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交戦、そして





 戦闘には代替案が必要不可欠である。キョウジは一撃で仕留める気でいた。だがそれが失敗すれば? その可能性は常に考えておかねばならない。


〈加速時間〉は出力全開で行く。だがある程度回避の為に取っておかねばならない。


「さあ、来い。銀の目の男よ」

「言われなくたってそうする」


 緊張感が二人の間を包み込む。いや、緊張していたのは自分だけかもしれない。〈オウガ〉は至って悠然と構えている。長い手足がいやに不気味である。迂闊には入り込めないのは確かだ。だがそうも言っていられない。やるしかないのだ。


 キョウジはぐっと足を前に出した。そして集中する。空気が冷たくなっていく時間、血もまた冷えてきて、心地のいい緊張が全身に行き渡る。そして――能力発動。


 歪んだ世界の中でキョウジは一人いつもと同じ様に動く。


 向こうにはこちらの動きが見えていない筈だ。だが身体能力を活かして、横に動き出す。キョウジもそれに対応していく。背を屈めて、まるで豹のようにキョウジは襲い掛かった。数を数える。


 3。敵の動きを見据えて機動を修正する。

 2。敵の伸びてくる腕を弾く。

 1。一気に懐に入り込む

 ゼロ。


 捉えた筈だった。だが〈オウガ〉は今まさに胸に短剣が刺さろうかという時に、恐るべき事にキョウジのスピードに対応して少しだけ後ずさる。短剣が空を切った。焦りが少しだけ生まれる。だが初撃を躱された位で動じてはいけない。キョウジは敵の長い腕を――その長さがここでは不利になった――つかんで拘束する。


 だが拘束したと思ったのはキョウジだけだった。〈オウガ〉はその驚嘆すべき膂力によってそのままキョウジを持ち上げ、そのまま叩き付ける。ここに来て彼は敵への目算を見誤っていたことを認めざるを得なかった。信じられないほどの力である。


 そして仰向けに叩き付けられたキョウジの腹に敵の拳が襲い掛かる。予備プランを用意していたのは正解だった。彼は能力を再発動してそれを回避。そのまま転がって距離を取った所で再び立ち上がり、再び懐に潜り込もうとする。〈オウガ〉の力と速さからすれば身体に触れるのは得策ではない。だがそれを逆手に取る。勝負は一瞬の内に決まる。決めなければいけない。こちらの動きを()()()()。そのまま捉える。能力は全開にする。賭けだった。これで捉えられなかったらこちらには手が無くなってしまう。能力を使い過ぎたら急激な疲労がやって来るのは分かっているのだ。だがここでリスクを背負わなくてはどうにもならない。そういった時は絶対にやってくる――殊、こういった強敵に対しては。


 と言った事をキョウジが言語化して考えていた訳では無い。ほぼ本能であった。本能でそれを一瞬で判断していて、身体の動きもそれと同時だった。歪んだ世界の中で〈オウガ〉の動きがゆっくりと見える。今度こそ捉える。逃げ出す隙は渡さない。捉えた!


 キョウジの短剣が〈オウガ〉の脇腹に刺さった。だが――その時敵がこちらではなく、別の所を見ていたことに気付いた。そして意外な事が起こる。〈オウガ〉はそのまま脇腹に力を入れ、締めて、動きの止まったキョウジを蹴り飛ばしたのである。剣を手放さなかったのは僥倖だった。だがキョウジはその衝撃で大きく吹き飛ばされてしまった。追撃を許さない為にすぐに立ち上がり、不本意だが銃を抜いて撃ち、時間を作る。


 こちらも大分力を使ってしまった。それを取り戻す時間が必要である。呼吸を整える。しかしまずい。こんな攻防を続けていたらガス欠を起こすのはこちらの方である。


「一撃ではやれないのか」


 つまり敵の生命力は大したものだという事である。これまでのデモンは短剣で一刺ししてやればそのまま絶命した。キョウジの使っている短剣はそれだけ鋭い業物なのである。


 とは言え〈オウガ〉もノーダメージという訳では無さそうだった。脇腹からは黒い霧が漏れだしている。もう一撃加えれば倒せる確信があった。問題はそれをどうするかである。


「中々、やる」

「そりゃどうも」

「だが私には勝てない。その理由がある」

「どういう意味だ」

「教えてやる義理は無い」


 どうにもつかみ所の無い奴だ、と思った。そして怖れていた自体がやって来る。女達が駆けつけて来たのだ。


「兄ちゃん!」

「キョウジ君!」


 来るなと言った筈なのに、どうして彼女達は聞き分けが無いのか。キョウジは舌打ちした。彼女達を守りながら戦う余裕は無い。


 そして一つのことに気付く――〈オウガ〉はこちらの方を見ていない。見ているのは、ミユの方だった。


 カレンが機関銃を乱射する。だが〈オウガ〉は素早く左右にステップしてそれを躱していく。それと同時に前進していた。驚くべきスピード。向かっているのはキョウジの方ではなかった。


 ミユを狙っている!


 子供の彼女の方が組みし易いと思ったのか。ミユは最初怯えた顔を見せていた。だが次第にその瞳が冷たくなっていく。彼女の「鬼」が発動する。〈オウガ〉が接近すると、彼女はすぐさま刀を抜き、鞘を捨てた。


「あたしを舐めるな!」


 そしてミユは刀を一閃させ、オウガの右腕を吹き飛ばした。しかし彼はそれで怯まなかった。残った左腕でミユの喉元に食らいつこうとする――


 それを阻止したのはキョウジだった。彼は後ろから〈オウガ〉の首根っこをつかみ。そのまま回転して押し倒す。まったく間隙を与えない。〈加速時間〉の許容時間は限界に近付いていたが、それでもいい。キョウジはそのまま〈オウガ〉の胸に短剣を突き刺した。


 流石の〈オウガも〉脇腹、腕、そして胸に攻撃を受けて身体を保つことができなかったようだ。そのまま黒く霧散する。だが少し気になることがあった。今にも絶命するというのに、その顔には全く恐怖も焦りも無かったのである。泰然としていた。


 まあ、深く考えるのは止めておこう。兎に角自分たちは勝ったのだ。


 ミユは我に返って身体を震わせている。その身体を抱き締めたのはカレンだった。本当はその役目は俺が良いんだがな、と思ったが素直に譲った。


「怖い思いをさせて済まなかったな」

「いいの、いいの……あたしは、兄ちゃんの助けになれれば、それで……」

「さあ、帰りましょう」


 ミユが落ち着くのを待って、3人はライトバンの方に戻っていった。



        ◇



 だがネヤガワの街に戻って来た時見たのは全く意外な光景だった。入口で心臓を抜かれて喰われた守備隊の男たちが数人いたのである。


「どういう事だ……?」

「どういう事だ、じゃない。〈オウガ〉が襲ってきたんだ!」

「なんだと?」


〈オウガ〉は仕留めたはずではなかったのか。時間的余裕からして、ここを襲ってからやって来たとは考え辛い。謎は深まるばかりである。


「奴は俺達が倒したぞ」

「だがこれが現実だ」


 ミユが目をくるくるしている。カレンも同じ様なものだった。キョウジはそこまではしなかったものの、困惑していることには間違いない。


 つまり、こういう事である。〈オウガ〉はキョウジ達と交戦しながら、同時に街を襲っていた。


 訳が分からない。だが一つの推論は出せる。


「〈オウガ〉は、一体じゃない……って事か?」

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