戦地へ
ミユは付いて行きたいと何度も何度もせがんだが、キョウジは強く押し切って置いていく事にした。普段は聞き分けのいい子なのに、キョウジと離れるという事だけは嫌がるのである。淋しそうな少女の顔を見ると罪悪感が芽生えないでもない。しかしキョウジとしても安易にミユを戦地に連れて行く訳にはいかないのである。
「これからは独りで待っている訳じゃない。カレンがいるからな」
少女に比べればカレンはまだ素直な方だった。話を聞いた時は自分も行く気満々だったようだが、待っているようにと言うと、彼女はすぐに「仕方ないわね」と返したのだった。
「ま、ミユちゃんの世話係もいるでしょうしね。それに自分が危険な目に遭わないまま稼げるならそれに越した事は無いわ」
どうにも一言多いのは全然変わっていないな、とキョウジは思った。要するに生意気なのである。
「そういう訳だ。大人しくしてるんだぞ、ミユ」
「……うん」
「しっかり稼いできてね、ダーリン」
「誰がダーリンだ」
女達は決して嫌いではないが、離れると気が楽になるのも確かである。やはり男1女2というのは男に負担を掛けるものなのだった。とは言ってもこれから行くのは戦場であり、羽を伸ばせる訳では無い。
センリの街の外側には一緒に行く〈ザ・ラウンドテーブル〉の増援が待っていた。見送りにあのリュウイチも出ている。
「貴方は行かないのか?」
「私はこの街を守護する任務がありますので。手練れのコマンダーは他に用意していますから、キョウジさんには面倒なことにはならないでしょう」
竜一は流麗な言葉遣いで滔々と話す。物腰は柔らかいが、どうにもつかみ辛い所のある人物だな、とキョウジは思っていた。分かるのは決して悪人ではないという事だった。まあ、あのラウンドテーブルの要職に就いている男が悪人だと困ったことになるが。
〈ザ・ラウンドテーブル〉の隊員はほとんどが義を志す者だったが、中にはくいっぱぐれを避けて、戦闘の腕を買われるために入隊した者もいると聞く。そういった荒くれも必要な程、彼らは勢力拡大を目論んでいるのである。だがここで一つの疑問に辿り着く。
「だったら、俺にそんな事を頼む必要もなかったんじゃないか?」
〈ザ・ゲームマスター〉の答えは明瞭かつ明白だった。
「念には念を入れて、ですよ。勝率は1パーセントでも高い方がいい」
「戦闘には100パーセント必勝の確約はどこにもないぞ」
「だからですよ」
「なるほど。だから〈ザ・ゲームマスター〉という訳か」
キョウジがそう言うと、リュウイチは恥ずかしがる事も無くニッコリと人の好さそうな笑顔を見せた。やはり簡単には心の底をつかませてくれない男らしい。大分場数を踏んでいるのも雰囲気で分かる。一体何歳なのだろうか。見掛けは若いが、まさか自分より年下ということはあるまい、30台前半か、そこいらだろうとキョウジは見当を付けていた。
集まっている隊員は30名程。9割は男だが、女もいる。その中にはキョウジを統括本部に連れて行ったあの女隊長も含まれていた。その女達も含めて、皆精悍な顔付きをしていた。大分専門的な訓練を受けているのだろう。かれらは間違い無くこの世界では珍しくなってしまった「戦士」、あるいは「兵士」だった。それでも苦戦するどころか、死と隣り合わせにあるのがデモンという異形との戦いである。リュウイチは徒に戦力を浪費したくないと言っていたが、さて、この中でどれほどが生き残れるだろうか。
彼らを乗せる為の中型トラックも3台用意されている。かつての戦争はこんな光景だったのだろうか。兵士を乗せる棺桶の如きトラック。だが彼らは死地に飛び込む事を怖れてはいないのだろう。死んでもいい、とは思っていないだろうが、命を懸ける覚悟のある者ばかりだ。世の中にはそんな物好きもいるんだな、とキョウジは感心していた。〈ザ・ラウンドテーブル〉の勇名は聞いてはいたが(中には好ましく思っていない者もいたようだったが)、こうして生で見ると中々の迫力がある。
本気でこの地に平和を取り戻さんとしているのだ。
キョウジはそのトラックには乗らない。いつものようにハーレー・ダビッドソンに乗って後を付いて行く。今日は肌寒く、バイクを駆るには少々気の重い感じではあったが空は快晴である。
緑が比較的多かったセンリを離れると、すぐに荒野が広がる。枯れ木ばかりだ。まあ冬だということもあるが、大地はすっかり痩せ衰えていた。荒涼とした世界の中で、アスファルトの剥げた道路跡を頼りに走っていると、ここが終末世界だという事を嫌でも思い知らされる。それでも自分は生き抜くつもりだった。今回もだ。むざむざ死にに行く訳では無い。死ねない理由はまた一つ増えてしまった。
「……俺も大概甘いのかね」
敵の本拠はセッツという所にあるらしい。〈赤蜘蛛〉という名はどこかで聞いたような気がする。オオサカ北部を荒らしまわっている大規模な山賊団だとか。そしてそんな奴らの例に漏れず大仰な組織名を名乗っている訳である。名前はハッタリに過ぎないが、そういったハッタリが必要なのもこの世界なのかもしれない。
戦地はそこまで遠い所ではなかった。20分後には彼らは〈ザ・ラウンドテーブル〉が設営しているキャンプに着く。トラックやジープが並んでいて、テントも建てられていた。前面には土嚢で作ったバリケードも作られている。戦闘が膠着状態にあるというのは本当らしい。それを打開するための増援という訳だ。
やはり別に自分はいらないんじゃないか、と思う。かなりの戦闘力を持った〈ザ・ラウンドテーブル〉の隊員とコマンダーがいればなんとかなるだろう。とはいえ報酬が貰えるなら、カレンが言った通り断る理由はない。てきとうにサボってお茶を濁すか、などという事を彼は考えていた。生き残るには、時にそういった知恵も必要である。
「こちらへ」
キョウジを指揮所のテントに案内したのは、やはり前の女隊長である。中には黒髪の偉丈夫と、金髪の痩せぎすが何かを相談しながら立っていた。仲が悪そうな気配はない。キョウジの目線はもっぱら痩せぎすの男に向かっていた。この地で金髪碧眼はとても珍しいからである。
「キョウジ・ザ・シルバーを連れて参りました」
「ご苦労様」
答えたのは黒髪の方だった。その後ろにはごつい大剣と長尺の斧が立て掛けられている。どちらがどちらの得物なんだろうな、とキョウジは考えた。筋力で上回っているのは黒髪の方だろうから、大剣は彼の物だと見当を付ける。いずれにせよ、彼らは近接戦闘を主体にしているらしい。さて、〈ラウンドテーブル・コマンダーズ〉の戦闘能力はいかほどのものか? それはこれから証明されることだろう。
「よく来てくれた、キョウジさん。ぼくはシロウ。〈ザ・ソーズマン〉なんて呼ばれたりもするけれどね」
黒髪――シロウは人好きのする笑顔を見せた。筋骨隆々だが顔だけ見れば優男風でもあり、どこか飄々ともしている。彼は手を差し出し、握手を求める。安易に手を握っていい相手なのだろうか、と訝しみながらも、敢えて険悪にすることもあるまいと思ってキョウジは素直にそれに応じた。大きくごつごつした手で、かなりの修羅場を潜り抜けてきたことが窺える。
「で、こっちの無愛想がデイヴィス。コードネームは〈ザ・ヘリオン〉」
コードネームなんて必要なのかな、なんて思ったりもした。だがキョウジも〈シルバー〉、最近は〈ソニック〉なんてものも追加されたらしいが、自分で名乗った訳ではないとはいえ、それで通りが良くなっているのも事実である。ここでもハッタリという訳だ。
「それで、どういった作戦を考えているんだ」
「単刀直入だね。そういうの嫌いじゃないよ」
それからシロウは説明を始めた。
「――この増援で相手を制圧出来るだけの態勢は整った。けれど問題は〈赤蜘蛛〉の奴らが前線に設けた防衛線だ。ここを突破すればあとは一気に行けると思う」
キョウジは話を聞きながら鼻を鳴らした。
「そこで君だ。キョウジさんにはそこで突破口を作ってもらいたい」
「なんだ、俺を鉄砲玉にする気か」
つまり彼らにとっては、キョウジの命など失われても惜しくないものだという事だ。
「勿論キョウジさんひとりでやって貰う訳じゃない。ぼく達コマンダーも参加する」
「あんたたちが先頭に立つのか? ラウンドテーブルの戦いはそんなものか」
「そういうことだね」
シロウは誇らしげに言った。
彼らとの共闘か。意外にもキョウジは少し面白いと思っている自分を発見したのだった。




