示す標識――「集会室」とか、「理科実験室」とか――があったのだが、それの意味するところがミユにはよく分からなかったし、知る気も無かった。
〈オウガ〉は散発的に襲って来る。おかしなことに、彼は黒い霧があつまって、まるで無から有を生み出すようにぬっと出て来る。こういったデモンは聞いた事が無い。
「なんなの、貴方たちは」
それらはまるで敵ではなかった――取るに足らない山賊デモンとさして変わらない。だがそれも疑問のひとつでもあった。前に戦った〈オウガ〉はもうちょっと強かった。それこそキョウジを追い詰める程に。だが今湧いてくる彼らはただの雑魚である。動きも緩慢だし――それはミユの感覚が鋭敏になっているからかもしれないが――刀でひと斬りすればすぐに霧散する。
だがもう一つの違和感もある。彼らが出没する度、どこかに誘導されている感じがあったのだ。それが気に食わないので、ミユは正面突破する。
彼女は刀ひとつで戦っていた。だが彼女に触れられる存在は無かった。彼女は神楽を舞う様に戦う。彼女はその美しさを自覚していない。美しくありながら、同時に残酷なそれを――触れるものに平等に死を与えるそれを。
キョウジと合流する事はもう考えていなかった。自分が全て滅せばそれで済むとまで考えていた。彼女の志向は明らかに破壊の方向にいっていた。だがそれにはもうひとつ理由もある――〈オウガ〉を、彼を仕留めるのは自分でなければならないという、奇妙な使命感があったのだ。何がそれを導いているのか。それも分からないまま。
しかし湧いてくる〈オウガ〉はきりが無い。一体どうすれば「倒した」ことになるのか、それが分からない。正解が欲しい――その扉が開いたのは、まさにその時だった。
廊下の行き止まり、本当はなにか別の部屋があったであろう場所にそれは現れた。
「須山書房・寝屋川支店」。
それはこの死闘の中にあって一際暢気な店構えだった。だが今ここでそれが現れたのには意味がある筈。そして緊急避難先にもなる筈。ミユは深く考えず――深く考える必要は無い――そこに飛び込んだ。
「おわ、ミユちゃん、こわっ!」
自分の気が立っている事を、吃驚する和美に教えられる。しかしそれで少し心が落ち着いたようでもあった。
「何でお店を開いたの?」
「そんなん言われてもなぁ……それはヨシくんに聞いてよ」
そしてのんびりした足取りで店主、佳仁が姿を現した。
「そんなん言うても。俺にも何で店を開けるのかは分からへんのよ」
「そんなんで良くやってられんねぇ」
「お前も同じやろがい」
自分が戦闘状態であることも気にせず、二人は掛け合う。
「あの」
「まあ分かっとぉで。何か知りたいことがあんねやろ?」
佳仁がそう言うので、ミユは素直に今の状況を話した。すると彼はこう言った。
「ああ、それな……それは群魔タイプって奴やわ」
◇
「レギオン・タイプ?」
疑わし気に言ったのはカナコだった。ネヤガワの街で〈ザ・サン〉ヒナタと合流してその話を聞いたのだった。
事態は思ったよりも複雑だった。シロウ達がネヤガワの街に到着した時はキョウジ達が〈オウガ〉と交戦し――そして同時に街が襲撃された翌日のことであった。要するにニアミスしていて、シロウ達もまた〈オウガ〉が同時多発的に出没している事を知ったのである。謎は深まるばかりだったが、それにある程度の答えを見出したのが、裏で調査をしていたヒナタだった。
「何それ。聞いたことないよ」
「そうね。滅多に無い種類のデモンだから。私も調査には苦労したわ」
ヒナタはすこし沈痛そうな面持ちだった。
「とにかく、その話を聞かせて欲しい。貴方の調査結果なら間違いないだろう」
それだけヒナタの能力は〈ザ・ラウンドテーブル〉内で信頼されていたし、シロウも同じ気持ちだった。彼女自身は「確証は取れてないけれど」と前置きした上で言った。
「簡単に言えば、自身の分身を幾らでも生み出せる能力を持ったデモン。分身を叩いても本体を倒さなければいくらでも現れるわ」
「なるほど。それ故に群魔か」
だがそうなるとじつに厄介な問題が出て来る。本体を倒せば良いとは言うが、その本体はどこにあるのだろう? それが分からない事にはいたちごっこは続くし、ネヤガワの住民達の平穏はいつまで経っても訪れない事になる。
「虱潰しにやっていくしかないのか?」
「そんなのやぁよ。弾が幾らあっても足りない」
「貴方はそれでなくても乱発しすぎでしょう」
ヒナタは〈ザ・ラウンドテーブル〉の会計担当でもあるので、弾丸を浪費するカナコとは対立関係にある。だが仲が悪い訳でもない。
「キョウジ・ザ・シルバーもこの件に関わっているわ」
「やはり彼もここに来ていたのか」
「シルバーなんて関係ないでしょ。私達は私達のことをやるだけだよ」
「でも彼らが向かった先には答えがあるかもしれない」
そう言って、ヒナタは近隣の地図を見せた。丘の上の「学校」を示し、とんとんと細い指を叩く。
「彼らはここに向かったわ。私のカンでも、ここが怪しいと睨んでる」
シロウは腕を組んだ。やるべき事は分かり易い位に分かっている。ここはキョウジ・ザ・シルバーと共闘すべきだ。でもそれで勝てる保証はあるのだろうか。
「レギオン・タイプ……厄介だな」
だがやるしかない。〈ザ・ラウンドテーブル〉の面目の為に、そして自分自身の誇りの為に。




