光の側にある者ども
一体あの後で、自分に対してさらに用事があるとはどういう事なのだろうか。出来ればもう関わりたくは無いと思っていた矢先の訪問である。勿論キョウジは警戒していた。しかし無視も出来ない。関わりたくは無かったが、敵に回したくも無かったからである。
それにしても向こうからやって来るとは……
「キョウジ君、どうするの?」
「取り敢えず話だけは聞いてみる」
やって来たのは大人の魅力を湛えた女性だった。あまりにも優しそうだったので、最初彼女が〈ザ・ラウンドテーブル〉の一人だとは思えなかった程である。身長はカレンと同じ位。ふくよかな身体をしていて柔らかそうだったが、不思議と太くも見せない絶妙なバランスがあった。男が好きになるような雰囲気をしている。キョウジ自身、こういった会い方でなければ目を惹かれただろうと思う。髪はミディアムボブにしていて、ダークブラウンに染めている。つまり彼女は染料を得られる程度の立場にはいるという事である。
「ヒナタと申します。あんまり信じて貰えないかもしれませんが、私もコマンダーズの一員なんですよ」
彼女――ヒナタ(垂井日向)はその事に誇りを持っているようだった。しかしそんな戦闘能力を持っているとは思えない。いや、戦闘能力は外見では判断出来ない物だろう。しかしそれ以上に、纏っている雰囲気が戦闘的ではない。
「〈ザ・サン〉なんて呼ばれたりもします。ヒナタって名前だからかしら」
彼女が使者に選ばれたのは、その和む雰囲気だからなのは簡単に分かる。とにかく警戒心をあまり持たせない物腰をしている。それが一番分かるのはミユの反応だった――少女は珍しく初対面の人にも怯えていない。
「そうなのか。で、今更俺に何の用事だ」
「あらあら。せっかちさんなんですね。もう少しお話してからでも良いでしょうに」
「俺は貴方達とは距離を取っておきたいんだよ。分かるだろう?」
「それは良く分かりますけど……私達は貴方に対して正式な謝罪をしたいのです」
本当にそれだけだろうか――とキョウジは訝った。だが少なくとも〈ザ・ラウンドテーブル〉は礼を知らない集団ではないようだ。悪人の巣窟ではない。キョウジはあの〈ザ・ヘリオン〉ですら決して根っからの悪人ではないと思っていた。あったのは思想的敵対である。
「別に謝って貰う必要は無い。貴方達にも事情があるんだろうからな」
「先の事は〈ザ・ヘリオン〉の独断専行でありました。このままでは我々としても規律が保てないのです」
「それこそ貴方達の事情に過ぎないだろう。俺に付き合う理由は無い。報酬はちゃんと貰ったしな」
「ああん、そんないけずなことを言わないで下さいよぅ。私達に対する誤解を解きたい。そういう事なんですから」
ヒナタはちょっとやそっとでは動じない女性の様に見えた。正に太陽の様だった。
「私に恥をかかさせないでくれませんか? これは〈カーディナル〉直々の命令なんですから」
「〈カーディナル〉だと? ラウンドテーブルの枢機卿猊下直々にか」
キョウジは少しだけ惹かれた。〈ザ・ラウンドテーブル〉の首魁、枢機卿を僭称する男。それだけの組織を作り上げた大物、ロバート・ファーバンティ。彼までもがこちらに興味を持っているとなれば、話は違って来る。その男に会えるのなら、少し興味は持たないでもない。
「キョウジ・ザ・シルバー。貴方の活動には我々も興味深く注視させて貰っております」
それがあれか――と言いかけて、キョウジは話を蒸し返す愚を悟って何も言わなかった。
「貴方がデモンである事は分かっていますよ。でもその上で我々は貴方と共闘出来る未来を見ております」
鋭い人選だったな――とキョウジは思った。〈ザ・サン〉の柔らかくも眩しい笑顔は、こちらを解けさせるものだった。〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉に選ばれるのは人間的魅力も加味されているのだろうかと思った。彼女にせよ、〈ザ・ゲームマスター〉にせよ、〈ザ・ソーズマン〉にせよ、〈ザ・ヘリオン〉ですら、一筋縄ではいかない人としての深みを感じる。大規模な戦闘集団を統率するにはそれだけの魅力が必要なのかもしれない。
「俺はただ旅をしているだけだ。別にデモン掃討を目的にしている訳じゃない」
「本当に、そうでしょうか?」
ヒナタはくすくすと笑う。揶揄う様な笑みだがそこには嫌味は感じられない。
「貴方。そしてそこのカレンさん。僭越ながら貴方達の過去を調べさせて貰いました。貴方達のデモン討伐は、決してお金の為だけではない筈」
「そりゃまあ、気に食わないデモンはぶっ飛ばしたいって思ってるけど……」
言ったのはカレンだった。
唯一人、ミユだけが刀を抱きながらベッドに座ってぼーっとしている。ぷらんぷらんと脚を揺らす彼女を見て、ヒナタはまるで母親の様に微笑んだ。
「ミユさんの記憶に関してもお手伝い出来るかと思うんですけど……」
「あたしの事、何か知ってるの?」
「ごめんなさいね。今の所はまだなにも分かってないの。でも私達の組織力があればその情報を集めることも出来るわ」
何故彼らはそこまでへりくだっているのかと思った――そこが一番不気味な所だった。何か裏がある、とキョウジの勘が言っていた。だが目の前の女性には裏表を感じない。だからこそ不気味なのだ。彼女は組織の真の目的は知らないのだろう。という事は、ここで彼女から情報を引き出す事は不可能なのだ。
「まぁ……ロバート卿が俺に直々に会いたいって言うなら、まあ光栄だ。話だけは聞きに行こうじゃないか」
「ああ、ありがとうございます! よかったぁ……これでも私、結構緊張してたんですよ」
あまり緊張している様には見えないノンビリ顔で彼女は言った。
◇
「〈カーディナル〉はお身体が悪いのです。ですからこのセンリに来るにも大変な道のりでして」
「そこまでして会うほど、俺に価値があるとは思えないがな」
最初は一人で向かおうとしていたが、ヒナタは出来れば全員でお越しになって下さいと言った。訊くと、ロバートはキョウジ達一行を全体として興味深く見ているという事だった。注目を集める切っ掛けとなったのは、あのタカラヅカでの戦いだった。〈サンセットバタリオン〉を倒したことは予想以上の反響をもたらしているらしい。
「……我々〈ザ・ラウンドテーブル〉だけでは手が回らないのも事実。そこでその時のお話もお聞かせ願いませんか、というのが〈カーディナル〉のお言葉です」
「そうは言っても。俺達は別に特別な事をした訳じゃないぞ」
「そうではないでしょう。民衆を立ち上がらせたのは、どのような力ですか?」
「それは、女たちの力だ」
女には不思議な力がある、とキョウジは言った。同じ事をキョウジが言った所で彼らは立ち上がらなかっただろう。純真なミユと健気なカレンがいたからこそ、彼らは彼女達の為に戦おうとしたのだ。
「貴方も同じじゃないか? 貴方の為に戦おうと思う男たちは少なくないはずだ」
「それは買い被り過ぎですよ。でも褒められている事は分かるのでそれは嬉しいです」
そしてもう二度と来ることはないだろうな、と思っていた警察署の署長室にキョウジ達は立っている。話を聞いて、話をして、謝罪を受け入れて――もう金輪際自分達には関わり合いにならないでくれ、と言うには絶好の機会だった。
「お連れしました」
部屋の中には中々壮観とも言える面々が揃っていた。リュウイチがいて、シロウもいる。見た事の無い赤い巻き毛の女がいたが、名前は恐らく知っている。彼女が〈ジ・アーセナル〉、カナコだろう。デイヴィスはいなかった。
そして執務席を前にして車椅子に座っている男がいた。車椅子の肘掛けに肘を置き、かたかたと腕を揺らしている。丸眼鏡を掛けていて、逆光になってその中の目は見え辛い。口元は引き攣っているように思える。彼も若い頃は戦っていて、その時の大怪我が元でこうなっているのだ。何となく気難しい感じがした。そこそこ歳は行っているはずだから、それがそう見せているのだろう。
彼を気難しく見せているのは彼本人だけではなかった。その車椅子を引いている付き人の女がそうだったのだ。長身の黒髪ベリーショートで、主人とお揃いの様な丸眼鏡を掛けている紺色のロングドレスをふんわりと着ていて、身体の線はあまり見え辛い。不思議と場違いであるようには思えなかった。それほど強くは見えない。彼女も〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の一員かというと、多分違う気がする。
これほど錚々たる面子に迎え入れられるとは、俺も偉くなったものだ――と彼には珍しく諧謔気味にキョウジは思った。
そして車椅子の男が立てていた肘を外して、短く白い髭を触った。それから言った。
「我が呼び掛けに答えてくれて感謝する。自己紹介は必要かな?」
「言わなくても分かる。貴方が〈ザ・ラウンドテーブル〉のリーダー、〈枢機卿〉なんだろう。お会いできて光栄だ」
その言葉に嘘は無かった。好悪はさて置くとしても、ロバート・ファーバンティは偉大な戦士だった。そこにはある程度キョウジも敬意を抱いているのだった。
ともあれ、これがキョウジ達と彼らの本格的な邂逅になったのである。




