デイヴィスの挑戦
敵は10人ほど。ここからは一人で戦わなければならない。しかしそれ故にキョウジは気楽だった。誰かと連携して戦う、というのは性に合わないのだ。彼は基本的に一匹狼気質なのだった。
「潰せ! 潰せ!」
狭い道での戦いだった。両側には朽ちかけた邸宅が並んでいた。向こう側には、こちらでも駅舎の建物が視認出来る。
有利と言えば有利だし、不利と言えば不利である。囲まれる心配はないものの、この状況では〈加速時間〉のメリットを十分に発揮できない。まあ、一つずつ潰していくだけだな、とキョウジは開き直る。こういった開き直り、割り切りは得意である。それほどの現実主義を持っていなければこの世界を生き抜くことは出来ない。
向こうでは既に戦闘が始まっていたようだった。叫び声、罵声、そして無数の銃撃音。さて、こちらも始めるか、と彼は一気に踏み込む。先頭の男が撃鉄に指を掛けるのがゆっくりと見える。キョウジは素早く前蹴りを食らわせ、その銃を手放させた。衝撃はそれだけではなく強烈であり、男は吹っ飛ばされた。短剣ではなく銃で止めを差す。だがキョウジが手に入れたかったのは男の命だけではなく、敵に混乱を与える事だった。吹き飛んだ男の身体は既に隊列を掻き乱していた。
だが中々相手も精強だった。混乱は一時だけの事で、道幅が許す限り散開し、短機関銃を構える。即座に銃撃が開始された。大雨が地面を荒々しく叩くような、リズムのいい銃撃音が響く。ここでキョウジは集中する。
「ここに俺が居た事がお前らの不幸だな」
〈加速時間〉発動。世界が歪んでいく感覚もいつも通り。能力に気付いた時はとても気持ち悪くなったものだが、今では慣れている。慣れ親しんでいると言ってもいい。自分だけの世界に突入すると、快感さえ覚える。そしてそのまま突撃する。男たちは弾幕を張り続けるが、それは全て虚しくキョウジにすり抜けられる。
そして2人目と3人目を同時に捉える。一気に懐に入り込み、首を掻っ切る――と同時に、もう一方の目を指で貫く。崩れた所に頭を踏み抜いた。だがまだまだ、まだまだ。〈加速時間〉を開いたからには徹底的な連続運動が求められる。一度握った主導権を渡すつもりはない。
だが狭い場所で銃撃を躱し続けるのも難しい。キョウジとて完全な男ではない。無数にばら撒かれた銃弾を、軌道を見据えているとは言っても隙は少なく、このまま撃ち続けられたら踏み込むことは出来なくなり、不利になる。そこでキョウジは一つの賭けに出た。敢えてその弾幕の中に突っ込んだのである。キョウジは防弾ジャケットを装備しているが、衝撃まで吸収出来る訳では無い。だがそれでも前進し続けた。
一気に叩き潰す。
歪む顔を見ながら、男の胸に短剣を抉り込む。すでに仕留めたそいつは蹴り倒して、次の獲物を料理に掛かった。相手は何が起こっているか分かってはいるまい。それがキョウジの無慈悲な能力だった。
だがそれを止める銃弾がキョウジを襲った、太腿に刺さったのである。それは全くの偶然、狙って射撃されたものではなかった。マズった、とキョウジは少しだけ焦る。だが開いたはずのキョウジの銃創はすぐ、みるみる内に塞がっていく。
「対デモン弾じゃないのか。まあ人間相手を想定していたんだろうからな」
「て、てめぇ、デモンか!」
「キョウジ・ザ・シルバー! お前か!」
敵は機関銃が効かないことを悟り、すぐに捨てて近接戦闘用のアーミーナイフを構えた。
「同じデモンじゃねぇか! 何でお前は……」
「簡単に言ってやる。俺はお前らみたいなのが嫌いなんだよ」
白兵戦になれば奴らには勝ち目はなかった。キョウジは一旦解除した能力を再び発動させ、敵の中に突入していく。キョウジは彼らの連携を全て破壊する暴風、竜巻だった。そうやって混乱させた所を一気に仕留めに掛かる。それは彼にとってはただの単純作業だった。5人、6人、7人、8人、9人、10人――
交戦が終わった時、敵は全て霧散してキョウジが唯一人立っていた。敵がいた事を示すのは転がっている銃とナイフだけである。だが簡単に制圧出来たかと言うと、そうでもない。キョウジはかなりの力を使っていた。1対10で楽勝などとあるはずもないのだが……
「少し休むか」
伏撃部隊がこれだけとは思えない。キョウジの役割は舞台の外側に立ってそれを逐一潰していくことにある。自分は主役ではなかったし、それでいい。
「――にしたって結構きつくないか、これ」
という事に気付いたが、気付かない振りをした。戦場で余計な事は考えてはいけないのだ。
◇
遊撃部隊として賊を逐一潰していく内に、まずいことに自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。これではまた、カレンに方向音痴などとどやされるな、と思った。ともあれ主戦場からはどんどん離れているような感じだった。だが戦闘音も次第に萎んでいるような気がした。どちらが勝っているかは分からないが、ともあれ戦闘は収束しつつあるらしい。
「まあ、あいつらが負けるとは思えないが」
初めて目にした〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の戦闘能力は驚嘆に値するものだった。人間の身であれだけの力を得る為に、彼らはどれほど自分を鍛錬して、どれほどのものを犠牲にして来たのだろう。それは恐るべき事である。
「……なるべくなら敵に回したくはないな」
賊の影もほとんど見なくなったので、ここら辺で主隊と合流すべきかもしれない。一人での連続戦闘はキョウジにもそれなりの負担を強いていた。すこし疲れを感じる。こういった時、自分は無敵でも何でも無いと痛感するのだ。だからといって襲って来る敵に対しては決して負ける気はないが――これまでも、そしてこれからも。
「ミユは大人しくしているかな」
最近は気が緩むといつも少女の事が頭によぎる。それほど入れ込んでいるのだろうか。健気に素直にキョウジの後ろを付いて来る彼女――キョウジはその保護者であるつもりであったが、自分に父性の様なものがあるとは思えない。
遠くに見える駅ビルで爆発が起こる。ついに本隊が敵の本陣に突入したのだろう。とすれば自分のやれることはもうないかな、とキョウジは思った。元々が彼らの戦いである。自分がするのは単なるサポートであり、主役になる気は毛頭なかった。それで報酬が貰えるのだから万々歳である。
尤もどれだけ貰えるかはまだ詳しくは聞いていない。勝手な偏見だが、〈ザ・ラウンドテーブル〉は吝嗇のイメージがある。しかしそれなりのものが貰えたら、しばらくセンリの街に滞在してもいいかな、などと考えていた。ミユがあの街を、特に太陽神様を気に入っているからである。長く一つの所に留まるのは性分ではないキョウジだが、たまには羽を休める時も必要である。
しかし大通りに出るのはどうしたらいいか分からない。ならばこのまま場所の分かっている駅にまで行った方がいいかもしれない。自分が着くその頃には戦闘はすでに終結しているだろう。そう楽観視していた。
「ま、ゆっくり行くか」
この辺りがキョウジのお気楽な所である。戦闘が終われば苛烈な表情は消え失せ、のんびり屋の自分が出て来る。思えば昔からそうだった。何にしても急がない少年だったと憶えている。
正面戦闘でも交戦があったのか、まばらに銃や剣が落ちてある。あまり見たくは無かったものだが、〈ザ・ラウンドテーブル〉隊員の死体も数体あった。やはり無傷という訳にはいかないらしい。だがキョウジには葬ってやる手も無い。そもそも自分がやる事ではない様な気がする。彼らの弔いは彼らがするだろう。
そうやってのんびり進んでいると、駅に通ずるであろう道にひとりの男が立っていた――大時代なポールアクスを得物にする男、コマンダーのひとり、デイヴィスである。
「なんだ? こんな所で油を売っていていいのか?」
キョウジは特に警戒もせず、彼に近付いた。
「あそこは〈ザ・ソーズマン〉に任せれば片が付く。別働隊との挟撃が上手くハマったからな」
「別働隊? そんなものを用意していたのか。ならいよいよ俺はいらなかったんじゃないか」
「リュウイチ兄やんは石橋を叩いて渡る男だからな。だからこそ実質的な戦闘部隊の指揮官としてある」
確かにデモンとの戦闘となれば用心してし過ぎる事は無い。彼ら人間であればなおさらだ
「で、話は戻るが、あんたはここで何をやってるんだ?」
「……俺はてめぇに用事があるんだよ。この間を作るのは大変だったんだぜ?」
「俺に? 一体何を――」
キョウジが言い終わる前に、デイヴィスはその長物をキョウジ目がけてぶん回した。一気に緊張が走る。デイヴィスの目は――殺ろうとしている目だ。
「キョウジ・ザ・シルバー! お前の噂を聞いた時からずっとずっとやりたくて仕方なかったんだぜェッ!」
彼はリーチの長さを活かしてキョウジを中々懐に潜り込めなくしている。そもそもキョウジの方に戦闘準備が出来ていない。
「どういうことだ! 別に俺は敵じゃないぞ」
「敵なんだよ! 俺にとってはなァ!」
迂闊に飛び込めないなら、いっそ距離を取った方がいい。だが実際問題として、彼と交戦して良いものなのだろうか? この戦闘に自分を参加させたのは罠だったのか? しかし〈ザ・ラウンドテーブル〉がキョウジを仕留めに掛かるのなら、もっと人員を割いても良い筈だ。だがここには〈ザ・ヘリオン〉――デイヴィス一人しかいない。
「デモンはなァ、一人残らずぶっ殺すべきなんだよォ!」
目を血走らせ突撃してくる彼に、キョウジはようやく合点が行った。
「お前、殲滅主義者か!」
となれば戦いは避けられない――なにより自分自身を守る為に。




