月下
殺された人々の埋葬を手伝って、それからキョウジ達は貸してくれた部屋に入った。ネヤガワの人は「分かっただろう、今すぐここから去ったほうがいい」と言っていたが、ここまで踏み込んでしまった以上は引き下がる訳には行かない。キョウジは解決するまでは絶対に去らない様に決めた。報酬とかは考えていない。ただの意地である。
ミユは自分達が交戦した場所に赤ペンで星印を書いた。
「やっぱり俺達が遭遇した所と街はかなり離れているな」
〈オウガ〉が複数いるという線は捨てない方が良さそうだ。だがどれだけいるのだろうか? それに倒した〈オウガ〉は仲間がいるような事は言っていなかった。
「あんなのが複数いるんだったら、かなりヤバいんじゃない?」
「それはそうだが」
まだ謎が残っているような気がする。ただ敵を倒せばそれで済むといった案件では無さそうだ。
話を聞いた限りでは自分達が交戦した時と、街が襲撃された時はほぼ同時刻のようだった。
「あたしたちが戦ったのは囮だったのかな?」
「しかし自分が死んでまで仲間に街を襲わせるか?」
だがひとつはっきりした事がある。複数人いるという事は、どこかに根拠地があるに違いないという事だ。そういう訳で、作りかけの地図を改めて洗ってみる。襲撃地は少しずつ北に延びている様だった。そこから散発的になっている。住民の話では彼らも〈オウガ〉の住処を暴こうとした事はあったらしい。とすれば、この先にそれがあるような気がする。
「私のカンじゃ、ここにあるような気がするわね」
カレンが示したのは、円状に襲撃地が並んでいる丘だった。こうして洗ってみると確かに分かり易い気がする。カレンのカンは当たっているような気がした。
だがそれでもう一つの問題が発生する。そこが〈オウガ〉達の住処だとして、あれほどの強さを誇る相手に勝つ事が出来るのだろうか。
分からない。だがやるしかない。
だがいずれにしてもすぐに出発はしない。先の戦闘でかなり疲労している。今後の対処方法を考えるのも含めて、一晩は休む必要があるとキョウジは思った。幸いネヤガワの人々は優しく、寝床を用意してくれるばかりか食糧や酒も提供してくれる。
「こうなったら、あんたたちに賭けるしかない」
それが住民の総意だったようだ。となれば、最早退路は無い。なによりこのままでは寝覚めが悪い。どうにかして〈オウガ〉達の正体を突き止める。キョウジは決意していた。
◇
酒を飲んで寝たのが悪かったのか、その深夜キョウジは不意に目を覚ました。すぐに再就寝しようとするのだが意外と目が冴えていて眠りに入れない。朝以降の事を考えればちゃんと寝るべきなのだが、こういう時は仕方が無い。自然に眠気が再びやって来るまで待つしかないのが彼の経験上の法則だった。昨日の戦闘で思ったより気が昂っているのかもしれない。
強敵と戦うのはこれが初めてではない。これまでも死線を何度も潜り抜けて来たし、直近ではデイヴィスとの戦いもあった。だが負ける気はない。絶対に生き延びて見せる。明確に生きる目標がある訳でもないが、かといって無為に命を散らすのは嫌だった。
自分は死に対して臆病なのだろうか?
時折、そんな事を考えてしまう。戦いを避けている訳では無い。だが死んでもいい、死ぬ気で戦うといった気持ちになった事は一度も無かった。必ず生き残る意志があった。それがキョウジを支えているものである。だがそれで本当にいいのだろうか。
例えばミユが命の危険に晒されたとして――自分に命を懸ける覚悟があるのだろうか。
「……こんな時に起きると気持ちが陰鬱になっていかんね」
もう少し酒を飲んで無理矢理にでも寝ようか、と思ったがそれは止めた。酒を飲み過ぎたら翌日のメンタルに不調が出るのを知っていたからだ。ゆっくり過ごせる時間が確保出来ているならそれでも良いが、明日には戦いが待ち受けている。体調は万全にしておきたい。酒を飲んで寝るよりかは、このまま朝まで起きている方がまだマシである。
ふと、気になる事があった。ベッドが二つしか無かったのでキョウジとミユは一緒のベッドに寝ていた筈なのだが、その彼女がいなかった。起きているのだろうか。いつも快眠の彼女にしては珍しい。だが部屋にもその姿は見当たらない。少し心配になってキョウジは外に出て彼女を探すようにした。
ミユはすぐに見つかった――この日は眩しいほどの満月で、彼女は井戸がある広場のベンチで刀を抱き締めながらその月を見上げている。
「どうした、眠れないのか?」
「あ、兄ちゃん」
ミユは悪戯の現場を目撃されたようにばつの悪い顔をした。キョウジは彼女を責める意志はないのを示すように微笑を浮かべてみた。だがこの表情はどうにも苦手で、ヘンな顔になっていないか不安になる。だがミユは笑ったのでこれでいいのだろう。
「お前がこんな時間にまで起きてるなんて珍しいな」
「兄ちゃんも眠れないの?」
キョウジは答えずにミユの隣に座る。一緒に満月を見上げる。特に喋る事は無い様に思えたからだ。二人でボンヤリする。昨日あんな激闘があった事が信じられない程だ。
「お日様もお月様もずっと変わらずに空にあるんだね」
キョウジはミユがいつになく感傷的になっていることに気付いた。どうしてだろうか。
「なにかあったのか? お前が眠れないなんて珍しいじゃないか」
「んっとね……。最初はぐっすり眠れると思ったんだけど」
「ヘンな夢でも見たのか?」
「それに近いかも」
ミユの顔は落ち着いているようには見えた。少なくとも怯えている風ではない。尿意を催して起きた訳でもなさそうだ。では何故だろうか。ミユは元気っ子とは程遠い子ではあるが、心身ともに健康ではある。何があってもちゃんと眠れるのはその証だ。それが何故こうなっているのか。キョウジには見当が付かなかった。
「ちょっと引っ掛かる所があって」
「どういう事だ? 悩みがあるならちゃんと俺に相談しなさい」
「悩みじゃないよ。ただ不思議なだけ」
しかしミユの態度は、話していいものなのかどうなのか、それを判断しかねているようでもあった。こういう時はどうすればいいのかキョウジは分かっている――ただ待つだけでいい。ミユは迷ってはいるが、それは話したいからだ。だから話を急く事はしない。夜はまだ長い。待つには十分な時間がある。
やがて彼女はゆっくりと口を開き始めた。
「昨日の事を思い出したの」
「怖いのか? まだ」
「ううん。今は落ち着いてるよ。でも、ただ……」
ミユはすこし切なげな顔をしてみせる。ずっと月を見上げていたが、そこで目線を下げた。陰鬱ではないが、どこか哀愁のある顔である。滅多に無い事だが、極稀に彼女はそんな表情を見せる時がある。なにか深い事を考えている時の顔だ。その時キョウジは、この少女がただの少女ではないのを発見するのである。
「ただ、あの人――〈オウガ〉さんだっけ?」
「てきに『さん』はいらないだろう」
「でも、あの人……とても哀しそうな目をしてた」
そんな所を見ていたのか、とキョウジは思った。彼は戦いの時に、敵の出方を探る以外に表情を見る事は無い。まして相手の気持ちを慮ることなどは全く無い。しかしミユは違う。相手の事を考えてしまう。それは戦いに対してひどく怯える理由の一つだった。
「どしてだろう。とても酷い人なのに。とても酷い事をしてるのに」
「深く考える必要は無い。それが人に害為す存在なら、それは敵だ」
情け容赦ないのかもしれないが、それが現実である。敵がいれば、滅ぼす。何よりも自分が生き残る為に。
「お前は自分の事だけを考えていればいいんだ」
「そう、だね……」
だがミユの中ではそれがずっと引っ掛かったままの様だ。彼女の疑問が解消されることはあるのか? それはまだ分からない。
「そう言えばまだ礼を言ってなかったな。あの戦いでは助かった。感謝する」
「あたしは自分の身を守っただけだよ?」
「それでもだ」
月が少しずつ移動していた。夜もどんどん更けてくる。そうこうしている内にキョウジも眠気を感じるようになった。話して楽になったのか、ミユも欠伸を見せる。
〈オウガ〉。それがどんな奴なのか? 確かにこれまで相対してきた敵とは違う感じがする。だがキョウジは戦う。戦って勝つ。自分の為に、だ。
そして二人は宿に戻った。




