仲裁
水を差されたからと言って、昂った気持ちがすぐに鎮まる訳では無い。それは相手も同じだったろう。だが割って入ってきた男はキョウジに大剣を構え、デイヴィスには銃を突き付けている。絶妙な距離感で、更には目で牽制してくる。
「君達がここで戦う必要はない筈だよ。少なくともぼくらは、今は共闘している味方だ」
「突っ掛かってきたのはこいつの方なんだがな」
キョウジは憮然として言った。自分は完全な被害者であることをアピールする為だった。
「てめぇ、ソーズマン、邪魔すんじゃねぇよ」
「君はもうちょっと分別の付く男だと思ってたんだけどね、〈ザ・ヘリオン〉」
しかし上から降りてきたという事は、どこか建物の上からこちらを観察していたのだろう。あまり良い気分ではなかった――そういった、格好を付けた割り込みをしてきたのが。だがそれは表には出さない。デイヴィスがどう思っているかは分からないが、ともかくこの仲裁で、キョウジが助けられたのは事実だったからだ。それは色々な意味で、である。
武器はまだ構えたままである。まだ完全な安全が保障された訳では無いからだ。
「すまないね、シルバー。彼がこういう男な事は分かっていたんだから、ちゃんと監視しておくべきだった。ところで、その短剣は仕舞ってくれないかな?」
「俺はまだ、これがお前たちの仕掛けた罠だって疑っている。簡単には戦闘態勢を解く訳にはいかないな」
キョウジは言った。
「何度も言うが仕掛けてきたのはそちらの方だ。なら武器を収めるならお前達の方が先だろう」
緊張感はいくらか質を変えていた。しかし強度が下がった訳では無い。油断は全く出来ない。分かるのはシロウが本当にこの戦いを止めようとしている事だった。そこは信用してもいいだろう。だが彼は同僚の事を止められることが出来るのか? もしこの制止すらも振り切り、デイヴィスがなお向かって来るのなら、彼はどちらの味方をするのだろうか? そこに不透明感がある限りはキョウジもおいそれと引くことは出来ない。よって緊張は緩める事は出来ない。
「彼の言う通りだ。〈ザ・ヘリオン〉、その斧を引っ込めるんだ」
「そう簡単に引いて堪るかよ。こいつはデモンだ。だから滅殺すべきなんだよ」
「殲滅主義は、コマンダーなら矯正すべきだって猊下にも言われているだろう? 害あるデモンは滅ぼすべきだが、無害なデモンまで駆逐する理由はどこにもない」
「分かんねぇぞ。デモンはいつ堕ちるか分かったもんじゃねぇ。分不相応な力を持つってのはそういうことだ」
デイヴィスは彼なりに考えを持った上での殲滅主義者なのだろう。それは分かる。だがキョウジにとっては看過できない問題がそこにあった。
「余計な力を持っているのはお前たちも同じだろう」
「ぼくたちは平和の為に戦っているんだよ」
「どうかな? 〈ザ・ラウンドテーブル〉はこの時代を利用して、無慈悲な支配を行う、自分達だけの王国を作ろうとしているって見方もある」
つまり敵ではないが味方でもない。そういう事だ。完全に心を許せる相手ではないことはこの交戦ではっきりした。報酬の為に一緒に戦う事は今回だけにしておこうとキョウジは思った。
「で、お前は斧を引っ込めないのか?」
3すくみのような睨み合いはまだ続いている。キョウジはいつでも戦闘が再開される可能性を捨てずに低く腰を構えている。〈加速時間〉もいつでも発動出来る様にしてある。ともかく彼らが凶器を引かない限りはこちらは譲らないつもりだった。
「こっちにはお前たちをやるメリットはどこにもない。そっちに殺意があるから防衛しているだけだ。止めるつもりなら、まずはそっちの意思を示せ」
「〈ザ・ヘリオン〉。彼の言う事が正しい。君がまず武器を収めなさい」
「俺はまだ気が収まらねぇなぁ……」
「控えているのはぼくだけじゃないよ。あそこからはむやみやたらに弾を使いたがる彼女が銃で狙っている」
そう言ってシロウは目線で駅舎の2階を示した。しかしキョウジにはまるで何が準備されているのかは見えなかった。ミユがいればそれも把握できたのかもしれないが。だが言わんとしていること自体は分かる。狙撃銃か何かでこちらを捕捉しているのだろう。
「……ちっ。ガナ子までいるのかよ」
「彼女の狙撃は非常に精確だよ」
「……仕方ねぇな」
そこでようやくというべきなのか、デイヴィスは斧を引っ込めた。それを確認した上で、キョウジも短剣を鞘に収め、少しだけ緊張を緩めた。シロウは二人が戦意を収めた事にニッコリして、自分もまた武器を収めた。
「命拾いしたな、キョウジ・ザ・シルバー。そこの優男に感謝するんだな」
デイヴィスは唾を吐き、踵を返して本隊がいるであろう駅舎の方に大股で歩き始めた。不承不承、という感があからさまに見て取れる。オイルライターで煙草に火を点けるその仕草からも明らかだった。
優男と言われたシロウ――だが立派な体躯を持った男でもある――は人の良さそうな笑みをキョウジに見せた。
「済まなかったね、キョウジ君。こうならないように監督するのがぼくの役目だったんだけど」
「あんたらも一枚岩って訳じゃなさそうだな」
「恥ずかしながらね」
そう言いながらも大剣の男は飄々とした顔を見せたままだ。取り敢えずこちらの方は信用してもよさそうではあったが、念の為警戒は怠らない。ここが完全な味方の陣地ではないことは間違いない事になったからだ。
「この埋め合わせはどこかでしないとね。でもまあぼくにそんな権限がある訳じゃないけど」
「あまり気にしなくていい。報酬が貰えれば俺は構わん」
出来ればこれからは、なるべく関わり合いたくなくなったがな、とキョウジは胸中で付け加えた。
「制圧は完了したのか?」
「それはもう、とっくに」
「そうか。これが〈ザ・ラウンドテーブル〉の戦闘力という訳か」
そう感心した中には、勿論彼ら〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の個人戦闘能力も含まれていた。
「まだまだ足りないよ。今回の〈赤蜘蛛〉のように何者かの支援を受けているのか、勢力を伸ばしているデモンの集団は多くなっているんだ」
ふぅん、とキョウジは鼻を鳴らした。あまり興味の無い事だった。
「まあ、あんたらが本気でこの地の平穏を取り戻したいだけなら、俺は邪魔しない。応援もしないが」
それから次に気になる事を訊いた。
「それで、これから撤収するのか?」
シロウは首を横に振った。
「隊員はここに駐留して拠点を作る。人員も補充されるだろう。〈赤蜘蛛〉掃討は第一の目的だったけれど、この場所を制するのも目的の一つだったからね」
「本気でウメダ制圧を考えているのか?」
「あの悪徳の都はいち早く抑えなきゃいけない。それがぼくたちの悲願なんだからね」
シロウは肩を竦めた。
「ま、これからまた会うかどうか分からないけど、取り敢えず君はセンリに戻って統括本部から報酬を受け取ると良い」
「ああ、勿論そうさせて貰う」
「そこまではぼくが送っていくよ」
そうしてキョウジとシロウはバイクで並走することになった。センリの街まではたいして変わらない。近場に残っている橋もあったので、迂回する必要も無い。
そして到着。すでに夕方になっていた。なんだか沢山の事が起こった様な気がするが、まだ1日も経っていない事にキョウジは少しだけ驚いた。これほどの濃密な時間は――いや、なるべくならもう経験したくは無い。
とにかくミユの顔が見たかった。彼女に郷愁を感じるのも妙な感じだったが、それも悪くはない。だがまずはあの警察署跡に行ってからだった。
「こんな事になって済まないと本気で思っているんだ」
シロウはそんな事を言った。
「今回で、君とは良い信頼関係を築ければいいと思ってたんだけど」
「所詮は人間とデモンだ。結局は相容れない。あの金髪の言い分が100パーセント間違っているとも言い難い」
「ぼくは手を取り合って生きていける世の中が出来れば良いと思っているけどね」
その心意気だけは感心してやる、とキョウジは言った。
「少なくともあんたは悪い人間じゃなさそうだ。その事だけは覚えておく」
「それは、お互い様だね」
握手を交わす事はしなかった。それが今この時点における彼らの距離感だった。




