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Coda:荒廃した終末世界を銀狼と少女は駆け抜ける  作者: 塩屋去来
第2章:ザ・ラウンドテーブル
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帰還





「セッツでの戦闘報告はすでに受け取っています。キョウジさん、貴方の活躍は大だったという事、改めて感謝申し上げます」


 前からそうだったが、〈ザ・ラウンドテーブル〉実行部隊の実質的リーダーであろうと見られる〈ザ・ゲームマスター〉にこうまで慇懃な態度を取られると調子が狂ってしまう。気を遣っているのかもしれないが、そうされる理由もあまりない。もう少し横柄な態度であれば――気楽に悪態を吐けるというものだが、そうはならない。向こうが紳士的な態度を取るのであれば、こちらもそれなりの態度で望まねばならない。同じ様に敬語を使う気にはなれなかったが。


「俺は脇を固めていただけだ。そんな大した事はしていない」

「それは非常に大切な仕事です。おかげで被害は最小限で済みました」

「それでも何人かは死んだ」

「だから『最小限』と表現したのです。戦闘に犠牲は付きもの、とはあまり認めたくありませんが決して避けられないものであります。キョウジさん、あなたがいなければ損耗はもっと大きくなっていたでしょう」


 やはりつかみどころの難しい人物だな、と思わざるを得ない。どこまで本気で言っているのか、それが分からないのだ。


「しかし、貴方は実際に戦場を見ていた訳じゃない」

「それはそうです。私は書類と報告でしか現場を知る事はできない」


 それがもどかしいこのなのですがね、とリュウイチは言った。


「出来れば私も一緒に現場に出たいのです。ですがここで控えて監督するのが上の命令ですので」


 その言葉に嘘はないように思えた――だが、裏表を感じさせないからこそ、彼をつかみにくいものにしている様にキョウジは思えた。それは自分が〈ザ・ラウンドテーブル〉に感じている偏見(バイアス)と無関係ではないのかもしれないが。いや、確かにそうなのだろう。自分がデモンではなく、そして彼が〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の一人でなければ、もう少し素直な関係が築けると思う。


 彼に敵意は無く、また警戒もしていないのは衛兵を置いていないだけでも分かる。だがそれがどうにも居心地悪い。もう少し警戒してくれていた方がまだ話し易い。


 何故そう思うのかと言えば――


「それから、〈ザ・ヘリオン〉の件では大変ご迷惑をお掛けしました。彼に代わってお詫び申し上げます」


 そう言ってリュウイチは頭を下げる。


「決して貴方を罠に掛けるつもりは無かったのです。完全に彼の暴走でありました」

「しかしデモンの俺を雇う貴方の指示がなければ、あんなことにはならなったはずだ」


 そのリスクを分かった上で乗った俺も悪いがな――とキョウジは言わなかった。ただコマンダーがあそこまで強力だとは思っていなかっただけだ。


「殲滅主義者は彼の他にもいるのか?」


 キョウジは気になっている事を訊ねた。それ次第ではラウンドテーブルの付き合いも考え直さねばならなかったからだ。


「過激派は少ないですが、おります。実際の所、それを抑え込むのには我々も苦労しています。善性を保つのではなく、節制を保つためにですが」

「では、貴方達にもし無限の力があれば、デモンを完全滅殺することに躊躇は無い訳だ?」

「それは……猊下のご意志ですので、私の口からは何も申し上げられませんが」


 リュウイチの顔が少し曇るのを見て、キョウジは暗い満足を得た。中間管理職の彼を苛めるのは決して褒められた趣味ではないが。だがそれだけの被害は実際に蒙ったのだから、それだけの責任は彼にも負ってもらわなくてはならない。


「だが、貴方達はこれで俺の事を()()()。それが目的じゃなかったとは言わせない」

「勿論、巷で噂になっている英雄の事を知りたかったのは事実であります。それが人間なのかデモンなのか、それは些細な問題です」

「デモン撲滅を目指す貴方達が、それを些細な問題だって言うのか?」

「少なくとも私にとってはそうです。正味、大人しいデモンよりもあくどい人間の方が私にとっては世界に害悪であると思える」


 どこまで本気なんだろうな――とキョウジは思った。声色と態度からすれば嘘は言っていない様に思える。だからこそ厄介でもあった。


「まあいい。俺はここで貴方と長話する気で来た訳じゃないんだ。報酬の話をしようじゃないか」

「そうですね。そうしましょう」


 報酬は迷惑料も含めて上乗せされた。これで彼らとの関係は終わり――キョウジはそう思っていた。しかしそれは彼の側だけであった。



        ◇



 癒しが欲しいと思ったのも久し振りの事である。それを女に求めるというのもいかがなものかと思うが、やはりキョウジも男児としての欲求には逆らえない。早くミユとカレンに会いたいと思った。そしてそう思ってしまう自分の事を恥じてもいたのである。まったく。自分は彼女達の庇護者でいたつもりなのに……


「おかえり、兄ちゃん!」


 しかしミユの笑顔はそれを全て打ち砕く。この少女がいればなんでもいいと思ってしまう。無心で抱き着いてくるミユを感じて、自分はやはり死ねないな、と心を新たにするのだった。


「大人しくしていたか、ミユ。カレンに迷惑は掛けていないだろうな?」

「大丈夫よ。むしろ大人しくし過ぎていて心配になったくらい」


 そう言うカレンも、少しはこちらを気に掛けていてくれているような顔をしている。


「それで、〈ザ・ラウンドテーブル〉とは上手くやれたの? 喧嘩しなかった?」

「ちょっとは、やった。でも俺の意思じゃない」


 キョウジは控え目に言った。だがカレンは何故か得意気そうにふふんと鼻を鳴らすのだった。


「やっぱりねえ。そんな簡単には行かないと思ってたけれど」

「だから、俺は平和的にやろうとしていたつもりだ。だが殲滅主義がな……」

「そのリスクまで飲んで依頼を受けたんじゃないの?」


 そのカレンの言葉には、自分を置いておいた揶揄――非難とは言わないにしても――が含まれているように思えた。キョウジとしては苦笑するしかなかった。


「だがこの通り、俺は生きて帰ってきた」

「そうね。そこは素直に褒めてあげる」

「全然素直じゃないよ。お姉ちゃん」


 口を挟んだのはミユだった。


「お姉ちゃん、ずっと不安そうだったもんね」

「そんなことないわよ」

「強がりはよくないよ」


 キョウジはあくまで自分のものだ、と強力に主張するようにミユは彼の腰に抱き着いたまま言った。このたった1日の間、彼女達の間に何があったのかキョウジは分からない。ただ心配させていたのは確かだろう。こんなことは今後なるべくしない事にしようとキョウジは思った。


「ヘンだよね。兄ちゃんが死ぬ訳ないのにね」

「あのな、ミユ……」


 キョウジは何か言い返そうとして、止めた。ミユがそう言うのは、そう信じたがっているからだ。その信頼を言葉で裏切る訳にはいかない。行動ではもっとだ。ミユがいる限りは絶対に死ねない。それが今の自分を強く支えているのをキョウジは否定できない。そしてミユもまた、それを心の支えにしている。


「そうだな。俺は死なない。ずっとお前の傍にいる」

「うん」

「だからお前も俺の事をずっと信じてくれ」

「うん! 約束だよ!」


 満面の笑みを見せる純真な少女の顔を、誰が裏切れるものか――しかしキョウジは嘘を吐いている罪悪感からは逃れられなかった。自分はいつ死ぬか分からない。だがただ死を怖れているだけならば、彼女を生かしてやれないのもまた事実。カレンもそれは分かっていて――分かっているが故に何も言わない。


 少女の夢を壊してはならない。


 ミユの信頼は非常に重いものだった。だがその重しがあればこそ自分は充実して生きられるのではないのか、ともキョウジは感じていた。

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