分断
ミユの惑いはさて置き、敵は倒されなければならない。〈オウガ〉に何らかの事情があったとしても、人間に被害を出しているのは事実だからだ。それは看過出来ない。それにネヤガワの住人から報酬を貰う契約もしている。よって戦闘は避けられない。
「問題は敵が何体いるかってことだな」
集団で棲んでいるとなると苦戦は必至である。果たして自分一人で勝つことが可能なのか。全員が同じ戦闘力を備えているとは限らないが、只の雑魚では有り得ないのだけは確かだ。
「いざとなったら……あたしも戦うよ」
ミユは「春日守桔梗美奈」を大事に抱えて神妙な顔をしながら言った。
「なるべくそういう事にはしたくないがな」
「私はどうなのよ」
その前にキョウジは一つの決断をしていた。敵地に向かうのは自分とミユだけで、カレンは置いていくという事だった。1対1なら守れるかもしれないが、その公算が薄くなった以上、言い方は悪いがカレンは足手まといである。本当はミユも置いていきたかったが、これまで以上に彼女が強情だったのと、――認めざるを得ないが――もし本当のピンチになった時はミユの力が頼りになるかもしれないからだった。
カレンはこの決定を素直に認めた。
「まぁ、そんな危ない所には私も行きたくないしね。でもミユちゃんは立派ね」
「あたしは……もう一回あの人と会ってみたいから」
「危険になればすぐに倒すぞ」
「うん。分かってる」
〈オウガ〉の謎に関してはキョウジも気にはなっている。ただの集団、という訳でもない気がする。人食いデモンの集団が徒党を組んでいる、と考えたらぞっとしない。なにか見落としている感じもあるのだが、それが何か分からない。そういった気持ち悪さもあるのだった。だがミユほどには敵の気持ちなど考えないのもキョウジである。
◇
ともあれ出発である。久し振りに二人きりのバイクだ。ミユはサイドカーではなく後ろに座る事を望んだ。
「何か、兄ちゃんと離れるのが怖いから」
という事らしい。そういう訳で今ミユはキョウジの腰を抱いてつかまり、走っている。刀はサイドカーに置いてある。使う機会は無いと思うが、一応カレンから短機関銃を借りて一緒にしてあった。
見当を付けた場所に近付くほど、ビルや家屋の跡が少なくなっていく。丘に昇っている感じがあった。ネヤガワの街からはかなり離れてきた。どうやら昔は市の郊外だった場所にいるようだ。
「また向こうから襲ってこないかな」
期待と怖れ、両方を抱いてキョウジはそう考えた。だがそんな気配は今のところなかった。とても静かで風も無く、鳴るのはハーレーのV2気筒エンジン音だけである。
「なんか淋しい所だね!」
そのエンジン音に負けんとする大声でミユが叫んだ。
「この世の中はほとんどがこんな所だ」
人々は散り散りになって街を作って住み、交流は少ない。都会とも言える場所も無くはないのだが(ウメダやキョウトなどである)、それは例外的なものだ。そんな世界で人類はつましく、そして怯えながら生活している。それを考えるとキョウジには罪悪感を覚えざるを得ない。自分が気ままな旅を続けられるのは力を持っているからだ。普通の人間には有り得ない力――悪魔の力。それを頼りにして生きている事は、果たして正しい事なのだろうか? キョウジは基本的に楽天家ではあるが、能天気でもないのでふとした時にそういう事を考えてしまうのである。
そしてもう一つ認めざるを得ないことがある――敵との戦いに集中している時にこそ、彼は一番生の実感を覚えるのだ。死と隣り合わせにあるからこそ。そして余計な事は考えずに済むからこそ。
今回も同じだった。彼は早く〈オウガ〉と交戦したがっている。こんな好戦的になるのも久し振りだった。相手が人食い鬼であるおぞましさは、むしろ倒すべき相手としての目標を与えている。
一度バイクを停めて地図を確認してみる。〈オウガ〉の出没地点は徐々に少なくなり、ここから北には報告は全く無い。とすればここら辺が根拠地なのではないかというのがキョウジの読みだった。
「……あれかな」
ほとんどが崩壊した建物の中で、唯一つ立派に建っているものがあった。頑丈そうな4階建ての建築物で。大きくL字になっている。その傍にはドーム状の屋根をした建物もあって
こちらもそこそこ大きい。
「ヘンな建物だね」
「あれは『学校』って呼ばれていた施設だ」
この時代、青少年や幼児を教育しようとする人々はいない訳では無いが、少数かつ小規模である(キョウジの出身地、さくらんぼ孤児院もそれに含めて良いだろう)。子供自体がそんなに多くない。あれほどの規模の施設を使って集団教育する、所謂「学校」の存在は既に過去の話である。だがキョウジはその過去の事を伝聞で知っていた。
「時代が違えばお前もそこに通っていたのかもな」
「やだなぁ……沢山の人と一緒に過ごすなんて怖いよ」
「お前の人見知りも直っていたかもしれないぞ」
「むぅ……」
さて、その「学校」跡が〈オウガ〉の住処と確定した訳ではない。だが可能性はかなり高いのではないかと思った。この辺りには適当な身を隠せる建築物は無い。奴にだって雨風をしのげる場所は必要だろう。
「ちゃんと付いて来いよ」
「うん。分かってる」
しかし、ミユが〈オウガ〉と話たがっているのが不安だった。
なんにせよ、慎重に行くしかない。
戦闘の最中にバイクを壊されては堪らないのでそれは遠くに置く事にした。肩にベルトを巻いて短機関銃を装備する。念の為である。射撃にはまったく自信は無い。
「学校」は丘の上にあり、なにかこちらを見下ろしているようでもある。学校というよりは要塞に見えたのは、自分の気持ちを反映したからなのだろうか。キョウジは訝った。
入口は檻状の鉄製門があり、それは閉じられていた。しかし鍵が掛かっているという訳では無く、簡単に開けることが出来た。〈オウガ〉が出入りする度に開閉していると考えたらなんだかおかしな事の様に思えてくる。閉まっているという事は、奴は今ここにいるのだろうか。それは分からないが、「学校」にはそこ以外に侵入できそうな場所が無かった。他はすべて高い網状のフェンスで覆われている。きっと子供たちを守る為に建てられたのだろう。平和が守られるべき場所――そこで今にも戦闘が始まるのか、と考えると皮肉である。幸いなのはミユ以外に子供はいない事である。
運動場だったものと思しき広場があって、門からすぐに位置している。それを睥睨する様にして「校舎」は建っていて、一際高い所には時計台がある。時計は勿論動いていない。不気味な雰囲気が加速していく。それは丁度夕方に差し掛かり始めたことにもよるかもしれない。西日が「校舎」を照らしていて、窓ガラスがそれを反射していた。
「さて、どこから探すべきか……」
一人で探索するのはやや骨が折れるであろう広さである。
「こんな淋しい所で、あの人は独りでいるのかな……」
敵を「あの人」と呼ぶのは止めなさい、と言い掛けてキョウジは止まった。ミユはこういう所で謎な程に頑固だから聞き入れはすまい。それにミユを傷付けることになりかねないからだ。
「取り敢えず一番大きい建物から探っていくか」
ミユは横に並んで歩いている。刀を大事に抱えたままで。
奇妙な事に、外よりも中の方が寒い様に感じた。コンクリート製の建物だからだろうか。それともこれも心象の表出だろうか。静かなのも不気味である。
異変はすぐに訪れた――正面玄関と思しき場所に、靴を入れる為だろう棚が何列にも並んでいる。そしてその先を埋めるようにして、〈オウガ〉が何十体も出現したのである。まるで無から生まれたように……
「何だとッ!」
これは全くの予想外だった。そして恐るべき危機だった。
さらに不思議な事があった。それだけ大量にいるのに、〈オウガ〉は全て顔かたちも、姿形も全く一緒だったのである。
これではミユを守り切れないかもしれない――いや、自分の身すら危うい。
異変はまだまだ続いた。不吉を届けるように。〈オウガ〉はかれらの背後にも出現したのである。
「まさか、無限に湧いてくるのか……?」
そんな筈は無い、と思いたかった。しかしもしも……そうしたらこちらに勝ち目は無いのではないか?
その一瞬の逡巡が命取りだった。〈オウガ〉の1体がキョウジの首根っこをつかみ、建物の内側に投げ飛ばしたのである。その瞬間、キョウジは腕に短剣を突き刺して、そいつ自身は仕留めたものの、黒い壁が出来てしまい、完全にミユと分断されてしまったのである。正面突破するにも数が多すぎる。完全にしまったと思った。この事態は(敵が大量にいることはともかく)予想されるべきだった。あの前の戦闘の時、〈オウガ〉はミユにいやに執着していたような気がしたからだ。
「兄ちゃん!」
「ミユ! 慌てるな!」
だがこの場は自分の身を守る事で精一杯だった。大きな悔恨になってしまうが、最早ミユにも自身の身を守ることを期待するしかなかったのである。




