〈オウガ〉との邂逅
話に聞いた所によれば、〈オウガ〉はこの近辺に出没するらしいが、どこからやって来るのかが分からないらしい。目撃情報は広範囲にある。とすれば、あそこで襲ってきた奴がそうなのだという確信が持てる。2メートルの大男という情報もそれに合致していた。
つまり全く油断出来ない相手だという事である。
「まずは居場所を突き止めないといけないな」
「そうね」
カレンは最初渋っていたが、賞金稼ぎの本能故なのか、一度キョウジが戦うと決めたら素直に従った。
「でも雲をつかむような話だね」
最初はカレンとミユはネヤガワに置いておこうと思った――それを翻したのは、街が襲われる可能性があると言われたからである。そしてそうなれば自分達では守れないと住民達は続けた。とすれば手元にあったほうが安全だろうという判断だ。カレンもある程度戦う事は出来る。ミユも、まあ――出来れば剣を持たせたくはないが、無力ではない。
キョウジが始めたのは地図を作る事だった。ネヤガワ近郊の目撃情報を纏め、地図を作れば何かしらの出没傾向が分かるかもしれなかったからである。
「キョウジ君にしては賢い判断ね」
「『にしては』ってどういう事だ。お前、俺を何だと思ってるんだ?」
「まあまあ、喧嘩しないの喧嘩しない」
ミユに窘められる始末である。とは言え、カレンの言い分も分からないでは無かった(不服ではあるが)。キョウジがここまで慎重な手を打つ事はあまりない。では何故そうしているかというと、只のカンではあるが、敵は得体の知れない存在だと思ったからである。
「神出鬼没ってのが気になるんだよな」
出来ればアジト(「巣」というべきなのかもしれない)を突き止めたい。なんらかの根拠地がないとは思えないのだ。それは確かにある筈である。
「ここと、ここと、ここ!」
実際に地図を書き込むのはミユの仕事になっていた。地図と言っても正確なものではない。ネヤガワを中心にした周辺に、大雑把に「川」「山」「丘」「林」などと書き込んでいく。そこに目撃情報、あるいは襲撃情報を合わせて、その場所を赤い点で記していくのである。地道な作業だった。
「向こうから襲い掛かって来れば、こんな作業もせずに済むんだがな」
「仕方ないよ。こういう時は地道が一番」
ミユは地図の作成を殊の外楽しんでいたようだった。何だかニコニコしている。思えば集中力は高い少女である。尤もこんな地味な作業を気に入るとは思っていなかったが。
周りの探索にはカレンのライトバンを使っている。ハーレーは置いて来た。並走して地図を作成する意味がないからだ。そうして広く走りながら、時折降りて地図をどんどん詳しくしていく。
それで分かったのは、確かに広範囲に出没しているが、同じ地点には滅多に出て来ないということである。但しネヤガワの街本体は例外だった。
「本当に正体がつかめないな」
一旦休憩という事にして、作りかけの地図を見やる。まるで正体を探らせまいとしているようだった。
スープで乾パンを齧りながらの一時である。この日も快晴で、日の照っているところにいると少し汗ばむくらいだった。もうそろそろ春の気配が感じられる。だが春の到来にまでこの件を片付けなければどうにも気持ち悪い。それは皆思っていることだろうとキョウジは感じていた。
「慌てずに行きましょう」
こういった地道な作業は心を冷静にさせる作用がある様だった。キョウジもミユもカレンも今は落ち着いている。しかし先が見えないのも厳しいものがある。
「ミユ、何か分かるか?」
「あたしばかだから何も分かんない。兄ちゃんなら分かるんじゃないの?」
「俺も大概馬鹿だからな」
作成途中の地図をさらにじっくりと見てみる。赤い点を確認すると、ネヤガワの街を円周上にして出現している事が分かる。それから遠くになるに連れて点はまばらになっていった。〈オウガ〉は人を襲う――本当に人を喰らうのだろうか?――目的があるから、そうなるのは必然ではある。
「まあ、これを続けて行けば居場所は突き止められるだろう」
だが広範囲に及んだ活動範囲に比して、影が見当たらないのは何故だろうか? 何かとんでもない秘密が隠されているような気がする。それも只のカンだが。
休憩が予定以上に長くなってしまった。太陽が少しずつ西に差し掛かり始めている。夜にこの作業は出来ないから、もう少し活動しておきたい。しかし1日では終わらない作業だとも思っている。
「さあ、再開しよう」
「うん!」
「ミユちゃんは素直ねえ。どっかの男に分けてやりたい位」
「おい。俺はそんなにヒネクレてないぞ。むしろお前の方がどうなんだ」
地図作成はゆっくりとした足取りながらも着実に進んでいる。これを何日か繰り返し、ある程度の情報が集まったところでそれを吟味する。そのつもりだった。
そのつもり―ーだった。
クルマに乗ってしばらくしてからの事である。サイドミラーにかなりの高速で追い掛けてくる影が映ったのである。2メートルはありそうで、長い手足を動かして急速に近付いている。ここで出会うとは思わなかった。〈オウガ〉だ。間違い無い。前にあった奴と同じ影をしている。黒ずくめの服を着ていて、食人鬼と言われれば、確かにそんな感じがする。
「どうする? 戦う? 逃げる?」
カレンの問い掛けには意味が無かった。こちらが判断する前に奴はクルマのスピードさえも凌駕して追い付き、飛び上がり、ライトバンの屋根に乗ったのである。
「この野郎!」
カレンは激昂した。このままだと屋根を突き破られると思ったからだろう。高い金をはたいて買ったクルマがオシャカにされたらやっていられないという事だ。彼女はアクセルを大きく踏み込み、ハンドルを乱暴に左右に振り回し、奴を屋根から振り下ろそうする。
だが中々落ちてくれない。そうこうしている内に〈オウガ〉は屋根を殴り始めた。クルマを失って困るのはキョウジも同じである。このまま落としてもまた追い付かれる筈だ。とすればここで迎撃するしかない。キョウジはドア窓を開けてそのまま上に乗り込もうとした。
クルマに追い付く位だから、かなりの身体能力があるに違い無い。だが向こうは無手である。それにこちらには〈加速時間〉がある。後れを取る事は無いつもりだ。ただし出し惜しみは絶対に厳禁である。
「兄ちゃん!」
「お前は椅子にしがみ付いていろ!」
大男が二人クルマの屋根に乗っかると、重心が傾く。〈オウガ〉は身体を崩した。すかさずキョウジはそこを狙う。抜き身の短剣をそのまま喉元へ――だが敵はバランスを崩しながらも長い手を伸ばしてキョウジの肩をつかむ。それでも懐に入り込もうとする。的が大きいのは有難いことだった。
カレンがライトバンを大きくターンさせたのはその時だった。キョウジも〈オウガ〉もそれに振り回され、身体を近付けたまま振り落とされた。
それ位でダメージを受ける程キョウジはヤワではない。だが向こうも同じ様で、落下をまったく気にしない素振りで、キョウジをつかんでいた手を話、カエルのようにびょんと跳んで距離を取った。迂闊には飛び込めない相手である事がこれで分かった。
カレンのクルマはしばらく走った後、停まった。かなり距離が出来てしまった。だがその方が好都合なのかもしれない。一撃で決める事が出来れば――
「またお前か」
〈オウガ〉は低く落ち着いた声で言った。もっと粗暴な奴を想像していたキョウジは少なからず面食らった。
「俺には用事は無かったんだったな」
「私を殺そうとするなら話は別だ。降りかかる火の粉は払わねばならない」
捉えられるだろうか?
相手が一人なら一瞬でケリを付けられる筈だった。それ位に、キョウジは自分の能力を信じている。しかし万一ということもあるし、相手の身体能力は全く馬鹿に出来たものではない。
後ろを見ると、機関銃を抱えたカレンと刀を持ったミユが駆けて来ている。彼女達を巻き込むことは出来ない。それまでに仕留める。
「お前達は来るな!」
キョウジは再び〈オウガ〉に目を向け、背中から女達に警告した。
「そっちからやって来てくれるとは、好都合だ」
そして戦闘が開始される。




