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Coda:荒廃した終末世界を銀狼と少女は駆け抜ける  作者: 塩屋去来
第2章:ザ・ラウンドテーブル
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束の間の休息





 予想以上の報酬が貰えたので(慰謝料も含まれていたのだろう)、取り敢えず当面はあくせく働く必要が無くなった。〈ザ・ラウンドテーブル〉様々――とは言いたくないが。そういう訳でキョウジは考えていた通りしばらくセンリの街に滞在する事にした。治安が行き届いているから、物資にも食糧にも困らない所である。ラウンドテーブルは補給ルートも整えているらしい。彼らがもしこの地を全て制圧する事になれば、新しい社会が築かれるのかもしれない。しかしそれはキョウジの様な流れ者が稼ぐことの出来ない社会でもある。それはどうなのか。いや、それはそれでいいのかも。そうなれば流浪の旅なんか止めてしまって、どこか平和な土地で定住すればいいだけなのだから。


 最初はどこか不気味だった太陽神も、見慣れてくるとどこか陽気で、愛らしささえ感じる様になってきた。


「あそこがね、猫背になっているのがかわいいの」


 ミユは本当にあれを気に入っていた。滞在している間は毎日彼女の参拝に付き添った。そうしていると、太陽神が本当の神様のように思えてくる。しかし本当はあの中にも内部構造物があるらしいのだが、一般の者は入れないようになっている。それはミユも不満だったようだ。


 参拝の後は大通りで焼き鳥を買うのが通例になっていた。それは楽しい事だったが、酒が欲しくなってしまうのが厄介な所である。センリは比較的裕福な街だったが、酒があまり流通していないのが玉に瑕だった。


 すぐに旅に出る気力があまり湧いてこない、という事は自分はかなり疲れていたのだろうと思った。ゆっくりしたい、と思ったのは旅を初めてからこれまで感じた事は無かった。精神の強張りがまだ解けていないような気がする。それだけ、あのデイヴィスとの戦いが負担になっていたのだった。他にも色々ある。これまでずっと、キョウジは突っ走って来た。後ろを振り返る事は無かった。だとすれば、これは自らを見つめ直すいい機会なのかもしれない。それに、ミユに少女らしく遊ばせてあげるのも大事だ。


「ねえ兄ちゃん。こんな平和な場所がもっと増えればいいのにね」

「そうだな。〈ザ・ラウンドテーブル〉には頑張って貰わないとな」

「あの人たちだけじゃダメだよ。みんなが頑張るの。みんなが頑張って初めて平和になるんだよ」


 意外としっかりした事を言うミユにキョウジは驚いた。


「……あたし自身が、今は全然ダメダメだけど」

「そんな事は無い。そういう意識を持っているだけでも、お前は偉いよ」


 そう言って彼女の髪を撫でてやると、くすぐったそうに笑う。


 彼女の記憶を探るのがこの旅の目的である。しかしミユ自身はそれを怖がっている節がある。過去などは思い出さなくていいのかもしれない、とキョウジも思う事がある。そこにあるのが悲惨な過去だったら、思い出したことを後悔するかもしれない。つまりミユは是が非でもそれを欲しているという訳ではない。


 そこはミユ自身が葛藤している所でもあるらしい。だからキョウジはなるべく自分からはそこに触れないようにしていた。だがこのままで良いか、と問われるとそれもまた違うと思う。自分が何者であるかを知らないのは、気持ちの悪い事である。キョウジだって、あのさくらんぼ孤児院での記憶があるからこそここに立っているのだ。


「あたしって、一体何なんだろう」


 少し太陽神様とは離れた所に移動したが、まだ遠くに見えるところにあり、間近で見るよりもむしろ神秘性を増している気がする。その御神体をミユは飽きずにずっと見ていた。あの物体を見て何か思う所があるのだろうか。


「太陽神様も、きっと誰かが昔に作ったものなんだよね」

「そうだろうな。それがどうかしたか?」

「ひとだってそう。昔からなにかのつながりがあって、今ここにいる――でもあたし自身はあたしのつながりを知らない」


 適当なベンチで水筒に入れた水を飲みながらミユは言っている。


「それを知るのが怖いの。でも知らないままなのもイヤ。だからあたしは何なんだろうだって」

「お前がお前を知る時――俺は必ず傍にいてやる。お前が折れないように支えてやる」

「でも、あたし、兄ちゃんに甘えてばかりじゃダメだと思うの」

「それは決して甘えじゃない。一人で立てない時に誰かの肩を借りるのは、決して恥ずかしい事じゃないんだ」


 俺自身、お前に支えられている所もあるんだから――とまでは恥ずかしくて(後は男特有の見栄で)言えなかった。


「だからお前は俺をもっと頼っていい」

「兄ちゃんは、それでいいの?」

「今更だろ? ミユを疎ましいと思っているなら、ここまで来ていない」


 ミユは弱々しい微笑を浮かべた。


「兄ちゃんは、誰かを頼りにする事はあるの?」

「完全にひとりで生きていられるって思うほど俺は傲慢じゃない。街を渡り歩くだけでも、その場所のひとたちに支えられている訳だ。この焼き鳥もな」


〈ザ・ラウンドテーブル〉の隊員が警邏をしているのが見えた。小銃を構えた彼らが歩くのはそれだけでも威圧的であり、少し街を息苦しくしているような気がしたが、彼らとて威張る為にそうしているのではなく、治安維持の為に行動しているのである。だが、しかし、自分は彼らにも支えられているのだろうか、と考えると少々不愉快でもあった。


「ああいう人たちも平和に生きられるようになればいいのにね……」

「お前は優しいな、ミユ」


 そう言う事でようやく、彼女は子供らしい笑顔を見せるのだった――そこになお一抹の淋しさが混じっているのは否めなかったが。



          ◇



 その間カレンが何をしていたかと言うと、色々な買い物をしていたのだった。これまでもこれからも大事になる生活必需品。それから彼女にとっては生命線となる弾薬。一見平和そうに見えるこのセンリの街でも、そういったいかがわしいものを取り扱うブローカーはいて、カレンはそれを探す嗅覚に長けていたのだった。


「出来ればお前にも戦わずに済む道を探したいもんだが」


 戦闘意欲が衰えない彼女に対して、キョウジは呆れて言った。


「何言ってるの。こんな世の中だもの、自分の身は自分で守らなきゃ。キョウジ君が、私が女だからとか幼馴染みだからとか思っているんなら、私は甘く見ないで頂戴って言うわよ」

「分かったよ。お前の意向には逆らわない事にする」


 しかしカレンが買ってきたのはそういった必需品ばかりでは無かった。色々な嗜好品。その中にはウィスキーの瓶も含まれていた。これはある意味必需品とも言える物だったが。そういった細々した物の中で、一際目についたのはトランプの箱だった。


「こんな物買ってどうするんだ」

「たまには息抜きも必要でしょ?」


 と言ってカレンはすぐに遊ぶように提案したのだった。確かに悪くないのかもしれない。特にミユにとっては。これは無骨なキョウジには決して出て来ない発想だった。


「でもあたし、遊び方全然知らない……」

「だいじょぶだいじょぶ。私が手取り足取り教えてあげるから」


 そんな訳で、3人はポーカーで遊ぶことになった。金銭や物品はすべて共同の物という事になっているから、仮として硬貨は使ったものの賭けポーカーではない。


 ミユは最初戸惑っていたが、すぐにルールと役を覚え、ゲームに参加した。


「それにしてもキョウジ君は弱いわねえ。普段は済ました顔してるのに、こういう時はムキになるから面白いわ」

「俺は引きが弱いんだよ。昔からだ」

「薄幸の美少年、キョウジ君ね。ああ可哀想。およよ」


 実際問題、キョウジはツーペア以上の役を作る事が出来ず、また駆け引きもへたくそだった。ゲームは彼の一人負けで、覚えたばかりのミユにもボロ負けしてしまう始末だった。


 その後は大貧民でも遊んだのだが、結果は同じだった。


「もういい。俺は止める」

「あーあ、不貞腐れちゃった」

「兄ちゃん、かわいい」

「ほっとけ」


 酒を飲む気にすらなれず、キョウジは背を向けてベッドに転がり、不貞寝を決め込んだ。その後も女たちはカードで遊んでいたようだったが、やがて飽きてきたようで、カレンは椅子を引いてキョウジのベッドの傍に座った。


「ねえ、ここにはいつまで留まるつもりなの?」

「さあ。ミユが飽きるまでかな」

「兄ちゃんが出たいなら、あたしはいつでも従うよ」


 カレンはもう少し独自の意見を持っている様だった。


「ラウンドテーブルが我が物顔でのさばってるのはあんまり気に食わないのよね」

「だがその分安全だ」

「でも貴方も襲われたのを忘れた訳じゃないんでしょう? 貴方だけなら気にもしないんでしょうけど、もしミユちゃんにも手が伸びたら?」

「……そうだな。それは考えないといけない」


 だが彼が決断を下す前に向こうから面倒事がやって来た。


「お客様、ラウンドテーブルの方から面会を要望されておりますが……」


 と宿の店員から言われる。出来れば関わりたくない――だがこの街で無視を決め込むのもあまり良い手だとはいえない。


「お前の言う通りだったな、カレン」


 キョウジは苦々しい思い出そう言った。

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