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Coda:荒廃した終末世界を銀狼と少女は駆け抜ける  作者: 塩屋去来
第2章:ザ・ラウンドテーブル
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枢機卿





〈ザ・ラウンドテーブル〉の主要メンバーの幾人かが集まって、果たして自分に何を求めるのかキョウジは疑問だった。そこはかとないプレッシャーを感じる、そんな事で怯えるキョウジではないが、緊張はする。もしかしたら敵に回るかもしれない相手だからだ。今現在でも味方という訳ではない。非常に微妙な距離感がある。


 尤も、ロバートと会えたことは中々の幸運だったとも言える。彼がこの世界の重要人物である事に間違いは無い。


 相手は全く武装していなかった。その事は想定して、キョウジも短剣と銃は宿に置いてきた。カレンは拳銃くらいは持ちたかったようだが、なんとか宥めた。ミユの日本刀だけはやはり例外である。単なる武器以上の意味があるからだ。彼女は刀の事を自分の分身の様に思っていた。


 しかし緊張してばかりなのもつまらない。自分たちは賓客の筈だ。もう少し横柄でも良かったのかもしれないが、向こうが礼を尽くす限りはこちらも紳士的に行こうと思っていた。だが気後れすることもない。


「まあ立って話をする事も無いだろう。私は腰を上げる事も出来んがね」


 と言ってロバートは応接机の椅子に座るように促した。ほかのコマンダーズは立ったままで、忠誠を示す為に両手を後ろに回している。誰もが真顔である。言葉を発する事も無い。それだけ枢機卿に敬意を払っているのだ。


 これだけの者どもを束ねる男とはどのようなものか? 座るとある程度緊張は解け、興味が出て来た。見るだけでも只者ではない感じがするのは分かる。半生をデモン退治に捧げてきた男。そしてそれは更に規模を広げている。彼が掲げる旗の元に少しずつではあるが人が集まっている。


「まずは謝罪をさせてもらう。あれは完全にデイヴィスの暴走だった」

「それはいいが、彼の様な殲滅主義者は他にもいるのか? 場合によっちゃ、俺達はまた殺し合うのかもしれない」

「過激な思想を持つ者は、残念ながら、少数だがいることは認める」

「そういうのは排除してくれないのか?」


 ロバートの頬が引き攣っている。感情が動いている訳では無い。単にそういう癖らしい。あるいはそれも怪我の後遺症なのか。


「しかし我々全体としては、害の無いデモンまでを滅する意志は無い事を覚えていて欲しい。その証拠と言ってはなんだが、デイヴィスは今謹慎させている」

「別にあいつがどうなろうが構わないが……」

「彼も少しは反省するだろう。急先鋒の彼を抑え込めば、他の殲滅主義者たちもしばらくは大人しくすることになる」


 キョウジはロバートの顔を覗き込んだ。相変わらず表情が読めない。だが少しだけ眼鏡の光が消え失せ、爬虫類のような瞳が見えた。


「俺の質問に答えて貰えていないな」

「排除しないのか、という事だったね? 残念ながら我々の戦力には限界がある。多少問題はあっても、戦える者は一人でも多い方がいい。多少の思想の違いは受け入れなければならない。不承不承だがね。それが今のところ、我々の現状だと言える」


 つまり完全に味方では無いという事を彼は改めて示したという事だ。


「あたしも殺されるかもしれないって事?」


 ミユがぎゅっと刀を抱き締めながら口を挟んだ。彼女はまだ怯えていた。それでも勇気を振り絞って発言したのである。そこで初めてロバートが顔を綻ばせるのが見えた。


「勿論、ミユちゃんのような子供を守るのは我々の最大の責務だよ」

「でも、あたしもデモンだよ」

「言ったはずだ。無害なデモンまで滅ぼす事はしない。だが……もしお嬢さんが力を制御できなくなり、力に溺れて暴れるようなことになれば、その時は殲滅の対象になる」

「ミユがそんな事になる筈がない。俺が保証する」

「そうであることを私も望んでいるよ。誤解して欲しくないが、我々は決して好戦的な集団ではないのだ」


 キョウジは気を引き締めて彼を見続けていた。やはり底知れぬ深淵を感じる。経験が為せる業か……


「つまり貴方達は、あくまで平穏を取り戻す為に戦っている。そう言いたい訳だ」

「それだけではないよ」


 ロバートは芝居掛かったように眼鏡の位置を直した。


「我々の最終目標は、この世界に法と秩序を取り戻す事だ」

「それを荒らす者なら、人間も手に掛けるのか?」

「そういう事も有り得る。現実としての事例はまだ存在しないがね」


 つまり彼らは治安維持組織――簡単に言えば警察または軍を目指しているのであり、その為の権力を打ち立てようとしているのだ。


「力無き者を守る存在が必要だ」

「それは……まったく遠大な目標だな」


 やはり油断は出来ない存在だと評せざるを得ない。距離は取っておくべきだろう。まあ頑張ってくれ、位は言ってもいいのかもしれないが


 それからロバートはニガワ蜂起の事について聞きたがった。しかしそれに関しては敢えて大仰に喋る事でもない。概ねの経緯を話し――但し、須山書房のことについては秘密にした――自分は特になにもやっていなかったことを伝えるだけである。


「どうしてそんな事を聞きたがる?」

「民衆がデモンに蜂起した数少ない事例だからだよ。それは今後の我々にとっても大いに参考になる話だ」


 ロバートは顔色を変えずに言う。


「そういった力はこれから必ず必要となって来るだろう。だがその時力は正しく導き続けねばならない。武器を取り上げることは出来ないが、秩序への道筋は確かに作ってやらねばいかん」

「彼らの様な存在を仲間にしたい――そう言う事か?」

「我々は更に勢力を拡大してかねばならん。賊の存在は日に日に増している。正直な所、私も手をこまねいている所がある。デモン化する人間はこの所増加傾向にあるのだ。デモンになりたがってわざわざ隕石に触りに行く輩もいるが――それだけでは説明が付かない」

「何か心当たりはあるのか?」

「無い。だから今調査している」


 大変なものだな、とキョウジは感心した。彼の秩序への志向は本物の様だ。だてに30年前からずっと、人類の守護者を自認している訳では無いという事だ。


「君達もなにか情報が見つかれば提供して貰いたい」

「それは俺達と共闘したいって事か?」

「そこまでは言っていない。が、ある程度は協力関係を結べるだろう」

「正直な所を言っていいか」


 キョウジは言った。


「出来れば俺達は貴方達とは距離を置いておきたい。俺はデモンだ。一度(たが)えば敵にもなり得る組織と仲良く出来る道理は無い」


 ロバートは肩を揺らした。不機嫌になったのかと思ったが、どうやら笑っているようである。


「もう遅いよ。我々は関係を持ってしまった。いずれまた、どこかで出会う日は来るだろう。君達がどこかに引き籠って何もしないと言うのであれば話は別だがね」


 つまり、旅をする限りは――自分達がデモン討伐を生業にしている限りは、どこかで交差することもあるだろうという事だ。それは否定しきれない事実だった。


「まあ話を聞いている限りでは、君が我々の敵にはならなさそうだ。そこは安心したよ」

「それを探る為に呼んだのか」


 有名人になるのも良い事じゃないな、とキョウジは思った


「話はこんなところでいいだろう。君達はまだ旅を再開するのだろう」

「そりゃまあ、そうだが」

「慰謝料という訳では無いが、この前の報酬とは別にある程度の物資を提供しよう。君達がデモン退治を続けてくれるなら、こちらも助かるからね」


 そりゃありがたい、とキョウジは言った。彼らとしても恩を売っておきたい所なのだろうが、貰えるものは有難く貰っておく。旅の鉄則である。


「では、お互いの旅路に幸運のあらん事を」


 ロバートは最後にそう言った。話し終えてから、キョウジは初めて疲れを感じたのだった。



          ◇



 キョウジ達を返して、〈ザ・ゲームマスター〉も〈ザ・ソーズマン〉も〈ジ・アーセナル〉も席を外した。という事は私も部屋から出るべきかしら、と思ったがヒナタだけは呼び止められた。部屋に残っているのはロバート、それから彼の付き人であるレイコ(氷室玲子(ひむろれいこ))それから自分だけである。レイコの氷の様な目線が妙にプレッシャーになる。流石は〈ザ・シャドウ〉と渾名される事はある。彼女はいつでも機械のように〈カーディナル〉に付き従っている。


「彼らの事はどう思ったかね? 〈ザ・サン〉」

「ええと……悪い人達には見えませんでしたわ。私達が敢えて注視すべき存在の様には思えませんけれど」


 私も同じ意見だ、とロバートは言った。しかし自分だけ残したという事は、なんらかの極秘任務を命じられる可能性がすこぶる高く、そしてそれはきっとキョウジ一行に関することであるに違いない。ヒナタは身震いした。


「だが彼らはマークしておく必要がある。あとは情報収集もな」

「キョウジ・ザ・シルバーは確かに強力なデモンですが、あくまで個人ですし、人格も出来上がっているように思えます。脅威にはならないんじゃないかと」

「脅威の話をしているのではない。そしてマークすべきは彼ではない」


 ロバートは深く顎を下げて言った。


「あの黒い少女だ」

「彼女が……なにか?」

「あれはただのデモンではない。もっと恐ろしいなにかを抱えた存在だ。危険とは言わないが、今後の我々の活動に大きく関与してしまう可能性が考えられる」


〈カーディナル〉にここまで言わせるとは、本当に何かあるのだろう。確かに怯えた小さな身体の中に底知れない何かを感じたのはヒナタも同じである。しかしとは言ってもただの子供。そこまで気にする必要があるのだろうか。


 だが命令は絶対である。


「かしこまりました。私のチームで命令を遂行させて頂きます。枢機卿猊下」


 どれだけ穏やかだと言っても、彼女は〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の一員なのである。

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