戦いの違和感
3体いるというのは情報とは食い違っている。だがこいつが標的であることは間違い無い。となればここで片付ければ任務は終わり。簡単な話である。但し、勝てるのならば、だが。
奇妙な緊張感が漂っている。こちらも向こうもじりじり動きながら出方を窺っている。シロウは基本的に慎重なタイプである。というよりコマンダーのほとんどがその特徴を持っている。デモン相手に安易に攻撃を仕掛ける事の危うさを知っているのだ。
「……お前達が〈オウガ〉か?」
返答は期待せずにシロウは訊いた。だが意外な事に相手は――正確には3人の中の一人が答えた。
「それは人が勝手に私を呼んでいる名前だ。私に名など存在しない」
「しかしお前だって、産んでくれた親もいるんだろう」
「それも分からない。私は気付いた時からこういう存在だった」
記憶喪失なのか? とシロウは思った。だがそれにしては〈オウガ〉は悠然としている。もう一つ不可解な点があった。彼らは3体いるのに、まるで自分が1人しかいないように喋っているのだ。
会話はそれだけで、睨み合いの時間が再開される。どちらかが有利という事は無い。場所は何も無い荒野で、身を隠す所も上を取る所も無い。あるとすればカナコのトラックだけである。完全にフラットな戦場。つまり搦め手などは存在しない、完全な力勝負になるという事だ。
シロウは大剣を両手持ちにした。すこしずつ、摺り足で近付いていく。もう少し距離を縮めなければ戦闘は開始出来ない。しかし一気に飛び込むのはシロウの戦闘スタイルではなかった。力押しの〈ザ・ソーズマン〉と揶揄されることも(主にカナコから)あるが、それのどこが悪いのだと思っている。
但し、今相対している敵、〈オウガ〉が力押しの利く相手ではないことははっきりと分かる。その構え振りからすれば、かなり戦闘に自信があるように思えた――隙が見当たらないのだ。3体の距離感も絶妙である。撤退する事も頭の中に入れておかないといけないな、とシロウは思った。相手の力量はまだ確定していないが、かなりの強敵であることは分かる。向こうが情報と違って複数なら、こちらも数で攻める必要があるかもしれない。だがまずは戦ってみない事には分からない――死なない事が最優先だが。
どちらが口火を切るのか――緊張感は少しずつ、だが着実に増している。まるで剣道のようだな、とシロウは思った。〈ザ・ラウンドテーブル〉では修練の為に剣道も取り入れていて、シロウが得物に剣を選んだのもそれが性に合っていたからである。
そして仕掛けたのはこちら側からだった。
より正確に言えば、カナコが痺れを切らしたのだ。
「オラオラオラオラァッ! イッちまえぇッ!」
女性とは思えないような下品な罵声を吐きながら、彼女はトラックの屋根にガトリング砲を置き、それを乱射し始めたのだった。実のところを言えば、それは予想していた事でもあり、期待していたことでもあった。1対3そのままでは間違いなく不利である。となれば後方の火力支援は確実に必要なものだった。
「そらそらァッ! 飛び散れッ! 飛び散れッ!」
しかし〈オウガ〉達は簡単には銃撃を浴びず、散開して回避する。かなり速い。だが陣形が乱された事に間違いは無かった。ここで踏み込まねばカナコの援護の意味が無い。シロウは一気に駆け出し、一番近くにいる敵に袈裟斬りを放つ。だがそいつは身を横にして回避する。シロウは反動などないかのように再び驚異的な速度で剣を閃かせた。だがそれも躱される。しかし攻撃状態にあるのは確かである。カナコは暴力的な言葉を吐きながら、威勢がいい様で冷静でもあり、威嚇射撃を続けてシロウが3体に囲まれない、1対1に集中出来るようにしている。
〈オウガ〉も速いがシロウも速かった。その上でその一撃一撃が重厚である。ありながら鋭い。故に少しずつ追い込んでいっている。だが敵の長い腕が邪魔であった。時折それを伸ばして反撃してきて、勿論シロウも躱すのだが、そうすると距離が生まれてしまう。大剣のリーチがあまり意味を為さなかった。一進一退の攻防。
だが〈オウガ〉もシロウとの戦闘に注力して、し過ぎて、他の所が見えていなかった。
「ファッキン! くたばれェッ!」
いつの間にかスナイパーライフルに得物を持ち替えていたカナコが、シロウと相対している〈オウガ〉を狙撃したのである。弾丸は精確に敵の眉間を貫いた。だがそれだけでは絶命しなかった。それでも隙は出来たのは確かで、止めを差す為にシロウは真正面に剣を振り下ろした。
「これでどうだッ!」
〈オウガ〉の一体が霧散した。それを確認した後でカナコはガトリング砲での威嚇射撃に戻る。正に湯水の如き、といった表現が相応しい弾丸の浪費っぷりである。だが彼女に言わせれば「死ぬよりマシ」なのである。それはシロウも反論出来ない所だった。まあ後でたっぷり絞られるのだろうが、彼女が見ているのは「今」である。「今」しか見えていないと言ってもいい。その集中力は〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉でも随一であろう。身体能力ではそこまで秀でたものを持っていない彼女がこの地位にいるのは、銃火器の取り扱いの巧みさと、それによる。
「こっちが弾切れする前にやっちまいなッ!」
しかも情熱的である。彼女自身は、自分は好戦的では無いと主張するのでこう表現するが。
いずれにせよ、シロウが今優勢に戦えているのは彼女のサポートが全てである。だからこそ迅速に終わらせなければならない。間髪入れずにシロウは2体目の〈オウガ〉に襲い掛かる。勿論簡単に仕留めさせてはくれない。だが〈オウガ〉はそこまでではないのかな、と思った。強敵であることは間違い無い。だがシロウはもっと強い敵と戦った事もある。その中に入れて、今の敵は上位に入る程ではない。3人いるのは厄介だが、それだけである。そしてその中の1人は既に潰した。
カナコがガトリング砲に弾を再装填する。それもまた素早く、隙を与えない。そうしている内にシロウは少しずつ相手を追い詰めていく。洗練された斬撃は、威嚇と本気を織り交ぜ、敵の長い手につかまらないまま、逆にそれを切り落とす。動きが止まった所でシロウはそのままタックルをかまし、完全に怯んだところで胴体を真っ二つにするように横薙ぎした。
違和感を覚えたのはそこからである。あまりにも簡単過ぎるのだ。敵には何が何でも勝とう、生き残ろうという覇気が感じられない。死に際もなにか落ち着いているような感じだ。全く表情が感じられない。敵を斬っているという感覚が無かった。確かに捉えている筈なのに、空気を斬っているような虚しさがある。
だからと言って気は抜けない。
相手が残り一体になった所で、機関砲の攪乱は必要無くなり(むしろこの時点ではシロウの不利になる)、カナコはライフルに持ち替え、狙い続ける。〈オウガ〉はそれが見えているように銃撃を躱していく。だがそうしていくと徐々にシロウが距離を詰めて来る事に対応出来ない。シロウとカナコのコンビネーションはじつに洗練されていて、正に阿吽の呼吸と言った感を呈していた。
その両方を回避し続けることは難しい。やがて精緻に狙ったヘッドショットが〈オウガ〉のこめかみに直撃した。デモンには人間の様な肉体的急所はないが、やはり頭を撃ち抜くのには意味がある。それで体勢が崩れるのだ。
「もういっちょおッ!」
完全に「ゾーン」に入ったようにカナコは銃撃をヒットさせ続けた。〈オウガ〉の身体から黒い霧が滲み出してくる。しかし数度の被弾では絶命しない程の生命力を誇るのか、怯まずにシロウに向かって来る。だがもう遅い。
すでに敵は自分の間合いに入っている!
一閃。
まさに必殺の一撃だった。シロウはあらん限りの力を振り絞り、〈オウガ〉の首を刎ねたのだった。
「ファッキン、ベイベェ!」
叫び、手を上げたのはカナコだった。それが戦闘終了の合図だった。
「終わったの……か……?」
敵の影はもう無い。だがシロウには終わった感じが無かった。最後もそうだった。〈オウガ〉は消える寸前まで、落ち着いた、あるいは悟ったような顔をしていた。死にゆく者の表情には見えなかった。生に執着していないのか、それとも何か裏があるのか?
「ふっふっふ。やっぱりシロウ君と私のコンビは無敵ね!」
カナコがライフルを振り回しながらトラックの荷台から降りて駆け寄って来る。抱擁をする程ではないが手を叩き合う位の事はする。だが上機嫌なカナコに比べてシロウには引っ掛かったものが残ったままだった。
「調査が目的だったけど、これで終わりなら軽いもんね。さっさとタカツキに戻って勝利報告しましょう!」
「いや、待って」
これで終わりじゃない――そんな気持ちが膨れ上がって止まらない。
「一応ネヤガワの街の調査をしておこう」
「なんで? 敵はやっつけたじゃん」
「簡単過ぎるんだよ――勿論、これがぼくの考え過ぎならそれでいいけど、スッキリしないものは解決しておきたい」
カナコは渋々と言った感じだったが、ともかく彼らは街に向かうことになった。
――そしてそこで、かれらは驚愕の事実を突き付けられるのである。




