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鬼に魅入られた街





 そういう事があったので、ぐっすりと眠る事は出来なかった。中途半端な昂ぶりが寝ている時も残っているような感じがあって、ヘンな夢を見た。簡単に言えば滾るタイプの夢である。起きた後、念の為股間の辺りを調べたが情けない事にはなってはいなかった。それには安心したものの、興奮が覚めてくるとこんどは気怠さがやってきた。まったく、これでは寝た意味が無い。


 まあぼうっとしていたが、やがてミユとカレンが起きてきた。カレンは昨夜の事にまるで気付いていなかったようで、快眠したように顔が艶々している。まあそれはいいのだが。


「何かあったの? 嫌な夢見た? なんかやつれてるけど」

「別に嫌な夢じゃなかったが……まぁいい」

「何かヘンなのが襲い掛かってきたんだって。でもすぐ逃げちゃったんだって」


 ふぅん……とあまり興味が無さそうにカレンが呟いた。


「賊なのかしら。そういうのがいるんなら慎重に行かないとね」

「そんな感じでも無かった。全く謎なんだ」

「兄ちゃんが強いから逃げ帰っちゃったんだよ、きっと」

「それなら良いんだが」


 だが昨夜の男はまだ全力を出してはいないようにも思えた。勿論キョウジも全開ではなかったが。なにか奥の手を隠しているような、そんな感じがあった。


 しかし考えていても仕方が無い。また襲って来るかもしれないし、無いかもしれない。無いなら無いで良い事である。だがもう一度来るのであれば確実に仕留める気ではいた。


 取り敢えず鰯の缶詰と炊いた米を朝食にし、それから手早くキャンプを片付けて出発の支度を整える。兎に角、川向こうに行きたいという気持ちが強かった。そういう訳で今日も橋を探して川沿いを走るのだった。


 爽やかな朝だったのでキョウジも起き抜けの気怠さも忘れ、少しずつ調子が戻って来た。しかし目当てのものが見つからない。


「ホントにこっちでいいのー?」

「センリで南東に街があるって聞いた。こっちで間違い無いはずなんだが……」


 しかしまた北に向かっている感じは否めなかった。


「ま、このまま川沿いの旅も良いもんだ」

「もう! 本当にお気楽なんだから!」

「人生は楽しんだ者勝ちだぞ。その為には全てを受け入れることだ」

「私はそこまで暢気になれないわよ……」


 俺と旅をするんなら、それだけの覚悟はしておくんだなとキョウジが言うと、カレンはすっかり呆れてしまって窓の中に頭を引っ込めた。


 しかしやがて向こうに大きな橋が見えてきた。クルマ用の橋ではなく、列車の橋のようだった。助かったな、とキョウジは思った。街を見つけるには道路よりも列車の線路の方が頼りになる。


「今度はどんな街があるのかな」


 ミユはノンビリしている。


「次の街では人見知りするんじゃないぞ」

「それは、そのぅ……」


 自信無さげなミユである。しかし彼女は彼女なりに街を渡り歩く楽しみを見出しているのである。大分旅にも慣れてきたようだ。とても良い事である。


 だが――もしミユの記憶が戻ったとして、それからも旅を続ける事はあるのだろうか。彼女にも帰る家があるのかもしれない。そうしたら別れの時が来るのかもしれない。それで良いのだろうか。キョウジはすでに少女に情が移ってしまっている。その時自分は淋しい思いをするのではないか。そんな心配を今からしているのだった。だが、だからと言ってその目的を忘れてはいけない。


 線路沿いにゆっくりと進む。やがて土塁で壁を作った街が見えて来た。センリで聞いた話では、ここはネヤガワという街らしい。そこまで大規模ではない。


「でもおかしいわね……何だか妙に静かだわ」


 本当に、ちゃんと街なのかしらとカレンが言った。その通りだった。入口に見張りは立っておらず。確かに街としての形はあるのだが、往来を歩く人がいない。ゴーストタウン、というのもこのご時世では奇妙な気がする。だがやはり生気が感じられないのだ。


 取り敢えずクルマとバイクは入口に停める、それから踏み込んでいくのだがやはり誰も出て来る気配が無い。普通どこかの街に着いたら、誰かに警戒されて誰何されるものなのだが。


「でも人がいない訳じゃなさそうだ」


 あまりに人が出て来ないので、中央広場と思しき場所で一休みする。井戸があったので水を補給したい所だったが、果たして住民に黙って汲んでいいものなのか分からない。


「人が出て来ないんじゃ、ここに留まってても仕方ないんじゃない?」

「そうかもしれないが、ちょっと気になるな」


 まさか街の住人全員がミユばりの人見知りという訳はあるまい。とすれば、何かしらの理由があるのだ。


「にいちゃん、あそこ」

「と言われても俺には何も見えないぞ」


 ミユが言うには、遠いビルの窓からこちらを覗いている目線があるということだった。警戒されているのだろうか。それにしては極端過ぎるような気がする。


「おーい! 私達は怪しいもんじゃないぞーっ!」


 痺れを切らした、というようにカレンが叫んだ。すると、数人の男が建物から出て来た。手製のクロスボウで武装している。銃火器はないらしい。まあこんなところで銃を仕入れるのも難しいのかもしれない。


 敵意がない事を示す為に、キョウジは両手を上げた。カレンも同じ様にして、最後にミユも万歳したが刀を持ったままだったので、それはちょっと間抜けな形になった。


「……旅人か? まさかこんな所まで来るとはな」


 男達は警戒をやや解いてクロスボウを下げ、だがまだ近寄っては来ない。この距離のまま話すつもりらしい。


「訳ありなんでね、色々な所を巡っている。ここもその一つだ」


 別に本当は訳ありという事も無いのだが。取り敢えずそういうことにしておいた。ミユは手を下げた後、またキョウジの陰に隠れる。いつもの事なので気にもしない。


「彼女の事は気にしないでいてくれ。ただの人見知りなんだ。でも打ち解けたらかわいいぞ」

「いや、そういう事にはならないと思う」


 男達は警戒しているが、同時にひどく憔悴しているようにも見えた。これは何かあるに違いないとキョウジは踏んだ。だが何が? 見た所賊に荒らされている気配は無い。


「あんたらはすぐにここから出て行った方がいい。この街は呪われているんだ」

「呪われている? そりゃまた剣呑な表現だな」


 そんな非科学的な事があるのだろうか。いや、デモンの存在は超自然的だが、亡霊とか悪霊とか、そういうものではない筈だ。


「話を聞かせて貰おうか」

「ちょっとキョウジ君。首突っ込む気? 去れって言われたんならとっとと去ったほうが賢明よ」

「そうかもしれないが、どうしても気になる」


 困っている者を積極的に助ける、と言った性質ではないことは自分でも分かっている。だが謎を謎のまま残すのもしこりが残るのだ。このままネヤガワの街を出れば、その事が気になってしょうがなくなるだろう。


「よそから来た人を巻き込む訳にはいかん。悪い事は言わない、ここの事は忘れて旅を続けてくれ」

「きっとデモンが関わっているんだろう。報酬次第じゃ退治してやらん事も無い」

「奴を退治なんて!」


 別の男が金切り声で叫んだ。


「そんなのは無理だ! 奴は無敵なんだ!」

「無敵の奴なんてこの世にはいない。まあその意味では俺も同じだが」

「強いだけじゃない……奴はとてもおぞましいデモンなんだ」


 話を聞く限りでは襲って来るデモンは一人だけらしい。という事はかなり強力だと想像出来る。そこで思い出したのが昨夜の邂逅だった。まさか、それが奴だったりするのか?


「俺達だって一度は追い払ったんだ……大分犠牲者は出たが。だが奴は何度でも襲って来る。さらに強力になって」


 いよいよ話が見えなくなってくる。その話で行けば、敵は略奪が目的ではないらしい。


「討伐隊を組織したこともあったさ。だが誰一人帰ってこなかった。そしてその全滅した場所には……ああ、口にするのも恐ろしい!」

「奴は人を食うんだ!」


 キョウジは息を飲んだ。確かにそれは剣呑である。しかし人を喰らうデモンなど、それなりに長く旅をしているが聞いたことが無い。本当なのだろうか?


「俺達は奴を食人鬼(オウガ)と呼んでる。奴には誰も敵わん。まるで正体不明なんだ。分かっただろう。俺達は最後まで戦うつもりだが、いずれこの街は滅び去るだろう」

「その話を聞いたら、ますます退けなくなったな」


 マジ……? と横でカレンが呟くのが聴こえた。


「マジだ。滅亡の危機に瀕している街をそのまま放っておく訳にはいかない」

「あんた、キョウジ・ザ・シルバーだろう。その目を見れば分かる。だがあんたがどれだけの手練れでも敵わない奴はいる。仕方ないんだ。目を付けられた時点で俺達はおしまいなんだ」

「だから、それを放っておいたら寝覚めが悪いと言っている」


 それに、そんな強敵がいるのなら一度会ってみたい――そう思う気持ちも否定出来なかった。


「貴方達がこのまま座して死ぬつもりなら、俺一人がそれに追加されたところで大して変わらんだろう」

「ダメだ。あんたはそこのお嬢さん方を守らなきゃいかん」

「それは勿論だ。だがもう俺は決めた。貴方達の意思に関係なく俺はそいつを滅ぼす」


 無茶苦茶だ……と呆れて呟く男がいたが、キョウジは気にしなかった。

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